第161話 動乱 8

 被害の遭った村に到着し、捜査を始めてから3日が過ぎた。


村の人達はミレアの働きもあってか、ずいぶんと好意的に接してくれる。そんな友好的な触れ合いもあり、これ以上村に被害は出したくないと警戒を強めているが、今のところ新たな動きや情報は無かった。その為、今日は近くの林に入って昼食用のお肉を確保するべく、魔獣や獣を探していた。


村の近くにある林は、初めてこの村に来たときに調査したが、強くても精々Dランク程度の魔獣がチラホラといるくらいなので、少し訓練すれば村の人達でも安全に狩りが出来るような場所だった。



「あ、セグリットさん!この先に2匹くらい魔獣が居ます!大して強くないですが、一応気を付けてください!」


「了解です!」


 この林にはセグリットさんと数人の村の人達と共に来ている。ちなみに村の人達は、僕らが狩る獲物の運搬用員としてだ。


僕の警告にセグリットさんは表情を引き締め、腰の魔術杖を取り出すと、杖を構えながら周囲を警戒して歩みを進めた。それから少し歩くと、茂みの奥に2頭のグレート・ボアが木の実か何かを食べているのを見つけた。


「そこそこの大きさですし、2頭もあれば村中の人にお肉が行き渡りそうですね?」


「そうですね。では、私が仕留めますので、エイダ殿は周囲の警戒をお願いします」


「分かりました」


僕の言葉にセグリットさんは頷くと、周囲の警戒をお願いされた。その指示に同意すると、彼は2頭のグレート・ボアに狙いを付け、風魔術を発動した。


『『ブモッ!!』』


セグリットさんは第四楷悌の【複製】を使ったのだろう、風の刃が2つ同時に放たれ、2頭のグレート・ボアからは異口同音に短い断末魔が聴こえ、地面に崩れ落ちた。


「鮮やかな手際ですね」


「いえ、エイダ殿と比べればまだまだですよ」


お肉を確保した僕らが談笑している内に、一緒に来ていた村の人達は獲物の血抜きを始めてくれていた。そこそこの重量があるグレート・ボアだったが、村の人達は闘氣を纏いながら木に吊るしていた。正直に言えば闘氣の制御はお粗末なものなのだが、ここで暮らしていくぶんには困ることはないのだろうと、彼らの作業の様子を見守っていた。



 しばらくして血抜きと解体が終わり、今日はどんな昼食になるかなと期待しながら村へ戻る途中、異変を感じた。


「っ!!?」


「??どうしました?エイダ殿?」


僕の表情の変化を敏感に感じ取ったのか、隣を歩くセグリットさんが疑問の声をあげた。


「村の人達の気配が変です。それに、おかしな気配も複数感じる・・・これって!?」


「まさか、例の犯人が襲撃してきた?」


「可能性はあります!僕は村に急行しますので、セグリットさんはここで皆さんと周囲を警戒しつつ待機を!」


「了解です!お気をつけて!」


そう言い残して僕は闘氣を纏い、全速力で村へと戻った。



「キャーーー!!」


「た、助けて!!」


「皆さん落ち着いて!!向こうに避難を!!」


「こっちですわ!こっち!!」


 村に戻ると、周囲は阿鼻叫喚の嵐の様相を呈していた。悲鳴を上げる村人を落ち着かせようと大声を上げるエレインに、大きな身振りで避難を誘導しているミレアの姿が飛び込んできた。


「エレイン!状況は!?」


僕はエレインに駆け寄ると、何が起こっているのかの現状確認を行った。


「っ!!良かった!戻ってきたんだな!」


僕の姿を認めたエレインは、安堵したような表情を浮かべたが、すぐに真剣な表情になって現状を伝えてきた。


「おそらくは、我々が追っている例の襲撃者だ!数は3人!見た目は村人のような衣服を身に付けているが顔色が非常に悪い!更に、こちらの魔術も剣術も相手には通用しなかった!今は村に駐在している2人の騎士とエイミーさんが足止めにあたっているが、それも心配な状況だ!すぐに向かって欲しい!場所は村の北側入り口付近だ!!」


