第129話 遺跡調査 24

 翌日ーーー


父さんと母さんは、早朝から遺跡の内部調査を行うからと言って居なくなってしまった。


フレッド君も同じく、早朝にはここを離れていった。彼は、ほんの数秒もここに居たくないような表情をしており、あの決闘騒動の後からやたらと僕に対して低姿勢だった。彼の反応を見るに、やっぱり必要に応じて自分の力を周囲に知ってもらう必要性があるということが分かった気がした。


また、アーメイ先輩は昨日母さんと一緒に温泉に入ってから何かを決意したような表情をしていて、いつも以上に凛々しくなっていた。入浴中に母さんとどんな話がなされたのか気になった僕は、それとなくエイミーさんから聞き出そうと考えたが、アーメイ先輩の目もあって、聞き出す隙が無かった。



 お昼過ぎに父さんと母さんが遺跡から戻り、昼食を食べたらレイク・レストと言う都市に向かうと言うことだった。どうもそこには”世界の害悪”の封印の管理を行っている聖女様がいて、封印についての現状報告をしに行くのだという。


封印の状態については、やはりここも弱まっているらしく、何らかの対策が必要だろうということだった。


ちなみに、聖女様と言うのは母さんの友人らしく、もしかしたら今後会う機会もあるかもしれないから、その時は母さんの名前を出しなさいと言われた。


また、これから父さんと母さんは忙しくなるかもしれないと言うことで、学院の長期休暇に実家に帰っても誰も居ないかもしれないと言われた。何か僕に知らせることがあれば、両親が学院に手紙を送ってくれるということになった。


2人からは、「次に会うときにはもっと成長しておくように」と、かなり真剣な表情で忠告された。おそらくは、例の異常な魔獣と今後も戦うことがあるかもしれないと考えているのだとう。ともすれば、両親でも倒せなかった”世界の害悪”と僕が対峙する状況もあるかもしれない。そういった可能性を考えると、確かに2人の言う通り、もっと鍛練を重ねた方が良いだろうと思った。



 そうして、出発する両親を見送り、僕達は依頼通りに遺跡の調査を継続したが、それ以降特に何も起きることはなかった。



 一週間後、規定の依頼期間が終了した事で、僕達は学院へと戻ることとなった。


そもそもこの依頼の真の目的は、僕やアーメイ先輩が救済の光と名乗る組織が追手を出す可能性があったという事と、僕の実力を知った貴族や第一王子達からの無理な勧誘合戦をさせないための根回しをする時間稼ぎだった。


現状、そっちの方が上手く行っているかは分からないが、この依頼で経験したことは、僕が成長していく上での良い糧になった気がする。何より、これからの自分がすべきことが何となく見えてきた気がするからだ。



 そして、遺跡からまた7日間掛けて学院に戻ると、まずは学院長に依頼が無事終了して戻ってきたことを伝えた。元々王女からの依頼だったことや、期日通りだったこともあってか、学院長へは簡単な報告ですぐに終わった。退出の際にギルドから預かっていたという書簡を渡され、中身を確認すると、ギルドランクの昇格に関する各種手続きの為、近い内にギルドに顔を出して欲しいということだ。


学院長室を出ると、エイミーさん達とはここで別れ、この都市にある近衛騎士の駐屯地に戻り、今回の任務に関する報告を行うということだった。僕達の遺跡調査についての報告書は、5日程度を目安に完成させて欲しいということで、後日受け取りに来ると伝えられた。



 時刻は既に夕刻、僕とアーメイ先輩は報告書の作成について、明日から学院の図書館で行う事を確認してから、それぞれの寮に戻った。すると、ちょうど寮の入り口付近に見慣れた3人の後ろ姿が目に入ったので、足早に近づいて声を掛けた。


「みんな!久しぶり!!」


「っ!!エイダ!?久しぶりだな!帰ってたのか?」


「あら、久しぶりね!元気だった?」


「しばらくぶりやな、エイダはん!依頼は無事終わったん?」


僕が声を掛けると、アッシュ、カリン、ジーアは一瞬驚いた表情をしたが、すぐに笑顔で帰ってきた僕を迎え入れてくれた。


「ははは、色々あったけど、無事に戻ってきたよ!皆はこれから夕食?」


「ああ、そうだ!エイダもこれから夕食か?」


「そうだよ。じゃあ、荷物とか置いてくるから、後で食堂に集まって一緒に食べない?」


「勿論だぜ!」


僕の提案に、アッシュは快く了解してくれた。カリンやジーアも異論無いようで、笑顔で了承してくれた。僕は足早に自室に戻ると、依頼のために持っていった諸々の荷物を床に置き、久しぶりの室内を見渡した。


2ヶ月も不在にしていたので、ホコリが積もっているかもしれないと心配していたが、意外にも部屋の中は綺麗だった。そのことに疑問を感じたが、自室の机の上を見て、すぐにその理由が分かった。


「・・・『不在の間、寮母であるメアリーちゃんが掃除しておきました。クローゼットにはフレメン商会から届いた正装を、シワにならないようにちゃんと掛けておきました。・・・あなたのメアリーちゃんより』か・・・」


机に残されていた置き手紙を見て、少しだけ苦笑いを浮かべた。確か依頼に行く前にはちゃんと鍵を掛けていったと思うのだが、どうやら寮母であるメアリーちゃんは自在に生徒の部屋を行き来することが出来るようだ。


確かに掃除してくれていたことはありがたいのだが、何となく実家にいた頃の、親に勝手に自分の部屋に入ってこられるような微妙な拒否感があった。


(まぁ、寮母としての仕事なんだろうし、しょうがないか・・・)


