第102話 決勝 12

 会議室への移動中、僕はずっと持っていた白いローブをどうしようかと思い、少し前を歩くエリスさんに聞いてみたが、「戦利品として君が貰っても構わないぞ?」と言われた。


ただ、認識を阻害するならまだしも、逆に注目を集めるような物は正直言って要らなかったが、そんな僕の考えを察したように「魔道具だから、売ればそれなりの値段になる」とエリスさん言われ、貰っておくことにした。



そして、校舎の3階にある会議室へ着くと、案内を終えたエイミーさんは王女に敬礼をして去っていった。王女は扉の前に2人の騎士を残し、残りの騎士と中に入っていくと、そこには6人掛けの大きめなテーブルが置かれていた。ただ、王族という立場の者が使う部屋にしては、小ぢんまりとした印象だった。



「御二人ともどうぞ、お掛けください」


 対面に王女が座ると、エリスさんとクローディアさんはその背後に控えた。僕とアーメイ先輩は遠慮がちに腰を下ろすと、王女は僕らが着席したのを確認してから口を開いた。


「エイダ様、この度はこの学院の生徒のみならず、多くの人々をお救いくださり感謝いたします。また半年ほど前、わたくしの乗る馬車が盗賊に襲われていた際にも御助命していただいたことにも、深く感謝申し上げます。その節は姿を見せることができずに申し訳ありませんでした」


開口一番、王女は頭がテーブルに着くのではないかというくらい深々と頭を下げて、感謝と謝罪の言葉を告げてきた。やはり、あの時馬車に乗っていたのは王女だったようだ。


「っ!?殿下!頭をお上げください!王族であるあなたが、そのように軽々に頭を下げてしまわれると、他の者からあらぬ誤解を招きます!」


そんな王女の対応に一番驚いたのは、隣に座るアーメイ先輩だった。王族の彼女が頭を下げるというのは、それほどの大事なのかと先輩の様子から察したのだが、当の本人は全く気にしていないどころか、本来であれば王女のその行動に驚きを露にするだろう近衛騎士のエリスさん達も表情を変えていなかった。


「アーメイ様、これはこの国を治める者の血族として、また、彼に命を助けられた者として当然の行動です。それに、今この部屋にはわたくし達しかいませんし、何か問題がありますか?」


「あ、いえ、それは、そうなのですが・・・」


微笑を浮かべる王女からは、強い意思を感じる。見た目は人形のような美しい女性なのだが、その芯には揺るぎ無い確固とした考えがあるように見えた。そんな王女の迫力にアーメイ先輩も、それ以上言葉を続けることが出来なかった。


(これが王族か・・・そこら辺の貴族と違って、色々と背負うものと覚悟があるんだろうな)


とはいえ、少し微妙な空気になってしまったので、雰囲気を変えようと試みる。


「感謝には及びません。言ってみれば、僕は僕のやりたいようにしたといっても過言ではないですから」


「ふふふ、エイダ様はアーメイ様にお優しいのですね?少し羨ましいです」


「えっ?あっ、いえ、そんなことは・・・」


王女の僕をからかうような言葉に目を泳がせていると、王女の後ろに控えるエリスさんが「ごほんっ!」と一つ咳払いをした。


「あらあら、すみません。わたくし、甘酸っぱい青春物語に憧れがありまして。この身分では自由に誰かを好きになることも叶いませんから・・・」


一瞬だけ見せた王女の寂しげな表情に、アーメイ先輩と自分の状況を重ねてしまった。


(やっぱり、ある程度の立場の人間は、自由な恋愛もままならないんだな。身分か・・・今の僕ではまだ先輩とは不釣り合いだよな・・・)


そんなことを考えていると、王女は居住まいを正して話を元に戻した。


「さて、エイダ様にご足労願ったのは感謝を伝える事と、もう一つ重要なことがあります」


「重要なことですか?」


王女の言葉にオウム返しをしながらも、報奨か何かだろうと当たりをつけていたのだが、その口から出てきたのは、僕にとって予想外の言葉だった。


「はい。エイダ様の立場を明確にしなければならないということです」


「・・・???」


全く予想していなかった言葉に、僕は首を傾げながらその言葉の意味を探ろうとしたのだが、残念ながらどれだけ考えてもよく分からなかった。代わりに口を開いたのは、隣に座るアーメイ先輩だった。


