第156話 動乱 3
◆
side エレイン・アーメイ
国王陛下からの要請により、エイダは今回の事件について調査することになった。既に志願していた私は、再び彼と一緒に行動する事に不謹慎ながらも喜びを感じてしまった。
近衛騎士としての仕事にやりがいは感じていても、やはり2週間に1度しか彼に会えないというのは寂しいものがあった。
しかも、最近は例の公爵令嬢についての相談事も多く、エイダに限ってそんな事はありえないとしても、私としては彼に女の影がチラついていることが内心とても不安だった。
しかし、今回の依頼で彼とは長期間一緒にいられるので、今まで離れていた分、もっと関係性を深められればとの想いも少なからず抱いていた。
そんな私の考えを打ち砕かれたのは、出発当日の朝だった。近衛騎士団団長であるエリス・ロイド団長から、朝礼の連絡事項でエイダとの会話にも度々話題に上がっている公爵家令嬢のミレア・キャンベルも、今回の任務に同行するというのだ。
何故という疑問に対しては、公爵家からの強い要請と、その情報収集能力の高さを見込んでという理由が説明されたが、私の意識は心此処にあらずだった。
(ミレア・キャンベル・・・まさかここまで積極的に動いてくるとは!)
公爵家の情報収集能力の高さは、私も知っての事だ。キャンベル公爵家は、共和国に対して敵対的な思想や行動をしようとしている組織や家を見つけ出すことに特化している貴族家だ。
そこが動くというのであれば、この依頼もスムーズに終わる可能性は高いだろう。しかし、未成年で戦闘能力に不安のある娘を同行させるというのは、完全に彼女の我が儘の結果だろう。
最近は貴族の中でノアに対する蔑みや偏見の目が劇的に減り、意識改革が進んでいるという実感がある。エイダからの話を統合して考えれば、彼女はまず貴族家の子供の方から考え方を改めさせ、その影響を親にまで波及させているやり方のようだ。
(エイダに自らの有能性をアピールし、先ずは彼の意識を自分に引き付け、そこから信頼を築こうって魂胆ね・・・)
私は彼女の
正直、私は彼女に対して劣等感を感じているほどだった。彼の事を支えるという意味では、彼女の能力の方が優れていると思えるからだ。
そんな中で私が彼女よりも抜きん出ているといえば、出会ってから今まで築いてきた彼との絆だろう。
(大丈夫。私とエイダは互いに想い合っている。今は立場や状況が難しく、お互いの想いを口には出せないが、いつか必ず彼から伝えてくれるはずだ!)
彼のお母様からも応援の言葉を頂いている。ただ、きっとエイダは奥手だろうから決心が着くまで待ってあげて、とも言われている。
(エイダの決心が固まるまで待つつもりだが、その隙に彼女の存在が入り込む可能性も考えられる・・・女としても彼女に負けるわけにはいかない!)
私は決意を滾らせ、これからの依頼の道中共に動くことになるミレア・キャンベルに対し、静かな闘志を燃やしていた。
◆
side ミレア・キャンベル
エイダ様の受けた依頼にギリギリで同行の許可を勝ち取った私は出発の当日、エイダ様が現状では想いを寄せられているエレイン・アーメイ様と対峙した。
彼女に対しては、野盗に拐われた私を救ってくださった一人として感謝の思いを抱いてはいますが、それとエイダ様への想いは話が別です。相手が誰であろうと、私の方が出遅れて不利であろうとも、必ずこの依頼の中で私の有能性を知らしめ、エイダ様の想いを私に向けさせてみせます。
(エレイン・アーメイ様、あなたには負けませんわよ!!)
エイダ様が既に彼女とある程度深い仲にあるのは周知の事実です。新年早々にアーメイ家の舞踏会では、伯爵家と王女殿下の庇護下にあるという印象を周りに見せつけていたということも把握しています。
完全に出遅れてしまってはいますが、それでも挽回は可能なはずです。何より、エイダ様は自身の将来について良く考えている最中であるということが功を奏しています。その考えの中に私という存在を入り込ませれば、まだチャンスはあります。
(女性の魅力という面では、悔しいですが一歩劣りますわね。でも、有能さでは負ける気はありませんわ!!)
