第202話 復活 10

 後処理や情報収集も終わり、後方に待機していた公国の間者達とも合流した僕達は、今後の方針として後顧の憂いを絶つべく、【救済の光】の構成員達が集結しつつあるというグレニールド平原方面へ向かうという事で決まった。


公国の間者の2人と顔を合わせた当初、共に行動していたということにエレインは驚いていたが、彼らの協力あってエレインの居場所を特定することが出来た旨を説明すると、彼女の生まれ持っての共和国の騎士としての考えもあってか、納得しきれていない様子だったが、一応は理解してもらえた。


更に【救済の光】が使用した魔道具についても、それがどのような効果をもたらすものなのかの推察を皆で行った。基本的に、その効果を直接目撃した僕とエレイン、エイミーさん、セグリットさんが中心となってあれやこれや意見を出しつつ、それについて公国の2人にも考えを聞かせてもらった。


しかし、残念ながら見た以上の事など分からないので、現状では魔術を吸収・放出することが出来ること、吸収に際しては何か制約がある可能性があること、放出に際してもその可能性は考えられるが現状は不明で、他にも何か驚くような性能がある可能性を考慮するという、結局のところ良く分からないという結論に留まった。


また、ジョシュ・ロイドについてだが、あの存在はもはや人間ではなく、人を逸脱した何かだと考えて行動した方が良いだろうということになった。その為、あの6色の球体からの消滅を免れたはずだと考えて行動すべきという考えは、みんなの一致した考えだった。



 そうして大体の事を話し終わってから出発の準備までの間、僕はエレインを皆から少し離れた場所に呼び出した。


「改めて、救出が遅くなってすいませんでした。でも、エレインが無事なようで本当に良かったです」


先程は確認すべき事を優先して、エレインと落ち着いて話すことも出来なかったので、改めて救出が遅れてしまったことを詫びた。


「いや、エイダが謝ることではない。こうして私を助けてくれたのだ、本当にありがとう。今回の件は、私の油断と実力の無さが招いたものでもある。君が気に病む必要はない。それに、組織にとって私は重要人物だった為か、結構な厚待遇だったよ」


僕の事を気遣ってか、エレインは笑みを浮かべながら冗談交じりにそんなことを言ってきた。そんな彼女に対して、僕は意を決して口を開いた。


「実は、エレインに言わなくてはならないことがあるんです」


「・・・嘘偽り無く話してくれるか?」


僕の真剣な表情につられるように、彼女も姿勢をただして真っ直ぐに僕の瞳を見つめてきた。その言葉から、彼女も僕の状況を何となく聞き及んでいるのだろうと察した。


「はい。実は僕は今、共和国から国家反逆罪の指名手配をされています」


「・・・その理由を聞いてもいいか?」


「対外的には、僕が国宝である王笏を盗んだ、ということになっています」


僕は自分の把握している範囲内での話を、淡々と彼女に告げていった。怒るでもなく、嘆くでもなく、悲しむのでもなく、本当に冷静に話を進めている。


「対外的に・・ということは、共和国の本音は別のところにあるというわけか?それに、盗まれたという王笏は、先程【救済の光】の者が手にしていたということは、その罪は冤罪ということか?」


「少し複雑な話になるのですが・・・」


僕はそう前置きしてから、エレインに今回の一連の出来事について語りだした。エレインが攫われてから僕がとっていた行動、国民の感情の推移、宰相や軍務大臣の主張、共和国の思惑、公国の間者との取引内容等々、知り得る限りの情報を彼女に話した。


途中、情報の真偽をより計れるようにと、確認の意味も込めてエイミーさん達にも同意を求めるよう話に参加してもらう場面もあった。彼女は僕の語る情報を聞く度に笑顔を浮かべたり、怒ってみせたり、悲しんでみせたりと、喜怒哀楽を大袈裟に表現して見せていった。


そうして一通りの状況を説明し終えたあと、僕はエレインに一番伝えたくない話をするため、大きく深呼吸してから彼女の瞳を真っ直ぐに見据えた。


「現状ではおそらく、僕への冤罪を国が認めることはないでしょう。エイミーさんの話によれば、僕は共和国を追放されることになるようです。だから僕は自分の最後の責任として、あなたを狙う恐れのあるジョシュ・ロイドの死亡が確認できるまで、あなたを守ります。ですから・・・その・・・」


「エイダ?何を・・・?」


彼女に伝えるべき言葉が、中々声にすることが出来なかった。悲しい、寂しいという否定的な感情と共に、僕はエレインから視線を逸らしつつも必死に涙を堪えていた。僕のそんな様子に、彼女も緊張した面持ちでどんな言葉を発するのか不安そうな眼差しをしていた。


