第213話 復活 21

 大勢の騎士に囲まれて攻撃を受けていたエイミーさん達を救出するため、僕は土魔術を使用して岩を作り出し、それを利用して退路を作り上げた。その考えにエイミーさん達もすぐに気づいてくれたようで、2人は一目散に本陣を離脱してこちらに走ってきていた。


正直エイミーさんが闘氣を使っているのは初めて見たが、あの腕輪の性能もあってか、中々に安定した闘氣を身に纏っていた。


ただーーー


(・・・何でセグリットさんがエイミーさんにお姫様抱っこされているんだ?)


物語で語られている男女が逆転したような光景に、思わず首を傾げたくなる。しかも2人はそこそこ身長差もあるので、小柄なエイミーさんが大柄なセグリットさんを抱き抱えているのはとてもバランスが悪く見える。


しかし2人の必死な形相から、とにかく援護に集中して、追っ手が迫って来られないようにと、上手に岩を落としていった。そうして無事本陣から脱出したエイミーさんは、セグリットさんを抱えたまま「もっと早く救出して欲しかった」と恨み節を言い募り、安心したのかそのまま膝から崩れ落ちてしまった。


その言葉は彼女の精一杯の強がりだというのは、表情や臭いから感じ取れてしまった。どうやら2人は食事どころかトイレにも行かせてもらえなかったようで、失礼ながらとても鼻にツンとくる臭いをしていた。


「エ、エイダ殿、私達の脱出のご助力に感謝します。エイミーさんの言葉はただの憎まれ口のようなものなので、どうかお気になさらず」


セグリットさんはエイミーさんに押し倒されるような格好をしつつも、申し訳なさそうに感謝とエイミーさんの恨み節を弁明してきた。何でそんな格好でとも思ったが、それは彼の腕や足を見て理由が分かった。同時に、彼が何故エイミーさんにお姫様抱っこをされていたのかも。


「気にしていないので大丈夫ですよ。それよりセグリットさん、負傷しているようですから治療しますね。回復次第すぐにここから離れますよ?」


僕はセグリットさんにのし掛かっているエイミーさんを押し退け、傷の状態を確認すると聖魔術を発動して彼の傷を癒した。


「ありがとうございますエイダ殿。では、追手に追い付かれる前に急いで移動しましょう」


彼はそう言いながら立ち上がると、エイミーさんに手を貸して体調を気遣いながら彼女の身体を支えていた。互いに柔らかな笑顔を浮かべて視線を交わす2人の様子に、若干違和感を覚えながらも、エレイン達が待つ馬車へと足早に移動を開始した。


「あっ、そう言えばこの女の人は君の何なの?」


そんな中、思い出したというような感じで僕に鋭い視線を向けてくるエイミーさんに、何か誤解が有りそうだと感じた僕は、小さくため息を吐きながらイドラさんの事を説明するのだった。




side フレッド・バーランド・クルニア



「何っ?妹の近衛騎士の逃走を許しただと?」


「もっ、申し訳ありません!」


 指令室である天幕に血相を変えた騎士が駆け込んでくるや、彼は私の姿を認めると、青ざめた表情をしながら臣下の礼をとって、先ほどの騒動の顛末を報告してきた。


地鳴りのような音が絶え間なく聞こえてきたことに驚きはしたものの、周りの目や耳もあり、私は努めて冷静に指示を出して事態の沈静化を図ったはずだった。


「チッ!それで、逃走を援護した魔術師は見たのか?」


残念ながら私の意図した結果にならなかったことに苛立ちを覚えつつも、今後の本陣における防衛体制を考慮して、敵の正体を確認する。とはいえ、このような大それた事が可能な勢力など容易に推測ができる。


「いえ・・・どうやらその魔術師は、遠距離からの逃亡支援に徹していたようでして、追跡も巧妙に防がれ、姿を確認することは叶いませんでした」


報告する騎士の男は、顔中から冷や汗を流しながらか細い声で話していた。自分達の失態を厳しく糾弾されることを自覚しているようだが、その態度が更に私を苛つかせた。


「まったく無能が!たった2人の捕虜の管理も満足に出来んとは・・・君達はもう少し自分の実力に見合った仕事を探すべきなんじゃないか?」


「そ、それは・・・」


私の少し遠回しな解雇通告に気付いた騎士は、絶望した表情をしながらも、何も言えずに続く私の言葉に戦々恐々としているようだった。


「まぁ、今は戦時だ。挽回の機会はいくらでもあろう?少しでも私の役に立つことを証明できれば、今の言葉は無かったこととしよう。優秀な近衛騎士である君達なら、それも可能だろう?」


「はっ!殿下の寛大な配慮に感謝致します!この本陣におります近衛騎士一同、今後とも殿下に心からの忠誠を近い、より一層の結果をもたらすよう、身命を賭して精進致します!」


