第181話 開戦危機 15

 急に僕にアプローチしてきた騎士は、後ろから上司と思われる人に頭を殴られてどこかに連れ去られてしまった。その素早い対応に、もしかしたら彼の今の行動は日常的なものだったのではないかと察する程度にはスムーズなものだった。


(偽造個人証には、20歳という設定になっているからな・・・世間的に見れば適齢期で、顔を怪我しているって伝えたから、相手が居ないと思ったのかな?)


後方に連れ去られていく彼を見ながら、どうでも良いことを考えつつも、自分で考えた設定なので、役に入り込まないとボロが出るかもしれないなと、気を引き締め直した。


「う゛、う゛ん!同僚が失礼しました。最近婚約者に捨てられたらしくて、少々暴走ぎみでして・・・」


「そ、それはお気の毒ですね・・・」


最初に対応した騎士に変わって、別の騎士が対応してくれた。彼は引き連れられていった騎士の身の上話を苦笑いで告げると、真剣な表情になって口を開いた。


「ところで、この近くの村で今まで見たこともない魔獣に襲撃されたという情報があったのですが、ファルさんはここに来るまでの間、何か変なものは見ませんでしたか?」


どうやらこの町の騎士は、近くの村で起こった騒動を把握しているようだったので、こちらも情報を提供しつつ、何か新しい話が聞けないかと試みる。


「実は、その襲撃された村の近くを通ってきたのですが、襲ったという魔獣自体は見ていません。ですが、その・・・村の付近に腐ったような肉の塊が数個あり、未だ生きているかのように脈動していたんです」


僕は女性っぽく、怯えたような声音で自分の見た状況を騎士に伝えると、彼は少し考え込むような素振りを見せたかとおもうと、僕から離れ、上司なのか後方にいる騎士と何やら相談していた。


それから少しして、彼は僕の方へ戻ってきた。


「情報ありがとうございます。後程あなたがその肉の塊を見たという場所を地図で確認させてもらってもよろしいでしょうか?」


「はい、構いませんが。あれはいったい何だったのですか?」


「・・・申し訳ありません。機密事項でして、一般の方々にはお話しすることが出来ないのです」


彼は申し訳なさそうに話せないと言ってきた。彼の言う事はもっともだと考え、僕はミレアから渡されていた書類を取り出した。


「僕はキャンベル家の命によって、今回の異常な魔獣襲撃の騒動における情報を収集しています。お話し願えませんか?」


「っ!!こ、これはキャンベル公爵家の印璽いんじ!?しょ、少々お待ちください!」


慌てた表情を浮かべる彼は、またも後方の上司と思われる人物と相談していた。すると、今度はその上司と共に僕の方へと歩み寄ってきた。


「失礼、私はこの町の警護指揮を執っております、ウォルフと申します。詳しいお話を聞きたいので、詰め所の方で話をさせていただいてもよろしいでしょうか?」


キャンベル公爵家の手の者だと分かったからか、かなり腰を低くした対応になった気がする。


「もちろんです。よろしくお願いします」


「ありがとうございます。では、こちらへ」


そう言うと、ウォルフさんと先程対応した騎士以外は正門に残るようで、2人に先導されながら場所を移動した。



 詰め所は正門から町に入ったすぐ裏手にあり、4人掛けのソファーが置いてある応接室のような部屋に案内された。ソファーに座るように促され、対面にウォルフさん、その背後に騎士が待機するような格好で話は始まった。


「まず確認ですが、今回の騒動についてキャンベル公爵家が積極的に情報収集を行っているということなのですか?王国との戦争が始まるかもしれないという、この状況下で?」


ウォルフさんは少し苛立ちを滲ませるような声で、キャンベル家の考えを聞いてきた。騎士にとっては今回の騒動よりも、戦争の方に注力しろという考えなのだろうか。


ただ、この町付近の騒動も含めて全ては繋がっている事もあり、どこまで情報を開示するか迷いながらも、ある程度は伝えるべきだろうと考えた。


「今回の魔獣の騒動については、キャンベル公爵家の次女であるミレア様が主体となっており、戦争が危惧される王国とのことは、御当主様が調査しています。ただ、キャンベル家としては、この魔獣の騒動と王国との戦争は繋がっているのではないかとも考えているようです」


「・・・それはいったい、どういうことですかな?」


ウォルフさんは怪訝な表情で、僕の言葉を聞き返してきた。


「今回の魔獣による騒動は、ある組織が絡んでいるようなのですが、その組織が他国を先導し、戦争に向かわせているのではないかということです」


「それは、国として決定された考えなのですか?」


「王国からもたらされた宣戦布告書には、共和国がその組織と結託して良からぬ事を企んでいると指摘する文面がありましたので、確たる証拠はありませんが、その組織が暗躍しているのだろうという推察です」


ウォルフさんの問いかけに正面から答えないよう回りくどく伝え、言質をとられないように気を付ける。正直、共和国として【救済の光】が黒幕だなどと決めつけている訳ではないので、下手な事は言えない。


