第212話 復活 20


side エイミー・ハワード


「・・・もう限界・・なんですけど・・・」


 監禁されてから今日で3日目を迎え、私はついに弱音を吐き出した。それというのも、当初はいくら王子殿下が敵組織の側の人間だったとしても、近衛騎士である私達を亡き者にすることは出来ないだろうと考え、それなりの待遇で食事の提供もあるだろうと考えていたのだが、既に丸2日以上水も食べ物も口にしていなかった。


そのくせ外に居る見張りは定期的に中の様子を確認してくるので、中々脱走するための準備もはかどることがなく、私とセグリットは時間が経つごとに体力も気力も減っていた。


しかも一番我慢ならないのは、女性である私にトイレすら行かせようとしないことだ。最初は女性の尊厳を守るために我慢に我慢を重ねていたが、2日目に私のダムは決壊してしまった。羞恥に悶える私の隣では、セグリットもダムが崩壊したようで、2人して自分達の臭いに乾いた笑いをあげた。ただ最後の一線として、大きい方のダムはお互いに堅守している状況だった。


しかし、それも3日目に突入して色々と状況が変わる。水を飲んでいないせいで、体力も気力も限界が近づいてきているのだ。近衛騎士としての訓練で、5日くらい食事をしないで軍行するというものがあったが、それでも水分の補給は許されていた。今の状況を考えると、脱出の体力が残っているのは今日までだろうという結論に至った。


「今までの傾向で、お昼前には見張りが交代するために隙が生じます。そこで行動を起こしましょう。いけますか?」


私が弱音を呟くと、セグリットは心配した顔でそう言ってきた。まだ余裕がありそうな彼の様子に、さすがは男性だと頼もしさを感じた。


「なんとかね。でも、どうやって逃げる?周囲は王子派閥の人間が常に巡回していて、とても見つからないように逃げるなんて無理なんですけど?」


「そのようですね。ですから、見つからないように逃げるのではなく、逆に騒ぎを起こしてその混乱に乗じて逃げる方が可能性があると考えます」


セグリットの考えに、私は少し考え込む。確かにこっそり逃げられないとなれば、大きな騒動を起こすことで少なくとも多少の混乱は期待できるだろう。問題があるとすれば、その混乱はすぐに収まってしまうこと。何故ならこの本陣において想定外の事態が生じるということは、精々が偶然強大な魔獣が襲いかかってくるか、敵対勢力となっている私達が暴れるかの二択くらいだからだ。となれば、体勢の立て直しもあっという間だろう。


しかしーーー


「やるしかないわね。たぶん満足に動けるのは今日まで・・・それ以上はただ衰弱してくだけでしょうね」


「はい。やるなら今日です。暗闇に乗じてとも考えましたが、警戒は夜間の方が厳重でしたので、昼の方がまだましです」


「そうね」


セグリットの考えに私も頷いた。夜間は魔獣の動きが活発になることもあって、警戒はより厳重なものとなっていたのだ。そんな状況で脱出を試みても、あっという間に捕縛されるか、悪くすればそのまま処刑だろう。昼だとしても見つかれば最悪処刑だが、夜間よりは可能性が高い。


そんな決意を固めた私に、セグリットは思いもよらない言葉をかけてきた。


「それでは私が暴れますので、エイミーさんは私が敵を引き付けている内に隙を見て逃げてください」


「はっ?何言ってるの?私だって騒ぎを起こすわよ」


私の反論に、彼は真剣な表情で口を開いた。


「それは愚策です。2人して騒動を起こしても、2人共捕まってしまう可能性が高い。どちらかの生存率を上げるならば、役割分担をすべきです。広範囲に影響を及ぼす魔術であれば、敵の注意を引き付けられますし、闘氣を纏って走れば、ここの包囲網を突破し、逃げられる可能性が高い」


「な、何言ってるの?あんた死ぬ気?」


「そんなつもりは毛頭無いですよ。ただ、そうですね・・・せめて騎士として、いえ、男として、気になっている女性の事を守りたいじゃないですか」


「っ!!?セ、セグリット?」


彼の突然の言葉に、私は驚きも露にあんぐりと大口を開けて固まってしまった。今までそんな素振りは微塵も感じなかったという事実が、更に私を驚かしていた。そんな私に彼は口元を緩めて、脱出する段取りを一方的に捲し立ててきた。


