第154話 動乱 1

 学院の実地訓練も終わった7の月のある日、日を追うごとに自分の環境の変化に驚きつつも、段々とその日常にも慣れてきた頃だった。


僕はエレインからの要請で、この都市の近衛騎士駐屯地に出向いていた。そこは貴族街の一画にあり、3階建ての建物とそこそこの広さの演習場が隣接されている所だった。



「急に呼び出してすまない」


「いえ、エレインからのお願いであれば、いつでも大丈夫です」


「そ、そうか。ありがとう、エイダ・・・」


 駐屯地で受付を済ますと、エレインが近衛騎士の装備で足早にやって来て、急な要請に謝罪の言葉を口にした。平日に呼び出されるようなことは今までなく、よほどの緊急事態なのだろうということが窺える。


とはいえ、それが無くてもエレインからのお願いであれば、何を置いても駆けつけるし、彼女に会える機会を逃すことはしたくない。それに、今回は呼び出した人物が人物だ。彼女が謝る必要はまるでない。


そう考え、気にしなくても良いという返答した僕の言葉に、彼女は少しだけ顔を赤らめていた。


エレインの先導で2階へ通されると、ダークブラウンの色で統一された、落ち着いた雰囲気の応接室に案内された。


その部屋のソファーには、今回僕の事を呼び出した張本人が、新緑色のドレスに身を包んで、微笑を浮かべながら待っていた。


「お待ちしておりました、エイダ様」


「お久しぶりです、王女殿下」


立ち上がってドレスの裾を摘まみながら軽く頭を下げてくる王女に、僕は片膝を着きながら臣下の礼をとると、挨拶は終わりとばかりに、彼女はソファーに座るよう促してきた。


「急なお呼び立てに応じてくださり、感謝申し上げます」


彼女は座った姿勢のまま頭を下げ、僕に感謝の意を示してきた。ちなみに、エレインは近衛騎士という役割もあってか、王女の背後に待機している。その隣には、アッシュのお姉さんであるエリスさんも一緒に護衛として待機している。


「いえ、それほどの大事だったのでしょうから気にしないで下さい」


「ありがとうございます。最近は如何でしょうか?困っている事等はございませんか?」


王女はいきなり本題に入らずに、先ずは世間話のように僕の近況を聞いてきた。その様子から、僕の周囲の変化について知っているような口振りだった。


「ま、まぁ、私の事を慕って下さる方が居るのですが、少しばかり熱が入り過ぎているというか、周りに影響を及ぼし過ぎるというか・・・」


僕は王女に対してミレアの言動を何と表現しようか迷い、要領を得ない言葉になってしまった。ただ、王女には伝わっているようで、彼女は大きく頷きながら口を開いた。


「キャンベル公爵家のご令嬢の事ですね。わたくしの耳にも入ってきておりますが、王城の間でも少し問題視されておりまして・・・」


王女は言い難そうな表情で、ミレアの行動について指摘してきた。


「問題というと、彼女は何か処罰を受けるような事でも?」


ついにやってしまったのかという思いで確認すると、王女は静かに首を横に降って苦笑いを浮かべていた。


「いえ、彼女の行いはノアに対する意識改革をしているようでして、それ自体を咎めることはありませんが・・・やり方が少々性急と言いますか、もっと他にやりようがあったのではないかと・・・あまり急な変化は、他の方からの反発を招きますので・・・」


王女は片手を頬に当てて小首を傾げ、困まり顔をしながらそんなことを言ってきた。その様子から、ミレアが行っていることを直接止めるようなことはしていないようだ。


「そうですか・・・効果があるか分かりませんが、私からもっと穏やかなやり方を模索するように話してみます」


以前アッシュからも揶揄されたことがあったが、最近では学院の一部生徒からエイダ教なる言葉が囁かれる程だったので、僕としても何とかしたいと考えていたところだった。王女の指摘する事はありえそうなものだったので、その話を上手に伝え、彼女の行動を抑制できないかと考えた。