エレインは手短に状況を僕に伝えると、応援に向かって欲しいと指示してきた。


「分かりました!」


「エイダ様!!」


エレインの言葉に頷き、すぐに行動を起こそうとする僕にミレアが声をかけてきた。


「どうしたの?」


「襲撃者3人は、いづれもこの村の住人のようです!先の村の襲撃者とは別人のようですが、手口は同じです!可能であれば情報を聞き出すために捕縛をお願いします!」


「分かった!善処してみる!!」


「ご武運を!」


ミレアの考えに理解を示し、僕は村の北へと向かった。そんな僕の背中に向けて、ミレアから心配するような声音で、激励の声が聞こえてきた。



「・・・これは!」


 村の北側出入り口付近へ向かうと、かなり村の中に入り込まれてしまっているようで、それほど広くない通り道でエイミーさん達が戦っている姿が見えた。騎士の一人が魔術で相手を足止めし、その隙にエイミーさんともう一人の騎士が闘氣を纏って斬り込んでいるのだが、襲撃してきた3人は未だに無傷だった。


(攻撃を受けた反動で後退してるけど、それでも前進を止めていない・・・これじゃあじり貧だな!)


こちらの魔力や闘氣が尽きたら一気に押し込まれる状況だと認識し、僕は懐から2つの腕輪を取り出し、腕に装備した。これは公国と王国の情報員から渡された物で、万が一の事も考えて万全を期すために持ってきていたものだ。


「エイミーさん!!」


僕の準備が整ったところで、エイミーさんの隣に駆け寄った。


「っ!やっと来たんですけど!!」


僕の顔を見たエイミーさんは、あからさまに安堵した表情をしていた。その様子から、かなり追い詰められていたのではないかということが見てとれた。


「遅くなりました!被害状況は?」


「騎士の一人が軽傷、住民に複数の重傷者!ただし死者は無し!早くこいつら倒して、治療してあげたいんですけど!」


彼女は、僕の確認に捲し立てるように状況を伝えてきた。


「分かりました!あとは僕が引き受けますので、エイミーさんは騎士の方と負傷した住民の治療をお願いします!!」


「了解!あとはよろしくお願い!!」


僕の言葉に彼女は背中をポンッと叩いて、すぐに騎士の方へと向かっていき、事情を端的に伝えると、エイミーさんは2人の騎士と退避していった。その隙にも襲撃してきた3人はこちらに向かってこようとしてきているのだが、彼らの視線は、目の前に立ちはだかっている僕をまるで見ていなかった。


「何だ?この人達?」


彼らは農作業をするような服を着ているだけで、武器や防具の類いは何も持っていないようだった。にもかかわらず、先程まで騎士達の攻撃を受けていたはずが無傷で、衣服も汚れはあるが、戦闘で破損しているようにも見えない。


「っ!なっ!!」


少しの間、観察していたのだが、彼らは予備動作無しにいきなり飛び掛かってきた。ただ、その目標は僕ではなくエイミーさん達に向かっていった。


「くっ!このっ!!」


僕は咄嗟に闘氣を纏うと、腰の剣を抜き放ち、僕を飛び越えようとしている3人を迎え撃つべく、飛び上がって彼らを叩き落とした。


「ぐっ!」


「ごっ!」


「がっ!」


僕にとっては都合が良いことに、3人とも固まって行動したので、難なく迎撃することができた。しかし、彼らの短い悲鳴のような声も、実際は僕の攻撃の衝撃で声が出ただけのようで、身体は無傷のようだった。


(剣の手応えから、”害悪の欠片”を取り込んだ魔獣の様な感触だった。でも、あの毒々しいオーラは見えない・・・どうなってるんだ?)


理解できない状況に困惑していると、地面に叩き落とした3人は何事もなかったようにゆらりと立ち上がり、また僕ではないどこかに視線を向けていた。


(いったい何なんだ?さっきからコイツらどこ見て・・・っ!?)


彼らの視線を辿っていくと、そこにはエイミーさんの後ろ姿があった。そして、先程と同じように彼らは僕を無視するようにエイミーさんの方に向かって駆け出してきた。


「くっ!何なんだよ、いったい!!」


今度は魔術杖を構えて、彼らに特大の火魔術を浴びせた。家一軒ほどの大きさの火球をぶつけると、彼らは勢いよく後方に吹っ飛んでいった。


『ドゴーーーン!!!』


「・・・・・・」


しかし、彼らが遠目にも無傷で立ち上がっている姿を確認できた。しかも、火魔術の直撃を受けたにもかかわらず、彼らの衣服は燃えるどころか焦げてすらいなかった。


(この感じ・・・やっぱり”害悪の欠片”を取り込んだ魔獣と同じだ!それを人間に使ったってことか!!)


