第150話 変化 10

「どうされました?エイダ様?」


 僕がミレアに声を掛けると、彼女は可愛らしく小首を傾げていた。その様子から、先程まで同じ学院の生徒を拷問し、処刑しようと言っていた人と同一人物とは思えないような可愛らしい笑みを浮かべていた。


「えっと、彼らを処刑するのは簡単なことだと思うけど、それだとまた同じような事態が発生しかねないと思うんだ」


何が彼女の琴線に触れるか分からない僕は、言葉を慎重に選ぶように彼女に話し始めた。彼女は下手をすれば僕の言葉に興奮して、すぐにこの襲撃者達を手に掛けようとする危うさがある。それは、彼女の腰に下げられている剣からも感じ取られた。


普通は学院長室に武装して来ることはないはずなのだが、彼女はしっかりと帯剣している。その鞘の細さから、おそらくはレイピアのような細い剣なのだろうが、彼女は何かきっかけがあればこの場で手を下しそうな雰囲気もあった。


「なるほど、エイダ様は第二、第三の襲撃者の発生を警戒しているのですね?ですが、ご心配なく!私が騎士団に働きかけて、より強固な警備体制を築き、不貞の輩どもを剣のサビにしてごらんにいれますわよ?」


彼女の物騒な物言いに、僕は苦笑いをしつつも自分の考えを伝える。


「それだと、常に襲撃に対して意識を向けないといけなくなるでしょ?それに学院外からの敵よりも、同じ生徒からの襲撃は察知し難い」


さすがに友好的に話しかけてくる生徒も疑っていたのでは、僕が本当に安心出来るのはアッシュやカリン、ジーアだけしかいなくなってしまう。他の一切を排除して生活すれば良いかもしれないが、それでも学院内の何時、何処から襲撃されるか分かならい。


「・・・エイダ様の仰ることは分かります。隣の生徒がいきなり襲ってくる可能性まで考慮しては、全生徒を監視しなければなりませんからね。ですが、見せしめにこの者達を惨殺してしまえば抑止できるのでは?」


人を殺すことに何の躊躇いも見せない彼女に驚きつつも、僕は更に言葉を続けた。


「そうかもしれないけど、この人達にはもっと直接的な抑止力になってもらおうと思うんだ」


「直接的に、ですか?」


「そう。ここに居る11人は今後、この学院で僕が襲撃されないように暗躍してもらう。もし僕が誰かからの襲撃を受けたなら、敵の動きを察知できなかった代償に、さっきミレアが言っていたことを実行すれば良い」


「なるほど!つまりエイダ様は、この者共の命と一族郎党の運命を人質に、自らに害を成そうとする者を炙り出そうと考えているのですね?元々そちら側の人間であれば、同類を見つけるのも容易。更に自分の命と一族の命運が懸かっているとなれば、死に物狂いで頑張るでしょう!さすがエイダ様!不用品の有効活用も完璧です!!」


彼女の可愛らしい見た目からは想像できない辛辣な言葉に引きながらも、とりあえず頷いておいた。


「ひょ、表現はともかく、そういうことだね」


彼女は頬を上気させながら、熱の籠った視線で僕を見てくるが、その視線の圧に耐えきれなくなった僕は、改めて床に転がされている襲撃者達の顔を確認した。


それは、今まで僕に絡んできたことのある人達で、同級生だったり上級生だったり様々だ。しかも確かこの人達は、最近になって僕に媚びへつらうように話し掛けて来ていた人達でもある。


(あ~、そういえば冷たくあしらったから、それで恨みを買ったのか?でも、それで殺そうとするなんて、どういう思考回路してるんだよ?)