彼女は女性の私から見ても、魅力的な容姿の持ち主です。スラッとした体型ながらも、出るところは出ています。男性は皆、女性の豊満な胸に惹かれるといいますが、彼女の胸はほど良く大きいですし、更に顔も美人で異性を魅了する力に溢れていると私は思っています。
対して自分の容姿に目を向けると、女性の平均より背は低く、胸の大きさも手のひらに収まるどころか足りていない。顔も童顔で、エイダ様にとってみれば妹の様な認識しか無いかもしれません。そんな彼女との違いに、私は酷い劣等感を感じました。
まだ成長の余地はあると信じたいですが、現状では女性の武器で彼女に対抗するのはかなり不利です。エイダ様が特殊な性癖の持ち主であれば良かったのですが、馬車が大きく揺れると、エレイン様の揺れる胸元に視線が引き寄せられている様子を見れば、そうでないことは一目瞭然でした。
(先ずは私の有能さで意識を向けさせ、そこから一気に勝負を仕掛けましょう!今までの私の手腕と合わせ、今回の依頼できっと気づいてくださるはずです!私がエイダ様を支えるに相応しい存在だと!!)
エイダ様と彼女が楽しげに会話をされる様子を見ると、今まで築いてきた絆を見せつけられているようで焦燥感を刺激されますが、まだ挽回できると信じて、私は静かな闘志を燃やしました。
◇
学院を出発してから7日目の正午、僕達はようやく騒動の起こった村から一番近い都市、リンクレットに到着した。ここは公国との国境付近のため、城塞都市のような様相を呈している。
都市の周りは対岸まで50mはある堀で囲まれ、更にその内側を強固な二重城壁に囲まれている。そして、有事の際には都市自体がそのまま防壁と成るように設計されているらしい。
中に入るには堀に架けられたこの都市唯一の大橋を渡る必要があり、通行の際には厳格な身分確認が行われる。公国との小競り合いも多く、国境に近いためもあってか、身分を確認している騎士からは物々しい雰囲気が感じられた。
「ふぅ・・・ようやく到着か」
僕は馬車の窓から橋を通行するための順番待ちの列を見ながら、感慨深げに小さくため息をはいた。正直馬車に揺られたこの7日間は、気苦労の連続だった。その理由は、何かにつけてエレインとミレアが争っている事だ。
いや、表面的には2人とも穏やかな笑顔を浮かべて、まるで淑女のお茶会のような雰囲気で談笑している様に見えるのだが、その空気はピリピリと張り詰めている気がするのだ。
休憩で紅茶を淹れるときも、昼食で食事の準備をするにも、依頼の捜査方針の確認のために話し合うときにしても、お互いを意識するように張り合っていた。
それだけならまだしも、一番精神的に参るのは僕に判断の是非を投げ掛けてくることだ。どちらが淹れた紅茶が美味しかったとか、どっちの作った食事が美味しかったとか、どちらの考えが役に立ったか等々・・・最終的な優劣を着けようとし、その審判をあおいでくる。
ここでどちらかに優劣をつけてしまっては、このあと何時まで続くか分からない依頼の中でお互いに気まずい雰囲気になるのは明らかだったので、当たり障り無いように両方の良いところを見つけて優劣をつけることから避けていた。
その結果、なんとか雰囲気が悪くなることは無かったが、日増しに2人の競い合いが激化し、エイミーさんとセグリットさんは我関せずといった様子で遠巻きに見つめ、常に僕が2人の間に立たされるという状況が続いていた。
だからこそ、この都市に到着して僕が最初に思ったことは、本格的に依頼の捜査へ意識が向けば、この苦境から少しは解放されるかもしれないという安堵感だった。
「エイダ様?お疲れの様ですが大丈夫ですか?」
「確かに、ここ最近元気が無さそうだったが、長旅で疲れたか?」
ミレアとエレインが黄昏るように窓から外を眺めていた僕に、心配した表情で体調を気遣ってきた。正直、2人が仲良くしてくれればこんなに気疲れしてないよと言いたいところだが、それを堪えて力の入らない笑顔で応える。
「いや、大丈夫だよ。ちょっと馬車の揺れに酔ったのかもね・・・」
