第135話 舞踏会 5
ティナさんからは、夕方までみっちりと貴族についてのあれこれを教え込まれていた。爵位の種類や、その中にも上級・下級があること、領地を持つ貴族の経営方法や領地を持たない法衣貴族と言われる人達の仕事など、僅かな時間の中でも細かいところまでしっかりと教えてくれた。
彼女は教えている最中、終始淡々とした様子だったので、何を思って教えをつけてくれているのかはよく分からなかったが、僕にとってはとても有難かった。
時間も遅くなってきたところで、もうそろそろ夕食かなという時間になり、貴族の勉強に一段落着いた僕がテーブルから立ち上がると、おもむろにティナさんは僕の方へと歩み寄ってきた。
「あんた、3日の舞踏会で姉さまと踊るんでしょ?ダンスの出来はどうなの?」
「えっと、なんとか基本的なステップが踏めるくらいかな・・・」
彼女の質問に、僕は苦笑いをしながら微妙な返答をした。未だに胸を張ってダンスを踊れますと言えるレベルには至っていないからだ。
「ふん!本番は我が家と
「わ、分かってるけど、さすがに数日やそこらでは限界があるよ・・・」
彼女の若干怒気の籠ったような声に、僕は自信の無さから弱気な言葉を返した。
「まったく、そんなんじゃ姉さまのパートナーなんて勤まらないわよ!私が見てあげるから、ちょっと踊るわよ?」
「えぇ?」
彼女の提案に、僕は目を丸くして驚いた。
「何よ、その反応は?私じゃ不満だとでも言うの?」
「あ、いや、その・・・」
彼女の提案自体はありがたいのだが、どうしてもダンスに馴染みの無かった僕は、女性と身体を密着させるということに抵抗感があった。そんなの僕の反応を見てか、彼女は大きなため息を吐きながら、呆れた表情で口を開いた。
「あのねぇ、ただのダンスなんだから恥ずかしがるんじゃないわよ!舞踏会でそんな表情してたら、周りの貴族からいい笑い者になるわよ!」
「ご、ごめん・・・」
彼女の指摘に、僕は自分の思っていたことを見透かされたようで、申し訳なさと恥ずかしさから素直に謝った。
「ほら、ステップ見てあげるから」
「あっ」
彼女は僕の手を取り、部屋の少し開けた場所へ誘導してくれた。
「もう!恥ずかしがらないでちゃんと密着しないと、パートナーが体勢を崩したときに支えきれないわよ!」
「なるほど・・・分かった!」
彼女からちゃんと身体を密着させる理由を聞かされると、不思議と恥ずかしがらずに密着することができた。ただ、アーメイ先輩との体格差もあってか、僕が少し手間取ってしまう。
「ダンスは決まった人としか踊らないなんて事はないのよ!相手にはすぐ合わせるように!」
「は、はい!」
「こらっ!体格差を考えて!もっとステップの幅を狭めて!」
「はっ、はいっ!」
「もう!ステップ気にし過ぎて下ばかり見ない!顔は正面で、爽やかな笑顔!」
「はいっ!!」
「ダメよ!もっと私に集中して呼吸を合わせて!ダンスは2人の共同作業!より息の合ったダンスが美しいのよ!」
「はいっ!!!」
「もっと目を見て!相手の目から思考や動きを読み取って、それに合わせるの!」
「はいっ!!!!」
ティナさんは先輩の褒めて伸ばすスタイルとは真逆で、テレサさん以上のスパルタ指導だった。ただ、指摘してくる言葉の一つ一つに納得できる理由があるので、僕は彼女に指導されるがままにダンスを踊っていった。
そうして1時間ほど踊っただろうか、段々とティナさんから指摘される回数は減ってきていた。それでも彼女のダンスと比べると見劣りするのは明らかで、これではどちらがリードしているのか分からないくらいだった。いや、そういったことが分かるくらいには成長できたと言うことだろう。
「ふぅ・・・まぁ、時間もないし、こんなものね」
彼女は額にじんわりと汗を光らせながら、一息ついた。
「色々指導してくれてありがとう。お陰でだいぶ上手くなったと思うよ」
「ふん、私が教えてるんだから当然でしょ!あとは本番まで時間がある限り練習しなさいよ!」
「分かったよ!ありがとう、ティナさん!」
僕が感謝を告げると、彼女は少し考える素振りを見せてから口を開いた。
「・・・別に同い年なんだから、さん付けなんてしなくていいわよ」
「え?そう?じゃあ・・・ティナ・・・ちゃん?」
僕が何気なくそう言うと、彼女は頬をひきつらせながら睨んできた。
「あんたね・・・私の外見からちゃん付けしたでしょ!?」
「あっ、いや、そんなことは・・・」
彼女の指摘に、ギクリとしてしまった。正直彼女の身長は僕よりも頭一つ分以上小さい。20㎝以上は差があるし、先輩と比べると同じ姉妹なのにこうも発育に差があるのかという体型でもある。その為、自分に妹が出来たような感覚で、名前にちゃん付けしてしまったのだ。
「ふん!どうせ私は姉さまと比べてお子ちゃま体型よ!毎日ミルク飲んで、ストレッチしても効果無いわよ!!」
彼女の日々の涙ぐましい努力まで聞かされてしまった僕は、何と言ったらいいのか非常に悩み、どうにかして言葉を捻り出した。
「で、でも、小動物的な可愛らしさがあると思うし、ぼ、僕はとても魅力的だと思うなぁ!」
「・・・・・・」
この状況における僕の精一杯の褒め言葉に、彼女はしばらくジト目をしながら覗き込んでくると、おもむろに口を開いた。
「じゃあ、私と姉さまと、どっちが魅力的なの?」
「っ!!」
彼女は僕を試すような視線で、絶対に答えられない、答えてはいけない2択の質問をしてきた。
