第128話 遺跡調査 23
フレッド君との決闘を終え、剣を鞘に収める。彼は失神してしまったようで、地面に大の字に倒れてしまった。ただ、命に別状はなく、今はセグリットさんが様子を見ている。これで僕やアーメイ先輩に対する彼の行動が変わるのかは分からないが、少なくとも僕の実力は理解してくれたはずだ。
そして、もしこれで彼の言動が変わるなら、僕の考え方も変えていった方が良いかもしれない。正直なところ、今までの僕は学院へ入学してから周囲との力量差を肌で感じ、自分の実力が世間一般からどの位置にあるのかを何となく把握していた。それ故に、なるべく平穏な普通の生活を送りたいと考えていた僕は、周囲から貶され、見下されたとしても、その相手との実力差を理解しているからこそ、どこか他人事だった。
その為、周囲からの僕に対する言動については、それほど怒りを覚えることは今まで無かった。苛つくなぁとは思っても、それで激怒するようなことはなかった。
しかし、そんな僕の甘い対応の結果、大切な人に迷惑や被害が及ぶなら話しは別だ。例えば今回のフレッド君の暴走は、僕の実力を知らなかったが為に引き起こされたものだったのかもしれない。僕が初対面の時にその実力を誇示していたのなら、彼は納得して何もしなかったかもしれない。
これからは、自分が周囲に及ぼす影響をもっとよく考えてから行動する事にしようと決めた。
ただ、そうは言っても実力というのは何も武力だけではないはずだ。知識や立場、人脈さえもその人の実力として見ることができる。そういった部分も加味して、自分と周りとの関係性を考慮していくことも必要だと考え始めた。
(となれば、これからの僕に必要なのは、知識や経験かな?貴族になるつもりは今のところ無いけど、将来的に必要となるなら学んでおいて損はないだろう)
今回の騒動で少しだけ成長したような気がした僕は、ちょっとだけ晴れやかな気分だった。
◆
side エレイン・アーメイ
決闘が終わって戻ってきたエイダ君は、何故だか少しだけ大人びているような気がした。この決闘の影響か、ご両親と話をしていた影響かは分からないが、そんな彼の表情に、私の胸の鼓動が少し高まった。
その後、エイダ君の両親と一緒に夕食となったのだが、私とエイミーさんは剣神、魔神と謳われたお二人の存在に終始緊張してしまって、口にする料理の味も分からない程だった。
それでも、お二人は私達に気を使ってくれたようで、この依頼についての今までの出来事や、エイダ君の学院での様子についての話で会話が弾み、次第に肩の力が抜けていった。エイダ君は、両親の前でされる自分の話のせいなのか、少し照れ臭そうにしていて、そんな様子もまた可愛らしい。
それから、せっかくの機会だったので、この世界でも最高の実力者であるお二人に、普段の鍛練の方法や魔術のアドバイスについて少しだけ話を伺うこともできた。
特に魔神と謳われているエイダ君のお母様から、魔術杖についての話を聞くことができたのは幸運だった。製作には多大な集中力と最高峰の技術が必要とのことで、「売るなら1つ1億コル位ね」と冗談めかしていたが、必死に頑張れば手の届きそうな金額に、私は頭を下げてお願いした。
その魔術杖があれば簡単に強くなれるという訳ではないが、魔石の換装が不要であればその分効率化されるし、何より少しでも彼に近づきたかった。
(肩を並べるなんて贅沢は言わないけど、せめて彼から足手まといには思われたくない・・・)
そんな考え自体、途方もない願いかもしれないけど、ドンドン先に行ってしまう彼に、私は焦りを感じていた。そんな私にエイダ君のお母様は、「じゃあ、考えといてあげるわね」と微妙にはぐらかされてしまった。
夕食も終わりがけの頃、失神していたフレッド殿が目を覚ました。彼は羞恥心や恐怖、怯えといった感情がない交ぜになったような表情で、私とエイダ君に自らの勘違いによる暴走を、土下座をしながら謝罪してきた。
あの村へ向かう度に、この男のせいでストレスを募らせていた私は、正直1、2発ひっぱたこうかとも思ったが、あの決闘で彼が失禁して気絶する様を思い出し、少しだけ溜飲が下がった私は、無機質な顔を向けながら許してあげた。
