第208話 復活 16

 その拠点は岩場の多い荒野のような場所にあり、特に外壁もなく、数個の建物が立ち並んでいた。壁が崩れているような建物も少なからずあるが、それでも最近手入れされているようで、補修がまだ真新しかった。


更にこの拠点では、まるで襲撃を警戒するように完全武装した人達が巡回を密にしているような感覚を受けた。感知している相手の気配は100を優に越え、この拠点に相当数の人が集まっており、その目的がいったい何なのか疑問に思うところだった。



 偵察を終えた僕はこの場を離れ、後方に待機してもらっていたエレイン達の元へと戻った。


「・・・というのがあの拠点の状況なんだけど、彼らは【救済の光】の人達かな?それに、わざわざこんな所にそれだけの人数を集めているのは、どんな理由だと思う?」


偵察してきた情報を馬車内で皆と共有しながら、僕はあの拠点にいる者達がどの勢力の人達なのかを確認するために聞いた。


「共和国の騎士では無いと思うな。そもそも、こんな戦場から中途半端な場所に戦力を分散させる意味がない。奇襲を行うにしても、エイダから聞いた人数では少な過ぎる。やはり【救済の光】と考えて良いと思う」


「場所的に公国寄りではありますが、公国の騎士でも無いでしょう。そんな報告は聞いていませんし、そもそもそんな人数では、敵国の真っ只中で取り残されているようなものです。私どもとしても、それは【救済の光】の拠点であると考えます」


僕の問いかけに、エレインとマルコさんが難しい顔をしながら自らの考えを教えてくれた。2人の言葉を聞いて、みんなの顔を見渡しながら更に疑問を重ねる。


「となると、問題は彼らの目的ですね。場所や人数から推察することは出来ますか?」


「さすがにこれだけの情報では難しいですね。その拠点には例の異様な外見の人物・・・ジョシュ・ロイドは居なかったのですか?」


マルコさんの言葉に、僕は首を振った。


「一応あの拠点を注意深く確かめたのですが、彼は居ませんでしたね。あの異様な気配なら、僕の気配感知の範囲内に入ればすぐに分かりますし」


「そうですか・・・正直、あの人物が彼らの目的の肝になりそうだと考えられますので、居ないとなると、あそこは陽動のためのものとも考えられます・・・あくまで可能性ですが」


「確かにその考えは一理ありそうですね。エイダは【救済の光】の構成員が平原に集まっていると聞いて動いたようだが、その情報ではどれだけの人数が動いたのかは分かっているのか?」


マルコさんの言葉に同意を示すようにエレインは頷き、僕に平原に来ることになったきっかけの情報についての詳細を確認してきた。


「ジーアの協力で、フレメン商会から聞いた情報やエイミーさん達近衛騎士団の話を統合すると、何千人という単位で動いていたはずだから、それを考えればあの拠点の人数は少な過ぎるね・・・」


「もしかすると、同様の拠点がこの平原近くに複数有るのかもしれませんね。目的は定かではありませんが、何か良からぬ事を企んでいると考えて行動した方がよろしいでしょう」


僕の言葉に、リディアさんが重々しく口を開いた。彼女からはかなりの緊張感が伝わってくる。事前に公国の2人からは、あくまでも情報収集を主とする諜報員であって、戦闘能力は期待しないで欲しいと言われている。いくら僕の監視のためとは言っても、大きな戦いの渦に巻き込まれそうな状況に不安を感じているのかもしれない。


「それはそうですね。ただ、もし戦闘状態に突入しても、リディアさん達は手出し無用で。あくまで【救済の光】の殲滅は僕の都合ですから、その時には巻き込まれないように隠れていてください」


「ありがとうございます。ですがこれも仕事ですので・・・」


僕の言葉に、彼女は苦笑いを浮かべながらそう返答していた。それはマルコさんも同様のようで、彼も苦笑いを浮かべつつ彼女に同意するように頷いていた。そんな彼らに申し訳なさもあったが、それでも【救済の光】を潰し、ジョシュ・ロイドを亡き者にするという目的は変えられなかった。


