第153話 変化 13

 最初の実地訓練の護衛は無事に終わった。3人の男子達からは、怨嗟も含まれたような複雑な視線に晒されながらも、それから特に大きな事件が起こることもなく学院に戻り、報告書を提出して依頼達成となった。


ミレアはアラクネを討伐した時に、僕が圧を感じるくらい凄い親しげに接してきたが、昼食を挟んでまた1年生だけの討伐になると、落ち着いた様子で集中していた。


物事のオン・オフがはっきりしているというか、優先順位をしっかりと見据えているというか、そういった意識の切り替えの早さには感心させられた。



 それから6月中は、幾度かミレアの護衛依頼を受けたが、こちらが心配するような状況に陥ることはなかった。しかし、依頼を受ける度にリューク君達の様子に変化が生じていた。


当初の見下したような視線から嫉妬に変わっていたのが、いつの間にか嫉妬が疑念に、疑念が焦燥に、焦燥が諦めに、そして最終的には・・・


「おはようございますエイダ様!先日も僕らのチームに同行してくださり、ありがとうございます!」


「おはようございます!本日も凛々しいお姿ですね!」


「おはようございます!またご教授よろしくお願いします!」


「あ、あぁ、おはよう・・・」


爽やかな笑顔と共に最敬礼をしながら声を掛けてきたのはリューク君、ギルア君、クロウ君だ。今日は先日の依頼の報告書を作るために、アッシュと共に教室で作業をしようと移動中に彼らに出くわした。


「エイダ・・・こいつら大丈夫か?」


隣を歩いていたアッシュは、彼らのあまりの変わりように不安な表情を見せながら小声で僕に耳打ちしてきた。アッシュが不安になるのも当然で、彼らの瞳には僕に対する尊敬の眼差しが宿っていた。いや、それ以上の崇拝にも似た様子だった。


「それは僕も同感なんだけど、慕ってきてくれているのを拒絶するのは気が引けるし、かといって彼女に止めろと言うのも難しくて・・・」


「相手は公爵家だしな・・・その内、この学院内でエイダを教祖とした宗教でも発足するんじゃないか?」


「本人の預かり知らぬところで?」


「まぁ、宗教なんてそんなもんだろ?この国の教会だって女神様を崇拝してても、女神様本人に許可取ってる訳じゃないんだからな」


「・・・なるほど」


そんなアッシュの言葉に、妙に納得してしまう僕がいた。


彼らのこの変わり様の元凶は、当然の事ながらミレアが原因だ。彼女は自らの地位を利用し、自分に近づいてくる者達を上手に取り込み、まるで洗脳のような話法で徐々に徐々に相手の思考を操っているのか、日が経つごとに1年生達の様子が変わっていくのだ。


既に1年剣術コースの大半はミレアの影響のせいか、ノアを見下すような言動を見せる人物は皆無で、僕に対してはリューク君達のように尊敬の視線を送られ、闘氣の扱いについて教えを乞う者達まで出始めるほどだった。


更に変化はそれだけではなく、僕の同級生や上級生についても同様で、例の配下の11人を使い、その友人達に徐々にミレアの考え方を広め、今では学院の少なくない数の生徒達が、こうして僕の顔を見ると最敬礼をしながら挨拶してくるほどになっていた。



「リューク君、訓練に同行するのは依頼だからそんなに感謝しなくても良いよ。あとクロウ君、指導するのはまた僕の時間がある時にね」


僕の返答を待つ彼らに、苦笑いを浮かべながらも無難な言葉を返すのだが、彼らはそんな言葉にさえ興奮した様子で目を輝かせていた。


「おぉ!エイダ様から私の名前を呼んでいただけるとは・・・」


「時間があるときは是非お声掛けください!何を差し置いてもエイダ様からのご教授を優先いたします!!」


リューク君とクロウ君は歓喜にうち震えると、深々と頭を下げながら去っていった。その様子に僕は、頭を抱えながら深いため息を吐いた。


「・・・まぁ、彼女の力のお陰で俺もカリンもジーアも、随分快適に学院生活が過ごせるようになってるから何も言えないが・・・何だ、その・・・頑張れよ」


アッシュは僕の肩に手を乗せながら、同情したような表情で労いの言葉を掛けてくれた。


「最近は街中でも、今のリューク君達のような対応をされることがあるんだよ・・・僕はミレアの手腕に恐怖すら感じてるよ」


僕は先日の休息日に、エレインと一緒に食事に行ったときの事を思い出した。夕食を少し豪勢にしようと高級なレストランにしたのだが、その店で出くわした面識の無い貴族の人達から僕に会えたことに感激されてしまったのだ。


その様子に隣のエレインも驚きを隠せず、僕に心当たりを聞いてきたのだが、ミレアの仕業だろうと伝えると、彼女は目の色を変えて考え込み、「私も負けていられない」と小さく呟きながら拳を握り締めていた。


別に2人は何かを競っているわけでもないので、何もしなくて大丈夫ですよと伝えたのだが、「これは彼女からの挑戦状だろう。私は受けて立つ!」と、僕の考えそっちのけで決意をみなぎらせていた。