そんな彼女の視線を受けて、僕は拳を握りしめつつ、正面から彼女に向き直った。


「・・・僕が居なくても・・・幸せになって下さい・・・」




side エレイン・アーメイ



 囚われの身からエイダによって救出された私は、彼に感謝の思いを抱くと共に、久しぶりに見た彼の姿に心の中が温まるのを感じた。


振り返ってみると、私は彼に助けられてばかりだった。初めて出会った時は年上として、実力者として、実地訓練に向かう彼らを助け、導くつもりだったのが、今やまるで立ち位置が違ってしまった。


囚われていても彼が助けてくれるはずだと、どこかそれが当然のようで、これからもそうなのだと心のどこかで考えていた。もちろん、自分では何も出来ないような弱い女性ではないつもりだが、それでも自分で対処できないような大きな壁にぶつかった時、彼が隣にいてくれれば、どんな困難にも打ち勝っていけるのだと確信していた。


だから、彼から説明されたように、共和国の為政者達の思惑によって犯罪者の汚名を着せられていたとしても、私とエイダの2人ならその困難も乗り越えていけるのではと、話を聞きながらも考えていた。


私はそう思っていたのだ・・・


「僕が居なくても・・・幸せになって下さい・・・」


エイダのその言葉を聞いた瞬間、私は金縛りにあったように動けなくなり、思考が停止してしまった。私の頭が、心が、その言葉の意味を理解することを拒んでいたのだ。


私が聞きたかった言葉は、そんなものではない。たった一言、「一緒について来て欲しい」と言ってくれるだけで良かった。それだけで私は決断しただろう。彼と共に歩む未来がどれ程の困難に満ちていようとも、彼と共にその苦難を乗り越えてみせると。


しかし彼の言葉は、私が隣に寄り添うことを否定するものだった。



 どれほどの時間が流れたのだろう。まだ数秒しか経っていないのか、それとも数時間が経過しているのか。彼の思いがけない言葉を聞いてから、まるで世界が止まってしまったのかのように静寂な時間が流れていた。


そして段々と彼の言葉に理解が及んでくると、ようやく私は口を開くことが出来た。


「・・・何で・・・そんなことを言うんだ?」


いや、彼が何故そんなことを言ったのかは理解している。エイダは、私の事を第一に考えてくれたのだろう。そうでなければ彼があんな苦しい表情をしながら、こんな事を言うはずがない。それでも、聞かずにはいられなかった。


「僕には・・・あなたの立場や生活、家族や友人、そして夢を捨てさせることは出来ません」


彼の言葉に私は少し安堵する。ああ、嫌われてはいなかったのだと。それと同時に、私の事を名前ではなく「あなた」と表現する彼の言葉に、私の心は鈍い痛みを感じていた。


「・・・そんなこと、一緒に乗り越えていけば済む話じゃないか?」


「・・・現状、それはとてつもなく困難な状況だと理解しています。僕は・・・僕が共にいることで、あなたを苦しめたくない・・・落胆させたくないんです・・・」


彼の悲しみを抑え込みながらも悟ったような表情を見て、私の中に言いようのない感情が沸き上がってきた。エイダの言葉一つで私はこんなにも心乱されているというのに、彼の冷静な対応が苛立ちを覚えさせていた。


私のその感情が理不尽な八つ当たりだということは分かっている。彼がその選択に至った心情も背景も理解できるし、それを今どんな思いで口にしているのかについても、彼の表情が物語っていた。


でも、それでも、一緒に居たいと、私が隣に居て欲しいと言って欲しかった。


「エイダ・・・君は・・・君が私の幸せを勝手に決めつけるな!!」


「っ・・・・・」


私の張り上げた声に彼は驚きつつも、沈痛な面持ちでこちらを見つめていた。


「君が私の事を想って決断したのは分かる。だが、何故その決断を自分一人で決めてしまうのだ!?どうして私の意思を聞こうとしないのだ!?」


「それは・・・」


私がエイダに詰め寄るように近づいて行くと、彼は私から目を逸らしながら口ごもっていた。


「君はいつもそうだ!自分には力があるから、特別な存在だから、だから常に自分の選択は正しいとでも思っているのか!?自分が我慢すれば、犠牲になれば丸く収まるならそれで良いと?それは君の自己満足だろ!?そこに私の想いは無いだろう!?」


「僕は・・・あなたを想って・・・」


「君が想う私は何なのだ?君の犠牲がなければ、私は自分で幸せも掴めないようなか弱い存在なのか!?言っただろう!?壊れ物のように扱って欲しくないと!?何故私を隣に立たせてくれない!?」