諦めのため息と共に、置き手紙に記された内容を確認するためクローゼットを開くと、そこには以前注文しておいた3着の正装がきちんと掛けられていた。新しい服に口許を緩めつつ、着ていた外套を一緒にクローゼットにしまい、荷物の片付けは後回しにして、僕は部屋を出て食堂へと向かった。



 食堂では既に、多くの生徒達が夕食をとっていた。僕が食堂へ姿を見せると、彼らの視線が一気に集まってきた。その表情は驚き、困惑、妬み、畏怖などの様々な感情が向けられているようだった。


そんな周囲の様子に苦笑いを浮かべながらも、アッシュ達はもう席に着いていたので、僕も皆のいる方へと足早に移動した。


「・・・何だか凄い注目されているんだけど、僕ってこんなに有名人だったかな?」


席についてから開口一番、僕は困惑した表情で皆に確認するように聞いてみた。


「はは、そりゃそうだろ!なんたって王女殿下直々の依頼を受けてるし、例の騒動でお前の実力はこの学院中に知れ渡ったからな、この反応も当然だろ?」


「エイダのお陰で私達も快適よ?ノアだからって変に絡まれることも、見下されることも随分無くなったわ!」


「ほんと?それは良かったよ!」


僕の質問に、アッシュは何言ってるんだと呆れるような表情をしていた。カリンは晴れやかな表情で、自身の周りの変化を教えてくれた。


「エイダはんが学院を出た後なんやけど、あの騒動の中にいた貴族や、エイダはんの事を伝え聞いた貴族達が、ひっきりなしに学院に情報集めに来とったで?」


ジーアが、僕が不在にしている内に起こった貴族達の様子について教えてくれた。そういった貴族の動きについては、王女が動いてくれているはずなのだが、現状はどうなっているのか心配な部分もあって詳しく聞いた。


「貴族か・・・それって、まだ僕の事について動いてる?」


「ん~、最近はそうでも無くなった感じやね?王女殿下が上手く立ち回っとるようやけど・・・ここだけの話、エイダはんを巡って第一王子が動き出すいう噂もあるで?」


「えぇ?王女殿下が上手いことしてるんじゃないの??」


ジーアの情報に、僕は目を見開いて驚く。そんな僕に彼女は半笑いになりながら口を開いた。


「貴族達は上手に押さえとるようやけど、さすがに同格の王族・・・それも次期国王争いの相手となると、そう簡単にはいかへんやろ?エイダはんも気を付けや?」


王子相手に何をどう気を付けるべきかも分からないが、相手が相手だけに、なるようにしかならないだろうなと、半ば諦め気味に大きなため息を吐いた。



 それから皆で食事をしながら、僕の受けた依頼についての出来事を話した。ただ、例の異常なベヒモスの事や、遺跡の正体についてはエイミーさん達から口止めされており、両親の事についても剣神や魔神であるということが知られると騒ぎになるだろうと考え、話せる部分だけの話になってしまった。


なので、大部分は野営に関する苦労話だとか、道中で野盗から公爵令嬢を助けた話だとか、補給した村で村長の孫から絡まれた話などだった。


「へぇ~、また色々な騒動に巻き込まれてんなぁ!」


「ほんと、エイダったら苦労人気質よねぇ。しかも、騒動を解決出来るだけの実力もあるから、これからも大変そうねぇ」


アッシュとカリンは、僕の話に他人事のような感想を漏らしていた。実際に他人事なので仕方ないことなのだが、当事者の僕にとってみれば、何もない穏やかな日常が一番なんだけど、と苦笑いを浮かべてしまう。


「それにしても、その村長の孫の名前がフレッドやなんて、親は大層な名前付けたもんやねぇ?」


ジーアの感想に、僕は首を傾げて聞き返した。


「大層な名前?」


「いやいや、エイダはん?さっきまで話題にしてた王子殿下の名前は知っとるやろ?」


「・・・・・・」


ジーアの言葉に、僕は眉間にシワを寄せつつ考え込む。


「マジかいな!殿下の名前はフレッドやで?フレッド・バーランド・クルニア!自分の国の王族の名前くらい覚えとき!?」


呆れたような口調でそう言ってくるジーアに、僕は返す言葉も無い。ただ、あのフレッド君が王子と同じ名前ということで、もしかしたらそれもあってあれほど貴族意識が高かったのではないかと納得してしまう自分がいた。


そんな事を考えながらも、ジーアの指摘も尤もな事だと頷く。彼女の話から、第一王子が動くということなら、いつか僕に接触してくる可能性があるのだから。


「そうだね、もしかしたら今後会うこともあるかもしれないし、王族や貴族の事については知っておいた方が良さそうだね」


僕がそう言うと、意外そうな顔つきでアッシュが口を開いた。


「エイダがそんなに貴族社会について興味を持つなんて珍しいな!この2ヶ月で何かあったのか?」


「はは、僕も成長したってことだよ!正直、これから貴族や王族と渡り合う可能性が高いからね。相手の事を知っておかないと、正しい判断も出来なそうだから」


そう返答する僕に、ジーアがニヤリとした表情で話しかけてきた。


「ほぅほぅ、エイダはんは将来、アーメイ先輩の為に貴族になろうとしてるんかいな?」


「いや、さすがにそこまではまだ考えてないよ?」


「ふふふ、そうかいな」


ジーアは意味ありげな視線を残して、そう呟いた。そんな僕らのやり取りを、カリンは対面に座るアッシュに一瞬視線を投げ掛けた後、少しだけ僕の事を羨ましそうに見ていたようだった。

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