第194話 復活 2

 自分のやるべき事、やりたい事は決まった。ミレアが軟禁されている事も気がかりだが、公爵家の令嬢ということもあり、拷問されているとか、薄汚い牢屋に鎖で繋がれて監禁されているということではないらしいが、僕のせいで迷惑を掛けてしまったことに申し訳なかった。


また、【救済の光】の動きに関してだが、どうやら僕が組織の拠点の所在地を入手したことが相手に感づかれたのか、最近人の流れが妙だということだ。移動している人々が組織の構成員かは分からないが、共和国の南にあるグレニールド平原方面へ移動する者達が増えているらしい。


そこは奇しくも来月に開戦期日が迫っている戦場となる場所で、騎士団の移動も見られるが、それにしては一般の服装をした者達のこの移動も多く、無関係ではないだろうと思わせるものだ。ともすれば、エレインも各地の拠点にではなく、その人流に紛れて移動しているのではないかと考え、僕も南に向かうことにした。



 そうして情報の確認を終え、物資の補給も済ませた僕は支店長に礼を言い、ジーアによろしく伝えて欲しいとお願いすると、彼は何故か冷や汗を流しながら僕に向かって深々と頭を下げてきた。


「エイダ殿、お力になれないこと、誠に申し訳ない。これはジーアお嬢様のお考えではなく、フレメン商会として国家に反意を抱いていると思われるわけにはいかないという処置なのです」


「それは理解できますから、お気になさらず。情報や物資の協力に感謝します。それでは!」


「・・・エイダ殿・・・本当に申し訳ない」


彼の申し訳なさそうな言葉に、僕は理解を示して感謝を伝えたのだが、彼は消え入りそうな声で更に謝罪をしてきた。その態度に多少疑問を抱きながらも、特に深く考えずに応接室をあとにして商会を出ようとした時だった。そこそこ人通りの多い都市のために気づくのが遅れてしまったが、この商会を何者かが包囲していることを感知した。


(・・・そういうことか)


支店長の様子と外の状況を合わせて考えると合点がいった僕は、大きなため息と共にどう対応すべきか少し考えた。強行突破は簡単だが、それでは自分に掛けられている罪状を認め、更に新しい罪を重ねるような結果になってしまうだろう。


ただ、この国のやり方にも、この国の住民の勝手な心情の変化にも思うところが無いわけではない。国としての事情で英雄に祭り上げたかと思えば、国民は自分達の思惑通りに動かない英雄に不満を叫び、それを収めようと国はあまつさえ冤罪を吹っ掛けて僕を罪人呼ばわりをする。エレインの事がなければ、暴れまわりたいくらいだ。


(多少の意趣返しはさせてもらおうかな)


そうして僕は歪に嗤う口元を仮面で隠しながら、扉を開いて商会の外に出た。



「そこのお前!動くな!」


 商会の扉を開けると、完全武装した騎士達が建物を半円に取り囲むように包囲し、僕に向かって怒声を浴びせてきた。


「いったい何の騒ぎですか?」


薄々この騒動の理由は分かってはいたが、僕は素知らぬ振りをしながら、落ち着いた口調で騎士達に質問を投げ掛けた。


「とある筋の情報から、国家反逆罪として指名手配されているエイダ・ファンネルが仮面を着け、女性に変装して王都からこの街へ逃亡してきたことは分かっている!そしてそれがお前だということも!大人しく我ら騎士団に投降してもらおう!!」


僕の問い掛けに、騎士の一人が代表して答えた。彼は僕がこの街に来た時期について、不自然に強調しながら投降を呼び掛けていた。


(そりゃ、今まで各地で変装して騒動を解決していたと国民に知られるわけにはいかないか)


僕が国難に対して何も行動していなかったということで不満の声が高まっていたと考えれば、それに同調するように冤罪をでっち上げているので、前提条件が崩れてしまう。騎士の彼はそれを十分理解しての発言だろう。そういった裏事情まで把握しているとなれば、僕の問い掛けに答えた彼は、騎士団内でも高い地位にいるのかもしれない。