「まぁ!それは大変です!でしたら早めに宿に入り、エイダ様は休んでいてください!情報収集は私がしておきますわ!」
「それはいけないな!エイダはゆっくりしていてくれ!報告書の確認は私がしておこう!」
僕の言葉に、2人は過剰なまでの反応を示しながら僕に休むよう促してくれた。その息の合った様子に、なんだか一周回って2人は仲が良いのかとさえ思えてきてきた。
(紅茶や食事の準備などの雑事は競ってるけど、お互いの得意分野には入り込まずに住み分けてるんだよな・・・)
ミレアは情報収集能力に長けているし、エレインは情報分析能力に長けている。その為か、今の2人の返答も、ミレアは情報を集めると提言し、エレインは避難した村の住人から聞き取りをした報告書を確認してくると言っていた。
相手の長所と自分の長所を理解し、無駄の無い効率的な行動を即座に取ろうとする2人は、阿吽の呼吸の様に馬が合っているのかもしれない。
とはいえ、本当に僕だけ休んでいるわけにもいかない。移動だけで既に7日間もの時間を要しているために、何かしらの進展や変化があるかもしれないので、この都市に到着次第、僕らは先ず騎士団の駐屯地へと向かうことにしている。
エレインとミレアがしきりに僕に休むように声を掛けてきたが、僕は「大丈夫だから」と、何とかして2人をなだめた。その間もエイミーさんとセグリットさんは事の成り行きを見守っているだけで、助け船を出してもくれなかった。2人とはそろそろ本格的な話し合いが必要だなと感じる今日この頃だ。
一先ず宿を押さえた僕らは、その足で騎士団駐屯地へと向かった。予め話は通っていたようで、大して待たされることなくこの駐屯地の責任者の元へと通された。
「初めまして、私はこのリンクレット支部長のガルド・ドーラスと申します」
支部長と名乗った人物は、壮年の男性だった。灰色の髪をオールバックに纏め、体格も引き締まっており、現役で戦っていることを思わせる人だ。
「初めまして。今回、陛下から事態の解決を依頼されたエイダ・ファンネル様にご助力すべく同行しております、近衛騎士、エイミー・ハワードと申します」
「同じくセグリットです」
「同じくエレイン・アーメイです」
「私は今回の件に関して特別参与として参加しております、キャンベル公爵家が次女、ミレア・キャンベルです」
エイミーさんを筆頭に、みんな淀みなく挨拶を告げていく。ミレアに至ってはいつの間に特別参与などという役職に収まっていたのか疑問だが、それについて誰も指摘することはなかったので、僕も気にせず自己紹介を行う。
「初めまして。今回、国王陛下より事態収拾の命を拝命しました、エイダ・ファンネルと申します。以後、お見知りおきを」
「ご丁寧にありがとうございます。貴殿のご活躍はこの都市にも及んでおります。今回ご協力いただけるのは、我ら騎士団にとっても存外の喜びです」
ドーラスさんは貼り付けたような笑顔を浮かべながら、僕の事を歓迎するような言葉を伝えてきたが、何となく不本意そうな雰囲気が漏れ出ている気がする。
「それは恐縮です。若輩の身なれど、今回の騒動の解決に向けて全力で対処する所存です」
ドーラスさんからは敵意はないが、不満はあるのだろうという感じがしたので、下手に出ることで余計な軋轢を生まないようにしようと配慮した。彼から見たら僕はまだ未成年の子供なので、そんな子供に助けられるという状況に、思うところもあるのだろう。
「やる気があるのは結構だが、功を急いて犯人を取り逃がすことは無いように願いたい」
そんな配慮が裏目に出てしまったのか、僕が下手に出たのを良いことに、彼は急に横柄な態度をとってきた。しかも、それがミレアの琴線に触れてしまったようで、彼女は剣呑な雰囲気を漂わせながらゆらりと立ち上がり、据わったような目付きで口を開いた。
「私の聞き間違いでしたでしょうか?今、エイダ様の事を愚弄しましたね?」
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