第105話 決勝 15


side クリスティナ・フォード・クルニア



「では王女殿下、失礼します」


「はい。お時間を頂き、ありがとうございました」




 エイダ様とエレイン様が部屋を去っていき、わたくしは安堵感と共に大きく息を吐き出しました。


「・・・一先ずは、友好的にお話が進みましたね」


私は前を向いたまま、背後に控えるエリスに向けて話し掛けました。彼女もこういった場合は自分に向けて話し掛けられているのは分かっていますので、困惑することなく口を開いてくれました。


「はい。おそらくですが、今の時点で殿下に対して悪い感情は持っていないように見受けられました」


「エイダ様が他の貴族のように、感情を表に出さない方だという前提ではありますが・・・エリス、例の件はどうでしたか?」


わたくしは話題を変え、一時的にこの部屋を出た際に彼女に命じて確認させるようにしていた情報を報告するように尋ねました。


「はっ!現在確認されている犠牲者は26名。全て王子の派閥からこちらへ鞍替えを検討していた貴族家の方達でした」


「そうですか・・・では、やはりあの組織による騒動は、お兄様も一枚噛んでいるのでしょうね・・・」


「・・・確証はありませんし、証拠も残してはいないでしょうが、おそらくは・・・」


「そうなると今回の件は、お兄様のわたくしに対する恣意行為でしょうかね・・・」


「はい。裏切りを表明した貴族は、おそらくこちらの派閥から王子派閥へ鞍替えしようとする者達だったと思います」


わたくしの考えにエリスも同意して、襲撃した組織へ裏切った者達の素性を推察してくれました。


「お兄様としては、あのような組織も利用する力もあると見せつけ、こちらを動揺させようということですか・・・」


「可能であれば、そのままこちらを排除できてしまっても問題ない位は考えていたと思われます」


「そうね。それであの中途半端な襲撃ということになったのでしょう」


あの組織の実力があれば、完全に油断したところを無差別に攻撃することで、今回の犠牲者の比ではない損害を出すことも可能だったはずです。そうでなかったのは、お兄様が裏で糸を引いていたことが原因でしょう。それと、組織にとっては自分達の背後には王族が居るというメッセージも含まれていそうです。


「はぁ・・・エイダ様のお耳には入れたくないですね。王位継承争いの巻き添えになったとなれば、王族全体に対して否定的な考えを持たれるかもしれませんし・・・」


わたくしは暗鬱とした感情を隠そうともせずに、エリスに弱音を吐いてしまいました。そこには、この事をエイダ様にお伝えすることで信頼を得た方が良いか、それとも隠すことで王族の印象を良く保とうとした方が良いのかの判断に迷いがあったからです。


「・・・彼のクラスメイトには、情報に聡い商人の娘が居るとの事ですので、そこから情報が漏れるよりは、こちらから誠意を見せた行動を取るのが最良かと考えます」


「そうですか・・・では、後日エイミーさんに持たせる依頼の詳細に、調査結果としてお伝えしておきましょう。ただ、お兄様の名前は伏せて、あくまでも王位継承権に関する策謀の可能性があったと匂わせるに留めて下さい」


「畏まりました。そのように手配いたします。それと、彼らに依頼する件は、どこまで内容を開示いたしましょうか?」


エリスの言葉に少し黙考したわたくしは、現在把握している情報の半分を載せるように指示を出すことに決めました。


「あの遺跡周辺では、まだ目立った動きはないようですので、それほど危険は無いはずです。基本的には、エイダ様のその実力を目にしてしまった貴族達の彼に対する視線が冷めるまでの期間、この都市を離れてくだされば十分ですので、遺跡の詳細はぼかして下さい」


「畏まりました。では、調査については周辺を見回り、目立つ異常が無いか確認する程度にしておきましょう」


「そうですね。エイミーさんには、彼らが遺跡の中に入らないよう伝えてください」


「承知いたしました。彼女には良く言い聞かせておきます」


わたくしの言葉に、エリスは引き締まった表情を見せました。彼女は少しうっかりさんな性格をしているのでエリスの心配も分かるのですが、彼と面識があることと、そのうっかりな性格をおそらく彼も知っていることから、彼女の性格を逆手にとって、こちらに対する信頼感を上手く誘導出来ないかという算段があるのです。


