第160話 動乱 7

 しばらく村の周辺の地理を確認してきて戻ってくると、村の中が何やら騒がしかった。何か事件かと、足早に騒がしい方へ向かって行くと、その中心にはミレアが居た。彼女を囲むように多くの村人達がいたのだが、遠目に見ても皆一様に笑みを浮かべている様子を見て、変なことは起こっていないようだと安心した。


「これはいったい何の騒ぎなんだ?」


「さ、さぁ?」


エレインがこの状況に困惑するように声を漏らすと、僕も訳が分からず首を捻る。そうして周囲の様子を伺ってると、近くにエイミーさんの姿を見つけたので、彼女から話を聞こうと近づいた。


「エイミーさん?これって何の騒ぎなんですか?」


「あ、戻ってきた!ちょっと面倒な事になってるんですけど!」


僕の質問に、彼女は苦笑いを浮かべていた。周囲の村の人達は笑顔を浮かべているというのに、彼女の言う面倒なことの意味が分からなかったので、怪訝に思って問いかけようとすると・・・


「面倒って、いったい何がーーー」


「おぉ!ドラゴン撃退の英雄殿が帰えられたぞ!!」


「彼がこの国で、最強の実力の持ち主・・・」


「我らの救いの神だ!!」


僕がエイミーさんの言葉の真意を問おうとした時、僕の声に反応するように村の人達がこちらを向くと、目を見開き、興奮した様子でそんなことを口走ってきた。


「えっ?あの、み、皆さん、どうしたのですか?」


僕の姿を認めた村の人達は、こちらへと群がるように近づいてくる。その様子が彼らの言うように、救いの英雄でも見るかのような視線だったので、この状況に訳も分からず、とりあえず皆を落ち着けようと声を大にした。


「エイダ様!おかえりなさいませ!!」


騒然としたこの状況に、おそらくは元凶であろうミレアが僕のもとに走り寄ってきた。しかも彼女が一声掛けると、人垣が割れて彼女の通り道ができていた。そんな様子に、嫌な汗が背中を伝っていった。


「た、ただいまミレア。あの、村の人達のこの様子は?」


「はい!今回の件の情報収集と共に、村の皆さんに安心していただこうかと、エイダ様の実力をお伝えしておりました!」


ミレアは弾けるような笑顔でそう言うと、誉めて欲しそうに僕に頭を傾けてきた。この状況を見て、僕は王女から言われていた話を彼女にすることを忘れていたのを思い出した。


(しまった!ゴタゴタしてて、彼女に注意するのを忘れてた!!というか、ちょっと村の外を偵察して帰ってきたら、もう村人がこんなになるなんて・・・どれだけ人心掌握術に長けてるんだよ!!)


彼女の能力の高さにくだを巻きながらも、この状況をどうしたものかと困惑する。エイミーさんが言っていた面倒とはこの事だったのかと理解したが、だからといって僕に丸投げされても困るのだ。


先程からエイミーさんに助けを求める視線を向けても目を逸らされるし、この場でミレアの頭を撫でるのは、後ろにいるエレインが見ていることを考えると手が出せない。八方塞がりのような状況に固まる僕を横目に、動きを見せたのはエレインだった。


「さすがミレア様ですね!この国の英雄たるエイダの武勇伝を広めていただき、ありがとうございます!」


エレインは僕の前にスッと進み出ると、傾けていたミレアの頭を撫でながら誉めていた。その行動にミレアは引き攣った笑みを浮かべながら頭を起こし、エレインと向き合った。


「お褒めいただき嬉しいですが、私はエイダ様からご褒美を頂きたかったのですが?」


一見すると笑顔を浮かべているように見えるが、ミレアの目はまったく笑っていなかった。


「あぁ、これは失礼しました。しかし、このような衆人環視の中で、公爵家のご令嬢が男性に頭を撫でられている様子を見られるのは、色々とあらぬ噂になりそうだったので、私なりに気を効かせたのですよ?」


対するエレインも笑顔を浮かべているが、ミレア同様まったく目が笑っていなかった。そんな2人の様子に、僕はこの場を今すぐ逃げ出したくなったが、セグリットさんが逃がさまいと背後に忍び寄り、目を光らせているのが気配でわかった。


