第209話 復活 17

 拠点の目の前にて僕は白銀のオーラに身を包み、魔術杖を携えながら意識を集中していた。既に防衛体制を整えていた拠点の者達からは、僕から少し離れた位置で武器をこちらに向けて包囲するように展開している。


彼らの反応は様々で、鋭い視線で敵意を向けてくるものや、怯えたように身体を震わせているもの、使命感からか強い意思を滾らせた表情を見せるものまでいた。そして、全員に共通して言えることは、僕の姿を見ても引くことはなく、どうやら不退転の決意でここにいるようだった。


エレイン達は少し後方に下がっていてもらっているので、この場所では僕以外全員が敵という状況だ。目の前に150人ほどの敵意を持った者達に囲まれる中、僕の心はどこか落ち着いていた。


「一応伝えておこう、僕はエイダ・ファンネル。今からこの拠点を潰し、さらにその後、【救済の光】を壊滅させる。君達のことも一人として逃がす気はないが、投降するなら命までは取らない」


僕は周囲への警戒を怠ることなく、声高に自分の目的を叫んだ。すると、この拠点の代表者なのかは不明だが、一人の男性が少し前に出てきて声を大にして言い放ってきた。


「我らはそのような脅しには屈しない!我々が目指す先にこそ人々の幸せが存在し、それを邪魔しようとするものは完全なる悪だ!我々は悪を許さない!正義の名の元に、貴様を討伐する!これは聖戦なのだ!!」


「「「おおぉぉぉぉぉ!!!!」」」


その男性が口上を述べて剣を天に振り上げると、それに呼応するかのように僕を取り囲んでいた者達も武器を天に掲げ、咆哮をあげていた。


「ものは言いようだな・・・」


集団心理なのか、彼の言葉を皮切りに士気が上がり、先程まで居た怯えを見せる者達は居なくなっていた。そんな状況に、僕はポツリと不満を口にした。


その瞬間、物見櫓ものみやぐらのような高台に配置されている者達から弓矢や火、土の魔術が雨あられのように放たれた。


『バシュシュシュシュシュ・・・・・』


「・・・・・・」


それら全ての攻撃は、僕の身体に纏う白銀のオーラに触れた瞬間に弾かれたように消え去った。通常よりもオーラの密度を上げている分、その防御性能は折り紙付きだし、今までユラユラと揺らめいていたオーラは、若干形を整えつつあった。


「怯むなっ!!奴の力とて無限じゃないんだ!息つく暇さえ与えずに攻撃を続けろ!!」


誰かの叫び声に呼応するように、近接武器を持った者達もこちらに攻撃を仕掛けてきた。その闘氣の様子から、ある程度の実力を持つ者達なのだろう。彼らは魔術や弓矢の攻撃の合間を狙って、お互いの剣がぶつからないよう戦術的に剣や槍を振り下ろし、突き込んでくる。


その連携の上手さに感心の表情を浮かべるも、誰の攻撃も僕の服にすら当たることなく、振り下ろされた剣や槍は全て半ばから折れたり刃が欠けたりしていた。


「この・・・化け物め!!」


「ありえないだろ!!」


「くそっ!こいつ本当に人間か!?」


接近戦で攻撃を仕掛けてきた者達は、口々に僕のことを化け物だとか人外だとか吐き捨ててくるが、そんな彼らの様子に僕は口元を吊り上げながら魔術杖を前方に構えた。


「さぁ、僕と君達【救済の光】との開戦の狼煙だ!!」


そう宣言し、僕は魔術を発動した。火と風の魔術を同時に発動するための集中に多少時間は掛かってしまったが、納得のいくものになった。


「なっ!何だこれは・・・」


「熱っ!し、死ぬ!!」


「ぐあぁぁ!!防具が熱で溶け・・・助けて・・・」


阿鼻叫喚の悲鳴をあげる彼らの背後では、轟音と共に天高くまで昇る炎の竜巻が拠点を蹂躙していた。建物は悉く焼失していっているようで、既に拠点だったと認識できる建物は存在しない。そればかりか、その熱波の余波は当然のことながら、近くにいた僕を取り囲んでいた者達にも影響を与えた。


一番僕が放った魔術の近くにいた者達の鎧は高熱の影響で溶けだし、身体にべったりと貼り付くように装備者達を呑み込んでいた。当然ながら、そんな溶けた鎧に身体を覆われれば無事で済むはずもなく、周囲には人間の肉が焼ける嫌な臭いが漂い始め、倒れた者達の皮膚は焼け爛れ、黒焦げになりつつあった。