「で、殿下、それはエイダ君を王女殿下の派閥に取り込む、という意味でしょうか?」


先輩は先程の事もあり、恐る恐るといった様子で、言葉を選びながら不敬になら無いように気を付けて話していた。


「アーメイ様?そんなに気を張らなくても良いですよ?私としてもお二方とは今後、良好な関係を築いていきたいと考えていますので」


先輩の言葉に王女は笑顔のままそう言った。その言葉を聞いて先輩は、少し肩の力が抜けたようだったが、表情は未だに固いままだった。


「あの、王女殿下の派閥って何の事ですか?」


僕は先輩の言葉を引き継ぐように、疑問に思ったことを質問した。王族に対して敬語が上手く話せていない自覚はあるが、王女はそれに気にすることなく答えてくれた。


「まず誤解がないようにお話ししますが、わたくしはエイダ様を強制的に自分の派閥に取り込もうとは考えていません。先程の立場を明確にするということの真意は、実はエイダ様に訪れる今後の状況を考えてのことです」


「えっと、その話の様子だと、僕の今後に何か良くないことが起こるように聞こえるのですが・・・」


僕の勘違いであって欲しいという僅かばかりの期待を込めて聞いたのだが、王女の口から出た言葉は、僕の願望を打ち砕くものだった。


「残念ですが、エイダ様の仰る通りだとわたくしは考えています」


「その・・・理由をお伺いしてもよろしいでしょうか?」


「はい、勿論です。既にエイダ様も認識しておいででしょうが、その実力はSランク相当と考えられます。年齢やどこの組織にも所属していないという現状を考えると、どこの貴族や王族でも欲する人材であるということは間違いありません」


王女からそう指摘されると、確かにそうだろうなと自分でも納得できてしまう。しかも、この対抗試合では有力貴族の当主も多数来ていたことを考えれば、その目の前で結構な実力を披露してしまった僕は、格好の的になってしまったということだ。


「つまり王女殿下は、これからエイダ君の争奪戦が始まる前に、何処かしかの立場に彼を据えて、その争奪戦を回避しようと考えておられるのですね?」


アーメイ先輩が僕に変わって、王女が言わんとしている内容を分かりやすく解説してくれた。


「ええ、その通りです。これほどの実力者となると、下手をすれば内戦を招く可能性すらある争奪戦をわたくしは危惧しております」


あまりに突拍子もない王女の考えに、つい素で驚いてしまった。


「な、内戦なんて、そんな大袈裟な!」


「いえ、決して大袈裟などではありませんよ?アーメイ様も、それはお分かりでしょう?」


真面目な表情でそう言う王女に、アーメイ先輩も静かに頷いていた。それでも納得が出来ない僕は、王女にその理由を訪ねると、この大陸の現状と、併せてこの国の現状について簡単に語ってくれた。



 曰く、この大陸では数年毎に大きな戦争が続いている。この事については、僕も知識として知っていた。ただ、その原因についてはよく知らなかったが、今も戦争が続く大きな理由としては、資源と労働力と言われているらしい。


このクルニア共和国は、2つの国に挟まれるような場所に位置している。西にある魔術を是とするオーラリアル公国は人口約900万人、東にある剣術を是とするグルドリア王国は人口約1000万人、対して共和国は約700万人となっている。


また、3つの国の国境は2つの大きな山脈によって隔たれており、その山脈からは貴重な鉱石等が算出されるのだが、その採掘を巡っての争いが絶えないのだ。


その為、人口差による生産力の増強策と、鉱石等の採掘権を争う国同士の戦争がこの大陸では数百年続いているのが現状だ。



 そんな状況で、この共和国の指針として2つの考え方が示されている。1つは、軍備を増強し戦争に打ち勝つ軍事力でもって国を豊かにしていこうとする思想。


もう1つは、平和的な外交手段でもって各国と和平条約を結び、互いに手を取り合って各国ともに豊かに発展していこうというものだそうだ。


現在の主流派は前者の軍事増強派で、平和派との勢力比は3:1といった状況らしい。


問題は、この状況が僕にどう影響してくるのかということなのだが、当然ながら主流派にとってみれば軍事力強化の観点から、僕のような常識外の実力をもった人材は喉から手が出るほど欲しい存在になる。