「拘束されている縄は、私の土魔術で作ったナイフで切ります。結構魔力を使うので、すぐに感づかれるかもしれませんが、敵が集まってきてもそのまま魔術で牢を破壊し、周辺の天幕へ火を放って混乱を誘います。立て直してくるまで一瞬かと思いますので、タイミングを見誤らないように、予め闘氣を準備しておいて下さい」


「ま、待ちなさいよ。そんな勝手に・・・困るんですけど・・・」


「無事に戻ったら答えを聞きますので、絶対に生き延びて下さいよ?」


「っ!あ、あんたそれはーーー」


セグリットの言葉に、同僚の間でまことしやかに囁かれている、危険な仕事の前にそういう系統の約束事は厳禁だという話が脳裏を過り、慌てて訂正しようとしたが、そんな私を遮って彼は行動を始めてしまう。


「丁度見張りの交代の足音がしますね・・・では、始めます。エイミーさんは闘氣の展開を」


そう言うとセグリットは魔力を溜め、腕輪の力も利用して、土魔術で刃渡り10cm程のナイフを作り出した。そして、地面に突き立てたそれに手を拘束している縄を上手くあてがい、一気に縄を切断していた。更に彼はすぐにナイフを手に取り、自分の足の縄を切り、私の手足の縄も切ってくれた。


「おいっ。今、魔力の高まりを感じなかったか?」


「お前もってことは、勘違いじゃないな?」


私達の拘束が解けた頃、外で見張りの引き継ぎをしていたであろう騎士の声が聞こえてきた。魔力を使った事に気付かれたようで、すぐに確認のために突入してくるだろう。


「エイミーさんっ!」


「分かってる!」


闘氣の展開を促す彼の声に、私は大きく返事を返した。その時既に騎士が天幕を確認しようと、幕を開けて私と目があっていたので、今さら隠し立ても出来ないと腹を括ったからだ。


(この腕輪、凄い!!)


腕輪を利用した闘氣の展開は、今までの私の制御と比べると天と地ほども違いがあり、これ程スムーズに闘氣を身体に纏えていることに驚きを感じた。


(これならっ!)


隣で牢屋を破壊しようと魔力を練っているセグリットを横目に、私は腕輪の力で制御が上がった闘氣を纏い、渾身の力で鉄格子を蹴り飛ばそうと、回し蹴りを放った。


「はァァァァ!!」


『ドゴンッ!!』


「「「ぐあぁぁ!!」」」


気合いの雄叫びを上げ、勢い良く蹴り抜いた回し蹴りは首尾良く鉄格子を破壊し、吹き飛んだ鉄格子が鈍器となって天幕内に入ってきた騎士達にぶつかっていた。


「この隙に!行くわよセグリット!」


「えぇぇ!?」


私は再び闘氣を纏い直して素早く状況を把握すると、セグリットの手を引っ張って一緒に逃げようと走り出した。そんな私の行動に、彼は目を見開いて驚いていた。事前の話とまるで違うから当然かもしれないが、彼を一人残して自分だけ逃げようなんて事は出来ない。


(これでも私はセグリットの上官だし、小さい方のダムを決壊させてしまうという、私のとんでもない姿も見られたんだから、こいつには絶対に責任取ってもらわないといけないんですけど!!)


そんなことを考えながら捕らわれていた天幕を出ると、既に異変を察知したようで周辺の騎士達がこちらを包囲するように向かってきていた。


「エイミーさん!後は私が!必ず包囲に穴を開けて見せますから!」


「うっさい!!2人揃って無事にここを脱出するの!でないと、あんたの事なんて大っ嫌いになってやるんですけど!」


彼からの切実な言葉を私は一蹴し、絶対に離れられないように彼の手を握る力を更に強めた。ただし、私の威勢とは裏腹に状況は最悪だ。既にこちらの包囲は完了してしまっており、虫の這い出る隙間もないほどだ。


「大人しくしろ!反抗する場合は処刑の許可も出ている!!こちらとしても、積極的に同胞を手に掛けることを望んではいない!諦めて投降しろ!!」


「・・・・・・」


私達に剣を向けながら、騎士の一人が降参を促してきた。その言葉に私は奥歯を噛み締めながら、何か手はないかと模索する。しかし、当然相手は待ってはくれないので、私達の沈黙の時間を敵対行為と見てとられたのだろう、魔術師の騎士の一人が攻撃してきた。


