第157話 動乱 4
「・・・ミレア殿?」
突然雰囲気の変わったミレアに、ドーラスさんは彼女の表情の意味が分からず、怪訝な顔をしていた。まずいと思い、彼女を制止しようと動こうとしたのだが、隣に座るエレインが手を握って、僕の行動を止められた。エレインのその行動に驚いて見ると、彼女は静かに怒っているようだった。
「支部長さん?聞き捨てならないのですが、今回エイダ様がご助力されるのは騎士団の手に負えない事態ということで、この国の最高戦力でもある陛下直属の近衛騎士様が、その実力を認められたエイダ様に、国王陛下が直接依頼を出され、事態の収拾をお願いしたと私は聞き及んでいるのですが、違いまして?」
ミレアは剣呑な雰囲気で、半眼になりながら彼に問い質していた。
「あっ、い、いや、それは確かにそうなのですが・・・」
ミレアの迫力に彼はタジタジといった様子で言葉を溢すが、更に追い討ちを掛けるように彼女は言葉を続けた。
「自分達が出来ないことをお願いする立場でありながらその態度はいただけませんし、エイダ様がノアだから、子供だからと侮ることは、あなたの人を見るその眼力に疑いが持たれますよ?」
「あ、いや、その・・・」
「そもそも、騎士団個人個人の練度にも問題があるのではないですか?最初に村人が襲われたという時点で犯人を早期に取り押さえられていば、これほど大事になることも無かったはずです。にもかかわらず、こうして外部の方の手を煩わせる事に恥を感じるどころか、協力くださる方に対して蔑みの視線を向けるなど失礼千万!どうやら騎士団はその練度も礼儀もなっていない集まりのようですわね!今回の件の報告と共に、その事についても問題にさせていただきますわ!」
「・・・・・・」
ミレアの一方的な通告に、彼は青い顔をしながら額から汗を流していた。小さな女の子に説教される体格の良い壮年の男性というのは、見ていてとても痛々しい様子に映るが、僕達の目的は騎士団の意識改革ではなく、あくまでこの都市の近くの村で起こった襲撃事件の解決なので、そのことについて話をしてもらうべく、口を挟んだ。
「えっと、そろそろ事件の情報について聞きたいんだけど・・・」
「あぁ、そうでしたわ!私ったら失念しておりました。では、あなた!報告をなさい!」
「は、はい!」
ミレアは完全に彼を従えてしまったようで、彼女の言葉に、この駐屯地の責任者であるはずの彼は、恭しく敬礼をして事件の詳細や目撃者からの情報について説明していってくれた。そんな様子を見て、ミレアのことは敵に回したくないと、しみじみ思った。
ドーラスさんからもたらされた目新しい情報としては、実際に村人を襲った人物の詳細な人物像や動向だった。
最初に襲いかかってきた人物は1人で、20代半ばの青年だったという。今まで特にこれといった問題を起こしたこともなく、どちらかといえばおとなしい性格で、村では麦を育てていた普通の生産職の男性だった。
何故そんな人物が急に人を襲ったのかは未だに分かっておらず、動機が分からないことから目的も不明の状態だ。しかも、襲い方もかなり特殊なようで、犠牲者には女性が多く、目撃者の証言では、女性を凌辱しながら首筋に噛みつき、女性が息絶えるまでその肉を貪りつつ腰を振っていたのだという。
更に翌日には、村の女性の一人も襲ってくるようになり、今度は逆に男性が犠牲になることが多く、男性に跨がりながら腰を振り、かじりついてその肉を食べてしまったらしい。被害者の死体は見るも無残で、まるで魔獣に食い散らかされたように誰だったのかの判別も出来ないほどだったようだ。
そして、襲った後は何処かに消えるように立ち去ってしまい、しばらく姿を現すことはなかったが、数日するとまた襲ってきたのだという。しかも、数を増やして。
そして、村が半壊状態になった頃にようやく騎士団が討伐に向かうも音信不通となり、増員した騎士とも連絡が取れず、生き残った村人は村を捨ててしまった。
村一つを壊滅に追い込んだ襲撃者達は、それからピタッと姿を消してしまったため動向が掴めず、かなりの人数をかけて捜索するも、潜伏場所は未だ分からずじまいということだ。
「これまでの証言で確認できた襲撃の犯人は12人ですが、増えている可能性も考慮する必要があります」
「犯人達の特徴はありまして?」