周りのそんな様子に僕は若干顔をしかめるが、それでも自分で決意した事なので最後まで見届けようと目を逸らすことはしなかった。



 しばらくして全てが終わると、僕は白銀のオーラを解除した。周りには虫の息となった組織の構成員達が倒れ伏し、弱々しい呼吸音と共に痛みを訴えるような声にならない声が聞こえてくる。建物があった場所についてはあまりの高温のためか、地面が硝子状に変質してしまっていた。


物見櫓にいた人達は足場だった櫓が焼失した為に地面に落下しており、打ち所の悪い者はそのまま息を引き取り、運良く生きている人も身体中を所々骨折しているようで、生きているのが不思議なほどの様相を呈していた。


まさに周囲は死屍累々ししるいるいとしているような状況の中、後方に待機してもらっていたエレイン達がこちらにゆっくりと歩いてきた。


「これはまた・・・派手にやったものだな」


拠点に広がる惨状を目にしたエレインは、予め僕からこうするという話を聞いていたものの、実際の様子に何とも言えないような表情をしていた。


「僕も白銀のオーラの状態で融合魔術を発動した事はありませんでしたし、思ったよりも凄い威力でした。それに、感覚的なことなのでたぶんですが、白銀のオーラの制御も上達してきている感じがします」


「さすがエイダだな。後方に控えていてもかなりの熱波が来ていたからな、その中心点ともなればこのような状態になるのか・・・戦闘は全て自分一人に任せて欲しいと言ったときには、また君が全て背負う気かとも考えたが、この有り様では私は完全に足手まといどころか邪魔になってしまうな・・・」


彼女は僕の言葉に微笑を浮かべながら頷くと、周囲を見渡しながら僕の放った魔術についての感想を口にした。


「といっても、発動までにかなりの集中力と時間が必要ですね。やっぱり全属性の魔術を混ぜ合わせる方が簡単に思えるほど、別の属性の魔術を同時発動して融合するのは難しいですね」


「ははは、私にはとてもそのような真似は出来ないから、どちらも高度過ぎる話で理解が及ばないよ」


僕は努めて穏やかにエレインと会話をしているが、その実、結構な人数の人を殺めてしまったことに少なからず葛藤を抱えていた。彼らの組織が人体実験として周辺の村人を攫っていたことは許せないし、この戦争にも何かしらの思惑があってこんな拠点に居るのだろうということも分かっている。


更に、僕の魔術を吸収してしまうほどの魔道具を利用する気なので、この世界にとっても良くないことをしようとしていることも理解している。それでも、中には純粋に組織の掲げる教義に賛同して集まったり、自身に降りかかった理不尽な現状に嘆いた末に組織に加わっている人も居るかもしれないと考えると、一概に組織に荷担している全員が悪いのではないかもしれないとふと考えてしまうのだ。


それは奇しくも、少しでも状況が違っていれば僕が進んでいた未来かも知れなかった。


「エイダ・・・あまり相手の立場に自分を重ね過ぎるなよ?今の状況に彼らが居るのは、自分自身で選択した結果だ。君が今この場に居るのも、彼らと敵対しているのも、それぞれ自身が望むより良い未来を得ようとした結果だ。他人の選択の責任を君が感じる必要はない。それに、君の行いは間違っていない。この世界の平和のために、彼らは危険な存在だったと私も思っている」


「エレイン・・・ありがとうございます」


自分が作り出した周辺の様子を、複雑な思いで見つめる僕の事を心配に思ったのか、エレインは僕の手を優しく握りながら、気遣わしげな表情で僕の心を落ち着かせてくれた。



「そろそろよろしいですか?」


 しばらくの間、僕とエレインの様子を見守っていたマルコさんとリディアさんがゆっくりと近づいてきて、若干呆れた表情を浮かべているマルコさんが問いかけてきた。


「は、はい、何でしょう?」


僕とエレインは慌てて繋いだままだった手をパッと離し、適度な距離を取って彼らに向き直った。


「現状、この拠点は陥落しました。まだ息のあるものもおりますが、このまま放っておけば全員、明日の日の出を見ることはないでしょう。情報を聞き出すにも、特級ポーションでも使わない限りは質問にも答えられない状況です。そんな希少なもの、持ち合わせていませんが・・・」


