第96話 決勝 6
◆
side ジョシュ・ロイド
(おかしい、おかしい、おかしい、おかしい・・・)
俺様は今、自分の目の前で繰り広げられている状況が理解できなかった。いや、したくなかった。
途中までは良かった。俺様の計画通り、奴が大勢の人間を殺したかのような噂をあらかじめ流し、それを裏付けるような今回の告発で一気に噂の信憑性を増し、更に王女殿下が奴に制裁を下すことで、社会的にも身体的にもこの世から消すことが出来ると見込んでいたのに、蓋を開けてみてどうだ。
(何故こうなっている!?王女も独自に調査していただと?こんな平民のノアごときに、何故王族がでしゃばってくるのだ!?)
想定外の流れに混乱と動揺が収まらないが、それを表情に出す訳にはいかない。俺様は努めて冷静に事の推移を見つめているフリをしていた。
(あの報告書・・・いったい何が書かれている?どこまで俺様の行動がバレている?父上を舞台に上げて何を話そうというんだ?)
王女の後方に見えるあの店主の怯えた様子から、まだ口を割ってはいないだろうが、何か弱味を握られているのは間違いないだろう。最悪の場合、俺様が依頼した内容を白状する恐れすらある。今すぐあのデブを始末したいところだが、この状況ではどう考えても不可能だ。俺様は歯を喰い縛って王女の動向に集中した。
「さて、ロイド卿。あなたに少しお聞きしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」
「何なりと。王女殿下」
父上は臣下の礼をとると、言葉の上だけは恭しく王女に返答していた。
「先の事件、あれほどの騒動であったにもかかわらず、騎士の方が現場に到着したのは事件後、かなりの時間が経過した後だと報告を受けています。大通りは巡回ルートに入っていたはずですが、当時、まるで人払いがされたように騎士は居なかったということです。何かご存じですか?」
「申し訳ありません殿下。いくらクルニア共和国全体の軍務を預かる役職の身の上とて、数有る都市の中の、更にその中における巡回についてまでは把握しておりません。しかし、その要因としては、偶々巡回の交代のタイミングであったという事ぐらいしか考えが及びません」
父上の返答に、王女は特に表情を変えることなく話を続けた。
「そうですか。もう一つ、今回の件の目撃者について
「・・・それが何か?目撃の証言が同じということは、何も不思議ではございますまい?」
「そうですね。でも、言葉の言い回しは違うのですが、皆さん同じことを仰るのですよ?事細かに、何があったのかを、具体的に」
「・・・それほどまでに事件を良く見ていたという事ですかな?」
「それならば良いのですが。大通りの惨状を考えると、かなり大規模な戦闘行為があったはずです。となれば、目撃した人の中には何があったのか分からなかったと、具体性を欠いた話があってもおかしくないのです。いえ、そういった話が無い方が不思議ではありませんか?」
「・・・確かに、そういう考え方もありますな」
王女が言わんとしている事を察し、自分の背筋から嫌な汗が流れていることに気づく。
(くっ!目撃者の証言に統一性を持たせようとしたことが仇になったか!!不味い、不味い、不味いぞ!目撃者を探してきたのは、我が侯爵家の息の掛かった騎士達だ。そこに王族から調査が入ると、いくら俺様でも握り潰す事は難しい・・・)
焦燥感に苛まれながらも、王女がこの話をどこに持っていこうとしているのか、俺様はただ黙って聞いていることしか出来なかった。
「それに、実を申しますと、
「っ!!!?」
「な、なるほど。それであれば話は早いようですな?」
「ええ、本当に。ただ、何故その場に
「は、はぁ・・・」
王女は流し目を奴に向けて、意味有りげに呟くと、不敬にもあの男は気の無い声を出していた。ただ、俺様はそれを指摘できる精神状態になかった。
(王女の手の者があの場に居た・・・だと?ありえん!人払いは完璧だったはず!いやいや、だとしたら何故最初にその事を言わなかった?その話を始めからしていれば、こんな告発など・・・っ!ま、まさかっ!!?)
