第228話 最終決戦 8

 奴が操っていた魔獣の群れを一掃し、自分の【昇華】したと思われる力の把握をある程度終えた僕は、父さんと母さんに加勢すべく、自分に掛かっている重力を消去して“世界の害悪”の元へと向かった。


その途中、エレインの方をチラリと確認すると、彼女は力強い眼差しで僕の方を見ていた。僕の事を励ましてくれるようなその瞳に、笑みを返して飛んでいく。


エレインの場所には聖女の役職にあるアリアさんと、見習い聖女のシフォンさんも居るし、現状この場には”世界の害悪“しか危険な存在が居ないので、彼女から少し距離を取っても大丈夫だろうと判断した。


そして、父さんと奴が戦う様子を魔術杖を片手に見守っている母さんの傍に音もなく着地した。



「どう?その力には慣れた?」


 僕が音もなく降り立ったことに微塵も驚かないどころか、父さんの様子から視線を外すことなく僕に問い掛けてくる母さんに、僕の方が驚かされた。


「たぶん大丈夫。この状態が本当に【昇華】に至っているのかは分からないけど、僕が敵意を持って素手で攻撃した相手を消去出来るんだ」


「・・・なるほどね。それが本当の意味での消去を意味しているのなら、とんでもない力ね。となると、白銀のオーラで【昇華】に至った前後のどちらか、あるいは両方のタイミングで何か反動が来るかもしれないわ。くれぐれもそれは考慮しておきなさい」


母さんは僕を心配するように、真剣な声で忠告してきた。とはいえ、父さんと母さんは以前僕に【昇華】を見せてくれて、その後についても特に身体に不調をきたしていたようには見えなかった。今の父さんのように、適正の無い能力を無理矢理使っているならまだしもだ。


(いや、父さんと母さんも僕にそんな様子を見せていないだけで、【昇華】に至るというのは肉体的に負担をきたすものなのかも・・・現に、この状態に至る前段階として、身体に走る激痛に耐えないといけなかったし・・・)


そう考えると、この状態が解除された時にどのような反動が来るのかという不安もあるが、今は父さん達と協力して”世界の害悪”をこの世から消滅させる方が先決だろう。


「分かったよ、母さん。それで、今父さんが戦っている中に僕が乱入しても大丈夫かな?」


僕も母さんと同じように、父さんと奴が繰り広げている戦いの様子を見ながら確認した。何せ父さん達は、一瞬たりとて同じ場所に留まらないで、絶えず飛び回りながらの高速戦闘をしているのだ。急に僕が乱入することで今の攻防のバランスが崩れ、父さんにとって不利になってしまうような状態になるのは避けたかった。


「エイダ、お父さん達の戦闘の様子はしっかり見えている?」


「うん。さっきまで父さんの動きは全然目で終えなかったけど、今の僕なら見えてるよ」


「そう。私は何となくでしか感じられないけど、エイダから見て今の攻防はどちらが有利か分かる?」


戦闘において、珍しく母さんが僕に意見を求めてきた事に驚いたが、これだけの高速戦闘だ、魔術師である母さんでは動体視力が追い付かないのだろう。


「・・・最初は父さんが圧倒的に押していたけど、今は互角に近い状況になっていると思う。父さんの集中力が落ちてきているのか、奴の能力が上がっているのか・・・」


「そう・・・さすがに一筋縄では行かないわね。どれだけ斬り刻もうと再生するし、弱点だった聖魔術も効果が見られない。となると、エイダのその力に賭けるしかないか・・・悪いわね、私達でこの戦いを終わらせることが出来ればよかったのに、子供のあなたに重荷を背負わせるような事になって・・・」


悔しそうに呟く母さんに、僕は明るい声で答えた。


「最初から僕はそのつもりだよ!奴を倒さないと、僕の大切なエレインの身が危ないんだ。何より奴はこの世界の人間を、エレイン以外全て消し去ろうとしている。僕に少しでも奴を倒す可能性があるのなら、全力でやるだけさ!」


