第195話 復活 3


side エレイン・アーメイ


 私が【救済の光】に攫われてから、既に2ヶ月の月日が流れていた。


最初の1ヶ月は何処かの拠点にずっと軟禁状態にされていたが、新年を迎えてからは急に動きが慌ただしくなり、潜伏場所を次々と変える為なのか、2日に一度の間隔で移動をしていた。


その間、基本的に私は世話をしてくれるナリシャとしか顔を会わせることしかなかった。彼女を介して多少の情報を得てはいたが、それは本当に最低限のものだった。エイダが動くことで見せしめに私を害するという事が起こっていない以上、彼がどうしているのかという事もまるで聞こえてこなかった。



「今日も移動なのか?」


「ええ。我々の最終目的が達成される日も近いですから、近頃は忙しいんですよ」


 連日の移動と、今起こっている出来事の情報が聞こえてこない現状に苛立ちを滲ませながら、移動の準備が整ったと知らせに来たナリシャに私はうんざりした声で話しかけた。彼女は私の不機嫌な表情を見ても眉一つ動かすことなく、澄ました表情のまま、さっさと私が部屋を出るように促してきた。


「少しくらい今何が起きているか教えてくれないか?王国との戦争はどうなったんだ?エイダは動いているのか?」


「さぁ、どうでしょうね?仮にあなたが何か知ったところで、どうすることも出来ないでしょう?」


「なら教えてくれても良いではないか!」


「その様な指示は受けておりません。それに、早く外に待機している馬車まで移動してくれませんと、あなたを狙うジョシュ殿に見つかってしまいますよ?」


「くっ!」


私の質問を冷たく突き放つように吐き捨てる彼女の言葉に、苛立ちと不安に奥歯を噛み締めつつ、言う通りに部屋をあとにして馬車に乗り込んだ。


正直に言って、最近の私の精神は不安定だ。既に2ヶ月監禁されている事に加え、外の情報がまるで入ってこないということ。更には、エイダが動くことで私の身体の一部を送りつけると脅していたのに、未だ何もしてこない事などが原因だろう。


(いったいどうなっているんだ?国は?エイダは?)


内心の不安を内に秘めて、馬車の揺れに身を任せて目を閉じながら物思いに耽っていた。馬車の窓は目隠しされており、外の景色は伺えないので、自然と馬車での移動の際には誰とも目を合わせず、会話すらしなかった。


しかし、何故か今日に限っては一緒に同乗しているナリシャが話しかけてきた。


「そうそう、最近共和国内で動きがあったようでして・・・例の少年、エイダ・ファンネルの事なんですけど、聞きたいですか?」


これみよがしに私の心情を煽るような物言いで、彼女はエイダについての情報を勿体ぶって話してきた。私にはその話を聞かないという選択肢は無かったため、つい過剰に反応してしまった。


「っ!エイダがどうしたんだ!?」


「あら、そんなに知りたいの?やっぱり愛しの殿方の事ですものね・・・」


彼女は私の反応に気を良くしたように嫌らしい笑みを浮かべており、まるでこの移動時間の暇潰しでもしているかのようだった。


「ふん!お前達はそれを分かって私を攫ってきたのだろ?それで、エイダがどうしたというのだ?」


今さら自分の気持ちを隠したところで無意味なことは分かっているので、自分の羞恥心よりも彼の情報を優先した。


「ふふふ、もう少し恥ずかしがった方が可愛げがあるというものよ?そんな事では彼に逃げられちゃうわよ?」


「私の性格などエイダは百も承知だ!それより、いったい彼に何があったというんだ!?」


勿体ぶる彼女に苛立ちを隠せない私は、狭い馬車の中で彼女に詰め寄った。といっても、両手足を鎖で拘束されているので、出来ることと言えば上半身を近づける事くらいだ。


「そんなに焦らなくても教えてあげるわよ。どうやら共和国の為政者達は自分達の評判のために、少年を国家反逆罪の指名手配にしたようよ?」


「・・・・・・はぁ?何でそんなことに!?」


彼女の言葉に私は理解が追い付かず、何を言っているのか分からなかった。いや、理解するのを拒んだと言っても良いのかもしれない。なにせ国の英雄として国王陛下自ら宣言したものを、わずか数ヵ月で国家反逆罪の指名手配犯にしようものなら、陛下の人を見る目が疑われるというものだ。だからこそ、私の口から出た言葉は、素直な疑問の言葉だった。


