第97話 決勝 7

 アッシュのお兄さんが主体となった一連の出来事は、当事者であるはずの僕を置いてけぼりにして、ドンドンと進んでいった。


話の流れを鑑みて、一時はこの国を去る決断までしていたというのに、気が付くとアッシュのお兄さんが責められている状況になっており、あれよあれよという間に近衛騎士に捕縛されようとしていた。


(話の展開が早くて、何がなんだか分からないけど、少なくとも僕が殺人犯として捕まることは無さそうだな・・・)


今までの騒動の中で、どうやら王女殿下は僕の事を未だに調べていたということが分かった。今回はそれが功を奏して、僕への疑いは晴れた。ただ、当時監視していたエイミーさんと話してから今まで、直接視線を向けられているような感覚はなかったので、どうやら監視方法を変えていたようだ。


(アッシュのお兄さん、これからどうなるんだろうな・・・)


目の前では騎士の捕縛から逃げようと闘氣を纏った瞬間に、騎士の方も警戒していたようで、直ぐさま闘氣を纏って、槍でお兄さんの肩を貫いていた。そんな様子を見ながら、彼のこれからの行く末を思い浮かべる。先程のアッシュのお父さんの様子からも、かなりの厳罰になりそうな雰囲気はあるが、廃嫡を申し渡されたとはいえ、元侯爵家の跡取りである彼がどういった処遇になるのかは、僕では見当がつかなかった。



 目の前で繰り広げられている様子を、既にどこか他人事のように見ていたとき、事態は僕の想像と別方向に動き出した。


「王女殿下!危ない!!」


近衛騎士の一人の叫び声に反応すると、複数の風の刃が王女目掛けて殺到していた。


(なっ!?今度は王女暗殺かよ!!)


完全に気を抜いていたため、僕はその魔術に反応できていなかった。しかし、さすがは普段から訓練しているであろう近衛騎士は、盾を構えながら王女の前に並び、風魔術を身を挺して防ごうとしていた。


(王族の暗殺にしてはお粗末だな・・・陽動か?)


『ドドドドン!』


王女を襲おうとしていた風魔術は、騎士が構えていた盾に吸い込まれるようにして防がれた。不意打ちの魔術ではあるが、多少距離があったために着弾までの時間で近衛騎士の防衛体制が整っていたからだ。その様子に、瞬間的にこれが陽動であると察した。


「密集陣形!!王女殿下をお守りしろ!」


近衛騎士の掛け声で、舞台上にいた騎士達は王女を中心として取り囲むように位置取り、外側に盾を構えて襲撃に備えた。


しかし、近衛騎士やこの場にいるほとんどの人達は、最初に魔術が放たれてきた方に無意識に注意が向かってしまっている。そんな中、僕は別の方向に意識を向けていた。すると、思った通り先程放たれた魔術とは反対の方向から、複数の弓矢が王女に向けて放たれた。


「っ!!」


その弓矢に気付いた騎士もいたが、反応はできても王女を守るには間に合わないと考え、僕が動き出した。


『パパパパパンッ!』


瞬間的に闘氣を纏い、迫りくる弓矢を全て素手で叩き落とした。力の向きを逸らそうとも考えたが、ここには多くの人が集まってしまっているので、逸らした先に人がいることを懸念したのだ。


「すまない、エイダ殿!助かった!」


僕の行動に近衛騎士の一人が感謝を伝えてくれる。その顔を見て、やっぱり見たことがある顔だなぁと思いを馳せそうになるが、今はそれどころではなかった。


「いえ!それよりも結構組織だった動きのようですし、相手の力量も不明です!王女殿下を連れて、安全な場所まで退避してください!」


「そうしたいのは山々なのだが、この状況では・・・」


そう言いながら彼女は舞台下の方へ視線を流す。そこでは最初の攻撃後、呆然としていたはずの貴族や生徒達が混乱して、阿鼻叫喚の様相を呈していた。


「何なになにこれっ?」


「しゅ、襲撃だ!逃げろ~!!」


「こちらまで巻き込まれてはかなわん!すぐに学院を出るぞ!」


「教職員は来賓の方々の避難と、生徒の安全確保を!!」



 学院の生徒達は混乱のあまり逃げ惑い、観覧に来ていた貴族達は巻き込まれまいと我先に逃げ出そうとし、学院の教師陣はそんな状況を収めようと声を張り上げていたが、周りの悲鳴や喧騒で掻き消されてしまっていた。


