第174話 開戦危機 8

 拐われたエレインを見つけるため、僕は当てもないまま王都中を駆け回った。相手は気配を遮断する魔道具を使用しており、ちょっとやそっとでは見つけられないだろうということは分かっていた。本来ならこうして意味もなく駆け回るより、しっかりと相手の思惑を考えて、先回りするようにしなければならなかっただろう。しかし、僕にはそれを考えるだけの精神的な余裕が無かった。


結局、明け方近くまで何の手掛かりもなく彷徨い続けた後、僕を探しに来た騎士団員達から王城に戻って欲しいと懇願された。そうして今僕は、自分の無力さに打ちのめされながら王城へと戻り、ミレアが使っている部屋に案内された。



「・・・エイダ様・・・」


 部屋に入った僕を立ち上がって出迎えたミレアが、心配した表情で声をかけてきた。しかし、僕の放つ雰囲気に続く言葉が出ないのか、押し黙ってしまった。そんなに僕は酷い顔をしているのだろうか。


「騎士の人から戻るようにお願いされたけど、何?」


僕は座ることなく、部屋の扉付近でそう言い放った。本当は一刻も早くエレインを探したいため、こんな所にいる時間も勿体ないと思っている。でも、今の状況で闇雲に探し回っても時間の無駄になり、逆にエレインを見つけるのが遅くなるという事も頭では理解している。その矛盾した考えが自分の中で処理しきれずに、無愛想な態度になって現れてしまった。今の僕は感情が制御出来ていない。


「申し訳ありません。至急、エイダ様に伝えるべき事だと私が判断して、騎士の方に無理を言いました。ご気分を害されたのなら謝罪いたします」


八つ当たりのような僕の態度に、ミレアは申し訳なさそうに謝罪の言葉を口にして、深々と頭を下げた。自分より年下の女の子に気を使わせてしまっている現状に、僕は酷い自己嫌悪に陥るが、止められなかった。


「ああ、まったくだ!これでもしエレインが見つからなかったらどうしてくれるんだ!?」


「仰る通りです。もしかしたらこうしている間にも、彼女はその身を危険に晒しているかもしれません」


「っ!それならエレインが怪我をしたり、あまつさえもし・・・もしもの事があったらどうしてくれるんだ!?」


「その時にはこの身を如何様にも・・・エイダ様が死ねと仰るなら、喜んで自害いたしましょう」


「っ!!」


自分でも滅茶苦茶な事を言っているのは自覚している。ミレアには何の落ち度も責任もない。今の僕は、エレインをみすみす拐われてしまったという失態に、駄々を捏ねている子供のようなものだ。そんな感情の制御が出来ていない僕に対して、ミレアは僕の暴言を全て受け止め、真剣な表情で向き合ってくれていた。


そんな彼女の様子に少しだけ落ち着きを取り戻した僕は、大きく息を吐いてから自分の顔を殴り付けた。


「ぐっ!」


「っ!エイダ様!?」


ミレアは目を見開いて僕の突然の行動に驚いていた。自分で自分を殴り付けるような奇行をしたんだ、彼女の驚きようは当然だろう。殴った拍子に口が切れたようで、口の中には血の味がしていた。おかげで少し目が覚めた僕は、彼女に頭を下げた。


「ごめんミレア!余裕が無かったんだ!みっともない姿を見せた!」


「・・・私はエイダ様がどのような姿を見せたとしても、みっともないなんて思いません。むしろ、エイダ様の心が弱っている今、私が全力で支えて見せますわ!」


ミレアは頭を下げ続けている僕を優しく抱き締めながら、頭を撫でてくれた。そんな彼女の行動に、自分の心がとても落ち着くのが分かった。ただ、自分よりも小さく、年下の女の子に、人としての器の差を見せられたような気がして、僕は自虐的に笑ってしまった。



「ありがとう、ミレアのおかげで落ち着いたよ」


「お役に立てて何よりですわ」


少しの間、ミレアにされるがままに頭を撫でられた後、改めて彼女に向き合うと、目の下には隈ができており、その表情も憔悴しているようだった。


「ミレア、もしかして寝てないのか?」


「・・・今回の事件、私がもっと上手く情報網を使っていれば、事前に防げたかもしれません。ですから、私は今自分が出来ることを全力でしているだけに過ぎません」


毅然とした風を装ってはいるが、疲れを隠しきれてはいない。彼女に身体を休めるように言うのは簡単だろうが、それは彼女自身が望むものではないだろう。それは言葉の節々から感じ取れた。それに、今回の騒動についてミレアに聞けば分かるだろうと、アッシュに言われていたことを思い出した。