報告を終えたドーラスさんに、ミレアが犯人像について確認した。
「似顔絵を製作しておりますので、後程ご確認ください。ただ、特徴的な容貌として、襲ってきた者達は全員顔色がかなり悪かったようです」
「顔色が?」
「はい。土気色というか、猛毒に犯されて死んで数日は経ったような顔色だという証言で一致しております」
「なるほど。報告ご苦労様」
「はっ!とんでもありません!」
ミレアはすっかりドーラスさんを手懐けてしまったようで、彼はミレアの労いの言葉に嬉しそうにしていた。これが彼女の才能というものなのだろうか、恐ろしいものを見た気がする。
とりあえず僕はドーラスさんからもたらされた情報に考え込むも、分からないことだらけなこともあって、エレインに意見を聞いてみる。
「エイレン。今回の事件の事、どう思います?」
「正直に言えば分からないな。騎士団員を屠っていることからクーデターの可能性も考えていたが、それにしては犯行声明のようなものもない。それに、同じ村で生活していた村人を最初に襲っているのも不自然だ。体制への不満に対するものなら、村人は関係ないからな」
「確かにそうですね。セグリットさんはどう思います?」
僕は、エレインの向こう側に座るセグリットさんにも意見を聞いてみた。
「現状では情報が少な過ぎる為、何とも言えませんが、襲撃者達の異常性が気になりますね」
「人を凌辱しながら、その相手を食べるなんて聞いただけでもおぞましいんですけど!」
襲撃者達の襲い方を指摘したセグリットさんの言葉に、エイミーさんが身震いしながら口を挟んできた。確かにその通りで、普通の人からは考えられない行動だ。しかもそれが一人ではなく、何人も同じような襲い方をするというのだから、なお恐ろしい。
「となると、何らかの薬物のようなもので行動を操られているということも考えられますかね?」
僕の言葉にエレインが深刻な表情をして口を開いた。
「目撃者の言う、死んだような顔色という事も考えれば、その可能性は高いだろうな。しかし、そうなるとより厄介な問題が浮上することになる」
「今回の犯行は組織だったものということですね?それも、かなりの技術力を持った」
エレインの指摘に、セグリットさんが言葉の先を引き継いで話した。
「それだけでなく、その組織はこれほどまでに異常な行動と力を持つ者達を操る事も出来ると考えれば、厄介さは更に上がりますわ」
セグリットさんの言葉に付け足すように、ミレアが奴等の脅威性を口にした。確かに、襲撃後に姿を消したり、未だに潜伏場所が見つからないことを考えると、何者かの命令を聞いている可能性が高いだろう。それに、騎士団の捜索でも見つけ出せない場所へ匿える力を持つ何者かは、相当な組織力を有しているはずだ。
「こんな事が出来る、出来そうな組織なんてそうそう無いだろうけど、心当たりはありますか?」
僕の質問に、答えたのはセグリットさんだった。
「技術力、組織力で考えれば、有力候補は【救済の光】でしょうが、他に無いわけでもありませんので、今は先入観に縛られず、あらゆる可能性を想定して動くべきでしょう」
彼のもっともな意見に、この場のみんなは頷いて、一先ず騎士団からの情報確認を終えたのだった。
夕方ーーー
騎士団の駐屯地から宿へと戻り、明日以降の予定を確認すると、事件の起こった現場を確認しておこうということになり、壊滅してしまった村へと向かうことになった。何か証拠が残っているとは思えないが、何かの手掛かりがあるかもしれないとの考えからだ。現状では潜伏先の手掛かりも何も無い状況なので、今は少しでも情報が欲しい。
明日の予定の確認を終え、夕食をみんなで食べた後、お風呂で今日の疲れを癒すと、自分の部屋のベッドにダイブした。
「はぁ・・・ようやく目的地に着いたが、前途多難だな。敵の正体や目的、潜伏場所も分からないとなると、相当な時間が掛かりそうだ・・・」
終わりの見えない依頼の現状にため息を吐きながら、枕に顔を埋めて目を閉じた。旅の疲れ(精神的な)があったのか、僕はすぐに意識を手放すことになった。寝る前に扉の鍵を掛けていなかったが、敵意のある者が近づけば熟睡していようが気づくし、そもそも宿の中なら安全だろうと考え、気にすることはなかった。
それが失敗だった・・・
(ん?誰か入ってきた?)
