第146話 変化 6

 休息日ーーー


 今日はエレインと情報交換を行う最初の休息日だ。最近はフレメン商会から私服についても提供して貰っているので、僕は黒のスラックスに白いワイシャツ、黒と紫のストライプのベストという、ちょっとめかし込んだ服装で待ち合わせ場所に向かった。


そこは美味しい紅茶を出すことで有名なお店で、10時の待ち合わせに10分ほど余裕を持って到着したのだが、既に個室にはエレインがテーブルに着いて僕の事を待っていた。


「やぁ、エイダ。久しぶりだね?」


「こんにちは、エレイン。お久しぶりです」


軽く挨拶を交わすと、適当な紅茶を注文し、エレインの対面に座った。


「余裕を持って出て来たつもりだったんですか、お待たせしてしまいましたか?」


「大丈夫、私も今来たところだから大して待っていないよ」


僕の心配に、エレインは爽やかな笑みでそう言ってくれた。まだ彼女の事を名前で呼ぶのは恥ずかしいが、そう気取られないように出来るだけ笑顔で言葉を交わした。


今日のエレインの服装は、白い花柄の刺繍が施された黒のロングスカートで、七分丈の白のブラウスにダークブラウンのストールを羽織っている。


その格好は、とても大人な女性の服装をしていて、今まで見たことの無かった彼女の装いに、ドキッとさせられてしまった。


「そ、その、今日の服装は大人っぽくて素敵ですね!」


勇気を出して服装を誉めると、彼女は頬を赤らめていた。


「そ、そうか?成人したことだし少し服装を変えたんだが、似合っているか?」


彼女は自分の服を見ながら、不安げに僕に聞いてきた。


「勿論です!とっても似合ってます!!」


「あ、ありがとう・・・」


僕の言葉にエレインは顔を赤くしながらも、とても嬉しそうな表情を浮かべていた。


「そ、その、近衛騎士の仕事はどうですか?」


僕は自分の言った言葉が少し恥ずかしくなり、今月から働き始めたエレインの近況を聞くことにした。


「色々覚えることが多くて大変だけど、周りの助けもあって何とかやっているよ。君こそ進級して、ちゃんとやっているか?」


エレインは少しだけお姉さんの様な雰囲気を出しながら、僕の学院生活について興味深げに顔を近づけながら聞いてきた。


「いやぁ、何だか僕を取り巻く環境の変化に戸惑っているんですけど、何とかやれていると思います・・・」


僕が微妙な返答をしたためか、エレインが心配する様な表情になってしまった。


「大丈夫かい?確かに年明け以降、君の周辺の環境は大きく変わっただろうが、学院でもそれほどの変化が?」


気遣うようなエレインの言葉に、僕は最近の学院での変化を話した。


それは、僕だけの特別コースが用意されたことに始まり、寮は最上階の部屋に変更、更に今まで僕やクラスメイト達をノアと称して蔑んでいた者達が、急に親しげに接してこようとして来たこと等々、思い付く限りの変化を伝えた。


そして、一番の驚きはーーー


「実は今年から公爵令嬢が学院に入学してきたんですが、それが王女殿下の依頼の際に野盗から救出したミレア・キャンベルさんだったんです」


「あぁ、その話なら私も耳にしている。何でも急に学院への入学を決めたことで、護衛をどうするかの相談がお父様の元にも来ていたからな・・・」


僕の話を神妙な顔つきで聞いてくれていたエレインは、ミレアの名前が出ると、少しだけ苛立ちを滲ませていた。


「そ、それは大変でしたね・・・」


「私もそれほど彼女の為人ひととなりを知っているわけではないが、あまり自己主張が強い方ではなかったと聞いているので、公爵家でも驚いているようだったよ」


正直、エレインから聞くミレアの周囲からの評価と、僕が実際に相対した彼女の性格に大きなズレがあるように感じてしまう。彼女のあの強引さというか、積極さを見るに、自己主張が強くないとはとても思えなかった。


「僕達に助けられた恩義を感じているのかもしれませんが、先日学院長室に呼び出されて行ってみると彼女が居まして、謝礼を頂きました」


「あぁ、それなら私の方にも家を介して届いていた。私は救出に関して大した事はしていなかったが、それでも結構な金額が包まれていて驚いたよ」


エレインの様子から大金に驚いているという感じではなく、貢献度に対しての金額の多さに驚いているような印象だったので、やはり公爵家としてあの金額は普通に出せるもらしかった。