僕は呆れながら襲撃者達に視線を向けていると、その全員から憎しみの籠った瞳で睨まれてしまった。その様子に気付いたミレアが、鞘から剣を抜き放ち、身動きの出来ない一人の生徒の太もも辺りを突き刺していた。


「う゛、う゛~~~~!!!」


猿轡のせいで、声にならない悲鳴が部屋に響き渡った。正直、止めようと思えば止められたが、彼女の鬼気迫る様子にを見るに、余計興奮しそうだと判断して、そのまま見過ごした。


「まったく、どういうことですの?エイダ様の温情によって生かされているに過ぎないゴミが!崇拝すべき主人に対してのそのあるまじき感情・視線・・・これは躾しませんとダメですわね!」


彼女は太ももに刺したレイピアをグリグリと動かしながら、感情の読めない暗い笑みを浮かべ、唾を吐き掛けるような勢いで怒りを露にしていた。正直、彼女のその狂気に取り憑かれたような表情は、端から見ている僕でも恐怖を感じる。


「あ、あの、ミレア様?学院長室で刃傷沙汰はちょっと・・・」


メアリーちゃんは怯えたような表情をしながらも、彼女の行動を諌めようと必死に声を出していた。その声に、彼女は目を見開きながらメアリーちゃんの方へ視線を向けると、メアリーちゃんは「ひっ!」と小さく悲鳴をあげた。


「あら、すみません。私ったら少しだけ感情が昂ってしまい、淑女らしからぬ行動でしたわね」


そう言いながら彼女は微笑みを浮かべながらレイピアを引き抜くと、剣先を護衛の騎士の方へ向けた。血にまみれた切っ先をその騎士は何も言わずに綺麗にすると、彼女は何事も無かったかのような表情で鞘に収めた。


「彼らにはエイダ様のお考え通りの駒になってもらいますが、その前に少々教育が必要のようです。どうでしょう、エイダ様?その役目、私にお任せくださいませんか?」


彼女は瞳を爛々とさせながら僕に確認をしてきた。その様子だけみるなら、まるで僕の役に立つことに無上の喜びを感じているような感じがするのだが、目の前のアレを見せられた後では不安しかない。ともすれば、教育が終わったあとには人数が減っているか、廃人になっている可能性すら考えられる。


(かと言って、ここで彼女の提案を拒否すると、彼女自身をも否定したと思われるかもしれない・・・いや、絶対にそう考えて発狂する可能性だってありそうだ)


そう考え、僕は彼女に一任することにした。もっとも、今までの彼女の言動に、驚きのあまり甘い考えをしてしまっていたが、そもそもこいつらは僕を殺しにきて、あまつさえメアリーちゃんを巻き添えにしている。そんな彼らに掛ける慈悲もないだろうと考え直すことにした。


「分かりました。ミレアに任せますので、よろしくお願いします」


「はい!お任せください!!」


僕の言葉に、彼女は満面の笑みを浮かべながら喜んでいた。逆に、床に転がる哀れな襲撃者達は、絶望した表情で青ざめている。


ちなみにこの間学院長は、僕を迎え入れる言葉を発しただけで、その後は一度も口を開くこと無く、異常な程に流れる汗をハンカチで拭っているだけだった。



 それから1週間後、ミレアに呼び出された僕は剣術演習場に向かうと、そこには目の下に濃い隈を浮かべつつも、瞳は爛々と見開かれ、僅かな期間にしては驚くほど頬が痩けてしまっている11人の者達が、僕に向かって騎士の敬礼をしながら出迎えられた。


この短期間にいったいどんな教育が施されたのかは分からないが、彼らの外見的な変わり様はもとより、僕に向けてくる彼らの尊敬の眼差しが、精神的な変化をも見てとらせた。


「ご覧くださいエイダ様!彼らはエイダ様の命令一つで、死地へも恐れず飛び込む勇敢な駒。もしこの学院内でエイダ様に不埒を働こうとする者を見つければ、即座に制圧に動くでしょう」


「「「我があるじの御身は、我らの命に代えてお守り致します!!」」」


ミレアが胸を張って自慢げに説明すると、彼らは一糸乱れぬ様子で口上を述べてきた。そんな彼らに僕は、苦笑いを浮かべながらも挨拶した。


「あはは、よ、よろしく」


「おぉ~!主が我らに言葉を・・・」


「なんたる幸福!」


「あぁ、主様・・・」


軽く挨拶しただけなのに、彼らは歓喜にうち震え、中には涙を流して感激する者さえいた。本当にミレアはどんな教育を施したのか、逆に怖くなるような様子に彼女の方をチラリと見ると、彼女は微笑みを浮かべ、僕に近寄って頭を傾けてきた。


(あ~、これは頭を撫でろってことか?)