時刻は真夜中だろうか、僕は室内に誰かが侵入してきた気配で目を覚ました。ただ、その人物からは敵意のようなものは感じられなかったので、即座に反撃姿勢を取ることもなく、ベッドの中で目を閉じながら、誰の気配かを探っていた。
(ん~・・・この感じ、ミレアか?)
感じ取れる気配の感覚から、侵入してきたのはミレアだろうと当たりをつけた僕は、何しに来たのか気になったこともあって、寝た振りをしながら様子を探ることにした。
彼女はベッドの近くまで静かに歩み寄ってくると、ごそごそと衣服が擦れる音が聞こえてきた。
(何だ?何してるんだ?)
疑問に思っていると、彼女はそのまま僕のベッドの中へ潜り込もうとして来た。
「ちょっ!ミレア?」
「・・・・・・」
あまりに状況に、さすがに身体を起こしてミレアを諌めようとすると、彼女は虚ろな表情で僕の方を見ていた・・・生まれたままの姿で。
その姿に驚いた僕は、しばらく彼女の剣術師でありながら、シミの無い、白く滑らかな肌を凝視してしまう。しかも、隠そうともしない彼女の控えめな2つの膨らみも、バッチリと目撃してしまった。
「あ、あの、ミ、ミレア?」
あまりの状況にどう反応して良いのか分からず彼女の名前を呼ぶと、虚ろな表情から段々と眼の焦点が合ってきた。
そしてーーー
「・・・あへ?エ、エイダしゃま?わらしのベッドで何を・・・?」
呂律の回っていない口調で、ミレアが呟くように口を開く。どうやらこの部屋を自分の部屋と勘違いしているようだ。
「あ、いや、ここは僕の部屋だよ?」
「・・・エイダ、しゃまの部屋?あれ?私・・・っ!!!!!!!」
言葉の途中で意識がハッキリしてきたのか、彼女は自分の今の状態に気づき、目を見開いて胸を手で隠しながら、自分の身体と僕の顔を行ったり来たりしていた。
そして、少しの静寂の後、彼女は顔を真っ赤にしてしゃがみこんだ。
「す、すみません!エイダ様!!わ、私、部屋を間違えまして・・・お、お花を摘みに行ったのですが、入る部屋を間違えたようです。あ、その、私寝るときは何も身に付けないものでして、その、お、お見苦しいものをお見せしてしまいました・・・」
彼女は恥ずかしいながらも、申し訳なさなそうにこの部屋に来てしまった理由を早口で説明してきた。そんな彼女をジロジロ見るのは失礼だと思うので、僕は後ろを向いて彼女の素肌を見ないようにしていた。
「あ、いや、寝ぼけてたんだろうから気にしなくて良いよ。それに見苦しいなんて事は全然無いし・・・その、お互い今夜起こったことは忘れるようにしよう!」
僕は慌ててミレアにそう提案すると、彼女からは少しだけ寂しそうな声音が聞こえてきた。
「私の身体は、忘れたいほどに醜いですか?」
「えぇ?いや、そんなことないって!すごい綺麗だと思うよ!?って、そうじゃなくて!これは事故だったんだから、明日以降変な空気にならないように、お互い忘れようという意味で・・・」
「綺麗だなんて・・・ありがとうございます。エイダ様がよろしければ、事故の続き・・・しませんか?」
「っ!!」
彼女はゆっくりとベッドに乗ってきて、肌を密着させながら僕の耳元で囁いてきた。どうして良いか分からず硬直していると、廊下から物凄い勢いで部屋のドアが開け放たれた。
「ミレア・キャンベル!!ついに本性を現したな!この淫乱め!!」