「そうだ!それでその時、彼女はノアの地位を向上したいと申し出てきまして、護衛の騎士の手が足りないときに、ギルドの依頼を通して、僕とアッシュを護衛にしたいと言われました」


「・・・なるほど、ノアの地位向上か。確かに君だけでなく、アッシュも共に護衛に就かせるなら話は分かる。ただ、彼はもう侯爵家の次期当主に指名されているから、一般的なノアの括りに入れられるかは微妙なところだな」


エレインはアッシュの現状の立場を考え、ミレアが示す効果を疑問視していた。


「それは彼女自身も言っていました。インパクトが薄れると・・・」


「そうか。それで、エイダはその話を受けたのか?」


エレインはミレアの言葉にそれほど反応を示さず、彼女からの依頼について僕がどう判断したかの方に興味があるようだった。


「はい。デメリットは無さそうだったのと、アッシュにも相談したのですが、おそらく父親である当主から、箔付けのために受けるよう指示があるだろうと言っていました」


「箔付けか・・・」


エレインはその話に、何か考え込むように遠くを見つめているようだったが、何を考えているのかは言葉にしなかった。



 そして、エレインからも色々と情報を受け取った。どうやら各国の動きが活発になってきているようで、共和国内に居る他国の情報員が怪しい動きを見せているとの事らしい。


しかも、動きが活発になったタイミングから考えると、例の異常な魔獣の出現や、僕が王城に招かれた時期と時を同じくしているとのことだった。どちらか、あるいは両方の情報を収集しようと情報員が動いている可能性があるので、身の回りに気を付けろと忠告されてしまった。


エレインのその言葉に、以前教室でアッシュとやり取りしていた言葉を思い出し、本当に各国が僕の事を巡って動いているかもしれない可能性を示唆されて、げんなりとしたため息を吐いてしまった。


そんな僕の様子にエレインは、「君に何事もないように私も全力で動くから、心配しなくて良い」と、不安を払拭するように優しく微笑みながら伝えてくれた。



 その後、情報交換を終えた僕達は、ちょうど時間もお昼頃に差し掛かっていたので、昼食を食べにお店を変えることにした。


向かったお店は、この都市に来てからちょこちょこ通っている、ランチのコース料理がお得な『ミシュラン』だ。


この都市に初めて来た頃は、お昼に1000コルも払うなんて勿体ないと考えていたのに、こうして自分で金銭を稼いで余裕が生まれると、少しは贅沢しても良いかなと思ってしまうので、お金の力というものは人を変えるものだなと、お店の前で看板を見上げながらふと思った。


(そう言えば、父さんはお金遣いが荒いって母さんが嘆いていたよな・・・僕もそうならないように気を付けよう!)


既に僕の個人証の中には、この都市でそこそこの豪邸が購入できるような金額が有るのだが、父さんという反面教師の存在を思い出し、金銭管理はしっかりしていこうと決意しながらお店に入った。



「「いらっしゃいませ!!」」


出迎えてくれた店員さんに案内されるまま、僕達は個室へと通された。その途中、別の個室の扉が開き、2人の人物が出てきた。


「っ!って、アッシュとカリン?」


「っ!エイダとアーメイ先輩?」


個室から出てきたのは学院の制服ではない、少し着飾っているアッシュとカリンだった。鉢合わせた僕らは互いに目を丸くして驚きつつも、その同伴者を見て口元が緩んだ。


「こんな所で偶然だね?」


「そうだな、まさかエイダと卒業したアーメイ先輩が一緒だとは。上手く時間が作れてる様で良かったじゃないか」


「ま、まぁね」


アッシュはそう言いながら、笑顔で僕とエレインを交互に見ていた。


「久しぶりだなアッシュ君。君が次期侯爵に指名されたことは聞いている。これから色々大変だとは思うが、自分を慕う周りの存在を大切にすることを忘れないようにな」


エレインは少し前に出てアッシュと挨拶を交わすと、後ろにいるカリンに一瞬視線を向け、意味ありげな言葉伝えていた。その視線に気づいたアッシュは、苦笑いを浮かべながら頷いていた。


「ご教授、感謝します。俺は・・・絶対に大切にします」


アッシュの決意の籠った言葉は、眼前のエレインではなく、彼の後ろにいるカリンに向けて放たれていたような気がした。そんな彼の言葉に、エレインは安心したような表情をしていた。


