第149話 変化 9

 寮へ戻ろうとした時、小さな鈴の音が聞こえてきた。普段聞くことがない音だったので疑問に感じはしたが、特に気に留めることはなかった。ただ、間隔を開けてもう一度音が聞こえてきた時には、少しだけ違和感を感じて立ち止まった。


確証は無いが、偶然音がしているというよりは、何かの合図のような感じがしたからだ。そう考え周囲を見渡すと、突然目の前に現れたように、僕に向かって飛来してくる複数のナイフに気付いた。


(なっ!?)


声を上げる間もない出来事だった。学院内ということで完全に油断していた事もあったが、それでも飛んでくるナイフを目視するまで人の気配すら感知できなかったのは異常だった。


(くっ!!)


僕は咄嗟にブレスレットの力を使って、魔力と闘氣を練り合わせて白銀のオーラを展開する。既に避けれる状況ではなかったため、圧倒的な防御力でもってナイフを弾くしかないと判断したからだ。


『ガ、キキキキィィィィィン!!!!!』


(・・・ん?このナイフ、何か塗られてる?毒か?それに、ナイフに混じって針みたいな・・・これって吹き矢か?)


弾かれて落ちたナイフを見ると、毒々しい色の何かが塗られていた。また、他に吹き矢の針のような物も散らばっていたので、状況から考えて、完全に僕を殺しに掛かっているような状況に戸惑いつつも、今は防御を優先する。


(相手の気配が感じられない・・・あの組織が使っていた魔道具か?ってことは、敵はまたあの組織なのか?)


敵の気配を感知できないことから、そう予想した。そんなに恨みを買った覚えは無いのだが、こうして僕を殺しに来ている以上はやるしかない。しかもここは学院の敷地内で、この場に誰かが来れば巻き込まれる可能性もある。既に攻撃は苛烈になってきていて、ナイフだけでなく魔術も放たれてきた。


しかし、そのお陰で魔力や闘氣の感知ができ、居場所が把握しやすくなった。好機と捉えた僕は、防御を白銀のオーラに頼りつつ、敵の位置を全て把握しつつあったのだが、騒ぎを聞き付けたのか、メアリーちゃんがこの場に足を踏み入れてしまった。


「いったい何の騒・・キャーーー!!」


(っ!!まずい!!)


姿を見せたメアリーちゃんに向かって、狙いが逸れたナイフが幾つか殺到してしまった。それを見た僕は瞬時に動き出し、恐怖で蹲る彼女に覆い被さった。


直後、硬質な音と共にナイフが弾かれた。どうやら彼女の身体の小ささも幸いして、事なきを得たようだとメアリーちゃんの様子を伺った。


「メアリーちゃん?大丈夫?」


「エ、エイダく・・・ごっ、あっ、がっ・・・」


「メアリーちゃん!?」


メアリーちゃんは急に身体が硬直し始め、口から泡を吹き出して喋れなくなってしまった。


「まさか・・・これかっ!?」


彼女の身体をよく見ると、腰の付近に針のように細い吹き矢が刺さっていた。そこは僕が覆い被さりきれなかった部分だった。


すぐに針を抜いて状態を確認するも、刺された場所は紫色に変色し、顔色も青を通り越して白くなりつつある状況だった。


「くそっ!毒の回りが早過ぎる!」


僕はメアリーちゃんの状態を気にしつつも、襲撃者の追撃に気を配らねばならず、そちらにも意識を割かなければならなかったが、攻撃の射線から考えて、敵が潜んでいるであろう物陰からは、動揺した声が聞こえてきた。


「やべっ!」


「誰だよミスったのは!?」


「俺じゃねーよ!」


責任を擦り付けあうようなその声は、同年代の子供のようで、例の組織の仕業だと思っていた僕は訝しむように物陰の方を睨み付けようとしたが、メアリーちゃんの苦しげな声を聞いて、優先すべきは彼女の救助だと考えを改め、聖魔術を発動した。


それは、もし襲撃者達が学院の生徒であれば、メアリーちゃんを殺しかけている今の状況に動揺しおり、追撃は来ないだろうと踏んでの選択だった。


「大丈夫、まだ助けられる。このオーラの力なら、死んでさえいなければ助けてみせる!」


「う・・ぐ・うぅ・・」


僕は一応追撃に警戒するように、動けないでいるメアリーちゃんを抱き締めるようにして聖魔術を発動した。目が眩むような純白の光がメアリーちゃんへと流れ込んでいき、やがて光が収まると、彼女の顔色は元に戻り、呼吸も安定していた。



 彼女の治療が終わったときには、襲撃者達は既に逃げ出してしまっていた。物音からどの方角へ逃走したかも分かってはいたが、メアリーちゃんを放ってはおけないし、このまま担いで襲撃者の後を追うのもどうかと考え、僕は保健室に向かうことにした。