「彼女に渡す情報はお願いしますね?」


「はっ!もちろんです!」



 エリスの返答に、わたくしの意図が正しく伝わっていることを確認して、少し気になっていた事を確認します。


「ところで、あのお二人は婚約なさってはいないのでしょうか?」


「は、はぁ・・・、先程の様子を見る限り、そういった関係ではないようかと・・・」


「そうなのね・・・お互い気持ちは同じようでしたのに、家柄かしら?それとも年齢?もしかして、お二人の関係を阻む何か大きな壁があるのかしら!?」


昔から自分が自由な恋愛ができない分、どうしても他人の色恋沙汰には興味津々になってしまうのですが、それを幼い頃からよく知っているエリスは、興奮し出したわたくしのようすに呆れの表情を見せつつ口を開きました。


「殿下・・・他人の色恋より、そろそろ自分の事をお考えになって下さい」


「むぅ、そんなこと分かってます!でも、そう簡単にいかないことくらいエリスも分かっているでしょう?」


「だからこそです!殿下は今年16歳になって成人となりましたので、早めに身を固めなければ、要らぬ横槍を入れられてしまいますよ?」


エリスの指摘は、お兄様の派閥から送り込まれてくる縁談の話を指しているのでしょう。確かに、成人する前から多くの有力貴族の息子さんとの縁談を申し込まれてきましたが、よくよく精査すると、お兄様の派閥の者だったり、親は優秀でもお子さんはさっぱりだったりと、わたくしの旦那様となれる器の方が皆無だったのも事実です。


「はぁ・・・いっそ、隣国との和平の為の政略結婚にこの身を使いましょうか・・・」


ため息と共に漏らしたわたくしの言葉に、エリスは悲しげな声で応えてくれました。


「自分の事を、そんな物みたいに仰らないで下さい。いつか殿下にも、理想の男性が現れますから・・・」


「ありがとうエリス。そんな男性が現れてくれたら素敵よね?本当に・・・」


「・・・・・・」


女性としてのわたくしが願う理想の男性と、この国の為政者の立場として考える理想の男性がかけ離れていることを、幼馴染みのエリスはよく知っている。だからこそ、彼女はこの話題についてこれ以上何も話そうとはしませんでした。




side ジョシュ・ロイド


 【救済の光】の構成員と一緒に学院を脱出した俺様は、平民街にある古ぼけた屋敷の一室に通された。応接室のような部屋には値が張りそうなソファーとテーブルが置いてあり、屋敷の外観に反して内装は、どこぞの貴族家のような高級感が漂っていた。



(くそっ!次期侯爵である俺様が、何でこんな目に合わなきゃいけないんだ!!)


この部屋でしばらく待つように言われた俺様は、ソファーに座りながら先程まで自分の身に起きた出来事を振り返る。既に肩の傷は渡されたポーションで癒していたが、まだ痛みがあるような錯覚に囚われていて、槍で刺された場所を無意識に擦ってしまう。


(これも全てあの小僧のせいだ!エイダ・ファンネル、絶対に許さん!奴さえ居なければ全て上手くいっていたはずだ!エレインも手に入り、順風満帆な将来が約束されていたはずだ!!)


俺様をこんな状況に貶めた元凶である奴に対する憎しみは、時間を経過するごとに強くなっていく。それと比例するかのように、自分の手に入らなかったエレインへの渇望が湧き上がってくる。


(奴さえ殺せば、エレインは俺様のもの!奴さえ殺せばエレインは俺様のもの!奴さえ殺せばエレインは俺様のもの!・・・・・・)


『コンコン』


「失礼するよ?」


心の中で呪詛を吐くように呟いていると、扉をノックする音と共に、一人の男が入室してきた。それは一目で仕立ての良い高級なものだと分かる黒いスーツに身を包み、金髪をオールバックにした40代くらいの男だった。