「そうですか・・・分かりました。我々が知りうる限りの情報はそちらにお渡ししましょう」


彼は一拍考えを纏めているような間を取り、次いで情報を教えてくれると許可してくれた。


「ありがとうございます」



 ウォルフさんが言うには、魔獣に襲われた村から逃げてきた者達の話を聞いたのはつい2日前の事ということだ。


どんな攻撃もその魔獣には効かないという、にわかには信じがたい話に誰もが信憑性を疑い、突然襲われたという極限の状況下のために混乱しているのだろうと思っていたらしいのだが、村人の話が真実だと身をもって思い知らされたのは、その翌日の事だった。


この町に、村人の証言と同じ外見の魔獣が現れたのだ。半信半疑だった騎士達は警戒を強め、住民には避難指示を出しつつ、完全武装による迎撃を行ったが、聞いていた話の通り、どのような攻撃もまったく魔獣を傷つけることは出来なかった。


しかしその魔獣は、この町に来た時点で既に腐敗臭が漂っており、騎士達が総出で足止めをして半日が過ぎた頃、急に動かなくなったというのだ。


残念ながら攻撃が効いたというわけではなく、急速に身体が腐っていったような様子だったという。そしてそのまま身体はグズグズに崩れ、今は調査のためにその残骸を保管しているのだという。


「それが昨日の事なのですが、既に魔獣の肉片は完全に腐りおち、残っているのは骨だけです。その骨もちょっと触るだけで崩れるほど脆くなっています。それでいったいどうやって生きていたのか、不思議なくらいです」


彼の語った情報を元に、僕なりに色々と状況を整理して考える。


(”害悪の欠片”を取り込んだ魔獣は、数日の内に身体が崩壊してしまうってことか?仮にその魔獣が、最初に救援要請があった村を襲った個体だとして、実際に要請に掛かった日数なども考えると・・・10日位しか活動できないのかもしれないな・・・)


もしそうだとすれば、この情報はとても貴重だ。普通の騎士では討伐できないにしても、足止めすることは可能だからだ。となれば、近づけないように遠距離から魔術を断続的にに打ち込んで後退させていれば、やがて魔獣は勝手に自壊していく。


ただ、それが全ての魔獣に適用されるのかは分からない。ランクの高い魔獣ほど長く活動できるかもしれないし、そもそも欠片を取り込んだ魔獣がドラゴンのような高ランク魔獣だったとしたら、足止めできずに蹂躙される可能性だってあるのだ。そう楽観的に考えるわけにもいかない。


「なるほど、貴重な情報ありがとうございます。ところで、ここから馬車で2日ほどの距離にある村が、最初に救援要請を出したらしいのですが、現状はどうなっているかご存じですか?」


「・・・残念ですが、かの村は既に壊滅してしまったと報告を受けております」


「そうですか・・・」


間に合わなかったのだという事実に落胆して肩を下ろす僕に、ウォルフさんは更に言葉を続けてきた。


「公爵家のミレア様が此度の調査に乗り出しているということは、先日共和国の英雄に認定されたというエイダ・ファンネル殿が駆けつけて下さるということでしょうか?」


彼の質問に何と返したものかと必死に頭を捻り、それっぽい返答を返す。


「・・・そうですね。私は下見というか、情報を集めて、どこに馳せ参じるべきかを助言する者なので・・・」


「なるほど、それは心強い!それでしたら、例の魔獣は小さな村落ばかりを狙っているようでして、我々が危惧している村の場所をお伝えしますので、その情報を英雄殿に伝えてもらえませんでしょうか?」


「勿論です。急行するようにお伝えしましょう!」


「おぉ、ありがとうございます!」


そう言うと彼は背後に控えていた騎士に地図を持ってこさせ、危惧している村の場所を教えてくれた。その話を元に、ミレアに今回手に入れた情報を伝えると、通信魔道具に視線をむける騎士達は、初めて見るのか目を見開いてその便利さに感心していた。


また、その魔道具のお陰で公爵家小飼の諜報員だという信頼が増したのか、今回の騒動についての話だけでなく、戦争に対する話や、最近国境付近で小競り合いなどの騒ぎが頻発している事など、様々な話を聞くことが出来た。


特に小競り合いについては、どうやら王国側の諜報員と思われる人物が国境の近くにある村の住民とトラブルを起こしているというような内容らしく、目的等は不明だが、再三の抗議でも中々無くならないので、気になっているということだった。


「分かりました。ここで頂いた情報は全て公爵家にお伝えしましたので、安心してください。本日は、ご協力ありがとうございます」


「いえ、これも仕事です。ただ、どうか戦争など起こらないような手段の模索をお願いします。ここの町は王国との国境まで馬車で数日の距離ということもありますので、日々緊張が高まっているのです。さらには最近になって、騎士として訓練を積んでいる我々でも対処不可能な魔獣の出現と、この辺の村や町の住民達は不安に苛まれているのです」


ウォルフさんは苦悩に満ちた表情を浮かべながら、深々と頭を下げて頼み込んできた。正直、僕には戦争回避するための方法など分からないので、大使として王国に向かっている王女に頑張ってもらうしかない。


それでも、僕は今僕に出来ることをやる事で、この国の平和に繋がればと思っている。


「そうなのですね。少しでも早く皆さんの平穏な暮らしが戻ってくるよう、微力ながら僕もお手伝いします。その為にも、まずは教えていただいた村の方へ急ぎますので、これで失礼しますね」


「はい。どうかよろしくお願いします」


そうして情報収集を済ませた僕は、早々にこの町での用事を終えると、ウォルフさん達が危惧しているという村へ急行するのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る