僕は疲れた顔をしながらそんな出来事をアッシュに伝えると、彼は何も言わずに僕の肩を優しく叩いていた。




side ミレア・キャンベル



「どうやら意識改革は順調のようですわね」


「はい。ミレア様の計画通りに進行しています」


 私は寮の部屋に招いたフェリスちゃんから報告を受け取っていた。彼女はこの学院に来て最初に友人となった子で、当初は引っ込み思案な性格をしていたが、すぐに私好みの性格に染め上げて、今では共にエイダ様を慕う者の一人だ。


彼女には私の秘書のような役職を与え、学院内の情報収集や同級生、先輩達との面会のスケジュール管理も任せている。


「明日の予定はどうなっているかしら?」


「明日は3年生の伯爵家ご子息の方との面会がございます。事前の調査によりますとその伯爵家、最近始めた事業での損失が膨らんでいるようでして、公爵家とのコネを欲しているとか。ミレア様にとっては、都合の良い相手かと存じます」


「そう、よく調べてくれたわ。ご苦労様」


「もったいなきお言葉です。全てはミレア様が目指す未来のため。そして、敬愛すべきエイダ様のために」


「そう、その通りよ!エイダ様こそ、この国の英雄となるべきお方!そんなお方を支える私達がやるべき事は、エイダ様の素晴らしさを理解できない下賤な者共を教育し、私達の考えを広く世に伝えていくことです!」


私は恍惚とした表情で、遠くを見つめながら自分の理想を口にした。私の思い描く計画は3段階から成っている。第一段階は、これからの共和国を担う貴族の子供達に対するノアの偏見を解消すること、並びにエイダ様の偉大さの教育。


第二段階は、教育済みの子供を介した貴族家当主への意識改革。そして最終段階では、この共和国をあげてのエイダ様を英雄とした確固たる地位への擁立です。それにより、この国は他国を寄せ付けない力を持ち、更に発展していくでしょう。


既に第一段階は6割方終わり、第二段階である貴族家当主への影響も出始めており、私の計画はおおむね順調に推移している。


この計画が上手くいけば、きっとエイダ様は私を見てくれる。私だけを見てくれる。あのアーメイ家の女よりも、正妻とするにどちらが有能なのかを理解していただけるはず。そう、これは運命の悪戯か、エイダ様と出会うのが少しだけ遅くなってしまった私への、女神が与えた試練に他ならない。


だから私は己の持てる能力を全力で活用して、エイダ様のお役に立たなければならない。そして、エイダ様の寵愛をあの女から奪い取り、幸せな将来を2人で築いていくのです。


「あぁ~、待ちどおしい。エイダ様の口から、私に愛の言葉が囁かれるその時が・・・」


私は目を閉じ、その瞬間を思い浮かべる。たったそれだけの事で、私はどうしようもなく心が満たされる感覚に包まれる。


「情報では、エイダ様とアーメイ伯爵家のご令嬢は未だ決定的な関係には至っていないということです。多少先行されてはおりますが、ミレア様がエイダ様と結ばれる未来はすぐそこにあるかと思います」


「ありがとう、フェリスちゃん!ええ、そうね。この計画と平行して、もう一つの計画も頑張りましょう!それで、情報は?」


私は、ある情報を収集してくるよう彼女にお願いしていた。それは、今後の私の行動を決定付ける重要な情報だった。


「はい。エイダ様は女性の外見的好みの話をあまりしていらっしゃらないようで苦労しましたが、どうやら胸の大きな女性が好みのようでした。エイダ様が以前、王国の情報員と面会した際に、女性情報員の豊満な胸部に視線を釘付けにされたという情報があり、まず間違いないかと」


「そう!よく調べてくれました!それで、フェリスちゃんはどうすれば胸が大きくなるか知っていますか?」


彼女の胸は私と同じくらいで、手のひらに寂しげに収まるぐらいしかないが、有能な彼女の事だ、その程度の事は調べてあるだろうと踏んで尋ねた。


「はい。胸の大きな同級生や、エイダ様のご友人であるジーア先輩にも聞き込みを行いましたところ、ミルクを沢山飲み、寝る前には柔軟体操をして睡眠時間をしっかり取るということですが、直接マッサージを行う事も効果的だと!」


「なるほど、実際にその効果が出ている方々の話ですから、信憑性も高いですね。では、今日からさっそく実行することにしましょう。私もまだ成長期ですから、ジーア先輩くらい大きくなる可能性も十分にあります。そうなれば、きっとエイダ様は私にメロメロですね!」


「ミレア様の仰る通りかと。僭越ながら、私も頑張ってみようと思います」


「そうね!有能なフェリスちゃんなら、エイダ様の側室の資格は十分にあります。共に頑張りましょう!」


「はい!ミレア様!!」


私は笑みを浮かべながら、彼女の意気込みに賛成の声をあげた。すると彼女は、恋する乙女のような表情で身体をくねらせていた。きっと私と同じ様に、エイダ様との未来を妄想してしまっているのだろう。


「ふふふ、屋敷は何処に構えましょうか・・・静かな時間を楽しむには、都市から少し離れた所も良いですね。そして、子供は最低でも3人は欲しいです。あぁ、楽しみですね!」


私は鼻歌を歌いながら部屋を舞い踊り、エイダ様との未来絵図を幻視していた。

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