第147話 変化 7

 突然話し掛けてきた人達は随分と腰が低く、まるで僕を怖がっているのを隠しているようで、冷や汗を浮かべながらも笑顔を取り繕っているようだった。


見た目には20代後半くらいだろうか、一見すると貴族でもない普通の平民のようで、これといった特徴の無い容貌をした男女の2人組は、ペコペコお辞儀をしながら僕の反応を伺っていた。


「は、はぁ、エイダ・ファンネルは僕の事ですが、お二人は・・・?」


どれだけ記憶を辿ろうとも顔見知りでもない人達に、僕は警戒しながら尋ねた。


「あぁ、申し遅れました。私どもは、オーラリアル公国にて情報局に席を置く者でして、立場上、名前を伝えることが出来ません。どうかご容赦を・・・」


本当に申し訳なさそうに伝えてくる彼の言葉に、僕は呆気に取られながら言葉の意味を理解していく。


(・・・オーラリアル公国?情報局?って、つまり諜報員!?)


相手が他国の間者だと理解した瞬間、僕はエレインを庇うような位置取りで前に出た。エレインも彼らの登場に驚いているようで、目を丸くしていた。


「他国の間者が、僕に何のようですか?」


僕は威圧感たっぷりに鋭い視線を向けると、彼らは必死に両手を前にしてブンブン振りながら口を開いた。


「ど、どうか誤解しないで頂きたい!我々は決して貴方と敵対したいと思っている訳ではありません!そうでなければ自らの正体を伝えません!それは、そちらのアーメイ家のお嬢さんも理解しているはずです!」


僕の態度に、更に冷や汗を流しながら焦っている彼らは、背後にいるエレインに真偽を確かめるように促した。


「・・・エレイン、どう思いますか?」


僕の問い掛けにエレインは、難しい表情をしながら口を開いた。


「そうだな、確かに彼らの言うことは一理ある。普通、諜報員が自らの正体を口にすることは決してあり得ない。そこまでの事をするということは、エイダと友好的な話がしたいのだろうな・・・」


エレインの推察に頷くと、僕は威圧を解いて彼らに向き直った。そして、改めて彼らの目的を確認した。


「それで、公国の方が僕に何のようですか?」


「はい。実は我が国の大公陛下からの勅命がございまして、少しお時間を頂けるなら貴方とお話がしたいと思っております。もちろん、我々は一切危害を加えぬことを約束いたしますし、お時間を頂いたお礼も用意がございます」


彼の言葉に僕は肩越しにエレインの様子を確認すると、彼女は小さく頷いていた。確かに目の前の彼らからは敵意は感じられないし、周囲には彼らの仲間の存在も感じられなかった。それに、実力的に見てこの2人はエレインにも劣るようで、何かあっても問題ないだろうと僕も判断した。


「・・・分かりました。少しであれば問題ありません。その話には彼女も同行してもらって構わないですか?」


そう言いながら僕は背後に庇うエレインの姿を見せるように身体をずらすと、彼らは笑顔で了承した。


「勿論でございます!では、お二人ともこちらにどうぞ」



 そうして案内されたのは、大通りにあるお店だった。隠れ家的な場所に連れていかれるかと思ったが、おそらくはこちらの不安を煽らないようにという配慮だったのかもしれない。


個室に通されると、4人掛けのテーブルに対面に座り、店員さんが紅茶とお菓子を持ってきたところで彼らが口を開いた。


「この度は突然の失礼、誠に申し訳ありません。エイダ様のご活躍は、国を越えて私共の耳にも届いておりまして、我が国の陛下が貴方様の考えを確認したいとの申し付けにより、参上した次第であります」