エイダ君も彼に対してはもう思うところも無いようで、彼の謝罪を受け入れていたようだった。そこはもう少し私のために怒ってくれても良かったのになぁとも思ったが、これ以上追及したら、また彼が失神するかもしれないような表情をしていたので、さすがにその考えは消しておいた。
夕食も終わり、何故か後片付けは男性陣に任せることになって、私とエイミーさんとエイダ君のお母様とで温泉に入ることになった。周囲への警戒はどうするのだろうと思ったが、一緒に入浴するのは魔神と謳われた人であったと思い出し、私達はエイダ君のお母様に言われるがままに移動した。
「ふぅ~・・・やっぱり温泉は良いわね~!」
身体を洗い終わってから皆で湯船に浸かると、エイダ君のお母様は幸せそうなため息を出していた。それにつられて、私とエイミーさんも大きく息を吐き出した。今日は色々なことが一気に押し寄せてきたので、いつもより温泉が身体に染み込んでいるような気がした。
「ところで、エレインさんは
「っ!!?え?きゅ、急に何ですか?」
突然のエイダ君のお母様からされた直球の質問に、私は狼狽えてしまって上手く言葉が出てこなかった。そんな私の様子に、お母様は面白がっているような笑みを浮かべてきた。
「ふふふ、その反応で大体分かるけどね!」
「あ、うぅ・・・」
私は自分の心を見透かされていそうなお母様の視線から、逃げるように湯船の中に顔を沈めた。するとお母様の声のトーンが変わり、真剣な表情で私を見つめてきた。
「エイダの最近の様子についてはさっき聞かせてもらったけど、あの子は学院の中ではちょっと浮いてるかもしれないわね?」
お母様は彼の事を心配するようにそう話してきたので、私は湯船から顔を出し、安心させるために彼の友人についての話しをした。
「そうかもしれませんが、エイダ君には信頼できる友人達がちゃんといます。私も多少なりとも面識はありますが、皆、お互いの事を思いやれる心根の優しい者達ばかりです」
「そうなの?教えてくれてありがとう。あの子はこの歳になるまで同年代の友人なんて居たことがなかったし、私達のせいでだいぶ片寄った教育をしてきてしまったから不安だったのよ」
「そうだったんですか・・・」
エイダ君については、かなり田舎の方からの出身だと聞いたが、まさか同年の友人が全く居なかったとは驚きだった。
「さっきの決闘騒動を見ても思ったけど、やっぱりあの子にはもう少し社会を経験させておけば良かったわ。まぁ、今回のことで少しは変わるかもしれないけど」
そんなことを嘆きながら、お母様はエイダ君のものの考え方について思いを馳せていた。
元々彼は、辺境にある森の中の家で暮らしていたため、自分の実力や知識、常識などについてを相対的に見る術がなかったようだ。そんな中成長した彼は、お母様の影響もあってか、将来は安定した生活を夢見て、友人を作り、奉仕職に就くことを目指して学院へ入学したのだという。
おそらくそこで、彼は初めて自分という存在の実力を相対的に知ることになった。しかし、安定志向の彼は自らの実力を無用にひけらかせば、安定とはほど遠い生活になってしまうことを早々に理解したのだろう。
しかも、彼は学院に通うまでノアという存在すら知らず、学院の同級生や上級生からその事について蔑まれたり、見下されたりしても、どこか他人事のように見ていたのではないかということだった。
確かに彼は以前、ジョシュからあからさまな蔑みを受けたりしても、それで感情を揺さぶられているような気配は感じられなかった。苛ついている様子さえなく、面倒だというような感じだった気がする。それはたぶん、自分と相手の力量差を正確に把握できていたという理由もあるだろう。
だからこそ彼は、謂れのない蔑みや見下しなどの不当な扱いを受けたとしても、仕返しや復讐などという考えが浮かぶことなく、まるで顔の周りを飛んでいる羽虫を払い除ける程度の感情しか湧かなかったのかもしれない。