「だって彼、共和国の各地で私達が起こしている騒動に何も動かないんですもの」


「っ!なにっ!?」


彼女の話に、私は目を見開いて驚いた。


「そりゃ国民だって、被害が拡大しているのに英雄が動かずにいたら不安や不信を抱き、不満に思うでしょう?その矛先は、彼を選定した国王や為政者に向いてもおかしくはない。ようするに彼の事は、これ以上の不満の矛先を国に向けさせないための損切りってことね」


「な、なんてことだ・・・」


その言葉に、私は愕然として俯いてしまった。私の想いを知る彼ならば、いくら私がこうして囚われていようとも、共和国の平和のために行動してくれると信じていたからだ。例えその為に私の腕の一本を落とされようとも、名誉の負傷だと彼の前で笑っていられた自信もあった。


なのにーーー


「ふふふ。まぁ、彼は余程あなたの事が大事だったということでしょうね。女冥利に尽きますね?」


「バカな!エイダは私の夢を知っていたはず!行動しないなんて事はあり得ない!」


「ですが、実際に彼は動いていないですよ?だからこんな事になっているのではないですか?」


「・・・・・・」


ナリシャの言葉を鵜呑みにしてはいけないと分かってはいるが、どうしてもその言葉が頭から離れてくれない。そして同時に考えてしまうのだ。私のせいだと。


(私さえ捕まらなかったらこんなことには・・・エイダも自由に動けて、被害も最小限に防げたのでは?彼も国家反逆罪のそしりを受けることも無かったのでは?)


そう考え出してしまうと、自分の後ろ向きな思考に歯止めは効かなかった。そして最終的にこう思ってしまうのだ。


(・・・私ではエイダに相応しくないのでは?)


彼の実力であれば、公国でも王国でも引く手あまただろう。私という存在が居るために、彼はこの共和国にいるのだとすれば、私は彼にとっての重荷になっているのかもしれない。それに、国から指名手配をされてまで共和国に執着する必要なんて無いはずだ。


(でも・・・それでも・・・もし私の事をエイダが必要だと、今でも想っていてくれるなら、私は彼と一緒に・・・)


家を、国を捨てても良いとさえ思った。私のせいで国を追われることになってしまったのなら、私の身を案じるあまり何も行動できないほどに想ってくれているのだとしたら、私が彼の人生の責任をとろう。


国の追っ手から2人で逃避行なんて、まるでどこぞの物語の主人公のようだ。そう考えると、少しだけそんな未来も悪くないかもと思ってしまうが、同時に、自分がお母様に誓いを立てた約束を思い出す。


(ダメだ!私はお母様の墓前で、この国の平和の為に尽力すると誓ったではないか!)


私の心は今、相反する二つの感情がぐちゃぐちゃに責めぎ合っていた。普段であればこんな事は無かったかもしれないが、攫われてから既に2ヶ月以上が経過し、私の心は自分が思っていた以上に弱り、思考能力が低下していた。


(そうだ!先ずは確認することが最優先だ!彼女の情報が本当に正しいのかどうか!もし本当なら・・・)


だからこそ、私は自分がかつて立てた誓いよりも彼との幸せな未来に想いを馳せて、心のバランスをとってしまったのだろう。私のせいで彼を不幸にしてしまうわけにはいかない、ならば原因である私こそが彼を幸せにしなければならないと。


例えそれが自分の誓いに背くものだったり、他人から後ろ指を刺されるような選択だったとしても、今の私にはそれが最良の選択に思えている。


そうして私はナリシャの言葉一つで大きく心を揺さぶられ、葛藤し、思考の奥底に沈み込んでしまったことで気づくことができなかった。彼女が私の様子を見て、薄ら笑いを浮かべていることに。

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