王女の考えに思い至ると、俺様は自分でも分かるくらいに顔面蒼白になってしまった。そんな俺様の表情の変化に、今気付いたとばかりに王女がこちらを向いてきた。
「あら?ジョシュ様?いかがされました?顔色が優れないようですけど?」
「い、いえ、何でもありません、王女でーーー」
「そういえば、この告発を主導していたのはジョシュ様でいらっしゃいますね?何か仰りたいことはありますか?」
俺様の言葉に被せるように、王女は手を叩きながら俺様の話を中断させると、相変わらず微笑を浮かべたまま小首を傾げて聞いてきた。俺様には王女のその様子が、まるで悪魔のように見えた。
(ま、不味い・・・この女、全て知っていた上でこの茶番劇を俺様にさせたんだ!いくら俺様が否定しようが、それを覆すだけの証言が集まっているはず!しかし、認めるわけにはいかない!こんな大衆の面前で俺様が暗殺の手引きをしたなどと知れたら、それこそ終わりだ・・・)
どう答えればこの場をやり過ごすことが出来るか、頭を高速回転さて考えるのだが、いくら考えてもどうしようもなかった。そのため、もはや知らぬ存ぜぬで切り抜けるしか考えが及ばなかった。
「わ、私は騎士の話や執事からもたらされた報告を聞いて、せ、正義感に駆られてこのような発言を致しましたが、それ以上の事は何も存じません!」
「・・・そうですか。それがジョシュ様のお答えなのですね?」
俺様の言葉に、王女は酷く落胆したような表情を見せる。その様子に、答えを間違えたのだと直感し、瞬時に父上の顔を窺ったのだが、俺様とは目を合わせようともせずに渋い顔をしていた。
(何だ?どういうことだ?俺様はどうなるんだ?)
この状況に鼓動が早くなるのを感じ、それだけで息切れしてしまいそうなほどの焦りを感じる。自分の行く末が、この女の言葉一つで決まる。まさに、俺様の心臓が彼女の掌の上で握られている状況であると察した。
「ロイド卿?残念ですが、どうやらご子息はお認めにならないご様子。こうなっては、事前に伝えていた通りに監査を指示しなければなりませんが?」
「っ!!」
(事前にだと?既に我がロイド家とは話をしていた?ヤバイ!先程の父上のあの表情・・・俺様を切り捨てるつもりか!?しかし、弟はノアの落ちこぼれだ。あとは側室の子供だが、女しか居らん。俺様以外に我が侯爵家の跡取りなど勤まる訳が・・・)
そんなことを考えていると、父上が重々しくその口を開いた。
「王女殿下、実は我が侯爵家からもお耳に入れたいことがございまして・・・」
「まぁ、どのような?」
「はい。実は先程の殿下の話を合わせて熟考いたしまして、お恥ずかしながら、そこに居ります我が息子が、今回の一連の出来事に関わっていた可能性が分かりました」
「っ!!?ち、父上!!わ、私をお見捨てになるのですか!?」
「黙れっ!!お前などもはや我が侯爵家となんの
「そ、そんな・・・しかし、父上とて私のーーー」
「貴様!この期に及んで私にも罪を着せようと企むか!!私は最後までお前を信じておったというのに、なんという恥知らずが!!」
俺様の言葉を遮って、父上は侯爵家として俺様だけを切り捨てて終わるように断じてしまった。
(何を言っているんだ・・・今回のことは父上も了承していたはず!知らぬなどという事はあり得ないのに・・・)
父上の言動を憎々しげに思うと同時に、どこか冷静な自分も居る。
(し、しかし、ここで父上にも罪を被せてしまうと、もし俺様が投獄された場合、権力を失ったロイド家では助けは絶望的になってしまう・・・くそったれ!!)
言い逃れは既に不可能で、この場での父上からの手助けも期待できない。おまけに、感情に任せて父上にも罪はあったと言おうものなら、将来的に助かる可能性も閉ざすことになってしまう。四面楚歌の状況に、俺様は力なく地面に両膝を着いて這いつくばった。
(こんなところで、俺様の輝かしい人生が閉ざされるというのか?・・・嫌だ!嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!!!)
