第101話 決勝 11

「ふぅ・・・」


 紫色のオーラを身に纏い、ある程度襲撃者達を薙ぎ倒した僕は、降参するように裏切った人達が両手を上げ始めた様子を確認して一息吐いた。


目の前には三々五々、屍のように倒れ伏している組織の人や裏切り者達が苦痛を押し殺したような呻き声を上げている。


ただ、油断は出来ない。既に大勢は決した状況でも、そんな気の緩みを的確に突いてくる実力者もいる。そう考え、敵の魔道具の影響がないように、僕は視界を閉じて周囲の気配を探ることに集中していると、観客席の辺りでコソコソと動く人物の存在を感じ取った。


(あの場所・・・白コートの男が居た辺りか。自分は指揮官では無いような口ぶりだったけど、あの魔道具は面倒だ。組織の男ごと回収しておこう)


そう考え観客席の方へ視線を向けると、案の定、白いローブを着た男と目が合った。ひきつった表情を浮かべる彼は、慌てたようにローブを裏返そうとしていた。その行動に訝しむ。


(魔道具の効果を発動させようとしている?何故?意識を自分に引き付けたら逆に逃げられないのに・・・)


疑問に思うも、相手の真意は不明だ。ただ、逃がすわけにはいかないので、僕は即座に動き出した。今の自分の身体能力をもってすれば、この演習場内の端から端でも一瞬で移動することが可能だ。


刹那の内に男の眼前に迫り来ると同時、魔道具の効果が発動したようで視線が引き付けられると、男は足元に転がっていた拳ほどの大きさの玉を踏み潰した。


『キーーーーーン!!!!』


「っ!!ぐあぁ!!」


突如、強烈な閃光と耳をつんざく甲高い爆音が辺りを包んだ。魔道具の影響で視線が引き付けられ、その光をまともに目にしてしまい、視覚と聴覚を封じられてしまった。


(閃光玉かっ!!でも、見えなくても気配はわかる!)


相手の気配に意識を凝らせば、僕の横をすり抜けて逃げようとしている男の気配を察知した。


「逃がすか!!」


スレ違い様、目を閉じたまま手を伸ばして奴を捕まえようとした瞬間、閃光玉の影響か魔力と闘氣のバランスが崩れたようで、抗い難い頭痛が僕を襲った。


「っ!!ぐぅぅぅ・・・」


意識を保つのも難しい程の頭痛に歯を喰いしばりながらも、伸ばした手を握り締めるが、ローブを掴む事しか出来なかった。


「チッ!」


ローブを掴まれた事で、男は舌打ちをしながら強引にそのローブを脱ぎさり、そのまま逃走してしまった。直ぐにオーラを解除したのだが、行動を阻害している頭痛は中々消えずに地面に膝を着き、痛みが引くまで動けなかった。


(くそっ!逃がした!!)


僕は握り締めた白いローブを見つめながら、心の中で悔しがった。




 そうして、僕の倦怠感や頭痛が薄れる頃には、今回の騒動もほとんど終息していた。


周囲では騎士の人達が裏切った貴族やその護衛らしき人達を拘束したり、怪我人をポーションや聖魔術で癒していた。治療している中にはメアリーちゃんも含まれていて、額には玉のような汗をかいていた。


見れば、聖魔術を使用しているのはたったの2人しかいなかったので、いかに聖魔術を使用できる存在が貴重かを物語っていた。


僕も治療に加わった方がいいかと考えたが、一先ずアーメイ先輩の無事を確認するため、学院の生徒達が集まっているところへと向かった。



「エイダ!無事だったか!?」


生徒達が集まっている場所に近づいていくと、最初に僕を見つけて駆け寄ってきたのはアッシュだった。


「大変な事に巻き込まれたけど、大事にならなくて良かったわね!」


「大した被害がなくて良かったわぁ!エイダはんも、ウチには何がどうなったのかよく分からへんかったけど、とにかく凄かったわ!」


続けて、アッシュの背後からカリンとジーアが話し掛けてきた。3人とも先の騒動の間は、一緒に行動をしていたようだ。


「皆も無事なようで良かったよ!こっちの方には襲撃者は襲ってこなかったの?」


「ああ!幸いなことにな!」


「もしかしたらエイダの実力に驚いて、私達に構う余裕が無かっただけかもしれないけどね?」


「ホンマそうやね!ウチらの周りに居た生徒達も、みんなエイダはんの様子をポカンと大口開けて見とったで?」


僕の質問に、みんな興奮したように矢継ぎ早に答えてくれた。その様子から、僕が単身で襲撃者達や裏切った貴族達を薙ぎ払っていた様子に、驚きを隠せないようだった。


「ははは。まぁ、被害があまり出ないようにと思って、僕がエリスさんに提案したんだけど、上手く行って良かったよ」


「自分で提案してたのか!?ははっ!さすがとしか言いようがないな・・・」


僕の言葉を聞いて、アッシュが目を丸くして驚いたかと思うと、すぐに呆れたような表情をしていた。


「もう、エイダを同じ人間と考えるのは無理があるわね」


「せやねぇ。元々常識から外れかかってたけど、もう完全に別の世界の住民やね!」


「いやいや、そんな人外の生物みたいな言い方しないでよ!?僕より強い人なんて普通に居るんだから!」


「いや、あり得ないだろ?エイダの実力は、既に現役の騎士団員のそれを遥かに上回ってるんだぜ?そんな存在がホイホイ居てたまるか!」


アッシュは僕の言葉を冗談と受け取ったようで、笑いながら反論していた。とはいえ、この学院に来る前までは、実際に両親の足元にも及んでいなかった。多少成長したからといっても、あの境地に辿り着くにはまだまだ遠い道のりだと思っている。