(襲撃者はおそらく学院の生徒か・・・数は12人前後か・・・いったい誰がこんなことを・・・)


僕はこの一連の襲撃から得られた情報を分析して、犯人の当たりをつけようとした。しかし、気配は完全に消されていたために、声の感じから、学院の生徒の誰がという広過ぎる犯人像にため息を吐いた。


(これじゃあ、今後の学院生活が安心して過ごせないな・・・まぁ、狙いは僕だけのようだったし、次に仕掛けてきたら、躊躇わずにやるべきだな・・・)


僕は横抱きに抱えるメアリーちゃんを見ながら、自分の甘さに落胆していた。最初の攻撃で物陰に潜む襲撃者の場所はある程度分かってはいたのだが、取り押さえようと考えてしまったために、より正確な位置を掴もうと、あえて攻撃をさせていたのが仇になって、関係ない人を巻き込んでしまった。


僕がそんな事をせずに、大まかな襲撃者達の潜伏場所を薙ぎ払ってしまえばこんなことにはならなかったはずだ。その結果、襲撃者達を全員殺したとしても問題なかったかもしれない。


いや、問題になんてならないだろう。この国の法律にも殺人は禁止されているし、正当防衛も認められている。そもそも人を殺そうとしていたんだ、相手も覚悟はあったはずだ。


(人を殺すことに躊躇いが無い訳じゃないけど、覚悟がなければたった一人も守れない・・・)


僕は様々な反省を胸に、メアリーちゃんを保健室に運んでいった。



 それから少しして、メアリーちゃんは保健室のベッドで目を覚ました。後遺症も特に無く、問題なさそうに身体を動かして確認していた。


その後、いったいあの場で何があったかを確認するように僕に聞いてきた。僕は包み隠さず襲撃の事を話し、その巻き添えでメアリーちゃんがこんなことになってしまったことを謝罪した。


「何ですかそれ!?エイダ君が謝るような事なんて一つも無いじゃないですか!むしろ私の事を助けてくれたんでしょ?」


メアリーちゃんはベッドで横になっていた身体を起こしながら、僕の謝罪の言葉に憤慨していた。


「いえ、僕が状況判断を誤っていなければ、そもそもメアリーちゃんが巻き込まれることも無かったはずですので・・・」


「はぁ・・・エイダ君?あなたはまだ子供なんですよ?いくら実力があろうが、そんな完全無欠の超人では無いんです!あなたが間違えようが、それを指導し、正していくのが大人の役目です!」


メアリーちゃんはため息を吐きながら、怒りを露にして僕を諭してくれた。その言葉に、僕は自分に解決できる力があるなら、自分で全て解決しなければならず、その結果に対しても全て責任を負わなければならないと考えていたことに気づく。


「そうですよね・・・すみません、ありがとうございます」


「うん、うん、素直でよろしい!あっ!私は大人と言っても、それほどエイダ君と年が離れているわけではないですからね!そこのところは勘違いしないでくださいね!!」


メアリーちゃんは顔をグイっと近づけてきて、年齢の部分に関して僕に釘を刺してきた。正直に言えば、彼女の年齢は他の人から聞いて知っていたので、極力それを顔に出さないように笑顔を崩さず、彼女の指摘に頷いていた。



 それから、犯人の目星について分かっている限りの事を伝え、他の先生が駆けつけてきたところで僕は保健室を後にした。メアリーちゃんは名残惜しそうにしていたが、駆けつけた先生が苦笑いしながら彼女のことを諌めていた。


翌日、僕は早朝から学院長室に呼び出された。おそらくは昨日の状況を確認するためだろうと思い、報告すべき事を予め頭で纏めながら扉をノックした。


「エイダ・ファンネルです!」


『おぉ、入りなさい!!』


室内からは学院長の急かすような返事が返ってきた。いつかと同じような状況にデジャブを感じながらも扉を開けると、室内の様子に僕は絶句してしまった。


「失礼しまーーーえっ!?」


そこには簀巻きにされた10人程の人達が、猿轡をされながら床に転がされていたのだ。応接用のソファーは横に退けられ、転がされている者達を囲むように学院長とメアリーちゃん、そしてミレアが護衛の騎士と共に僕を迎え入れた。