「・・・まったく。まだまだ子供だと思ってたけど、エイダは良い男に成長したわね!きっと私の育て方が良かったのね!」


僕の言葉に母さんは、嬉しそうにそう言ってきたが、一つ引っ掛かることがあったので、その事について確認してみた。


「そこに父さんは居ないんだ?」


「あらエイダ、お父さんから剣術以外に人として学ぶべきことがそんなにあったの?」


母さんの指摘に僕は少し考え込んでしまい、父さんの人として学ぶべき姿を思い浮かべようとした。


(ん~、普段の父さんは・・・お金にだらしないし、女性にも弱かったよな・・・そもそも剣術を教えるのも何というか、感覚的な教え方で分かりにくいんだよな・・・)


何故か父さんのダメな部分が多く記憶に浮かび上がってしまい、僕は苦笑いを浮かべてしまうが、それでも父さんを人として尊敬している部分も確かにある。


「そうだなぁ・・・色々あったけど、父さんは母さんを凄く愛していて大切に思っていたようだったし、僕の事も同じくらい愛情を持って育ててくれたと思うから、そういった面では尊敬できるかな!もちろん、母さんもね!」


僕の言葉に母さんは目を見開くと、僕の方に視線を一瞬向けて口元を緩めていた。一瞬しか見えなかったが、その瞳には涙が溢れようとしていた気がした。


「・・・厳しく育ててしまったけど、息子にそう言って貰えるなんて幸せね。エイダは私とお父さんの宝物よ。私達の元に生まれてきてくれて、本当にありがとう」


「うん。僕も母さんと父さんが親で良かったよ!」



 僕がそう答えた直後、父さんと奴との戦いに変化が起き始める。ついさっきまで互角だった戦いが、徐々に父さんが劣勢を強いられてきているのだ。戦いを目で追えていないとは言っても、それを敏感に感じ取った母さんは、瞬時に真剣な表情で口を開いた。


「エイダ、このままだとお父さんが危ないわ。自分のタイミングで良いから、あの戦いに介入して奴にその力を使うのよ!」


「でも、何か父さんに合図を送って、僕が介入するタイミングを知らせた方が良いんじゃない?」


僕の不安な言葉を、母さんは笑い飛ばした。


「バカね、お父さんを信じなさい!あの人は剣術において世界最強と謂われた剣神で、あんたの父親なのよ?自分の息子の動き位、読めて当然でしょ?」


母さんの指摘に、僕は虚を突かれたような表情をしてしまったが、確かに母さんの言う通りだと思い、口元を緩めた。


「そうだね。父さんなら、僕の動きに合わせるなんて出来て当然だもんね!」


「当たり前でしょ!自分の父親を見くびらないの!」


「分かった。じゃあ、”世界の害悪”を倒しに行ってきます!」


「気を付けなさい。必ず無事に戻ってくるのよ!」


「うん!」


母さんにそう言い残し、僕はいつでも動き出せるように身体を屈めて介入のタイミングを図ると、次の瞬間には地面を思いっきり踏み込んで飛び出した。もちろん、自分に掛かっている重力を消去して。



「ーーーシィ!」


 そのタイミングは、奴から見て父さんと僕が一直線上になる瞬間だった。つまり、奴の視界から僕は父さんの身体に隠れて、完全に見えない状況だ。しかし、裏を返れば父さんからも僕の姿は見えていないが、それは母さんの言葉を信じて、父さんが僕の動きに合わせくれるはずだと信じるしかない。


僕は父さんの背中に激突する直前、右拳を引き絞ると、短い掛け声と共に正拳突きを放とうとした。その瞬間、まるで僕の動きを全て把握していたかのように父さんは身体を横にズラし、奴への軌道を開けてくれた。


僕と視線が交差した奴は、一瞬目を見開くもすぐに迎撃しようと父さんに向かって振り下ろしていた手刀を僕の方へ無理矢理に向きを変え、暗い緑色の刃を放ってきた。


『ーーー!!』


『『なっ!?』』


僕の拳に触れた刃は音もなく消え去り、その様子を見た奴は驚愕の言葉を漏らしていた。驚きに固まっている奴を見て好機と捉えた僕は、そのままの勢いで奴の顔面に向かって逆の拳を振り抜く。