「(エイダ殿。ミレア様が今後は暴走しないように、後程一言お願いしますよ?)」


背後のセグリットさんは、小声で僕にそうお願いしてきた。


「(・・・その時には手伝ってくれませんか?)」


「(そうしたいのは山々ですが、おそらく私が居たとしても、まったく役に立たないと思いますよ?むしろ、エイダ殿をそそのかした罪人のように見られてしまうかもしれませんので、出来ればご遠慮したいです)」


彼はあり得そうなミレアの反応を口にすると、僕からの救援要請は、申し訳なさそうな声と共に断わられてしまった。


(はぁ・・・憂鬱だなぁ・・・)


ミレアがどんな反応を見せるか分からないが、行く先々で新たな信者を作り出すような事は止めさせたいのだが、彼女の狂信的な考えがどう現れるのか不安になり、重いため息を吐いた。


そんな事情を知らない村の人達は、何故かエレインとミレアのことを仲の良い姉妹でも見ているかのように、微笑ましく見守っていた。



 夕食後、ミレアに僕の信者を増やすような行為を止めさせるべく、大事な話があるからと外へ呼び出した。既に陽は完全に沈み、辺りは近くの家屋から漏れている明かりで薄っすら照らされているだけだった。


「お、お待たせいたしました、エイダ様」


村長の屋敷の裏庭、頬を赤らめて遠慮がちに僕の名前を呼ぶミレアの声に振り返ると、彼女は何故か水色のドレスを着込んでいた。


彼女のその姿を見た僕は、あとは寝るだけなのに、何故こんなにめかし込んでいるんだろうという疑問が浮かんだ。ただ、彼女の言動については、僕では計り知れないものがあるので、一先ず疑問を棚上げすることにした。


「急に呼び出してゴメンね。もっと早くミレアには伝えておくべきだったんだけど、色々な事があって遅れてしまったんだ」


「いいえ、エイダ様。謝罪など必要ありません。それに、私はずっとこの時を待っておりました」


本当は王女から苦言を呈された時にすぐ伝えようと思っていたのが延び延びになっていた事から、申し訳なさもあってそんな前置きをしたのだが、彼女の返答から頭を傾げた。


(ん?待ってたって何を?・・・まさか!僕まで洗脳しようってことか!?)


うっとりとした表情で僕を見つめてくる彼女に、僕の油断を誘うための罠なのかと戦慄を感じた。彼女の言葉に惑わされないよう、心を強くもって伝えなければと決意し、僕は口を開いた。


「実は、ミレア自身についてで・・・その、ちょっと言い難いことなんだけど・・・」


彼女に苦言を呈しようとするも、いざ本人を目の前にすると、伝えることが憚られてしまう。それというのも、彼女の狂信的な瞳や言動が脳裏にチラつくからだ。


僕が彼女の反応を不安に思って言い難そうにしているのを察してか、彼女は微笑みを浮かべながら小首を傾げて、僕を上目遣いに覗き込んできた。


「大丈夫です、エイダ様。男性というものは、魅力ある女性に心惹かれてしまうものなのです。そして、魅力というのは何も外見だけではありません!男性を側で支える能力の高さに魅力を感じても、何も不思議ではありません!その結果、男性の心が移ろい行くものだと私も分かっております!あっ、エレイン様のことなら気にしなくても大丈夫ですよ?私はエイダ様の考えであれば全て受け入れると決めておりますので、側室に迎え入れてもなんら問題ありません!ですが・・・新婚の時期にはしばらく2人っきりで時間を過ごしたいと考えいるんです。それから・・・」


「・・・・・・」


僕はミレアの行動を諌めようとしているだけなのに、どうやら彼女は全く違うことで呼び出されたと思っているのか、延々と自らの妄想らしき話を語り聞かせてくる。


(これは・・・どうしたらいいんだ?何故かミレアの中では、僕が彼女に告白する事になっているぞ?)