また、この派閥に所属する貴族にとってみても、僕を取り込むことが出きれば、派閥の勢力増強に大きく貢献したとして、その出世が約束されるも同然と考えられるらしい。


その為、このままでは有力な貴族達の勧誘合戦が始まり、下手をすれば栄達を目論む同じ派閥の貴族同士の争いから、内戦に繋がる可能性も危惧されるということだ。



「・・・というのが、この大陸とこの共和国の現状なのです」


語り終えた王女は、申し訳ない表情で俯いていた。僕には未だに現実味はないが、隣で一緒に話を聞いていたアーメイ先輩の表情を見るに、起こり得る未来なのだろうと理解した。


「お話は分かりました。ただ、急にそう言われても、僕は今後どうしたらいいのかが分からないのですが・・・」


話が分かったからと言って、ただの平民である僕が何か出来るわけでもない。その為、今後の自分がどうあるべきかを確認したかった。


「エイダ様の実力をこの目で見る前までは、爵位を与えることで周りの貴族を牽制できるかと考えていたのですが・・・」


いつか先輩のお父さんから提案された話だったが、あの時は僕の方が貴族に拒否反応があって断ってしまっていた。ただ、それでも十分ではないようで、王女は言葉を続けた。


「実を申しまして、軍事増強派の筆頭はわたくしの兄である、フレッド第一王子なのです。その為、貴族に叙爵したとしても、王族であるお兄様からの勧誘は止められず、余計に危機的な状況になってしまうと考えられます・・・」


深刻な表情で話す王女に、その理由を聞いた。


「あの、王子殿下だと、何故余計に危ないのですか?」


「もし、お兄様がエイダ様の実力を知って自身の派閥に取り込んだとすれば、早ければ1、2年の内に隣国に戦争を仕掛けるからです」


「えっ!!?」


王女の言葉に僕は驚きの声を上げた。それはまるで、僕の存在が戦争を起こす切っ掛けのように聞こえたからだ。


「殿下、さすがにそれは・・・」


僕の困惑が先輩も伝わったのか、王女の言葉を諌めようとしてくれた。


「あくまで可能性の話ですが、エレイン様もお分かりでしょう?魔術騎士団団長のご息女である、あなたなら?」


「・・・・・・」


王女の問い掛けに、先輩は無言で顔を顰めた。先輩の家は実際の軍事力を指揮する立場にある家柄だ。であれば、その軍事力を利用しようとする者の考えも分かるということかもしれない。


「アーメイ先輩?」


そんな、無言になってしまった先輩を心配して声をかけた。


「・・・すまない。エイダ君が悪いわけでは決してないが、王女殿下の指摘することも最もなのだ。君の力を手に入れようと国内で争いが起こるかもしれないという指摘も、その後に他国に対して争いを起こそうとするかもしれない指摘も、現実になる可能性が・・・高い」


「・・・そうなんですか」


先輩の言葉にどう返答したものか分からず、そうとしか言えなかった。


「すまないなエイダ君。事が王族ということになれば、私やアーメイ家ではどうすることも・・・」


「そんな!先輩が気にすること無いですよ!そもそも僕の問題ですから」


暗い表情で謝ってくる先輩に、僕は全力で気にしないで欲しいと、その言葉を否定した。


「エイダ君・・・」


そんな僕の言葉に、先輩は余計寂しそうな表情を浮かべていた。


「あらあらエイダ様。自分の事を想ってくれる女性を突き放すのはいけませんよ?」


その様子に、王女が少し砕けたような仕草で割り込んできた。


「いえ、僕は別に先輩を突き放してなんかーーー」


「あなたは関係ない、という事を言われてしまえばそう思ってしまいますよ?女心は繊細なのですから」


ウィンクをしながら人差し指を立てて僕の前に向けてくる王女は、今までの印象とはかけ離れた、ただの女の子のようだった。


「う゛、う゛ん!!」


そんな王女の様子に、後ろに控えているエリスさんが半眼で咳払いをしていた。


「あら、わたくしったらすみませんね。色恋沙汰りには敏感になってしまっていて」


悪戯がバレた子供の様な表情をした王女は、姿勢を正して真剣な表情になると、最初の話に話題を戻した。


「さて、話が長くなりましたが、当初にお伝えしたように、エイダ様の立場についてわたくしから1つ提案があるのですが、お聞きしていただけませんか?」


王女の言葉に、僕と先輩は息を飲んでその提案がどういったものか耳を傾けた。

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