第136話 舞踏会 6

 午前中は急遽、ティナから指名されたメイドさんをパートナーにダンスのステップを確認させてもらった。ただ、さすがに忙しいメイドさんを一日中拘束するのも申し訳なかったので、午後からはティナから借りた本を読む時間にする事にした。


ざっと目を通しただけでも、社交界におけるマナーや敬語のあれこれに、着席するテーブルに上座や下座なんていうものが存在していることを知ることが出来て、とても参考になった。


夕方近くまで本を読んでいると、何やら屋敷の外が騒がしくなってきたので窓越しに外を確認すると、どうやらアーメイ先輩達が帰ってきたようで、使用人の人達が馬車のお出迎えをしていた。


それからしばらくすると、僕の部屋の扉がノックされた。応対すると、肩で息をしつつも恭しくお辞儀をするメイドさんから、グレスさんが僕を呼んでいるということで執務室へ案内された。



「呼びつけてすまないね。早急に君に話を通す必要があって、メイドには急がせたんだ」


執務室へ案内され、応接用のソファーに腰かけると、2人だけしか居ない部屋の中、グレスさんの話しは開口一番、僕へのお詫びから始まった。


「いえ、私の方は構いませんが、それほどの急用なのですか?」


僕を呼びに来ていたメイドさんが肩で息をしていたことを思い出し、訝しげに呼び出された理由を聞く。


「実は今日の“新賀の儀”の際に、国王陛下から君と一度話をしてみたいという打診を受けてね。取り次ぐように言われているんだよ」


「国王陛下が直接ですか?」


「そうだ。陛下は君に関する報告書を目にし、直接君の為人ひととなりを見てみたいと仰られたんだが・・・それほど驚いていないようだね?」



グレスさんは、陛下に謁見すると言われても表情を変えなかった僕の事に訝しげな表情で首を傾げてきた。


「実はこちらに来る少し前に、王女殿下の依頼に同行してもらった近衛騎士の方達から、その可能性について言及されていましたので、ある程度予想してました」


「そうだったのか。正直、王命に等しい要請で、拒否することはそのまま陛下に対する不敬に取られてしまうが、君はどうしたい?」


選択肢は無いはずなのに、わざわざ僕の意思を確認してくる理由は不明だが、断る理由もないので、その要請には従うつもりだ。


「私に否はありません。日時を仰っていただければ、王城に参上しようと考えています」


「そうか。ありがとう」


グレスさんは一瞬、安心したような表情を浮かべたが、すぐに気を取り直して話を続けた。


「では急で悪いのだが、日時は明日の午前10に王城の謁見の間にて行う。その為、明日は8時には馬車で出発してもらうことになる。服装や陛下との会話における言葉遣いに不安があるのなら、エレインに相談すると良い」


「分かりました。後程、相談させていただきます」


「急で悪いが、くれぐれも陛下に対して無礼の無いように頼む」


「最善を尽くします」



 グレスさんからの話を聞いたあと、僕はすぐにアーメイ先輩の都合をメイドさん経由で確認した。先輩も僕から相談されることは想定していたようで、執務室を出たその足で、そのままティールームへと案内された。


「エイダ君、急な事だが可能な限り言葉遣いや、謁見におけるマナーを身に付けてもらわないといけない。大丈夫か?」


ティールームには既に先輩が僕を待ち構えており、中に入ると心配した表情で僕に確認してきた。


「貴族相手に対する敬語やマナーは何とか覚えてきていますが、さすがに国王陛下が相手となると・・・」


僕は不安な心境を、素直に先輩に吐露した。


「基本的な言葉遣いは、私のお父様にしていたようなもので大丈夫だ。ただ、陛下に謁見する際には、最初に王城に招かれたことに対する感謝の口上が必要だ。今日中にそれを丸暗記してもらうと共に、謁見における作法も覚える必要がある。時間はないが、私が手取り足取り教えるから、心配しなくていい!」


先輩は僕の不安を払拭しようとしてか、自分の胸を叩きながら笑顔で話してくれた。


「ありがとうございます!以前、エイミーさん達から可能性は聞いていたので予想はしていましたが、こんなに急に話が決まるものなんですね?」


「元々陛下は君の報告書を見て興味を持たれていたらしいのだが、今日の“新賀の儀”において、君を我が家に招いている事を知ると、是非会いたいということになってね。あとは、あっという間に日取りが決まってしまったという寸法さ」


先輩は少しだけ苦笑いを浮かべながら、急遽日取りが決まった内情を教えてくれた。


「もう少し余裕が欲しかったですが、決まったことを言ってもしょうがないですもんね。アーメイ先輩、口上と作法のご教授をお願いします!」


「ふふふ、任せておけ!」


それから僕らは夜中近くまで、明日の謁見のための準備に時間を費やした。途中、メイドさんに運んでもらった夕食を挟みつつ、一生懸命先輩の教えてくれる口上と作法を頭に叩き込み、更には明日の謁見の際の出席者や、どのように謁見がなされるのかの様子についても教えてもらった。



 そして翌日、僕はこの国の王城へ初めて足を踏み入れた。


王城の外観は信じられないくらい大きいという印象で、石造りで出来た外壁と純白の屋根が特徴的だった。


僕はグレスさんと共に馬車に乗り、謁見の予定時刻よりかなり前に到着したのだが、王城の近衛騎士は驚くでもなくスムーズに僕を案内してくれた。


グレスさんとは別々に案内され、王城の待合室へと通された僕は、そこで時間まで待つように伝えられた。ちなみに僕の服装は、この国の最高権力者である国王に会うということで、白を基調として赤いラインの入った正装を選んでいた。