そう直感した僕は、以前対峙した異常な魔獣のことを思い浮かべていた。


(そう言えばあの魔獣・・・行動が単純だった。確か思考能力が低下して、本能に従った動きしか出来ないって母さんも言ってた。となると、人間の本能は・・・食欲と・・・性欲か!!?)


そう思い至ったとき、今回の事件の詳細の話を思い出した。襲撃者は女性を凌辱しながらその相手に噛みついて肉を貪っていたと言っていた。となれば、襲撃者は性欲と食欲を同時に満たしていたということだ。となれば、彼らの行動原理にも納得がいくものがある。


(それで彼らは男の僕ではなく、女性のエイミーさんばかりを見ていたってことか!)


一先ず彼らの目的を理解したところで、拘束できるかどうかを試す為、持っていた魔術杖と剣を腰に仕舞い、腕輪の性能を利用して白銀のオーラを纏った。


「とりあえず、死なない程度にぶん殴って気絶させてみるか!」


エイミーさんの方へ向かって突撃していこうとしている彼らの前へ飛び出し、意識を奪うために一撃づつ頭部を殴り付ける。もちろん、細心の注意を払っての手加減も忘れずにだ。


「ぐっ!」


「ごっ!」


「がっ!」


一呼吸の内に3人を殴り付けると、今度は先程までと違って確かな手応えが拳越しに感じられた。しかし、またも彼らは何事もなかったかのように立ち上がってきた。ただ、僕が殴り付けたその顔は腫れ上がり、かなりのダメージがあったことは見てとれる。


「嘘だろっ!」


手応えの感覚から判断するに、これ以上の威力で殴ってしまうと、意識を断つどころか命まで断ってしまうという感じがしていた。それほどの力で頭部を殴ったというのに、彼らはそのダメージを気にするでもなく、何事かぶつぶつと呟いていた。


「・・・お、女・・女・・」


「お、女が欲しい・・女・・」


「女・・腹・・減った・・・」


彼らはまるで何かに取り憑かれている様子で、またしても突進してきた。


「仕方ない!後で治すから我慢してよ!!」


今度は物理的に動けないように突進してくる彼らの足を破壊するため、膝を蹴り抜いた。僕を意識していない2人は簡単に両膝を破壊することができたが、最後の一人は何故か僕を標的にしているようで、蹴りを飛び上がって避けると、頭上から襲ってきた。


「肉・・ニク~~!!!」


どうやらこの人は性欲から食欲に欲求が変わったようで、大口を開けながら僕に覆い被さろうとしてきた。


「シッ!!・・はぁ!!」


そんな彼に対して僕は腰の剣を抜き放ち、その勢いを逸らすようにして躱した。すると彼は受け身も取らずに地面に激突したが、すぐに起き上がってくると予想し、そのまま彼の背後へと回り込んで、両膝を剣で破壊した。


「・・・これでどうだ?」


両足を破壊した3人の様子を確認すると、驚くべき事に、腕の力だけで這いつくばりながらも移動していた。今倒した彼も這いつくばりながら僕のことを食べようと大口を開けて襲ってきていた。


「くっ!」


その様子に後ろに飛び退くも、人間としては信じられないような速度で這いずりながら移動してくるのだ。


「なら、その腕も破壊させてもらう!!」


僕はエイミーさんの方へと移動していた2人を優先し、背後から駆け寄ると、剣を振り抜いて2人の両腕の肘を破壊させてもらった。


「これでどうだっ!!」


僕を襲ってこようとしている最後の1人も、正面から駆け寄り、ほふく前進している状態のままの彼の両肘を破壊した。


「お、女・・女が・・・」


「女・・女とヤりたい・・・」


「肉・・・喰いたい・・・」


彼らは両手両足の関節が破壊されたために上手く身体を動かせないようで、地面でジタバタと蠢いていたが、その顔には一切の苦痛が見られなかった。


「これだけやって悲鳴すら上げないなんて・・・彼らはどうなってるんだ?」


一先ず無力化できたことに安堵しながらも、彼らのその異常な状態に、困惑を感じていた。

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