「おいっ!聞いているのか!?」


僕が今の状況について物思いに耽っていると、苛ついたのか、彼らは怒りの声をあげつつ、剣や魔術杖をこちらに向けて戦闘態勢をとってきた。


「・・・僕に武器を向けるってことは、それなりの覚悟があって、という事でいいかな?」


そんな彼らに僕は、殺気を滲ませながら覚悟を問う。


「っ!!わ、我々は国の命令で動いているのだ!大人しく拘束されろ!!」


「そ、そうだ!ここで我々に反抗すればどうなるか分かっているのか?」


「いいから素直に言うことを聞け!こ、この薄汚れた犯罪者が!!」


彼らは声を震わせながら虚勢を張っていた。震える剣先や杖を見ると、僕の殺気に呑まれているのは一目瞭然だった。ただ、周りの住民の目もあるのだろう、僕から逃げるという選択肢が取れない中で、口先だけでも優位に立とうとしていた。


「はぁ・・・。僕にはまだやることがあってね、君達の言うことなんかに構っていられないんだよ。それでも僕の事を邪魔するというのなら・・・この国ごと消すぞ?」


「「「っ!!」」」


僕はため息を吐きながら仮面を外すと、怒りを圧し殺した冷たい視線と共に、相手がどうなっても構わない程の殺気を周囲に叩きつけた。すると、僕を取り囲んでいた騎士達は全員口から泡を吹きながら倒れ伏し、遠巻きにこちらを見ていた住民達も気を失ったようで、バタバタと倒れる音が聞こえてきた。


基本的に僕が魔獣に向ける殺気と、人に向ける殺気は質が違う。以前、殺気だけで弱い魔獣を殺した事もあったが、人に殺気を向けてもそんなことにはならなかった。対象が死んでもいいようなものであれば、無意識にリミッターを外しているのでは考えている。


今回の事は、意識的にそのリミッターを外すように心掛けているので、もしかしたら数人はもう目を覚ますことは無い可能性もある。


そんな彼らを横目に、僕は悠々とした足取りで、正門からこの街を出ていった。その際、外壁で警備をしていた騎士の一人に、「もし僕と親交のある者を人質にしようとするなら、一晩の内に共和国を廃墟にして、それを命じた者、賛同した者全員に生き地獄を見せてやる!」と、上の者に伝えるよう脅しておいた。


これで完全にこの国とは敵対するようになってしまったが、後悔はない。僕だって血の通った人間だ。不義理をされれば怒るし、剣を向けられればやり返したいと考えてしまう。特にそれが今のような状況ならなおさらだ。


エレインを攫われた僕には、心の余裕なんて無い。彼女の救出を阻もうとする者にかけてやれる慈悲など存在しなかった。エレインとの事は、自分なりにまだ消化できていない部分が多いが、何が彼女にとっての幸せとなるのかをよく考えたい。


「今の僕の状況じゃあ、エレインを不幸にしてしまうかもしれない。彼女の幸せを思えば、隣には・・・」


柔らかく吹く風に消え入りそうな程の小さな声で悲しげに呟いた言葉は、誰にも聞かれること無く消えていった。




side ミレア・キャンベル



 エイダ様との連絡を禁止されてから既に数日が経過し、開戦まであと僅かと迫っていた。私は未だに王城の一室にて軟禁状態となっており、食事を持ってきてくれるメイドと会話をすることぐらいでしか、外の情報を知ることが出来なかった。


「・・・そうですか、依然としてエイダ様の所在は不明ですか」


「申し訳ありませんミレア様。私どもも全力で行方を追っているのですが、現在どちらで身を潜めているのか分かっておりません」


このメイドは、公爵家小飼の情報員として王城に潜入している者の一人だ。このメイドを介して私は様々な情報を受け取ったり、指示を出したりしている。


「共和国はエイダ様をどうしようと考えているか分かりますか?」


「現実的には国外追放だろうと、アーメイ伯爵様が仰っていました」


「そうね。いくら国家反逆罪に仕立て上げたとしても、捕らえて処刑なんて不可能でしょう。とすれば追放というのは分かるけど、その意味を陛下は理解しているのかしら?」


エイダ様を国外追放するということは、王国もしくは公国に所属するということになる。以前エイダ様を自国に取り込もうと、両国が水面下で接触しているのを考えれば、エイダ様が来ることを拒むとは考えにくい。特に今回の指名手配は少し調べれば冤罪である可能性がすぐに見えてくるものだ、エイダ様の入国を拒否することは無いだろう。