服装におかしなところがないか確認していると、控えめなノック音と共に5人ものメイドさん達がなだれ込んできた。


驚いて目を見開いている僕に、年嵩のメイドさんが進み出てきて説明してくれた。曰く、僕の身支度を整えるための人達らしい。


呆気に取られる僕をよそに、メイドさん達は椅子に座っている僕を取り囲むよう配置すると、「失礼致します」という声と共に櫛で髪を解かされたり、顔を暖かなタオルで拭われたり、着ている正装を整えてくれたり、履いている靴を磨いてくれたりと、僕は指1本動かすことのない、徹底した扱いだった。


その状況に僕は何も出来ずにじっとしていると、しばらくして身支度は整え終わったらしく、次いで紅茶とお菓子が準備された。


若干緊張していた僕は喉が乾いていたので、ありがたく頂こうと手を伸ばすのだが、仕事を終えて壁際に下がっている5人のメイドさんが、じっとこちらの様子を伺っている視線がかなり気になってしまった。


僕1人に対して5人ものメイドさんは要らないと思い、「他にお仕事があれば、そちらを優先してくれて大丈夫ですよ?」と伝えたのだが、「これが仕事ですから」ときっぱり言われてしまい、5人のメイドさん達にじっと見つめられているという気まずい思いをしながら、時間が来るまで待つことになってしまった。



 やがて時間になったのか、2人の近衛騎士が僕を呼びに来ると、僕を先導するように2人の近衛騎士が、後方を付き従うように5人のメイドさん達と一緒に謁見の間に向かうことになった。


しかも、王城内ですれ違う他の奉仕職の人達は、みんな一様に立ち止まって深々と僕に向かって頭を下げてくるという、今まで経験したことがない対応に面を喰らってしまった。


(何だか物凄く歓迎されているような気がするんだけど、どうなってるんだ?国王に招かれて謁見する人に対しては、これが普通の対応なのか?)


アーメイ先輩からの話では、もっと簡素な対応を想像していたのだが、思っていた様子と違うことに困惑しつつも、極力表情には出さないように近衛騎士の2人の後をついていった。



 そして、3mの高さはあろうかという一際豪華な扉の前まで来ると、近衛騎士の一人が声を上げた。


「エイダ・ファンネル様をお連れ致しました!」


少しの間の後、扉が内側から開かれると、謁見の間の様子が視界に入ってくる。内装は豪華としか言いようがなく、語彙の少ない僕では表現のしようがない程華々しい場所だった。


扉から謁見の間の中央を奥まで赤い絨毯が走っており、扉の手前の左右には2列づつに分かれた近衛騎士達が30人は待機している。


更に奥には左右に3人づつ分かれ、高級そうな衣装に身を包み、僕を品定めするような視線を向けてくる人達がいる。その中にはグレスさんとアッシュのお父さんの軍務大臣の姿も見える。


確か先輩の話では、今日の謁見における出席者は、宰相と財務大臣、教会の教皇、軍務大臣、魔術騎士団団長、剣術騎士団団長だったはずだ。となれば、顔を知らない残りの4人は、それぞれの役職のいづれかに就いている人達なのだろうが、服装から大体察することが出来た。


そしてその更に奥、一段段差を上ったところには第一王女ともう一人の男性、おそらくは第一王子が、やけに背もたれの高い金細工が施された豪華な椅子に腰かけている。王女は友好的な微笑みを、王子はおもしろそうなものを見るような視線だった。


また一段上がったところの右側に、4人の豪奢なドレスを着飾った女性達が王女達と同じような造りで、少し大きな椅子に座っている。先輩の話では4人とも国王陛下の妻で、左端の女性が正室、あとの3人は側室らしい。ちなみに右側へいくほど歳が若いようで、右端の女性に至っては、僕とあまり歳が変わらないような幼い顔をしている。


その段の左側には、一人の厳つい顔をした2mはあろうかという偉丈夫の男性が厳しい表情で僕を見下ろしていた。年の頃は50歳前後だろうが、その立ち姿には隙が見られない。確か、国王直属の近衛騎士という話だ。


そうして最上段には、一際巨大で豪華な椅子に腰かける人物がこちらを睥睨している。


(あれがこのクルニア共和国国王か・・・先輩の言った通り、意外と若いんだな・・・)


先輩の話では、現在の国王は40歳。3年前に先代の国王が病により急死したため、30代の若さで王位に就いた人物なのだという。



 謁見の間の様子を瞬時に観察し終えた僕は、視線を下に下げつつ、2人の近衛騎士の先導に従ってその後を歩く。視線を下げているのは、許可が出る前に視線を上げるのは不敬と教わっていたからだ。


やがて王族達が座る段差の手前、大臣達が立ち並ぶ付近まで来ると制止が掛かり、僕はその場で片膝を着いて臣下の礼をとった。視線は下げたままなので周りの様子は分からないが、先導役の近衛騎士は僕から少し距離をとると、こちらを向いて待機したようだった。


「陛下、エイダ・ファンネル殿がお目通りに参りました」


僕の右側、王族に一番近い場所にいた初老の男性が口を開いた。配置から考えて、この人が宰相のようだ。


「うむ、面を上げよ」


重々しく、お腹に響くような声が僕に掛けられた。その声に従い、僕はゆっくりと頭を上げると、一番上の壇上に腰かける国王と目を合わせた。間近で見るその姿は、耳までかかる銀髪が特徴的で、魔術師なのだろうか、体格は華奢と言ってもいい。整った顔立ちは、どことなく第一王女のクリスティナ様を思わせる。


「よくぞ参った、エイダ・ファンネルよ。余がクルニア共和国国王、ドウェイン・ガゼル・ウル・クルニアである」

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