「すみません。それでは一旦休憩して食事を摂り、その後、予定通り動きます」


僕が今後の予定を口にすると、みんなは静かに頷いてくれた。



 夜の帳が降りてきた頃、僕達は慎重な歩みで、明るい内に確認していた【救済の光】が使用していると見られる拠点に接近している。遠距離から一気に魔術等で攻撃を仕掛けないのは、万が一にも建物内に一般人が捕らわれていないかを警戒してのことだ。


その場合、正面から攻め込めば人質に利用される可能性もあるが、僕の最優先事項は組織の壊滅だ。それを優先するためには、心は痛むが多少の犠牲は覚悟している。この拠点の攻略方法をみんなで考えた時に効率を考え、バラバラに侵入して捕らわれている者が居れば解放するという案も出たが、あえて僕が拒否し、真っ正面から乗り込むことにした。


これは全員僕の目の届く範囲に居てもらうことで、万が一の時にも守りやすくするためだ。それに、この拠点に構成員しかいなかった場合は、高威力魔術で消し去ろうとも考えているので、僕の攻撃の巻き添えを避ける為のものでもある。


そうしてゆっくりとみんなで移動し、拠点の建物が目視できるような距離に近づいてきた頃、僕は違和感を感じた。


(・・・なんだ?周辺に気配はないのに、何か音が・・・これは・・・っ!足音かっ!)


かなり意識を集中して周囲を警戒していたこともあって、僕はその音に気づいた。僕の気配察知さえ欺くような魔道具を組織は有しているのだ。その豊富な資金力があれば、ある程度の数が揃っていると想定すべきだろう。


「気づかれました!襲撃です!」


「「「っ!!」」」


僕の警告にみんなは驚いた表情をしながらも、すぐに武器を構えて戦闘体制をとった。これも予めの話し合い通りだが、基本的に戦闘は全て僕の仕事だ。


(足音の数からして少なくとも5人は周囲に居るはず・・・ならっ!)


相手に先んじて気づかれた理由は不明だが、迎撃のために相手の姿を晒さなければならない。


「エレイン!」


「ああ!!」


僕の呼び掛けに力強く答えた彼女は、既に魔術の発動準備をしており、すぐに上空に杖を掲げて水魔術を発動した。すると、周辺に激しい雨が降り始め、地面には水溜まりができ始めた。


僕は白銀のオーラを纏い、水溜まりの影響でバシャバシャと足音がする方へ駆け出し、ぬかるみとなった地面の足跡で、ある程度の当たりをつけてそこに居るであろう存在に向かっておもむろに拳を突き出す。


「ぐあぁっ!」


拳に伝わる確かな手応えと共に、僕が殴った人物が叫び声をあげながら地面へ倒れ伏した。かなり手加減をしたつもりだが、たったの一撃で殴られた人物は気を失い、魔道具も効力が消えてしまったようで、ハッキリとその人物の姿を認識できている。


「よし!このまま認識阻害の魔道具持ちから制圧する!」


僕は相手への殺気と威嚇も込めて声高に叫ぶと、にわかに周辺からの音が大きく聞こえだした。それは、僕がどのように姿の見えない彼らを倒したのかをその目で見ていたとは思えないような稚拙さで、僕の殺気に呑まれたせいか、中には悲鳴をあげるものまでいた。


相手の声や移動音を頼りに、瞬く間に素手で6人を戦闘不能にすると、全員を拘束してエレイン達がいる1ヵ所に集めた。一応組織の構成員かを確認するために、一人の意識を覚まさせ尋問を行おうと考えたからだ。