しかし、そんな彼にも激情に駆られていたことはあった。彼の友人のアッシュ君が、上級生からノアということで不当な扱いを受けていた時だ。私は直接その場面を見たわけではなかったが、あの時あの場を支配していた彼の殺気は、今思い返しても身震いするほど恐怖を感じるものだった。
そんな彼の出来事をお母様に伝えると、納得したような表情をしていた。おそらく彼は、初めて出来た友人の方が自分自身よりも大事に思っていたのだろうということだった。
そしてーーー
「エレインさん?それはあなたにも当てはまることよ?」
「私にも・・・ですか?」
突然自分に話を向けられた事に動揺してしまった。
「あの子が友人を大事に思っている事は間違いないけど、きっとそれ以上にあなたの事を大切に思っているはずよ?それこそ、あなたが傷つけられるような事でもあれば、あの子は国家でさえ敵に回しても構わない、くらいの考えをするかもしれないわね」
「ええっ!?国を敵に回すって、そんな大袈裟な!?」
お母様のあまりの表現に、私は驚きを隠せなかった。ただ、隣で一緒に話を聞いていたエイミーさんは、納得した表情でウンウン頷いていた。
「大袈裟でも何でもないわよ?だってあの子は私の息子よ?国くらい敵に回しても、どおってこと無いわよ!」
そう言われると確かにこの方達は、自分達の母国を裏切ってまで想い人と添い遂げた人達だった。しかも、お互いに上級貴族だったにもかかわらずだ。でも、2人はそれを押し通せてしまうだけの実力があった。そしてそれは、エイダ君にも言えることだろう。彼の実力を考えれば、多少の無茶や無謀は、例え相手が国だろうと簡単に押し通せてしまえそうな気がする。
(じゃあ、私はどうだろうか・・・)
もし彼が私の事を求めてくれた時、私は彼の求めに応じる覚悟はあるだろうか。彼が貴族にならなかったとしたら、私はお父様の反対を押しきってでも添い遂げる覚悟があるだろうか。私の身に起きたことで彼が怒りに任せて暴走してしまったとしたら、その結果を受け入れる覚悟はあるだろうか。彼の怒りを静めることが出来るだろうか。
そんな考えが私の中でグルグルと巡っていると、お母様は優しい表情で語りかけてくれた。
「焦らなくても大丈夫よ?私だって国を捨てる決断をした時には、少しだけ迷ったのよ?」
「・・・どうやってその迷いを断ち切ったのですか?」
私の質問に、お母様はフッと笑みを浮かべた。
「ふふふ、簡単よ。自分のこの想いが本物か確かめたの!で、あとは突き進むだけ!」
「確かめたって・・・どうやってですか?」
「・・・あの時はまだ、あの人と私は敵同士だったんだけど、お互いに何となく淡い気持ちは持っていると思っていたわ。で、戦いの中、私は試してみたの。この人の為だったら、殺されても良いかと思うかどうか」
「えぇ!?」
「それで、あの人の放った一撃が自分に迫っていた時、あぁ、自分の気持ちは本物だと分かったわ。それで力が抜けて防御も忘れちゃったけど」
「ど、どうなったんですか?」
「魔術杖を落とした私を見たあの人が、必死の形相で自分の一撃と私の間に、瞬間移動したんじゃないかって速度で割り込んできて、身を呈して私を守ってくれたわ。あの人は血塗れになりながら、『君が死んだら俺は生きていけない!!』って、私をきつく抱き締めながら叫んでくれたの」
「はぁぁ、凄いロマンティックなんですけど・・・」
エイミーさんがうっとりするような表情で、そう呟いた。そしてそれは、私も同じことを思っていた。そんな乙女心に突き刺さるような状況で、そんなことを想い人から言われたら、家も国も捨ててその人と添い遂げたいと決意してしまうだろう。
そう考えた私は、一つだけ確認したいことがあった。
「エイダ君のお母様、その・・・今、幸せですか?」
「ええ、とってもね?」
私の質問に満面の笑みで答えるお母様の様子を見て、私は覚悟云々の前に、まずは自分自身が騎士としても、人としても、女性としても、彼の隣で胸を張って立っていられるような存在になろうと決意した。
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