「いやいや、本当に!僕なんて、父さん母さんの足元にも及ばないから!!」


「まぁ、幼い頃に感じた親の実力は、いつまでも強く印象に残るよな・・・」


遠い目をしながらそんな事を言うアッシュは、どうやら僕の言葉を幼い頃の経験が美化されたように印象に残っているだけだろうと捉えたようだ。ここでその事について言い争っても仕方ないので、それ以上言うのは止めておいた。


(それに、あの紫のオーラも今の状態だと欠点ばかりだからな。せめてあの倦怠感と頭痛を感じないようになるまで精密に制御出来ないと、強敵相手には隙を晒す事になる・・・)


ふと、あの状態で父さんと打ち合ったらどうなるだろうかと考えてみたが、頭痛で痛みを感じた次の瞬間には、父さんに吹き飛ばされている未来しか想像できなかった。



 そんな感じで皆と少し話をしたが、アッシュのお兄さんの事については誰も話題にしなかった。アッシュの様子を伺っていたというのもあったし、話題にし難い内容だったのでみんな避けていたというのもある。


「ところで、アーメイ先輩がどこに居るか知ってる?」


話も一段落したところで、僕は周囲を見渡しながら先輩の居場所を訪ねた。


「先輩やったら事態が落ち着いたのを見て、王女殿下の方へ向かって行ったで?」


「エイダ、先輩は無事だったから安心しなさい?」


「まさか、あの先輩が自分の爵位を賭けてお前を擁護するなんて・・・想われてるなぁ」


僕の質問に、みんなニヤケた表情をしていた。アッシュに至っては意味深な事を口にするので、先輩が僕を庇ってくれたあの時の意味について聞いてみた。


「アッシュ、その・・・爵位を賭けるってどおいう意味なの?」


「ん?そうか、エイダは貴族のそういったことは知らないよな・・・まぁ、それは本人から聞いた方が良いと思うぜ?」


「確かになぁ。まぁ、あの先輩が素直にエイダはんに教えるかは分からへんけどなぁ?」


意味ありげにそんなことを言うアッシュとジーアに、ため息を吐いて了承の意を返す。


「分かった、分かった!直接先輩に聞いてみるよ。あの時のお礼もしたかったし」


そう言い残して僕はみんなから離れ、王女が居るであろう近衛騎士の人達が集まっている場所へと足を向けた。



 その一画では、数人の近衛騎士と王女、そしてアーメイ先輩が何やら話し込んでいた。


「っ!エイダ君!無事かっ!?どこも怪我はないかっ!?」


先輩は何か話をしていたにもかかわらず、僕の姿を見つけて一目散に駆け寄ってきて、ペタペタと僕の身体を触りながら心配した様子で体調を気遣ってくれた。


「あ、ありがとうございますアーメイ先輩。身体はどこも異常は無いですよ!」


「そうか、私は遠目にしか見えなかったが、君が苦痛に顔を歪めているような表情をしていた気がして心配だったのだぞ?」


「あ、あぁ、あの状態はまだ僕も制御できていないと言うか、身体に負荷が掛かるというか、とにかく怪我はしてないので大丈夫です」


「そうか、良かった・・・それにしても、君が見せたあの紫の闘氣のようなものは、いったい何だったのだ?」


先輩は僕の言葉に安心した顔をすると、興味深げな表情であの紫のオーラについて聞いてきた。別に話しても良いとは思うのだが、周囲に大勢の人も居る中で話して良いものなのかどうか気掛かりだった。


そんな事を考えていると、4人の近衛騎士を引き連れた王女が僕達の方に歩み寄ってきていた。


「失礼。エイダ様、アーメイ様?わたくしもお話をしてよろしいでしょうか?」


「っ!で、殿下!失礼な真似をしてしまい申し訳ありません!」


「良いのですよ?アーメイ様にとってエイダ様は大切な方のようですし、彼もあなたをその様に想っているご様子。わたくしもこの状況で話を遮るのは無粋かと思いましたが、時間も限られておりますので・・・」


どうやらアーメイ先輩は話の途中で僕の方へと来てしまっていたようで、青い顔をしながら謝り倒していた。王女はそんな先輩の行動を、笑顔を浮かべながら許していた。


(王族なのに、全然傲慢さといったものが感じられないな。それどころか懐も深い・・・何で貴族は偉そうに振る舞って、王族である彼女は逆にこんなにも謙虚なんだ?)


王族と貴族のちぐはぐな印象に戸惑ってしまうが、全ての貴族が傲慢ではないように、全ての王族もまたしかりだろうと考えて、その疑問は一旦保留した。


「殿下!学院の応接室をお借りしましたので、私がご案内いたします!」


そんな中、エイミーさんが駆け寄ってきて、綺麗な騎士礼を見せながら部屋を借りてきたと報告してきた。わざわざ応接室を借りてまで話をすると言うことは、何か内密にしなければならない事を話すのだろうかと勘ぐってしまう。


「ありがとうエイミーさん。エイダ様?お時間を少し頂いてもよろしいですか?」


王女のお願いを断れるわけもなく、僕は頷く。


「分かりました。えっと、アーメイ先輩は?」


「アーメイ様ですか?そうですね・・・」


王族と一人で話し合いに向かうのはハードルが高過ぎると考えた僕は、申し訳ないと思いつつも先輩も同席出来ないか王女に聞いてみた。王女は人差し指を頬に当て、可愛らしく小首を傾げながら思慮していた。アーメイ先輩は少し驚いた様子を見せながらも、僕の真意を察したのか、笑顔を向けてくれた。


「今回の件、アーメイ様も全く無関係と言うことでは無いですし、同席を認めましょう」


王女の言葉に胸を撫で下ろすと、エイミーさん先導の元、僕達は場所を移した。

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