「お~い、起きろ!」


「う・・・うぅ・・・」


後ろ手に縛り、横たわって気絶している男の頬を平手で数回叩くが、中々意識を取り戻さなかった。


「エイダ殿、よろしければ私が代わりましょうか?」


どうやって起こそうか悩んでいる僕を見かねてか、マルコさんが代わりを申し出てきた。


「お願いできますか?あんまり尋問とか得意じゃなくて・・・」


「お任せください。私はある程度訓練を受けていますから、尋問もお手のものです」


彼の頼もしい返答に安心して後ろに下がると、彼は懐から小さな瓶を取り出し、蓋を開けて気絶する男の鼻元へと近づけた。


「・・・っ!なっ!なんだ?何が起こった?」


するとその匂いのせいなのか、男はすぐに意識を取り戻して、キョロキョロと周りを見渡しながら、状況が分からず混乱しているようだった。


「今からあなたに幾つか質問をします。素直に答えてくれれば苦しむことはありませんが、答えられなければ拷問します」


「は、はぁ?あんたいきなり何言っーぎゃあぁぁぁぁ!!!」


マルコさんの言葉に男性は何か言おうとしたが、そんな男性の指をマルコさんは取り出したナイフで無表情に切り落としていた。


「あなたからの質問や疑問には一切応じません。関係ないことを言う度にあなたの指は1本づつ失くなります。私の言っていることが理解できたら首を縦に振りなさい」


「うぐぅぅ・・・な、何でこんーいがぁぁぁ!」


マルコさんは尚も何か言い募ろうとした男の指を、躊躇いなく切り落とした。


「もう一度聞きます。私の言っていることが理解できたら、首を縦に振りなさい」


「・・・・・・」


男は苦痛に顔を歪め、歯を食い縛りながら痛みに耐えつつ首を縦に振っていた。


「ではまず、あなたの所属から聞きましょうか」


そう前置きしたマルコさんは、地面に這いつくばったままの男にいくつかの質問をしていった。時折マルコさんの質問に口ごもる男は、全ての質問が終わった時には、結局7本の指を失うことになってしまっていた。正直言えば見ていて気持ちのいいものではなかったので、僕とエレインは少し離れたところで様子を伺うように尋問が終わるのを待っていた。



 その後、もう2人にも同じような尋問が施され、結果として分かったことは、やはりこの先の拠点には【救済の光】の構成員達がいるということ。数は150人程度で、その目的は今回の戦争に介入することだった。介入することで何を成そうとしてたのかまでは、残念ながら本人達にも知らされていないということだった。


それは機密情報を統制するためか、末端の構成員達には組織の最終的な理想程度の目的しか知らされていないようだ。その理想というのも、今の為政者達が弱者から搾取する構造を打開し、真に人々にとって幸福に暮らせる世界の再構築という突飛な言葉に、僕は首を傾げるのだった。


何せ彼らから語られた言葉は抽象的に過ぎるので、具体的にどのような世界が人々にとって幸福になれるのか質問しても、誰も彼も言葉を濁すだけだったのだ。そのくせ、その世界へと至る手段については、今の為政者達やそれに連なる者達を根絶やしにすればいいという短絡的な思考をしていることにため息がでる。


とりあえずは、この先の拠点に人質や囚われてしまっているような人物は居ないということだった。また、まるで僕達が襲撃することを事前に予知したかのような動きについては、拠点の上の立場の者の指示によるもので、何故分かったかについては彼らは知らなかった。


そういった情報を確認した上で、僕らは拘束した彼らをその場に残し、拠点の一つを落とすために移動を再開する。既に彼らの血の臭いで数匹の魔獣が接近しつつあったので、身動きのとれない彼らは、これから仲良く魔獣達の腹の中に収まるだろう。


彼らの話からもしかすれば、僕らの行動がどこかから漏れている可能性が考えられるし、情報伝達の早さから、組織が相当数の通信魔道具を保有していることも考えられる。となれば、これから拠点の一つを落とすのはいい見せしめになると考えた。


(彼らの小細工を正面から打ち破って、こちらの明確な意思を示してやる!)


僕は拠点の一つを完全に消滅させることで、組織を完全に壊滅させる狼煙にしようと考えた。

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