「はぁぁぁ!!」


『『ぐっ!!』』


僕の拳が奴の顔に触れる寸前、奴は僕に刃を放つ為に振り下ろした右手の勢いそのままに、自らの左足を太ももの辺りから切り飛ばしていた。


『『ーーー』』


「・・・・・・」


その直後、僕の振り抜いた拳は奴の顔面を捉え、断末魔の声もなく奴の身体は消失したが、僕は直前に切り飛ばされた奴の左足に目を向けた。


するとーーー


『『はぁはぁはぁ・・・』』


切り飛ばした足から瞬時に再生した奴は、僕から距離を取るように飛び退くと、額から脂汗を流し、自らの両手の平を見つめながら、荒い呼吸で肩を上下させていた。見れば、奴の見つめている自分自身の両手の指先は小刻みに震えているようだった。


(くそっ!ミスったか!でも、奴のあの様子・・・どうやら、【昇華】したこの力で奴に触れられれば、存在そのものを消去出来るようだな!)


寸前のところで回避されてしまったようだが、奴の反応から、自分のこの力が有効であると確信が持てた。おそらくは神剣一刀や神魔融合での一撃は、奴の肉体を目に見えない塵のようにさせることは出来ても、本当の意味で肉体が消滅した訳ではないのだろう。


しかし【昇華】に至った僕の力は、真の意味で肉体を消すことが出来るようだ。それも人だろうが物だろうが、現象だろうがおかまいなく、まるで始めから何も無かったかのように認識した対象を消去することが出来るようだ。ただし、直接触れる必要があるため、距離を取られれば効果は無い。


(とはいえ、僕に恨みを抱いている奴がこの力に恐怖して尻尾を巻いて逃げるというのも考えにくい。ジョシュ・ロイドの感情を色濃く引き継いでいる奴のことだ、それはプライドが許さないはずだ)


戦略的に考えれば、自分を殺しうる存在が目の前にいることを確認した時点で撤退すべきだが、これまでの奴の言動から、感情が足枷となって、逃げることなく僕に向かってくるだろうと推測した。その考えは間違っていないようで、奴は憤怒の表情をしながら叫んできた。


『『き、貴様!その力はいったい何だ!?貴様のような奴が何でそんな大それた力を・・・あぁ!ふざけるな!!俺様が最強なんだ!!俺様を中心に世界は廻るんだ!!貴様のような異物など、この世界に必要ないんだ!!』』


子供のように喚き散らす奴に、僕は黙ったまま冷たい視線を送っていた。


『『貴様、何だその目は!?この俺様を見下しているのか!?許さん!許さんぞ!俺様はこの世界の支配者なんだぞ!!俺様に楯突く不届き者など存在してはならんのだ!!』』


奴は口の端から泡を吹きながら、目を見開いて激昂していた。その様子から、この場から逃げることはないとは思うが、万が一の事もあるだろう、父さんはそう考えたようで素早く僕の隣に歩み寄ると、小声で耳打ちしてきた。


「(奴が逃げるような動きを見せた場合は、父さんが足止めに対処する。だからエイダは全力であいつを倒せ)」


「(分かった。それから父さん、僕の動きに合わせてくれありがとう)」


「(当然だろ!俺は剣術を極めた男だぜ?息子の動きに合わせるくらい朝飯前だ!)」


父さんのドヤ声に小さく噴き出してしまいそうだったが、少し肩の荷が降りたような感覚だった。僕が奴を倒しきれずに逃げられそうになっても、父さんと母さんが何とかしてくれる。奴との攻防にミスをしても、父さんと母さんがカバーしてくれる。そう考えれば、僕のやるべき事はただ一つ、奴が自らの肉体を切り離す前に触る。ただそれだけだ。


(髪の毛一本、血液の一滴たりとて見逃さない!ここで奴を完全に消滅させてやる!!)


そう意気込むと、僕を射殺さんばかりに睨み付けてくる奴に向かって、距離を詰めるべく踏み込んだ。

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