マルコさんからは暗に、やり過ぎなのではという非難めいた言葉にも聞こえた。そもそも彼らは間者であり、情報収集が主たる仕事らしいので、このように拠点を制圧したのに何の情報も得られないのは、仕事柄我慢ならないのかもしれない。


「マルコさん、私達はあくまでも彼の監視が今の任務です。その職業病みたいな考え方は控えてください」


そんな彼の様子を、リディアさんはため息を吐きながら嗜めていた。彼女の反応を見るに、どうやら彼のこの言動はいつものことのようで、よほど職業意識の高い人物なのだろうということが伺えた。そしてそれゆえに、彼女も苦労していそうだった。


「う゛、うん!失礼しました」


「いえいえ、構いません。それで、どうしたんですか?」


咳払いして先程までの言葉を謝罪したマルコさんは、柔らかな雰囲気になっていた。そんな彼に僕は気にしていない事を告げ、先を促した。


「今まで得られた情報から、組織のこのような拠点はおそらく他にも10以上点在している可能性が高いと考えられます」


彼の指摘に僕は同意するように頷いた。情報では組織の構成員は、この平原に数千人の単位で移動してきているからだ。一つの拠点に100~150人ほどが滞在しているというのであれば、他の拠点も同規模だと想定すると、他にも10以上の拠点があるだろうと考えられる。


「私達を伴った状態で一つの拠点を制圧するのに、偵察、移動、無関係の者が居ないかの情報収集、制圧、事後処理等を考えると、少なくとも3時間から5時間は掛かってしまうと考えられます。そうなれば、全ての拠点を制圧するのに不眠不休でも2、3日はかかります。現実的には1週間が妥当かもしれません」


「・・・確かに、そうなりますね・・・つまり?」


「我々としても、彼らの思惑に危機感を抱いていないわけではありません。既に戦争が始まっている現状で、もし一週間以上も時間がかかった場合には、先に彼らの目的が成就してしまう可能性もあります。ここはもう少し効率を考えて行動しましょう」


もっともな彼の言葉に、僕は何も言えなくなってしまった。それはきっと、僕の考えが浅はか過ぎるのがいけないのだろう。目的を決め、それを遂行しようとしているだけで、具体的な時間の考慮や目的を遂げるまでの詳細な道筋を考えていなかったのだ。


「ご指摘はごもっともですね。ただ、僕にはその指摘に見合う行動方針がすぐに思い浮かばないものですから・・・何か良い案があればご助言いただけませんか?」


僕の言葉に、マルコさんは微笑みながら頷いてくれた。


「この現状に、更に優先順位を付けましょう。得られた情報を鑑みるに、あのジョシュという存在は組織にとって何らかの利用価値がある存在であり、彼を起点として事を起こす算段の可能性が高いのではないかと推察されます。そこで全拠点の制圧よりも、まず彼の生存確認を優先しましょう」


「・・・あの魔道具の破壊は後回しで大丈夫なのですか?」


彼の言葉に、僕も疑問に思った事をエレインが代わりに聞いてくれた。


「正直に言えば、あの魔道具を探し出す難易度はかなり高いため、時間の浪費になるかもしれません。それこそ、制圧する拠点で情報を知っていそうな上層部の人間を探し出して、一人一人尋問する必要があります。それは単に拠点を陥落させる以上に時間が掛かるものです」


「しかし、そうであれば組織も十分に対策を考えているのではないか?それこそ、エイダにも気配を感知できない魔道具を使用してジョシュの存在を隠していれば、そう簡単に見つからないですよ?」


「ええ、そうでしょうね。そこで、見つけた拠点に多少の怪我人が出る程度の攻撃を仕掛け、彼を炙り出します。おそらくエイダ殿が動いているという情報は、全ての拠点でも共有されているでしょうから、そこで騒動を起こせば彼が出てこないということは考え難いと思います。彼、結構粘着質な性格をしてそうでしたので」


「・・・確かに」


マルコさんの考えに、僕は大きく頷いた。同様にエレインも苦い顔をしながら頷いていた。


「ジョシュという組織にとって重要とする人物には、それなりに情報に精通した者が同行している可能性が高い。可能ならその人物から魔道具の在りかを聞き出します。そして、魔道具を破壊した後に余力があればそのまま組織の掃討戦という感じでしょうか?これなら拠点を確認して、即襲撃となりますので、時間を効率的に使えると思いますよ?」


マルコさんは自らの考えにお伺いを立てるように問いかけてきたが、僕としては反対する理由は無いので、彼の案を採用することにした。


「確かにマルコさんの言う通りですね。それでいきましょう」

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