第214話 復活 22

 共和国の本陣からエイミーさんとセグリットさんを救出した後、追っ手が来る事を警戒して僕達は本陣から離れたところまで移動し、開けた場所に馬車を停めて2人から何があったのか、状況を確認することにした。


とはいえその前に、2人の何とも言えない臭いが気になってしまうので、エイミーさんはエレインが、セグリットさんは僕が水魔術を使って身体を洗い、「メイドの仕事ですから」と主張するイドラさんが2人の身支度を手早く整え、更に軽く摘まめる食事をあっという間に用意してくれたところで、話し合いを始めることになった。


セグリットさんに水魔術で身体を洗い流している際に、それとなく先ほど僕が感じたエイミーさんとの間の違和感について聞いたのだが、彼は言葉をはぐらかすばかりで、結局のところは何も教えてくれなかった。ただ、彼の表情から悪い変化ではないなのだろうということは、何となく感じ取れた。



「エイダ殿、我々を救ってくださったこと、改めてお礼致します」


「ありがとう」


 軽食と飲み物を口にし、落ち着いたところでセグリットさんが改めて僕に感謝を伝えてきた。また、彼の言葉と同時にエイミーさんも僕に頭を下げてきた。


「いえ、間に合って良かったです」


「本当にありがとうございます。ところで、何故我々が窮地に陥っていると分かったのですか?」


僕が何てことはないといった感じで軽い返答をすると、セグリットさんは感じていたであろう疑問を投げ掛けてきた。


「実は、エイミーさんに渡した腕輪の反応から、2人の位置が3日経っても動いていないことにリディアさんが違和感を指摘しまして、一度本陣に行って無事を確認しておこうということになったんです」


「なるほど。我々にとってはその指摘、ありがたい限りでした。感謝致します」


「いえ、お気になさらず」


彼は笑顔を浮かべると、リディアさん達公国の2人に対して頭を下げて、感謝の意を示していた。そんなセグリットさんに、リディアさん達は微笑みを浮かべながら謙遜して応えていた。



「それで、これからどうするの?」


 僕とセグリットさん達のやり取りが一段落ついたのを見計らって、エイミーさんが今後についての疑問を呈してきた。王子によって捕らえられていた2人から何か目新しい情報がないかとも思っていたのだが、残念ながらこちらの行動を報告してすぐに牢に入れられてしまった為に、特にこれといった情報を持ち合わせていなかった。


その為、今後の方針を決めるための話し合いなのだが、エイミーさんの口の周りには先程まで一心不乱に食べていた軽食の食べカスが付いており、その真剣な表情が台無しになっていた。それを指摘しようとしたところ、彼女の隣に座るセグリットさんがササッとハンカチでエイミーさんの口元を拭っていたので、その事については何も言わずに、2人の微妙な距離感に訝しみながらも話を先に進めることにした。


「そうですね・・・イドラさんの情報によれば、王子とその派閥が【救済の光】にくみしているという事ですから、僕達というか王女派閥も同じかもしれませんが、共和国の7割の勢力と敵対したということになってしまったんですかね?」


僕はエイミーさんの言葉に対して、誰に答えを求めるでもないように現状を言葉にして皆に意見を求めた。


「イドラさん、王城内ではどのような雰囲気になっていたか分かりますか?」


僕の言葉に真っ先に反応してくれたのは、隣に座るエレインだった。イドラさんの事については、ミレアが僕達に情報を伝えるために派遣したキャンベル公爵家の諜報員だということは既に説明してある。また、彼女が持ってきた情報も皆には周知している。


公国の間者が居る前でどうかとも思っていたが、事は一刻を争う可能性もあることなので、2人には内密にしてもらう約束をして話していた。おそらく2人はこの騒動が収まるまでは僕達を監視するために一緒に行動をするので、逆に言えば僕らも彼らを監視することができると考えたからだ。


「私が王城を出るまでの事ですが、それまで表面的には雰囲気の変化や異常は無かったかと思います。ただ、ミレア様が軟禁されてから色々と疑問に思える事態が散見されました」