既視感を覚える状況に、僕は躊躇いがちに彼女の頭をゆっくり撫でた。


「さ、さすがミレアだね。ありがとう」


「はぁぁぁぁ・・・エイダ様の為なら当然です!」


彼女は蕩けるような笑顔をして喜んでいた。そんな様子に僕は、彼女の中の怪物を呼び覚ましてしまったのだろうかと、嫌な汗が止まらなかった。


(元々彼女は自己主張の無い普通の女の子だったらしいのに・・・あの経験のせいなのか?僕との出会いのせいなのか?)


出来れば彼女には、以前のような普通の女の子に戻って欲しいところだが、どうしたら良いのかについては想像もつかない。しかもこんな狂気的な様子の彼女が、もし僕とエレインが一緒に居る姿を目にしたとき、どのような行動に出るか分からない恐怖もある。


正直、僕の事を狂信してくる彼女の事を持て余している状態だ。かといって公爵令嬢である彼女をないがしろには出来ないので、つかず離れずといった距離感で付き合っていきたいものだ。



 それから数日後、同学年と上級生の間では、僕に逆らったり反抗的な言動を見せた者は、捕縛され、洗脳されてしまうという恐ろしい噂が広まっていった。




side ザベク・アラバス


(なるほど、なるほど。少し厄介ですね・・・)


 【救済の光】が所有する屋敷のある部屋で、私は報告書を読みながら頭を悩ませていた。例の子供の実力は想像以上で、 どう対処すればいいか苦慮していたのだ。


( ふむ、アーメイ家の令嬢と繋りが深く、こちらに引き込むのは難しいようですね・・・ それに、武力をもって排除も不可能となると、なかなか悩ましい・・・)


報告書の中には、“害悪の欠片”を用いた魔獣に対しても有効な力を有しているようで、ドラゴンをも上回る力を持った魔獣を、親の助けを借りたとはいえ単独で撃破している。


“害悪の欠片”を取り込んだ魔獣の放つオーラは、 我々の持つどのような力も跳ね返す能力を有しているはずだった。しかしこれまでの情報から、闘氣と魔力を混ぜ合わせたあの異常な力をもってすれば、そのオーラも突破することが可能のようだ。


つまり、このままあの子供が成長していくのは、我々の組織の目的にとっても邪魔な存在になるということに他ならない。


(まったく、単独であの化け物を討伐するとは、本当に化け物なのは、あの子供の方ではないか・・・)


学院内にいる同志に起こさせた騒動については、公爵家の令嬢のでしゃばりもあって、既に加担者全員捕らえられてしまっている。幸いにして同志は上手く切り抜けたようだが、その後の報告から、今後これ以上学院内で騒ぎを起こすのは難しいだろう。


どうやら公爵令嬢とその手下となっている者共が、四六時中目を光らせているようだ。あまり派手な動きをしてしまうと、こちらの動きを察知され、本筋の作戦に影響を及ぼす危険性もある。


(・・・悩ましいところですが、仕方ありませんね。 王国での作戦は上手くいっているようですし、まずはそちらに注力するとしましょう!)


王国で蒔いた不和の種は、あと数ヶ月もしない内に芽を出すだろう。ならば、もう一つ並行して安全策も用意しておく必要がある。


「エイダ・ファンネル、彼の弱点はあの女でしょう。絶好のタイミングで仕掛けられるよう、新しく同志になった彼にも頑張ってもらわないといけませんね」


私は報告書を片付けて部屋を出ると、ゆっくりとした足取りで例の彼の様子を確認しに地下室へと向かった。


(作戦開始まであと数ヶ月。彼の準備が間に合うといいですね・・・)

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