話を止めようにも彼女は自分の中の世界にどっぷり浸かってしまっているようで、その瞳はここではないどこかに向けられていた。


若干恐怖を感じる彼女の様子に、唖然として事の次第を見守ることしかできなかったが、さすがに話の内容が、僕とミレアの2人目の子供を作る時期についてとなったところで待ったを掛けた。


「ちょ、ちょっと待って、ミレア!!」


「???どうしましたか?エイダ様?」


彼女は何故僕が話を遮ったのか理解できず、不思議そうにこちらを覗き込んできた。


「ミレアに伝えたかったことは、そうじゃないんだ!」


「えっ!!!!!!!!!!!!違うのですか!?」


僕の言葉に彼女は身体を震わせながら、驚愕の表情を浮かべて僕を凝視してきた。少しすると、自分の勘違いだったことに気づいたのか、彼女は顔を真っ赤にして俯いてしまった。そんな彼女の反応に頬を引き攣らせながらも、どう彼女に伝えるべきか、慎重に言葉を選んだ。


「・・・実は今回の依頼を受けるにあたり、成功報酬として、この国の英雄だと大々的に宣言をするという話があったんだ」


「それは当然ですね!現にエイダ様は既に英雄として十分な実力と行動を示しております!」


僕の話に、彼女はまだ若干赤みを帯びている顔を上げ、納得という表情で頷いていた。


「でも、その話は僕の方から断ったんだ」


「えっ?何故なのですか?」


「僕としては今の時点で名声が欲しいとか、貴族になりたいとか、崇められたいとかいった欲求は無いからね。ミレアが僕の為にしてくれていることは理解しているし、ありがたいとも思っているけど、出来ればもう少し僕の意思を尊重してくれると嬉しいな」


僕は出来るだけ彼女を刺激しないように遠回しな言い方をして、彼女の洗脳のようなやり方に待ったを掛けた。


「そ、それは・・・私はエイダ様にとって余計なことをしてしまったという事でしょうか?」


彼女は泣きそうな表情で、自分の行動について僕がどう思っているのか確かめてきた。


「そんなことはないよ?実際に学院では、僕を含めたノアと呼ばれる者達の環境は劇的に改善したし、僕の事を慕う人達が居るということも嬉しいけど、さすがに一部で囁かれている宗教のような言われ方をされるのはちょっと・・・」


僕はこの期に彼女の行動に感謝を示しつつも、以前から気になっていたことについて苦言を呈した。


「・・・そうでしたか。私としたことが、功を焦るあまり、エイダ様のお考えを置き去りにしてしまっていたのですね・・・」


ガックリと肩を落としてしまった彼女に、僕は慌てて口を開く。


「あ、勘違いして欲しくないんだけど、僕はミレアに感謝しているんだよ?僕の事を思っての行動だったってのは分かっているから!ただ、ちょっとやり方が性急だった部分もあって、その・・・王女殿下からも苦言を呈されていてね・・・」


ここで王女の名前を出して釘を刺しておけば、彼女の行動も変わるだろうと考えた。そんな彼女は僕の言葉を真剣に聞き、しばらく考え込んでいた。


「・・・分かりましたわ、エイダ様!」


考えを整理できたのか、彼女は決意に満ちた表情で顔を上げた。


「良かった!分かってくれたんだね?」


「はい!私は今後、エイダ様がどのような決断を下されても良いように、下準備をしておけということですね!?」


「・・・んっ?」


「この先、エイダ様が国の英雄として称えられたいとしても、神として崇め奉られたいとしても、貴族として国を繁栄させたいとしても、どのような希望にも応えられるようにいたします!」


「んんっ!!?」


彼女の思い描いている僕の未来像には、静かに暮らすという選択肢が無かった。その為、僕は苦笑いを浮かべながらも、その事を指摘する。


「あの、ミレア?僕が周りから騒がれずに静かに暮らしたいと言ったら?」


「当然考慮しております!皆がエイダ様に心酔していれば、その想いを一言伝えるだけで、エイダ様の望む行動をとるようになります!」


「いや、あのね?あまり人の考え方を変えるのはどうかと思うし、そもそも性急な変化はまずいと王女殿下も・・・」


「大丈夫です!その指摘も考慮し、焦らずじっくりとエイダ様の素晴らしさを世に広めていければと考えています!」


「いや、だからね?人の考え方を変えるのは止めてね?」


「その様な事はしておりませんわ!私はただ、エイダ様の素晴らしさを教えているに過ぎませんから!」


「・・・・・・」


彼女の曇りの無い真っ直ぐな視線を見て、それ以上は何も言えなくなってしまい、僕は内心で頭を抱えてしまうのだった。とはいえ、ミレアには一応釘を差したと思い込むことにして、部屋に戻ることにした。


戻り際、ミレアが小声で「エイダ様の望まれる行動をすれば正妻に・・・」という呟きが聴こえた気がしたが、色々疲れてしまった僕は、何も聞こえていなかった事にした。

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