「何か分かったことが?」


「はい。ご説明しますので、どうぞお座りください」


そういうと彼女はテーブルに僕を誘導し、ベルを鳴らしてメイドさんに紅茶を準備させた。また、テーブルの上に多くの書類を置き、彼女は話を始めた。



「まず最初に、エイダ様のご友人であるアッシュ・ロイドについてです」


「っ!」


 そう前置きした彼女は、一つの書類を手に取ると、僕に提示しながらアッシュが今回の行動に至った背景について語った。


曰く、アッシュは元々【救済の光】の構成員だったようだ。加入した時期は、少なくとも学院に入学するよりもかなり前からだったらしい。動機については言葉を濁しているということだが、察するにノアという境遇に嘆いていたのかもしれないとミレアが推察していた。


また、以前学院内で僕が襲われ、メアリーちゃんも巻き込まれた事件があったが、あれもアッシュが魔道具などの手引きをしていたらしい。あり得ないと驚く僕にミレアは、「認識阻害の魔道具のような物を使って、自分が誰であるかということを悟られないようにして、秘密裏に動いていたようだ」と語った。


とは言え、アッシュは僕と出会ってから徐々に組織とは距離を置いていたようで、組織から脱退することを望んでいたらしい。そんな彼に対して組織がとった行動は、脅迫だった。


カリンの身の安全を保証する代わりに、言う通りにしろというものだ。その結果、彼は今回のような凶行に至ったということらしい。


「残念ながらアッシュ・ロイドには、今回の計画の先の詳細等は何も知らされていないようです。彼はエレイン様が一人になったタイミングで拉致し、城内に潜んでいた仲間に引き渡すまでが任務だったようです」


「カリンが人質に・・・アッシュ・・・」


ミレアの状況説明に、僕はアッシュの事を何も知らなかったんだと思い知らされる。友人として親しくしていたつもりだったが、その実彼は、深い闇を隠しながら僕に接していたのだろう。


「昨夜の行動は、彼にとっても予想外だったようですわ。私が集めていた情報から、彼が組織の構成員であるとバレるのが時間の問題だと悟った組織が、強硬に指示を出したようです。本来はエイダ様が出立した後、王女の王国行きに軍務大臣の息子の地位を利用して同行し、期に乗じて誘拐するのが当初の手筈だったと言っておりました」


既にミレアは、僕が行動不能にしたアッシュから必要な情報は聞き出しているらしく、僕の知り得ない話まで細かく伝えてくれた。


「そうか・・・それで、アッシュはどうなったの?」


「事態が事態ですので、拘束して王城の地下牢に捕らえています。また、ご子息の行動について確認するため、父親である軍務大臣も事情聴取を行っていましたが、現状では無関係の可能性が高いですね」


ミレアの言葉に、それはそうだなと納得した。特にアッシュの父親である軍務大臣については、既に国の要職にある人物がこんなことをしても、地位が危うくなるだけで無意味だろう。また、2人の息子がいずれも国家に反旗を企てている組織の一員になったということもあって、どうなるのだろうかと他人事ながらふと思った。


ただ、まだ話は終わらず、ミレアは封筒を僕に差し出すと、中を確認するように言った。


「・・・・・・これは!」


「アッシュ・ロイドがエイダ様へ渡すべく、組織から預かった手紙のようです。内容はご覧の通りですわ。簡単に言えば、これから起こる事に手を出すな、全てが終わればエレイン様を解放する、ということですわね」


簡潔なミレアの説明に、僕はほぞを噛む。組織の勝手な言い分と、アッシュの弱味を利用してエレインを拐ったことは到底許すことはできない。しかし、ここで僕が不用意に動き、その動きを相手に察知されて、万が一にもエレインに危害が加えられてしまうことも避けたい。


その相反する感情が、何もできない無力な自分を打ちのめすかのように襲いかかってくる。僕はただ、殺気を圧し殺すようにして組織からの手紙を見つめていた。


それがまずかったのか、次の瞬間には紅茶を用意してミレアの背後に控えていたメイドさんが、真っ青な顔をして倒れてしまった。


「っ!しまった!」


メイドさんが倒れ込む音でハッとした僕は、席を立って倒れたメイドさんの様子を確認した。彼女は顔から大量の汗を流し、蒼白な顔で気を失っているようだった。そんな彼女を介抱しようと動こうとする僕に、ミレアは手をかざして制止してきた。


「大丈夫です、エイダ様」


そう言うと、ミレアはテーブルに置いてあった鈴を鳴らす。するとすぐに扉がノックされ、ミレアが入室の許可を出すと、メイドさんが足早にミレアに駆け寄り、少しのやり取りの後、新しく来たメイドさんは闘氣を纏うと、ミレアの背後で倒れているメイドさんを抱き抱えて退出していった。