「お待ちしておりましたわ、エイダ様!」


困惑して動けずにいた僕に、ミレアが近寄ってきた。


「は、はぁ・・・あの、この人達は?」


「はい。不敬にも、昨日エイダ様を暗殺しようとした者達ですわ!我が公爵家の総力を上げて捜査しまして、このように全員捕らえましたの!」


彼女は誉めて欲しそうな表情で僕にすり寄ってきて、簀巻きにされて床に転がっている人達について説明してくれた。


「そ、そうなんだ。凄いね」


「いえ、そんな!エイダ様であれば苦もなく全員捕らえていたでしょうが、聞けばメアリー先生が巻き込まれ、負傷してしまったとか!その治療のため、エイダ様は罪人を追うことが出来なかったようなので、私が代わって動かさせてもらいました!」


「あ、ありがとうございます」


彼女の行動力にも驚くが、公爵家の情報収集能力や、犯人特定の早さにも驚かされた。襲撃から一晩足らずで全員を捕まえるなんて、正直言って僕には不可能な事だ。


「そんな、感謝されるようなことなど・・・ただ、私の頭を撫でて、少しだけお誉めの言葉を頂ければそれで十分ですわ!」


彼女はそう言って、上目遣いをしながら僕の方へ頭を傾けてきた。その期待に満ちた視線に逆らえず、僕は言われるがままに彼女の頭を軽く撫でた。


「さすがミレアだね」


僕が彼女へ誉め言葉を伝えた瞬間、歓喜したかのように目を見開いて喜んでいた。彼女のそのあまりにも狂喜に満ちた表情に、僕は背筋が凍る思いだった。それは、この部屋に居る全員が感じたことかもしれないが、学院長やメアリーちゃんは彼女の表情に苦笑いを浮かべ、床に転がっている人達は冷や汗を流していた。



「ところでエイダ様?この愚かにもエイダ様の暗殺を企み、あまつさえ教師を殺しかけた者共は、どのように処分いたしましょうか?」


「しょ、処分?この場合、どうするのが一番適当なのかな?」


罪を犯した者の裁き方など知らない僕は、一般的な方法を確認しようと彼女に質問した。


「そうですわね・・・とりあえず、四肢を切断して情報を全て吐かせてから首を刎ね、一族郎党皆殺しにしておきましょうか?」


「・・・へ?」


彼女のあまりにも過激な言葉に、僕は何を言っているのか理解できずに固まってしまった。確かに人を殺そうとしたことで相応の罰があるのは理解できるが、まさかそんな拷問のようなことをして、更にはその一族も根絶やしにするような大事になるとは考えていなかった。


「ん、ん~~!!!」


「ん~!!ん~!!」


「ん~!j☆dhふぇ○fごvhヴぉ!!」


ミレアの言葉に拘束されている人達は、猿轡をされながらも何かを叫んでいた。それは壮絶な表情で、涙と鼻水、涎を垂れ流しながらも、必死に何かを叫んでいるようだった。


「あ、あの、ミレア様?さすがに貴族の子供である彼らを処刑するのは難しいかと・・・」


その様子に、事の推移を見守っていたメアリーちゃんが話に入ってきた。


「あぁ、先生が危惧されているのは、未成年者に対する特別処置の事ですわね?それなら問題ないですよ?我が公爵家の権勢を用いれば、簡単に押し通せますから!」


「あのあの、そういう事では無くてですね・・・きっと教会からも更正の機会を与えるように言ってくると思いますから、いくら公爵家の力をもってしてもーーー」


「教会の横槍なんて跳ね返して見せますわ!この者達は、この国の宝とも言えるエイダ様を殺そうとしましたのよ?その報いは、きちんとその身をもって受けなければなりませんわ!」


ミレアはメアリーちゃんの言葉を遮って、興奮した口調で反論していた。その瞳は爛々と輝いており、自分の考えを否定することは許さないような圧力すらあった。


その迫力に呑まれたのか、メアリーちゃんはそれ以上何も言えなくなってしまったようで、おどおどした様子で僕に視線を投げ掛けてきた。


おそらくは、自分が直接的な被害にあったとはいえ、先生としての立場から生徒を処刑するような事は憚れるのかもしれない。このままミレアの言うような流れに任せてしまうと、僕を襲撃した生徒達は全員拷問の末に処刑で、その一族にも全員死が待っているのだろう。


それは彼らの自業自得だと思うが、何もしていない家族にまでその責を負わせるのは気が引けるし、その後の僕に対する見方も気になる。そこまで容赦の無い対応を僕がするという風評になってしまうと、エレインが僕の事を怖がってしまうのではないかと危惧したのだ。


(ミレアは僕の事になると過激になるようだし、もっと良い方法はないかな・・・)


僕は少し考え込み、いつかのエレインとの会話を思い出していた。


(確か、有能な貴族は人の使い方が上手いような事も言っていたよな・・・彼らの命は僕が握っているとも言えるし、これをうまく利用できないかな・・・)


そう考えた僕は、ミレアにある提案を行うことにした。


「えっと、ミレア?ちょっと良いかな?」

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