「ありがとうございます。エイダ様からそうしていただければ、わたくしも心配事が一つ少なくなります」


王女は僕の言葉に安堵した表情を浮かべていた。その様子から、おそらく水面下で既に注意を促したが効果がなく、最終手段として僕を頼っているような感じがした。



 ミレアについての話が一息つくと、王女は姿勢を正して真剣な表情になり、僕を呼び出した本題を語り始めた。


「本日エイダ様をお呼びしたのは、急を要する用件であること、また、我々に対処可能かどうか不確かな事態に直面したためです」


唐突な王女の話に、僕は疑問を感じながらも考えられる可能性を口にする。


「対処できるか分からないとなると、例の”害悪の欠片”を取り込んだ魔獣が出現したのですか?」


僕の質問に、王女は静かに首を振った。


「分かりません。現在調査中で情報が不確かな部分もあるのですが、順を追ってご説明しますね」


そう前置きすると、王女は僕を呼び出した事の詳細について話し始めた。



 曰く、ある村の住人が急に正気を失ったように人を襲いだしたという報告が全ての始まりだったという。状況の確認のために騎士団が派遣されたのだが、最初に派遣された10人の騎士は誰一人戻らず、追加派遣の20人の騎士とも現在連絡が途絶えている状況のようだ。


逃げ出してきた村人の証言から、既に村は壊滅的な状況に陥り、犠牲者も多数出ているのだという。村の規模は100人程度の小さな村と言うこともあって、住民同士の諍いであれば噂がすぐに広まるが、そういった話も無く、ある日突然襲ってきたのだという。それも、誰彼構わず見境無いという、何とも不自然な話だった。


そして、確認に向かった騎士が戻ってこないということもあって、襲ってきた者達のその後の動向が分からず、村に留まっているのかどこかに移動しているのかも不明ということだ。



「・・・という事なのです。情報も錯綜しており、分かりづらい部分も多いのですが、既に国民に被害が出ている以上、放置するわけにもいきません。その為、国王陛下の勅命の元、近衛騎士を派遣することも決まったのです」


神妙な表情で説明を終えた王女に、僕は確認の意味も込めて質問する。


「状況は何となく理解しました。今回の騒動に際しては、近衛騎士団と騎士団が協力して動くということですか?」


「はい。騎士団の方々には、事件が起こった村周辺の村や街における防衛網の強化を。近衛騎士団は機動的に動き、犯人の早期捕縛、もしくは排除ということになります」


「犯人の捜索となれば人海戦術が有効ですが、人数の少ない近衛騎士が動くのは何故ですか?」


人数を比べるなら騎士団の方が圧倒的に多いはずなのだが、そちらを防衛に回す理由に疑問を感じた。


「実は、追加派遣された20人は、騎士団の中でも上位の実力者だったらしいのです。そんな彼らと連絡が取れない状況となると、犯人は余程の実力の持ち主か、巨大な組織ということになります」


「・・・なるほど。確かにそうですね」


王女は僕の理解度を確かめるように言葉を切ったので、分かったと示すように大きく頷いた。


「そうなると、取れる手段は限られます。大隊規模の人数で構成された部隊を多数捜索に当たらせるか、少数精鋭で機動力を活かすかです」


「・・・つまり、捜索に騎士団の人員を割いてしまうと、防衛まで手が回らなくなるということですか?」


「お考えの通りです。これ以上騎士の犠牲を出さないように立ち回るとすれば、動きは鈍くなりますが、大人数で捜索すべきです。しかし、それでは周辺の街の防衛が手薄になりまから・・・」