素早い対応に呆気にとられていた僕は、大きなため息を吐きながら椅子に座り直した。


「ごめん。殺気が制御できていなかった」


「大丈夫ですわ。私としても、エイダ様の気持ちを少しは理解しているつもりです。大切に想う方を人質に取られたのですから・・・」


気遣わしげなミレアの言葉に、自嘲気味に笑ってしまう。自分より年下の女の子は、僕よりも圧倒的に落ち着いていて大人だ。公爵家の令嬢という立場だからこそかもしれないが、自分も彼女のように冷静に物事が見れるようになりたいものだと劣等感を抱いてしまう。そしてそんな僕の想いが、言葉に出てしまう。


「ミレアは凄いね。こんな状況でも冷静にいられるなんて・・・」


少しだけ皮肉が籠ったような僕の言葉に、ミレアは一口紅茶を飲むと、目を瞑って語り出した。


「私は以前、自らの好奇心に負けて家を抜け出し、人攫いに遇いました。囚われた数日間は、本当に生きた心地がしませんでした。目の前で女性が乱暴に犯されている中、私が幾らで売れそうかの相談をされるのです。私の身体を味見したいと言う者や、生娘の方が高く売れるからと口論もしていました」


「・・・・・・」


ミレアの話は、僕が彼女を救出する前に起こっていた出来事なのだろう、顔を真っ青にし、紅茶を持つ手を震わせていた。気丈に振る舞ってはいるが、彼女にとってあの出来事は思い出したくないトラウマなのだろう。


「正直、私は自分の愚かな行動を悔やむと同時に、誰か助けに来てくれるはずだと淡い希望を抱いていました。しかし、そう思う時間が1分、1秒と過ぎていく毎に、段々と悪い考えに思考が支配されていくのです。自分はこのまま何処かに奴隷として売られ、身体を玩具のように弄ばれ、陰惨な人生を送るのだろうと・・・たった1日が過ぎる頃には、心はほとんど折れていました」


「・・・・・・・」


僕は、何故彼女が話したくもないだろうあの時の経験を口にしているのかわからず、何も言えずに彼女の事を見つめていた。すると彼女は目を開き、真っ直ぐに僕を見つめてきた。


「そんな時です、エイダ様が私を救って下さいました。それがどれ程嬉しかったかは、言葉にするのが難しいほどです。私はエイダ様に身体だけでなく、心も救われたんです。そして決めました!私は私を救ってくださった方の為に、全てを捧げると!私はエイダ様を、心よりお慕いもうしております!」


「っ!!?・・・ミレ・・ア?」


彼女からの急な告白に驚く僕は、何と言っていいか口ごもってしまった。彼女の好意には気付いてはいたが、彼女も僕の想いが誰に向いているのか知っているだろうとも思っていたので、今まで見ない振りをしていたのだ。


「お返事や、何かを求めての言葉ではありません。ただ、エイダ様に知っておいて欲しいという私の我が儘です。私は、エイダ様の頼みであればどのような事であれ叶えて見せます!それが、私なりの好意なのです」


「ミレア・・・」


彼女の僕を想う真剣な迫力に、少なからず罪悪感を抱いてしまう。彼女のその想いに、僕は応えることができないからだ。


「エイダ様、仰ってください!これからどうしたいのかを!エレイン様を人質に、何もするなと脅されてはおりますが、エイダ様はどうされたいのですか?」


「・・・ぼ、僕は・・・」


「不肖ながらこのミレア・キャンベルが、全身全霊でもってエイダ様の望む事を実現して見せます!!」


「・・・・・・」


彼女の言う通り僕が下手に動き、その動きを組織に察知されればエレインが危険に晒されてしまう。何もしなければこの共和国は、“救済の光”の思惑通りになってしまうだろう。それが戦争を起こそうというものなのか、国を乗っとろうとしているのかは分からない。ただ、僕が動くも動かないも、ろくなことにはならないだろう。


「エイダ様、どうされますか?」


再度僕の心情を確認するようにミレアが問いかけてきた。動けばエレインが、動かなければ国が危ないかもしれない。でも、僕にとって重要なのは国の事なんかよりもエレインだ。


だからこそ・・・


「僕は・・・エレインを助けたい!でも、彼女に宣言したように、この国の平和も守りたい!協力してくれ、ミレア!!」


「勿論です、エイダ様!!」


彼女はにっこりと微笑みながら、頼もしい視線を僕に向けてくれた。

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