歯を喰い縛りながら逆転の一手を探すも、そんな都合の良いものは無かった。絶望する俺様にあの女は尚も言い募ってきた。
「どうやら、お話は終わりのようですね。それでは、ジョシュ様の身柄は近衛騎士の方で預からせて頂きますね?それとロイド卿?」
「はっ!何でしょうか!?」
「今回の騒動に関わった騎士の名簿があります。その者達は最低でも騎士団からの追放をお願いしますね?」
「・・・ご命令、確かに拝領いたしました!」
「
「我が侯爵家の名にお誓いして!」
そうして、父上はあの女から書類を手渡されると、感情を感じさせない無機質な顔をしながら舞台をあとにした。
「申し訳ありませんエイダ様、このような茶番劇にお付き合いいただきまして」
あの女は、今までの険のあった声質からはガラリと変わって、奴に媚を売るように話しかけていた。
「あっ、いえ・・・結果として僕には何も無かったので良いのですが・・・」
「ふふふ、混乱されているのも致し方の無いことでしょう。後程、あなた様には事情をお話しさせていただきますね?ただ、その前に・・・」
奴との話を中断し、あの女は俺様を指差しながら近くに待機している近衛騎士に指示を出していた。おそらくは俺様を拘束するつもりだろう。そして、近衛騎士が動き出すと同時に、俺様に向けられた周囲の蔑むような視線を感じる。
(や、止めろ!俺様をそんな目で見るな!!俺様は誇り高い侯爵家の人間なんだぞ!?こんな平民のノアのせいで終わって良い存在じゃないんだ!!)
絶望感に打ちひしがれていると、下を向いている俺様の視界にエレインの足元が映った。
「ジョシュ・・・自らの罪を反省し、贖罪をしろ・・・」
「っ!エ、エレイン?」
エレインの声に顔を上げると、そこには可哀想なものを見る目をした彼女の顔があった。
「よ、よせ!俺様にそんな顔を向けるな!お、俺様は次期侯爵だ!これから輝かしい未来が待っているんだ!!」
「ジョシュ、現実を見ろ!お前は自分より優秀な者の存在を許容できない、単なる臆病者だ」
「なっ!?エレイン、何を言うんだ?お、俺様はお前の未来の夫なのだぞ!?」
「何度も断っただろう!お前には男としても、人間としても、魅力を感じたことは一度もなかったよ・・・お前には、な・・・」
そう言うとエレインは後ろに視線を向け、まるで愛しい人を見るような眼差しを奴に向けていた。
「っ!よ、よせ!そんな顔を奴に向けるな!その表情をして良いのは俺様の前でだけだ!!」
「・・・それは私が決めることだ」
そう言い残してエレインは数歩下がると、入れ違いのように近衛騎士が歩み寄ってきていた。
(ダメだ!ここで捕まれば俺様はもう終わりだ・・・)
その考えが、咄嗟の行動として俺様を突き動かした。
全身に闘氣を纏い、一目散にこの場を離れるために舞台上から飛び退こうとしたのだが、それを見透かしていたように、瞬時に闘氣を纏った近衛騎士に槍で肩を貫かれて倒れ込んだ。
「ぐあぁぁぁぁぁ!!くそがっ!!」
「大人しくしろっ!お前は既に包囲されている!逃亡は無意味だ!」
地面に倒れ伏しながら周囲を確認すると、複数の近衛騎士から、魔術杖と槍をこちらに向けられていて、俺様が動けば即座に攻撃してくる事は明らかだった。
(くそったれ!何としてでもこの場から逃げ延びてやる!)
隙を探そうと必死に周囲を見回すが、そんな隙は有りもしない。それどころか周囲の貴族共は、まるで面白い見世物を見ているかのような視線を俺様に向けていた。それを認識したことで、怒りで目の前が真っ白になった。
(くそっ!お前らだって今まで俺様の家から甘い蜜を啜っていた奴等だろ!何故俺様の事を誰も助けようとしない!!)
理不尽な現状に、どうしようもないほどの怒りと憎しみが沸き上がる。そんな状況を一変させたのは、何処からか撃ち込まれた一つの魔術だった。
「王女殿下!危ないっ!!」
それは近衛騎士の誰かの声だった。あの女を狙った魔術を見て、起死回生の一手が見えた気がした。
(まさか!例の破滅主義の組織か!?ありがたい!利用させてもらうぜ!!)
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