「王子殿下に仇なす者どもめ、死ね!!」


「くっ!」


その騎士は尖った槍のような形状の石を複数作り出し、圧倒的な速度で放ってきた。迎撃するにも武器や防具はなく、避けるにも避けきれない数だった。


「エイミーさん!」


「っ!!?」


手を握っていたままだったセグリットが急に引っ張ってきて、私と場所を入れ換えるように魔術の矢面に立つと、腕輪を着けている方の手を伸ばして魔術を発動していた。


「ぐぅ・・・」


後出しでの迎撃魔術だったために全てをカバーすることが出来ず、致命傷となるものだけを大きな石の塊を作り出して防いでいた。しかし、迎撃しきれなかったものが、彼の腕や足を傷つけている。私は彼の影に隠されるような立ち位置だったお陰で、怪我を負うことはなかった。


「っ!!セグリット!」


「・・・大丈夫です!」


私は片膝を着く彼を心配して声を掛けつつ、周囲への警戒も怠らないよう視線は全体を見渡していた。最悪なことに、今の攻撃を皮切りに、剣術師の騎士達が闘氣を纏い、剣を掲げながら踏み込んできているのが分かった。


(・・・ここまでね)


最早どうしようもない状況に諦めかけた時だったーーー


『ドドドドドドドッ!!!』


「「「っ!!!???」」」


大量の何かが空から降って地面に激突している轟音に、この場にいた全員が動きを止めると、音の発生源の方へと視線を向けた。


「な、何だこれは・・・」


続く落下音の隙間に聞こえてきた誰かの呟きが妙に周囲に響く内にも、止めどなく何かが落ちてきていた。


(・・・これは岩?何でこんな大きな岩が空から?意味分かんないんですけど?)


落ち着いてみると、空から降っていたものは2m程の大きさの岩で、それが絶え間なく降り注いできているのだ。土魔術にしてもこれだけの質量のものをこれ程の数降らすには、何十人という魔術師が必要な規模だ。


(何でいきないりこんなものが・・・って、ちょっと待って!これって!)


少しの間、呆然と岩が降ってくる様子を眺めていると、その岩が整然と列を成して落ちてきていることに気付いた。しかも、ちょうど人一人が通れるような隙間を置いて、そんな岩の列が2つ、この本陣から外へと向かって作り上がっていくのだ。


(この非常識さ、絶対あの子の仕業なんですけど!)


先ほどまでの絶望から一転して、私は笑みを浮かべると、握り続けているセグリットの手に力を込めて立ち上がらせようとした。


「セグリット!」


「ぐっ!私は後から行きます!先に行ってください!」


彼は足を負傷していたために走ることが出来ないようで、私を先に逃がそうと手を振りほどこうとしてきた。


「バカっ!あんたも一緒じゃなきゃ許さないんですけど!」


「エ、エイミーさん?」


私は彼の弱気な言葉に叱責を飛ばしながら、その身体を横向きに抱き抱えた。所謂お姫様抱っこをされている状態となったセグリットは、混乱と羞恥心がない交ぜになったような表情をしながら私を見つめていた。


「とばすから、しっかり私に捕まってなさい!!」


「は、はいっ!」


すっかり男女の立場が逆転してしまったような状況だったが、私は彼と共にこの状況から逃げ出せることに喜びを感じ、一目散にこの場から走り出した。


「ま、待て!」


「奴らを逃がすな!」


後ろから怒声が聞こえ、私達を追ってくるような足音も聞こえたが、私が走り去ったその場所を閉ざすように岩が降ってきたようで、結局誰も手を出すことは出来なかったようだ。



 闘氣が切れるまで私はひたすら全速力で走り抜くと、やがて岩の道は無くなり、開けた場所に出た。どうやら本陣から無事に脱出できたようだ。


「はぁはぁはぁ・・・まったく、もっと早く助けに来て欲しいんですけど・・・」


息も絶え絶えになった私は、目の前で魔術杖を携えている人物に向かって精一杯強がった笑顔を浮かべながら恨み節を呟いた。


「無事で良かったです、エイミーさん、セグリットさん」


安堵した表情で出迎える彼の隣に居る女性が気にはなったが、それよりも私はセグリットと2人無事に脱出できたことで力が抜け、その場に彼と一緒に倒れ込んでしまった。

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