「しかも今回の騒動には”世界の害悪”が関わっている確証がないので、私の両親に助力は乞えないと・・・」


「仰る通りです。そこで、エイダ様と少なからず友好関係のあるわたくしが、事態の収拾に努めるように国王陛下から命じられています」


申し訳なさそうな表情でそう告げてくる王女は、核心的な言葉を伝えるのは躊躇っているように感じた。


「つまり今回私が呼び出されたのは、国王陛下からの依頼で、犯人の捕縛もしくは排除せよということですか?」


目的を問いかける僕に、王女は困り顔を浮かべながらも頷いた。


「はい、その通りです。道中の案内役の御者や連絡員等は、エイダ様とも顔見知りのエイミーさん、セグリットさん、そして・・・エレインさんを考えております」


「っ!!」


同行者として告げられたエレインの名前に驚きながら、僕は王女の背後に待機する彼女の様子を見やった。もし、僕の協力を仰ぐために強制されているのであれば、それなりの対応を考えたが、エレインが少し前に出て口を開いた。


「今回の件については、私から志願したことだ」


「志願ですか?でも、何が起こっているのか不確かな現状では、危険過ぎるんじゃあ?」


僕のそんな言葉に、エレインは苦笑いを浮かべた。


「エイダが私の身の心配をしてくれることは素直に嬉しいが、私は既に一人の騎士として国に仕えているのだ。この国の民に危険が生じれば、身を呈して守るのが騎士の務めだろう?」


エレインの言葉に、僕は未だに同じ学生という認識で彼女の事を見ていたと痛感させられた。彼女はそんな僕の認識を不快とまではいわないが、寂しげな想いを抱いているような雰囲気だった。


「す、すみません。決してエレインの実力をみくびっている訳では無いのですが、どうしても心配で・・・」


「エイダの思いも分かっている。君から見たら私の実力など微々たるものだろう。だが、私にも幼い頃から培ってきた騎士としての矜持があるのだ」


エレインは決意の籠った目をしていた。彼女は魔術騎士団団長の家の子供として、幼い頃から教育を受けてきているのだろう。それに、いつか彼女が言っていた、母親への想いの事もあるのかもしれない。


(争いの無い平和な国を目指していたって言ってたっけ・・・)


彼女は母親の意思を継いだと言っていた。それは僕の背中に守るられているだけの存在ではなく、自ら成し遂げようとする存在こそが彼女の理想とする騎士なのだろう。


「分かりました。エレインの覚悟を僕がどうこう言うことは出来ません。でも、僕にとってエレインは騎士である前に、とても大切な存在なんです。だから、エレインの事は何をおいても僕が守り抜く。それは分かって欲しい」


僕の言葉は、ある意味では彼女の騎士としての矜持とは真逆の宣言だ。彼女が守ろうとしている国の民よりも、エレインを優先すると言っているのだ。そんな僕に対して、エレインは困ったような嬉しいような複雑な表情を浮かべていた。


「はぁ・・・はぁ、はぁ、はぁ」


そんな微妙な雰囲気の中、場違いなように興奮する荒い息遣いが聞こえてきた。その発生源である王女へと視線を向けると、彼女は恍惚とした表情で僕とエレインを交互に見ていた。


「・・・あ、あの?」


彼女の異様な様子に、声を掛けることも憚れてしまうが、背後のエリスさんが大きなため息と共に王女へ話しかけた。


「殿下、そろそろ話を進めていただけませんか?」


「はっ!わたくしとしたことが、まるで恋愛小説物語の中に入り込んでしまったような状況に、つい我を失ってしまいました」


エリスさんの声に正気に返った王女は、舌をペロッと出しながら可愛らしく小首を傾げてきた。どうもその仕草で自分の先程の姿を有耶無耶にしようとしている気がする。


「・・・えっと、依頼の件は分かりました。エレインも今回の事で動く以上、僕も協力させてもらいます」


とりあえず、変な空気になってしまった状況を払拭すべく、僕は今回の件の協力を申し出た。


「まぁ!ありがとうございます!」


そうして王女から、今回の依頼内容についての詳細が伝えられた。待機の姿勢に戻ったエレインは、ほんのり頬を赤らめながらも真剣な表情を崩すことはなかった。ちなみにエリスさんは真剣な表情をしながらも、時折羨ましげな視線をエレインに向けていたのを見てしまった。

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