「・・・確かにこの状況で舞台を降りるのは、逆に危険ですね」


誰もが無秩序な動きをしているために、舞台の下は揉みくちゃになるような酷い有り様だ。そこに王女を守りながら降りるとなると、人混みに紛れて暗殺される可能性が高まってしまう。


しかし、この舞台上でも危険なのは変わり無い。見通しの良いこの舞台の上では、遠距離攻撃による集中砲火の良い的になってしまうからだ。退避するも留まるも、危険がつきまとう状況だ。


しかもこの人混みと、僕に対しての殺意が向けられていないせいで、襲撃者の気配が読み難くく、相手の場所を特定することが困難だった。


(くそっ!これじゃ防戦一方だな・・・)


そんなことを考えている間にも、襲撃者達は絶えず魔術と弓矢による攻撃を仕掛けてきている。舞台下に居る近衛騎士達も、混乱する貴族達に落ち着くように呼び掛けてはいるが、魔術が自分達の頭上を飛び交う今の状況では、誰も耳を貸していなかった。


なんとか魔術や弓矢は騎士達が迎撃しているので今のところ被害は出ていないが、状況の打開はさっぱりだ。



「エイダ君!!」


「っ!アーメイ先輩!逃げてください!」


 そんな状況で、舞台上に残っていたアーメイ先輩が、僕の方へと駆け寄ってきた。その他の優勝した生徒達は、いつの間にか舞台から居なくなっている。敵の狙いは舞台上の王女のようだし、ここから逃げるのは無難な判断だろう。


ただ、駆け寄ってきた先輩は僕同様、武器を所持していないため、この場において発揮できる力は限定的だし、何よりいくら先輩でも近衛騎士達の実力よりは劣ってしまうので、攻撃の渦中に晒されている王女の近くへは来て欲しくなかった。


「いや、私も騎士の家に生まれた者として、共に王女殿下を護衛する!」


「でも、先輩は杖が・・・」


「多少時間は必要だが、詠唱で発動できるので問題ない!」


そう言うと先輩は、即座に詠唱を開始して近衛騎士と共に王女に向けられている魔術や弓矢の迎撃に加わった。それを近衛騎士も邪魔と思っておらず、それどころか上手く連携をとって襲撃者の対応に当たっているように見えた。


(さすが先輩!騎士団の動きは理解しているって感じだな!)


違和感なく近衛騎士に溶け込む先輩に感嘆する。それと同時に、この後の行動についても思案した。


(観客の貴族達や生徒が逃げてくれれば、後に残るのは襲撃者だ。避難を早く終わらせてくれれば、それだけ襲撃者にも集中できる!)


現状では残念ながら、人混みのせいで襲撃者達の場所を特定できないでいる。しかも、絶えず場所を移動しているようで、正確な位置情報をこちらに悟らせないのだ。


「ぐわぁぁ!!」


「た、助けてくれ~!!」


「こっちはダメだ!あっちから逃げろ!!」


「あっちもダメだ!どこに逃げたら良いんだ!?」


襲撃者の攻撃を防ぎながら、早く避難が終わらないかと考えていると、この演習場の出入口付近から多くの悲鳴が上がってきた。その声を聞いてついつい舌打ちしてしまう。


(ちっ!観客も生徒も、この場に押し止めるつもりか!?)


この混乱して統率がとれていない人混みは、相手にとってみれば格好の隠れ蓑になる。相手がそんなメリットをみすみす手放すことはなく、襲撃者達は避難路を塞いでいるようだった。


「殿下!身を屈めて、攻撃の射線をとられないようにしてください!」


「ごめんなさい、エリス・・・襲撃者の場所は特定できそう?」


王女を狙った攻撃が未だ続く中、突然の出来事に呆然としていた王女に、エリスと言われた騎士が指示を出していた。


(ん?エリスって・・・アッシュのお姉さんか!)