「そうか、頑張れ」


「ありがとうございます。では、失礼します」


一礼したアッシュとカリンは、お店から帰っていった。カリンとすれ違う瞬間、彼女は俯いていたが、耳まで真っ赤にしながら、嬉しそうな顔をしていたのが印象的だった。



 アッシュ達と別れ、個室に入ってランチを味わっていると、不意にエレインが先程の2人の事について口を開いた。


「ところで、私はあの2人とそれほど親交が有るわけではないのだが、2人はその・・・交際しているのか?」


「直接的に聞いたわけでは無いですが、僕とジーアはそうだろうと思っています。先程の様子からも、それが間違いではないと思えましたし」


「そうか・・・」


僕の返答に、エレインは難しい表情を浮かべていた。アッシュが次期当主に指名されてから、2人の間には微妙な空気が流れていたので、僕とジーアは心配していたのだが、おそらくエレインも同じ心配をしているのだろう。


「やっぱり、侯爵家の次期当主とカリンでは難しいんですか?」


僕は神妙な表情で、エレインにアッシュとカリンとの間柄について確認する。


「正直に言えば、な・・・。以前だったら何も問題なかっただろうが、次期当主となると、それなりの家柄の令嬢を、現当主が勝手に見繕ってしまう可能性もあるからな。早めに2人の関係性を当主に伝え、了承を得た方が良いだろう」


「アッシュのお父さんは、了承するでしょうか?」


カリンは僕と同様に、ノアで平民でもある。しかも、めかけの娘という侯爵家にとっても微妙な立ち位置をしている彼女の事を、素直に認めてくれるかには疑問があった。


「そこまでは私も分からない。例えばあの子が非凡な才能を見せつけ、内助の功で支えられるという実力があれば違うだろうが、エイダから見てあの子はどうなんだ?」


エレインから問われ、僕は思い返すように黙考する。武力の面で言えば、カリンは世間一般が指摘しているようなノアの域を出ない実力だ。となると知力の面だが、そちらについては僕はあまり関わりがないので分からない。


以前ギルドの知力系の依頼で、書籍の複写をしていたような事を言っていた気がするので、そういった技術が貴族家にとって何か役立つことは無いだろうかと思い、聞いてみた。


「武力の面では残念ながら。ですが彼女は以前、書籍の複写の依頼をこなしていましたので、そういった面での何か才能があれば違いますかね?」


「う~ん、例えば瞬間的な記憶力に優れているとかでないと難しいかもな・・・」


「記憶力ですか?」


「そうだ。例えば、貴族家の運営に際して収支をつけるんだが、何に幾ら使ったか、どんな仕事が効率よく収入を産み出したか等が、後から見てすぐ分かるように帳簿をつけるんだ。ただそれは、情報量が多く仔細も多岐に渡るため、そういった細かい内容を覚えておいて、後で正確に書き記せる人材は、どこの貴族家でも重宝されるものだ」


エレインの説明に僕は納得して頷いた。


「確かにそういった縁の下の力持ち的な才能があれば、問題無さそうですね」


「そうだな。あの2人には幸せになって欲しいものだ。それに、貴族とは良くも悪くも人を使う立場にあるものだ。無能な貴族は即利益を産み出さない人材を切り捨てるが、有能な貴族は人材を育てるものだ。侯爵家の現当主が有能な貴族であることを願うよ・・・」


心配した表情を浮かべながらため息を吐くエレインに、僕もアッシュとカリンが幸せになれるよう協力していこうと考えていた。



 その後、食後のデザートが出てきたところで話題は変わり、甘いものに舌鼓を打ちながらエレインとの会話を楽しんだ。


そして、お店を出て少し散策しようということになり、街中を見ながらブラブラしていた時だった。


道行く先から、男性と女性の2人組が僕らの方に向かってきた。一見どこにでもいるような一般人の格好をしているのに、何故か僕は違和感を感じ、その2人に注意を向けていた。


「ん?どうしたんだエイダ?」


僕の異変を感じ取ったのか、隣を歩くエレインが怪訝な表情で僕に声を掛けてきた。


「実はーーー」


僕がエレインに違和感の事を伝えようとした時だった、前方にいた2人が足早に駆け寄り、僕の話を遮るようにして男性の方が声を掛けてきたのだ。


「と、突然すいません!あなたはエイダ・ファンネル様でいらっしゃいますか?」


貼り付けられた笑顔を向けてくる2人に、僕は眉を潜めるのだった。

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