「・・・・・・ごめん」


興奮してエイダに詰め寄っていた私は、彼の胸を叩きながら、今まで溜め込んでいた想いを彼にぶつけた。そんな私に対して、彼は困った表情を浮かべながらポツリと謝罪の言葉を返すだけだった。


「ばかっ!!聞きたいのは謝罪の言葉なんかではない!!私は・・・私は・・・」


「・・・・・・」


私は頭の中がぐちゃぐちゃになってしまい、続く言葉が出てこなかった。代わりに私の瞳からは、止めどない涙が何時までもあふれでていた。そんな私を彼はどうしたらいいか分からないようで、ただ呆然と立ち尽くしているようだった。



 しばらくエイダの胸で泣きはらしていると、異様な状況を感じたようでエイミーさんが私達の様子を見に駆け付けてくれた。


「・・・っ!エレインちゃん!何これ?どうなってるの??もぅ~、ちょっとこっち来なさい!!」


彼女は私とエイダの間に流れる雰囲気の意味を一瞬で感じ取ったようで、私が泣いていることに一瞬呆気に取られていたようだったが、すぐに私の手を引っ張って彼から距離をとるように連れていかれた。そんな私をエイダは、何とも言えないような表情で見つめていた。


「ちょっとちょっと、いったい彼に何言われたの?てっきり感動の再会が行われてると思ってたんですけど?」


エイダの視界から外れるように馬車の影に行くと、エイミーさんが私の両肩を掴みながら心配した表情で事情を聞いてきた。


「ご、ごめんなさい、驚かせて・・・ちょっと・・・思ってたのと違う事になっちゃって・・・」


「はぁ・・・大方、あの子が自分を犠牲にしても、あなたを幸せにするとか何とか言ったの?」


「・・・・・・」


まるで私達の話を見ていたかのように的確に話の確信を突いてくるエイミーさんに、私は何も言えずに押し黙ってしまった。そんな私の様子を見て、自分の言葉が合っていたと確信するように彼女は大きなため息を吐いていた。


「はぁ・・・あの子、初めて恋した純情少年だもんね。エレインちゃんを想うあまり、違う方向に暴走しちゃったようね・・・」


エイミーさんは困ったもんだと言わんばかりの態度で、彼のことをそう表していた。その指摘に、確かにその通りだと私も納得できた。


「彼がそういう選択をした理由は、私だって分かる。分かるけど・・・」


「納得は出来ないよね」


「・・・・・・」


落ち込むようにして尻つぼみになる私の思いを、エイミーさんは代わりに口にしてくれた。その言葉に、未だ答えを持ち合わせていない私は黙り込んでしまった。そんな私を見かねたように、エイミーさんが口を開いた。


「で、エレインちゃんはどうしたいの?」


「私は・・・どうすればいいのだろう?」


彼の気持ちも理解できる私は、自分自身どうすればいいか悩んでいた。彼に言いたいことを言ったはいいが、私も自分が彼の隣に居ることで迷惑をかけたくはない。特に今回の件は、結果的に私が捕らわれた事が発端で彼を国家反逆罪の指名手配犯にしてしまったと言ってもいい。そんな自分が彼の隣を望んで良いのかという葛藤も少なからずある。


「あのね~、これまで恋人の一人も居なかった私に、そんな贅沢な相談なんてしないで欲しいんですけど!それに、どうせエレインちゃんも自分から連れてって、なんて言ってないんでしょ?」


「う、うぅ・・・」


彼女の恨めしがる視線に晒され、私は縮こまるように俯いた。


「私があなた達を見てて言えるのは、お互い好き同士なんだからさっさとくっつけばいいんですけど!」


「でも・・・」


「でも、じゃなくて!立場だとか状況だとか面倒なことは置いておいて、自分のしたいようにすれば良いんですけど!私だったら、それにグチグチ言ってくる奴なんてボコボコにしてやるんですけど!」


「・・・それが国でもですか?」


「国だろうが神だろうが、もし将来私の恋路を邪魔する奴がいたら容赦しないんですけど!」


頬を膨らまして憤るエイミーさんは、自分の感情にとても正直に生きているようで、それがとても眩しく見えた。


「そんなに我が儘で良いんでしょうか?」


「例え許されなくても愛を貫く!愛した人と幸せになれなくて何が愛なの!?愛し合う者同士が幸せになろうと全力になる、それが恋だと思うんですけど!」


「っ!!」


拳を握って力説する彼女の恋愛に対する純粋なまでの想いの強さに、何だか自分の迷いがとても小さく思えて、目から鱗が落ちるような気がした。


「さぁ、エレインちゃん!あなたはどうするのっ!?」


「わ、私は・・・」


「恋に生きるの?それとも、現実に生きるの?」


決断を迫るエイミーさんの迫力に、私は背中を押されるような思いだった。


「私は・・・決めました!!」

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