(この質問・・・どっちを選んでも不正解な気がする!でも、答えずに煙に巻こうとするのも嫌な予感がするな・・・)
未だかつて感じたことの無い緊張感と焦りから、背中を汗が伝っていくのが分かった。頭を抱えたいほどに悩む質問だが、時間を掛けるのもマズい。その為僕は、第三の選択肢を選ぶことにした。
「じょ、女性に上下を付けるのは良くないよ。それぞれに他人にはない魅力があって当然なんだから!」
「・・・ふ~ん」
「・・・・・・」
僕の言葉に、彼女は相変わらず考えの読めない無機質な表情を向けてきた。ただ、怒ってはいない雰囲気をしているような気がした。というか、そうであって欲しい。
「ふっ!まぁ、良いわ。ダンスの本番、頑張んなさいよ!」
「っ!!」
彼女は僕に励ましの声を掛けながら、結構強めに背中を『バンッ!』と叩いてきた。突然の行動だったので少し驚いてしまったが、今日は色々と彼女にお世話になったこともあり、特に不快に思うこともない。
「ありがとう。お陰で本番では、アーメイ先輩に恥をかかせないで済むと思うよ」
「そうあって欲しいものね」
そうして、僕はお礼を告げてから部屋を退出しようとすると、ドアノブに手を掛けたところで後ろから彼女に呼び止められた。
「・・・同級生なんだから、ティナって呼び捨てで良いわよ」
「そ、そう?じゃあ・・・今日はありがとうね、ティナ」
「ふん!どういたしまして」
少しだけ仲良くなったかなと思ったけど、彼女の無愛想な言葉遣いは、結局最後までそのままだった。
1の月1日、新年が明けた。
去年一年間は、学院に入学してから怒濤の日々を過ごした気がする。実家に居たままでは気付けなかった事に色々と気づかされ、僕自身いろいろなことが足りていなかった事を思い知らされた。
特に知識に関しては、今まで与えられたものをただ吸収していただけで、自分から積極的に何かを調べるということが少なかった。しかし、今年からは自分が望む将来を手に入れるために、積極的に学ぼうと決心していた。
「では、行ってくる。不在の間のこと、よろしく頼むよティナ」
「はい、お父様。いってらっしゃいませ」
今日は王城にて”新賀の儀”という集まりのために、当主であるグレスさんは今から登城しなければならない。グレスさんは屋敷に残るティナに向かって、優しい表情で語りかけていた。
そして、王城へ行くのは伯爵家の次期当主であるアーメイ先輩も同様で、新年の挨拶もそこそこに、薄い紫色を基調としたドレスを着飾った先輩は、グレスさんと共に馬車に乗り込むところだった。
「慌ただしくてすまない、エイダ君。王城から戻ったらダンスの練習をするから、私が居なくてもしっかり自主練習しておいてくれよ?」
「分かってます。アーメイ先輩も大変かと思いますが、お気をつけて!」
僕が笑顔で見送ると、先輩も笑顔で手を振ってくれた。そうして僕とティナ、伯爵家に仕える多くの使用人からの見送りのもと、馬車は王城へ向けて出発していった。
「・・・あんた、ダンスの練習相手はどうするの?」
馬車が見えなくなると、ティナが話しかけてきた。
「どうするって・・・僕以外の人達は忙しそうだし、どうしようか?」
当ての無い僕は、
「悪いけど、私だってそんなに暇じゃないのよ?3日には当家と親交の深い貴族家達が多く来客するから、その準備だってあるし」
「そ、そうだよね。とりあえずアーメイ先輩が帰ってくるまで、ステップの確認でもしておくよ」
そう言う僕に、彼女は待ったをかけた。
「別に私が相手できなくても、大丈夫よ。ちょっと、待ってなさい」
そう言い残して彼女は、手近に居たメイドの一人に声を掛けて颯爽と連れてきた。
「じゃあ、後はよろしく頼んだわよ」
「ふぇ?わ、私がですか?」
ティナに連れられたメイドさんは、整った顔立ちに茶髪のショートカットで、歳は20代だろうか。ティナより明らかに大人な女性が、オドオドした様子で聞き返していた。
「そうよ。メイド長には私から言っておくから、彼のダンスの練習相手をしてあげて」
「ふぇぇぇ、で、でも、ファンネル様は当家にとって最上級のお客様と聞いていまして、もしそんな相手に粗相をしてしまったらと思うと・・・」
どうやら彼女は僕に対して萎縮しているようで、顔色を伺うようにビクビクしていた。
「安心なさい。この男は、小さな事で目くじら立てて怒るようなことなんて無いわ。多少粗相をしたところで、ちょっと胸元開いて上目遣いに潤んで見せれば簡単に許すはずよ?」
「は、はぁ・・・そうなのですか?」
本人を目の前になんて事を言うんだと頬がひきつるが、ティナがダンスの練習相手が出来ないことで代わりの人を見つけてくれた手前、微妙に抗議しづらい状況になってしまっている。
「いや、別にそんなことしなくても怒らないから大丈夫だよ」
「だ、そうよ?本番まで時間がないから、下手なところはしっかり指摘しなさい。そうしないと本人の為にならないから。頼んだわよ!」
そう言い残してティナは去っていった。忙しいところ申し訳ないが、時間がないのは事実なので、僕は彼女に連れてこられたメイドさんにご教授願った。
「す、すいません。よろしくお願いします」
「わ、分かりました!あの気位の高いティナお嬢様から直接の申し出・・・が、頑張ります!」
メイドさんは彼女から頼まれた使命感からか、両手の拳を握り締めながら、やる気に満ち溢れていた。
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