飛び込んできたのはエレインだった。彼女は肩で息をしながら足を踏み鳴らすように部屋に入ってきた。
「もぅ、男女の逢い引きの最中にズカズカ乗り込んでくるなんて、デリカシーの無い人ですね?」
鼻息の荒いエレインに対して、ミレアは澄ました顔をしながら挑発をしていた。僕は全裸のミレアに抱きつかれているというこの状況を、エレインにどう説明したものかと焦るあまり、何も言葉が浮かんでこなかった。
「何が逢い引きだ!ここに着くまでの旅路の途中、隙あれば野営中のエイダのテントや部屋に忍び込もうとしていただろうが!それを今まで止めてきたのは私だろうが!!」
どうやらミレアは今まで幾度となく僕の寝床に侵入を図っていたようで、それを事前にエレインが阻止していたようだ。
(今までそんな攻防があったなんて知らなかった。となると、さっき寝ぼけて僕の部屋に入ってきたって言葉はもしかして・・・)
先程までの彼女の言動を思い返すに、全て彼女の計算だったのではないかと思えた。寝ぼけたフリも、服を脱いだのも全て計画通りだったとしたら、彼女の目的は何だったのかと疑問を浮かべていると、その答えを彼女自身の口から聞くことができた。
「もぅ・・・もう少し気づかれるのが遅ければ、既成事実が出来上がってましたのに、残念ですわ」
「き、既成事実だと!?婚約もしていないにもかかわらず、なんと破廉恥な考えをしているのだ!?」
「あら?欲しいものはどのような手段でもっても手に入れる。貴族として当然の考えではありませんか?」
「だからといって、こ、こういうことは相手の気持ちの問題もあるだろう!?」
ミレアの挑発的な物言いに、エレインは頬を赤らめながらも反論していた。というか、僕としては早くミレアには服を着て欲しいのだが、彼女は自分が全裸であるということを全く気に掛ける様子もなく、ベッドから出てエレインと対峙していた。
「気持ちなら問題ありませんわ!エイダ様は私の身体を綺麗と仰って下さいましたもの!これはもう、私と結ばれたいと言っているも同然ではありませんか!!」
「どれだけ飛躍した思考をしているんだ!?そんな訳無いだろう!!いいから、この部屋から出るぞ!」
「あっ!ちょっと、何しますの!?せめて服くらい・・・」
物音から察するに、引きずられるようにされながらも、ミレアは床に落ちている自分の服を掴むと、身体を隠せたのかは分からないが僕の部屋から出ていかされた。
嵐が去ったような部屋に取り残された僕は大きく息を吐き出して、2人が出ていった扉を見つめていると、エレインがぬっと顔を出した。
「エイダ。明日、君に言いたいことがあるから覚えておいてくれ!」
無表情でそう言ってくるエレインに、母さんの姿が重なったような気がした。あれは内心、激怒している表情だと直感が働いた。
「わ、分かりました!!」
反射的に背筋を伸ばして返答する僕の顔を一瞥すると、エレインは去っていった。彼女が去った後もしばらく僕は背筋を伸ばしたまま扉を見つめ、やがて大きく息を吐き出して力を抜くと、ポツリと呟く。
「・・・これ、明日どうなるんだろう・・・」
それから朝まで僕は一睡もすることなく、不安を抱えたまま朝日を拝むことになったのだった。
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