公国の諜報員を名乗る2人は立ち上がると、90°に腰を折りながら男性が代表して理由を告げてきた。その様子に、公国の人達はこんなに腰が低いものなのかと驚いてしまう。


「目的は分かりましたが、僕のどんな考えを知りたいのですか?」


「エイダ様は、かつて魔神と呼ばれたシヴァ・ブラフマンという人物をご存じでしょうか?」


僕の質問に答えたのは、今まで黙っていた女性の人だった。


「はぁ・・・僕の母ですね」


知ったのはつい最近の事だが、母さんは公国で生まれ育ち、名前も違っていたという事は聞いていたので、彼女の言葉にそれほど驚くことはなかった。


「ご存じでしたか。では、シヴァ様が大公陛下の姪であるという事はご存じでしょうか?」


「・・・えっ?」


僕は諜報員の言葉に一瞬固まってしまった。そんな僕の代わりに口を開いたのはエレインだった。


「そ、それはつまり、エイダのお母様は現大公と血縁関係があるということですか?」


「はい。それもあって陛下は、エイダ様がもし公国に興味がおありでしたら、最大級のおもてなしで招きたいとも仰っております」


「・・・それは、公国はエイダを自国に取り込みたいと考えているということでしょうか?」


エレインは厳しい表情をしながら、2人に問いかけていた。


「いえ、あくまでエイダ様が興味を持てばという程度です。実のところ我が国の国是としては、エイダ様のように闘氣も扱える人物は心情的に受け入れがたい部分もありますので、積極的な勧誘は致しません。あくまでも、エイダ様にその気があればという前提でのお話です」


彼女は無理強いではないという部分を強調するように話すと、エレインの視線も和らいでいた。


「その、すみませんが、僕は興味以前に公国がどういった国かも知らないですので、今のところ公国へ行くということは無いと思います」


「えぇ、えぇ、そうですよね?私共としてもそうだろうと思っておりましたので、今後、エイダ様の考えが変わればで結構ですよ?」


女性はそう言いながら、懐から一冊の本と封書を取り出してテーブルに置いた。


「あの、これは?」


「こちらの本は公国の観光名所や産業を纏めたものですので、良ければお納めください。それと封書は、公国を訪問してみたいと思った時用の連絡方法が記されております」


彼女は笑顔を崩すことなく、本と封書を僕の方へ押し付けていた。その様子は、受け取ってもらわないと何か処罰があるような必死さが隠れているようだった。


「は、はぁ・・・一応受け取っておきますね」


「あ、ありがとうございます!!」


僕が本と封書を手に取ると、彼女は救世主でも見るかのような表情をしていた。


そして、話も終わりかなと思ったところで、男性の方が思い出したとでもいうような感じに口を開いた。


「あっ、そうでした。エイダ様にもう一つお聞きしたいことがございまして・・・」


「はい、何でしょうか?」


「いえ、公国には今のところご興味がないということでしたが、グルドリア王国の事はどう思っておいででしょうか?」


「・・・王国ですか?そちらの国についても良く知らないですし、今のところ行ってみたいとも考えていませんよ?」


「そうですか。いや、変なことを聞いてすみません。私どもの話はこれで・・・これはお時間を頂いたささやかな感謝でございます」


そう言うと、彼は懐から黒いブレスレットのようなものを取り出した。


「こちらは大公陛下からの品で、まだ試作段階ではあるのですが、魔力の精密な制御を極めて容易にする魔道具です。いずれこういった魔道具を利用して、第五楷梯に至れるのではないかと研究しております」


「・・・あの、それは国家機密級の魔道具なのではないでしょうか?」


エレインがブレスレットを見ながら、彼の説明に驚きを露に確認した。


「はい、仰る通りです。ですので、出来ればあまり公にしないでいただければ幸いです」


何て事ないように彼は伝えてくるが、僕は頬がひきつる思いだった。そんな国の重要機密を渡してくるということは、それだけ僕に対する関心が高いことを示しているのだろう。


「あの、そんな国にとって重大な物でなくて、この本だけでもーーー」


「いえ!是非受け取ってください!!」


僕が魔道具の受け取りを辞退しようと口にした瞬間、彼は泣きそうな表情をしながら僕にブレスレットを押し付けるようにしてきた。その鬼気迫る様子から女性の方と同様に、僕が受け取らないと処分を受けるような必死さが伝わってきた。


「わ、分かりました、分かりました。ありがたく受け取らさせていただきます」


「ありがとうございます!!」


腰を直角にしてお礼を伝えてくる彼の頭頂部は、まだ若そうだったのに若干薄くなっている様子に哀愁を感じてしまった。



 公国の情報員と別れてから30分後、僕は先程とは別のお店の個室にて、今度は王国の情報員と相対していた。こちらも公国と同じ男女の2人組で、年齢的にも20代後半位に見える人達だった。