「初めましてジョシュ・ロイド君。私はザベク・アラバスだ。この【救済の光】クルニア共和国支部のまとめ役をしている者だ」


「・・・初めましてアラバス殿。私はロイド侯爵家嫡男、ジョシュ・ロイドです。この度はご助命頂き感謝申し上げる」


「構いませんよ。こちらにも益あってのことです」


「益・・・ですか?」


「えぇ、そうです」


俺様は言外に、その益とは何なのか話してもらおうとするが、彼は柔和な笑みを浮かべるだけで話すつもりは無いようだった。とはいえ、助けを求めてこの組織に加入した以上、何らかの行動を求められると考えた俺様は、まずはその事について確認することにした。


「それで、この組織が私に求めているのはどのような事ですか?」


「実はまだ詳細に決まっていないのですよ。戦力として迎えるか、軍務大臣であり侯爵家の息子さんという立場を利用して情報収集にあたってもらうか・・・検討中なんです」


笑顔で話す彼は、どことなく掴み所がないというか、本性を隠すのが上手いという印象を抱かせる存在だった。そこで俺様は、少し難題を吹っ掛けて相手の出方を探ろうと考えた。


「あの状況で助けていただいた恩は必ずや返しましょう。ただ、私はどうしても始末をつけねばならない男が居るのです。それは、組織に所属していても許されるのでしょうか?あるいは、ご助力願うことは可能でしょうか?」


「おぉ、そうですか!その男というのは、エイダ・ファンネルという少年ですかな?」


この部屋に来る前に、予めどのような経緯があったかの報告は受けていたのだろう、彼は芝居がかった言動で俺様の憎い人物の名前を言い当ててきた。


「はい、その人物に相違ありません」


「この組織に所属している以上、我々とあなたは仲間同士です。協力するのは惜しみませんが・・・報告を聞く限り、今のあなたや我が組織の戦力ではかなり苦戦を強いられそうな存在ですね・・・」


「それは・・・し、しかし、王女が奴を囲い込むような事になれば、あなた方の組織にとっても痛手になりましょう?」


奴を排除する事に対して否定的な言葉が返ってきたことで、何とかこの組織の協力を得られないかと思考を巡らした。


「確かにそうですね。我々がこの世界を浄化するのには、破壊と創造が必要不可欠。ですが、あの女は争いを事前に止めようとしてしまう。それではダメなのですよ・・・」


「・・・なるほど。では、奴を囲い込んで王女の派閥が戦力を増強してしまうのは避けるべきでしょう。あの力を対外的に見せつけられては、戦いを止める抑止力になりかねませんからね」


「ジョシュ君は早急に手を打つべきだと言いたいのですね?」


「はい。一刻も早く」


「・・・良いでしょう。ただし、何の準備も無しにという訳にはいきませんからね。戦力を十分整えてから動きましょう。それで良いかね?」


「戦力の調達は当然の考えだと思います。私もこの組織の一員になったからには、可能な限りご助力致します!」


「えぇ、期待していますよ?ジョシュ・ロイド君?」


ザベク殿は、考えの読めない暗い笑顔を浮かべて俺様を見つめていた。何か企んでいるようなその笑顔に嫌な汗が背中を流れるが、今さら後には引けない。


(ふんっ!既に俺様にこれ以上失うものなど無い!この組織もせいぜい利用するだけ利用してやるさ!)


俺様は今の窮地を、この組織を利用することで上手く切り抜けようと考えていた。元々ロイド家は王子派閥だ。俺様の力で王女の勢力を削ぐことが出来れば、父上が上手いこと手を回して、廃嫡を無かったことに出来る可能性も十分ある。


(そうだ!俺様はこんなところで終わっていい人間ではない!!絶対に返り咲いて、輝かしい未来を掴み取る!!!)



 俺様は自分が利用する側の人間だということに、微塵も疑いを抱くことはなかった。それは、王女に自らの行いを糾弾され、実の父親から廃嫡を言い渡された今でも変わることはない。それが今までロイド家の次期当主として生きてきた俺様の当たり前の考え方だったからだ。


しかし、俺様はこの時気づくべきだった。俺様を見るザベク殿の視線に込められた、憐れむような感情があることに。

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