言われて確認すると、確かにエリスさんだった。初めて会ったときには、そこそこの身分の人の護衛を勤める騎士だとは思っていたが、まさか王女を護衛する近衛騎士だったとは驚きだ。


(そりゃ、馬車に乗る主人の事は明かせないか・・・)


過去の出来事を考えて納得していると、エリスさんは王女の言葉に逡巡して返答していた。


「申し訳ありません!おそらく認識阻害の魔道具を使用しているものと思われ、正確な場所が特定できません!」


「やはりそうですか・・・なんとかこの場を凌げそうですか?」


「今は遠距離からこちらの体力を削いでいますが、おそらくこの均衡が少しでも崩れれば、接近戦に移行すると思われます!相手の規模にもよりますが、殿下を狙っているのです、生半可な戦力ではないでしょう・・・」


王女に対してエリスさんは、悲観的な予想を口にする。ただ、あながち間違った推察ではないだろう。遠距離から一方的に攻撃を仕掛けて衰弱させ、弱ったところを一気に叩く。戦略としては間違っていない。


(相手が分かりにくかったのは、なるほど!魔道具のせいか!)


先程から気配を探っていたのだったが、攻撃が放たれてくる方向から人の気配はしても、実際に視認することが出来なかったのだ。それが魔道具の影響によるものだと気づければ、索敵の仕方もあるというものだ。


(たしか認識阻害の効果は、気配を消すのではなく、意識をずらし、視界に入らないようにするものだったはず。となると、無理矢理ずらされた視界と、僕の感じる気配には必ず齟齬が出る!)


いつか学院の図書室で読んだ本の内容を思い出す。同時にその魔道具の弱点も。


(魔道具はあくまで認識を阻害するだけ、逆に言えば一度対象を認識してしまえば効果は半減する!)


それでも再度見失ってしまうと見つけるのは面倒なのだが、相手の魔道具の特性と僕の気配察知能力を合わせて対処すれば、群衆に潜む襲撃者を見つけるのはそれほど難しくないと考えた。


「エリスさん!僕が遠距離攻撃を仕掛けている襲撃者を排除してきます!それまで持ちこたえられますか?」


僕の問い掛けに、エリスさんは間髪入れずに返答した。


「無論だ!」


僕はその頼もしい返答にニヤリと微笑むと、今だ混乱している群衆へ視線を向ける。そんな僕にアーメイ先輩が心配した声をかけてきた。


「エイダ君?そんなこと出来るのか?」


「大丈夫です!先輩も危険だと判断したら、騎士の人の盾の影にしっかり隠れていて下さいよ?」


現状では先輩は、盾で囲われた外側から姿勢を下げて魔術で迎撃しているが、万が一の時には王女同様に盾の内側に伏せて攻撃をやり過ごして欲しかった。


「心配するな!これでも私は3年の首席だぞ!」


僕を安心させようとしてか、先輩は軽い口調でそう言ってきたが、その様子に逆に心配してしまう。この状況で長時間先輩の側を離れるつもりはないが、それでもなるべく手早く済ませようと意識を集中した。


(認識阻害で意識を無理矢理逸らされるなら、実際の見えている状況と人の気配に違和感が出る・・・っ!見つけた!)


気配は感じるのに、その場所を見ることが出来ない。その違和感を感じた瞬間、その場所を凝視するように意識を集中させると、次第に相手の姿を見ることができるようになった。


その姿は漆黒のフード付きローブを纏っており、表情までは確認できない。さらにその手には小さめの魔術杖を構えていた。正直言ってこんな怪しげな人物が居るというのに、周りにいる人は誰一人としてその人物に視線を向けていない。


それ自体が、魔道具の効果の高さを窺わせた。それに加え、油断なく周囲に注意を向けており、移動しながら魔術を行使していることから、その技量の高さも見えた。


(時間は掛けられない!一瞬で無力化する!)


舞台上から駆け出そうとしたその時、不意にその襲撃者と目が合い、その目を見開いて息を呑む雰囲気が伝わってきた。しかし、それが相手の次なる行動を引き起こすように、その魔術師は上空に向けて火魔術を放った。


「っ!?何だ?」


攻撃性の無い行動に意味を探ろうと、僕の動きが止まってしまうが、それは悪手だった。僕が動きを止めているうちに、事態は次の段階へと移っていってしまった。



『諸君!我々は革命組織、【救済の光】である!!』


 一人の男性が誰も居なくなっていたはずの観客席の真ん中で、両腕を広げて仰々しい態度をとりながら、自らの正体をこの場に居る人々に宣言した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る