「・・・具体的には?」


イドラさんの話の先をエレインが促すと、彼女は険しい表情をしながら話し始めた。


「そもそも、公爵家の令嬢であるミレア様を軟禁するという話事態も異様ですが、それが決定されるまでの時間が異様に早かったのです。キャンベル家の当主が抗議するのも聞かず、あっという間に命令が下されました。同時に、王女殿下に対する扱いが目に見えて冷遇され始め、王女殿下はやむなく王城を離れ、別邸へと避難したほどです」


「そんな状況になってたのか・・・」


イドラさんの報告に、僕は王城の様子について目を見開いて驚いた。王女の求心力が落ち、肩身の狭い思いをしているようなことはエイミーさん達からも聞いていたが、事態はもっと深刻な様子だった。


「我々が王城を離れた後、殿下がそんな状況に陥っているとは・・・」


その話を聞いたセグリットさんは、悔しさを滲ませた表情で拳を強く握り、震える声で呟いていた。


「王女殿下にそんな仕打ち・・・なんて許せないんですけど!」


また、エイミーさんも感情を露に顔を赤くしながら、怒りの言葉を口にしていた。


「つまり、既に王城内も国の上層部も、全て王子殿下の派閥に掌握されているということか。下手をすれば陛下までもが、その影響下にあるかもしれないな・・・」


「それって、もう共和国全体を王子に掌握されているってことですか?」


エレインの言葉に僕は、共和国の現状について確認するように問いかけた。しかし、彼女の答えは僕の想像を上回っているものだった。


「いや、もっと大きな問題がある。それは、殿下は【救済の光】と手を組んで事を起こしているということだ。最悪この国、いや、この大陸の全てが【救済の光】の手中に落ちるかもしれん」


「えっ?どういう事ですか?」


彼女の話に、僕は訳が分からないという思いで聞き返した。


「今回の戦争が起こった背景には、他国から我が国が【救済の光】と協力関係にあるという疑義を掛けられたことに端を発している。そして、現状ではその指摘は事実だった。本来であればそんな事を戦争の原因とすれば、他国に対して我が国に攻め入る大義名分を与えてしまうが、おそらく王子殿下はそれでも構わないと踏んで今回の戦争を起こしている節がある。それはつまり、2つの国を敵に回しても今回の戦争を有利に進めることができる自信があった、あるいはそれ自体が目的だったということだろう」


エレインは僕に分かりやすく理解させようとするためだろうか、話の根拠となる部分を細かく明示していきながら説明してくれていた。


「それに、今回の戦争には組織の勢力も多分に関わっている現状から、王子殿下の目的と組織の目的が一致、あるいは部分的に一致しているはずだ」


「確か組織の目的は、この世界の浄化とか言っていましたよね?王子も同じような考えをしていると?」


エレインの話に、僕は以前聞いた組織の主張を思い出して確認した。そんな僕の言葉に、セグリットさんが首を振って否定してきた。


「いえ、エイダ殿。彼らの主張はあくまでも、注目を集める為のプロパガンダのようなものです。真の目的は別にあると考える方が妥当でしょう。そしてその目的は、王子殿下の目指される部分と重なっているはずです」


セグリットさんの言葉に僕は腕を組ながら思案するが、あまり王子の為人ひととなりを知らない僕にとって、組織と王子の目的が重なる部分という事を言われても、何も思い浮かばない。


(確か王子と会った時、僕の事を自分の陣営に取り込もうと勧誘してきたっけ。それに、彼は他国からの火の粉が降り掛からないように、そもそも火の粉が降ってこないようにしたいと話していたはずだ・・・とすれば)


僕は必死に王子との会話の内容を思い返し、彼の言っていた言葉からその目的を推察する。


「以前王子と会った時には、共和国は基本的に他国から戦争を仕掛けられている側にある、だからこの現状を変えたいようなことを言っていました。つまり王子は、組織の力を利用し、この戦争で共和国の強大な力を見せつけ、他国に戦争を起こさせる気を起こさせないようにする、というのが目的ですかね?」