「この度は我々にお時間を頂きまして、誠にありがとうございます。エイダ様のご活躍は、国を越えて王国にも届いておりまして、我が国の陛下が貴方様の考えを確認したいとの申し付けにより、参上した次第であります」


「はぁ・・・王国が僕に何の用ですか?」


どこかで聞いたような男性の口上を聞きながら、僕は力のない返事を返した。それは、何となく彼らの目的や聞きたいことが分かっていたからだ。


「エイダ様は、かつて剣神と呼ばれたトール・グレイプルという人物をご存じでしょうか?」


「・・・僕の父ですね」


「ご存じでしたか。では、トール様が我が国の国王陛下と師弟関係であるこは知っていますか?」


「えっ?そんな間柄だったんですか?」


さすがに母さんの様な、大公の姪であるという関係性ほど驚きはしないが、それでも僕は目を丸くした。


「はい。そんな親しい関係性もあって、国王陛下はエイダ様が望むのなら、国賓級の扱いでもって歓迎すると仰っておいでです」


「・・・・・・」


公国と同じような話の流れに、僕は表情を無にして隣に座っているエレインに視線を送った。その先では、エレインも微妙な表情をしながら頬をひきつらせているようだった。


「あっ!勿論、強制ではないです!あくまでも王国に興味があり、エイダ様が訪問してみたいと望むのであればです!」


僕の反応を否定的に思ったのか、女性の方が慌てた様子で付け足していた。


「あの、僕は王国がどういった国かも知らないので、興味がある以前にですねーーー」


公国との会話と同じような事を伝えようとすると、僕の言葉を遮って女性が懐から本と封書を取り出してきた。デジャブのようなその光景の唯一の違いは、女性の胸が豊満で、溢れ落ちそうになる胸元に思わず視線が引き付けられてしまったことだろう。


『ドスッ!』


「うっ・・・」


僕が女性の胸元に視線を奪われていると、隣のエレインから肘鉄が飛んできた。完全に無防備だったため、思わず呻き声を上げてしまった僕に、女性は小首を傾げていたが、僕は何事もないように愛想笑いを浮かべてやり過ごした。


恐る恐るエレインの方へ視線を向けると、感情の籠っていない笑顔を王国の情報員へと向けていた。この瞬間、僕は絶対にエレイン以外の女性に目を奪われてはいけないと理解した。



 それからの話は公国と同様で、僕が王国に興味を持ったら連絡して欲しいということだった。腰の低さは公国と同様で、悪い印象も特になかった。しかも、王国も国家機密級の魔道具を取り出し、僕へ押し付けてくる事まで一緒だった。


それは金色のブレスレットのようなもので、闘氣の精密な制御を容易にするという、公国と同じような物だった。僕はため息を吐きながら受けとると、王国の彼らも僕が公国についてどう思っているか聞いてきたが、同じように答えておいた。


そして、話はもう終わりだろうと思っていたが、最後に男性が深刻な顔をしながら重々しく口を開いた。


「ところで、エイダ様はこの国が“害悪の欠片”の研究をしているという噂はご存じでしょうか?」


「っ!?“害悪の欠片”の研究ですか!?」


予想外の話に、僕は眉を潜めて聞き返した。


「いえ、未確定の情報なのですが、この国の研究施設と思われる場所に、【救済の光】の構成員が出入りしているという話がありまして、我々も調査しているのですよ」


「まさか!そんな事はあり得ん!!この国があんな集団に手を貸すなど!!」


彼の話に、エレインは激怒するように立ち上がって声を荒げた。


「落ち着いて下さい。我々もまだ確信はないのです。例の集団が王女を襲ったという話も存じていますが、国というのはどこも一枚岩ではないでしょう?どこぞの派閥の者達が手を貸している、という話もあり得ないわけではない。そうですよね?」


「そ、それは・・・」


彼の指摘は的を得ているのだろう、エレインは口ごもるように黙って席に座った。


「あくまでも未確定の噂ですが、エイダ様もアーメイ様も重々お気をつけください」


不穏な空気を残し、彼らは去っていった。残された僕らは、彼らからもたらされた話に頭を悩ませるが、“害悪の欠片”の話のお陰で、女性の胸元を凝視していた僕の失態が有耶無耶になった事に、こっそり安堵していた。

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