つまり、エイダ様の力を加えた王国か公国が、この共和国に攻め込んできてもおかしくないということだ。しかも、エイダ様のご両親も動く可能性を考えれば、共和国が生き残る要素が見当たらない。そんな後ろ向きな事ばかり考えている私に、メイドは話を続けた。


「私ではなんとも・・・王国との会談から戻られた王女殿下は、かなりの剣幕で反逆罪の取り消しを主張されておりましたが、結局聞き入られることはありませんでした」


「・・・会談が不調に終わったことで、求心力が下がったタイミングを狙われましたね。開戦が現実になった今、単純に武力を多く持つ王子派閥の発言力が増していますからね」


「・・・ミレア様。この国は今後、どうなっていくのでしょうか?」


不安な表情を浮かべるメイドに、私は可能性の話をする。


「最悪は、エイダ様が今回の処置に激怒し、他国と協力して共和国を滅ぼすこともありえます。むしろ、そうしないと考える方が不自然でしょう」


「そんな!いったいどうすれば・・・」


驚きの表情を浮かべるメイドの言葉に、私は根本的な解決の手段が思い浮かばなかった。今の私に出来ることは、少しでもエイダ様を取り巻く策謀の詳細を分析し、エイダ様の役に立てるように立ち回ることだ。


「・・・集めた情報から、宰相が強硬にエイダ様の罪状を仕立てた裏には、新たな魔道具の開発が成功したとの情報もあります。おそらくは、その魔道具を使って今回の戦争も、エイダ様との確執も決着がつけられると踏んだ可能性があります」


「新たな魔道具ですか?」


私の言葉にメイドは疑問を浮かべていた。そんなとんでもない魔道具があるなんて信じられないのだろう。それは私も同感だった。


「ええ。詳しい内容までは分かりませんでしたが、今まで続いてきた戦争を終わらせられる切り札だと豪語していたようです」


「それで本当に争いが終わるのでしょうか?」


「圧倒的な武力でもって戦争を終わらせても、平和になることはないでしょうね。力で押さえつけられれば遺恨が残り、やがて再び争いの火種となるでしょう」


「・・・・・・」


私の考えに、メイドは何とも言えないような悲しい表情を浮かべていた。



 そうして少しの間、メイドからの情報を確認し、地下牢に捕らえられているアッシュ・ロイドと、騎士団に保護されて王都に移送されたカリン・ミッシェルの様子を聞いた。


エイダ様から2人の事を頼まれているので、私としても何とかしたいのだが、今の状況では私に出来ることは限られてしまっている。保護されているカリンさんは良いとしても、問題はジョシュさんだろう。


「それで、ロイド卿の動きは?」


「やはりミレア様が懸念されていた通り、アッシュ様を処刑する方向で調整しているようです。次期当主には、近衛騎士団長のエリス様を指名するということで交渉していると聞きました」


「家の汚点はさっさと切り捨てて、かつて公爵家から追い出した自分の娘が出世しているから当主に据えるなんて、胸くそ悪い話ね・・・しかも上手く行けば王女派閥の勢力を更に削ぐことが出来るんだから、ロイド卿にとっては一石二鳥な考えね」


「エリス様は固辞しているようですが、王子殿下の側室にという話も出てきて、逃げ道を塞がれつつあるのが現状のようです」


「分かったわ。公爵家としても、動けるようであれば阻止しましょうとお父様に伝えてもらえるかしら?」


「畏まりました。ご当主様にはそのようにお伝えします」


「それから、最近の人の流れを見ると、【救済の光】の構成員はグレニールド平原に集結している気がするの。そして、おそらくエイダ様もエレイン様を取り返そうとそこに向かわれるはず。何としても戦端が開かれる前に、エイダ様の元へ王笏の真の機能についての情報をお渡しして!」


現在公爵家が保有している全ての通信魔道具は、一時的に没収されており使えない。エイダ様に情報を届けるには、直接手紙を渡す必要がある。居場所が分からないという困難な状況だが、やってもらわなければならなかった。


「畏まりました!」


私の指示にメイドは恭しく頭を下げると、静かにこの部屋をあとにした。私は軟禁されている部屋の窓からエイダ様がいらっしゃるかもしれない方角を見つめ、この状況で駆けつけることも出来ない自分に大きなため息を吐いた。

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