ぼんやりとした僕が思う王子の考えの推察に、みんなしばらく考え込むように黙り込んでしまった。そしてしばらくの静寂の後、最初に口を開いたのはメイドのイドラさんだった。


「よろしいでしょうか?」


「あ、はい、どうぞ」


凛とした彼女の声に、僕は何となく敬語で答え、考えに行き詰まりを見せていた皆は注目するように視線を向けていた。


「では、私がこれまでに得た情報と、事前にミレア様から頂いた考えを元にして、組織と王子殿下の目的を述べさせていただきます」


そう前置きしたイドラさんは、王子と組織のそれぞれの予想される目的を語ってくれた。


曰く、王子の目的はこの共和国の平和的な統治ということだと考えられるらしい。具体的には国王となる事と、周辺国からの脅威の排除ということになる。この脅威の排除というのは、王国と公国の武力を物理的に減衰させるという事を指しており、今回の戦争を利用して、敵騎士達の勢力を大幅に削ぐ算段をつけている可能性があるらしい。


【救済の光】については、世界の浄化という名目の選定ではないかということだ。自分達組織の考えに賛同・協力、あるいは従う者達のみを残し、この世界を支配するのが目的ではないかということだ。つまりこの浄化という言葉の本質は、自分達の組織に付き従う者以外を排除し、組織にとって都合の良い世界を構築する為の言葉だったのではないかということだ。


「つまり、王子が組織と協力関係にあるのは、世界を支配しようとしている組織のおこぼれを貰おうって考えからですか?」


イドラさんの話を自分なりに解釈し、端的な言葉で王子の考えを表現してみた。そんな僕の発言に、みんな苦笑いを浮かべている中、エイミーさんが理解したといった表情で口を開いた。


「なるほどね!つまり王子殿下は、組織が世界を支配する暁には、共和国の管理は自分に任せて欲しいってことなのね!」


「おそらくその可能性が高いのではないかと、ミレア様も考えています」


「しかし、そんなに上手く行くでしょうか?仮にも一国の王子殿下が、失敗した時のデメリットを考えないわけはありません。それこそ、組織と協力したということで、今2つの国から同時に侵攻されているのです。もし負けでもすれば、王子殿下は処刑され、それに連なって動いていた者達も同様になる可能性すらあります。それでは共和国が大幅に弱体化し、王子殿下の考えと真逆の結果になる可能性すらあります」


エイミーさんの言葉に頷くイドラさんに対して、セグリットさんが異論を口にした。そんな彼に、イドラさんは厳しい表情をしながら現状を指摘するように反論した。


「しかし、それでも王子殿下は組織と協力しました。となれば、彼らと協力したい、した方が賢明だと思わせる情報が提示されたのではないかと考えています」


「・・・その情報というのが、例の魔道具・・・魔力や闘氣を吸収・放出するというあれですね。その魔道具を使うことで、王子殿下は勝機を見たと?」


セグリットさんの問い掛けに、イドラさんはゆっくりと首を振った。


「いえ、正確には魔道具はあくまでも可能性の一端だと考えています。ここからは本当にただの推測ですが、【救済の光】は”世界の害悪”を復活させ、その力を魔道具によって吸収し、世界の支配に利用するのではないかとミレア様はお考えになっています」


「”世界の害悪”の復活だと!?しかもそれを利用するだなんて、本当にそんなことが可能なのか!?」


イドラさんの言葉に、エレインが驚愕の表情をしながら驚きの声を上げた。僕の両親をもってしても討伐出来なかったような強大な存在をぎょすることが可能なのか、僕もその考えには半信半疑だった。


「分かりません。これはあくまでも推測なので、もしかしたら全く別の方法なのかもしれませんが、現状で考えれば、これが一番可能性の高いことなのです」


「「「・・・・・・」」」


イドラさんの言葉に、僕達は事の大きさにどうすればいいか分からず、静まり返ってしまうのだった。



 そんな中、エイミーさんが陰鬱とした雰囲気を払拭するように言葉を発した。


「ならもう、私達で世界を守ったら良いと思うんですけど!!」

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