「よろしい。下がりたまえ」


「はっ!失礼致します!」


彼の言葉に満足した私は下がることを許すと、彼は恭しい態度でこの天幕を後にした。きっと戻った先では、私の言葉をこの本陣にいる近衛騎士全員に伝え、全体の士気を上げてくれることだろう。



「さすが、将来この国を背負っていくお方ですわね。人の使い方が実に上手ですわ」


 騎士が去っていくと、物影に隠れていた人物が私の隣に姿を見せた。


「当然だ。人心掌握術など、王族にとって基本的な技能の一つだよ」


「叱責される恐怖に怯える者に、優しい声で期待しているといえば、あのようにやる気にはやるのですね。勉強になりますわ」


彼女は艶かしい声音で今の出来事を端的に言い表しつつ、私の肩にしなだれ掛かってきた。彼女は【救済の光】との連絡役兼輸送役として、先日この本陣に到着した人物だ。何の思惑があるのか、彼女は女を全面に出すような格好と仕草で私に取り入ってくる。


王子である私が、こんな裏がありそうな女に手を出すはずもなく、さりとて組織との良好な関係は保たねばならないので、私は彼女の好きなようにさせていた。


「それでナリシャ、そちらの準備は整ったのか?」


女の匂いを充満させ、胸元が大胆に空いている服で柔らかな2つのそれを私に押し付けてくる彼女に向かって、ことさら事務的な態度で話しかけた。


「ふふふ。そんなに警戒しなくても、私に手を出したところで噛みついたりしませんよ?お互いに楽しみませんか?」


「それはとても魅力的な提案だが、遠慮しておこう。君に手を出せば、骨までしゃぶり尽くされそうだ」


「あら、残念ですわね。そうそう、準備の面でしたら何も心配はいりません。予定通り3つの心臓の欠片も揃いました。儀式についても、彼の方の準備は万端です。あとは、我が盟主の到着を待つばかりですわ」


誘いの言葉をしれっと躱す私を少しも気にすることなく、ナリシャは私の質問に淀みなく答えていた。それは彼女にとって、今のやり取りは時間潰しの遊びだったということが伺い知れた。


「となれば、これで余程の邪魔が入らない限り、計画は7割方達せられたということだな」


「ええ。余程の邪魔者が乱入しない限りは、ね・・・」


彼女はそう口にして、意味ありげな笑みで私を見つめてきた。彼女の言わんとしている内容を正確に理解している私は、ため息を吐きつつ懸念している事を言い当てる。


「剣神と魔神、そしてその息子か・・・」


「さっきの近衛騎士の脱走騒動だって、誰が手助けしたかなんて明白でしょ?少なくとも息子の方は、この本陣のすぐ側に居る。そんな状況で例の儀式をして本当に大丈夫かしら?」


彼女からの非難めいた言葉に、私は若干眉を動かすが、それでも冷静を装って口を開いた。


「問題ない。先の騒動で奴も騎士2人の状態を確認したり、情報を確認する必要がある。それに追手を気にして既にこの近くからは離れているだろうし、あの騎士も我々の真の目的は知らないのだ。ここで余計な動きを見せれば、それこそ奴らの介入を早期に招く危険性がある」


「そう。なら予定に変更なしってことね。まぁ、これで王子様の後ろ暗い部分が白日の元に晒されるわけだけど、あなたはどんな最後を迎えるのかしらね?」


彼女は嫌らしい笑みを浮かべながら、私を覗き込んできた。本来なら許されない【救済の光】と手を結び、あまつさえ禁忌とされている”世界の害悪”を利用しようとしているのだ、そんな者の最後は碌なものではないとでも言いたいのだろうが、それはお互い様だ。


「ふん。儀式さえ終わってしまえば、例え妹だろうが父上だろうが、それこそ剣神だろうが魔神だろうが、私をどうこうすることは不可能になるのだ。そんな心配などする必要がない」


「ふふふ、それもそうね。じゃあ、私は彼の様子を確認しに戻るわね?彼、最近欲求が抑えられないみたいで大変なのよ」


話は終わりだとばかりに、彼女は私から離れ、この天幕の出入口へ向かってゆっくりと移動していった。彼女の言葉に私は、儀式の要の一つである彼のことを思い浮かべる。存在を感知されないように、特製の天幕の中で過ごしてもらっているが、いくら必要なことといえど、既にあれは人間ではなく魔獣に近しい存在なのではないかと思える。


(いや、もはや魔獣でもないか。既にあれには睡眠が必要なく、異常な性欲と食欲を有する、会話が出来るだけの化け物だ。あれを器にしなければならないとは、”世界の害悪”とは真に恐ろしい化け物なのだろうな・・・)


そんなことを考えながらも、その化け物すら利用しようとしている自分達はいったい何者なのだろうか、という思いも湧き上がってくるが、そんな考えを私は意識的に思考から取り除き、ナリシャが天幕から出ていく姿をぼんやりと見つめていた。

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