第93話 決勝 3

 「ハァァァ!!」


 1年剣武術部門決勝戦開始の合図と共に、赤い闘氣を纏ったスライ君が木剣を水平に構えながら鋭く踏み込んできた。さっきまでの人好きのする表情とは打って変わって、その顔は真剣そのもので、愚直に勝利を目指しているようだった。


(なんだか彼相手には手を抜きたくないけど、少し実力を見させてもらおう)


彼の性格上、手を抜かれることに屈辱を感じるかもしれないという直感がしたので、全力で打ち負かしたいと思うが、事前に僕に学ばせて欲しいと、貴族のプライドもなく言ってきた事に好感を持っていたので、彼の実力を確認するため、闘氣を纏って迎え撃つ。


「ハァッ!」


裂帛の気合いと共にスライ君は水平斬りを放ってくるのだが、最後の踏み込みは、僕の想定以上に身体を沈めて脛の辺りを狙ってきた。


(っ!狙いが低い!)


少し驚いたが反応できない速度ではないので、木剣を下げ、剣戟を更に下方向へと受け流す。


「ぬう!」


「おっ!?」


彼は僕の決勝トーナメントでの戦い方をよく研究しているのか、受け流されようとした勢いを無理矢理止めて、僕の右足の甲に向けて木剣を突き込んできた。その攻撃をバックステップで避けると、彼の木剣は僕の右足があった場所を突き刺した。


「うん!さすがエイダくん!素晴らしい反応速度と状況判断だ!」


スライ君は地面から木剣を引き抜き、正眼に構え直すと、爽やかな顔で僕を評価してきた。


「は、はぁ、どうも」


「ただ、手を抜かれるのは本意ではない!君の全力を引き出せない自分の腕を恥じるばかりだが、それでも手加減無しの君に負けたいのだ!」


真っ直ぐすぎるスライ君の言葉に、すぐに試合を終わらせない方が良いだろうと、要らない気を使って様子見していた自分が恥ずかしかった。


「すみません!では、本気でお相手します!」


「ああ!よろしく頼むぞ!!」


 お互い一足飛びの距離で、互いに木剣を正眼に構えてタイミングを見計らった。本気ではあっても全力を出してあげられないのは申し訳ないが、さすがに試合で彼を殺すわけにはいかない。


(この試合が終わっても、彼とは良い友達になれるかもしれないな)


彼の性格は少し面倒だが、嫌いな訳じゃない。出来ることなら友達にもなりたいと考え、少しだけ笑みがこぼれた。そんな僕の気が緩んだ瞬間を見逃さない彼は、意識の隙間を狙う最高の踏み込みを見せ、最短距離を駆け抜ける突きを放ってきた。


「ハァァァ!!」


「シッ!」


『カシュ・トン!』


突き込まれた彼の木剣の軌道を逸らし、バランスを崩すよう木剣の側面から力を加える。すると、彼は完全に身体が浮き足立ってしまい、目を見開いて驚いていた。


凛天刹りんてんさつ!」


「っ!!」


彼の顔スレスレに突き込んだ木剣は、燃えるようなスライ君の赤髪を少し斬り飛ばしていた。その状態のまま固まってしまった彼は、少しして地面に両膝を着いた。


「ははは、参ったよ。降参だ!自分の敗けを認めよう!」


「・・・しょ、勝者、エイダ・ファンネル!!1年剣武術部門、優勝です!!」


スライ君の敗北宣言を聞いた審判は、一瞬の間の後、僕に向かって手を差し伸ばして優勝を宣言した。


『『『おぉーーー!!!』』』


『『『パチパチパチ!!!』』』


さすがに決勝戦では拍手が疎らということはなく、観客席からはどよめきとと共に健闘を讃えるような拍手が沸き起こった。


倒れている彼を起こそうと、傍らに歩み寄って手を差し出した。


「大丈夫ですか?」


「ああ、問題ないさ!ただ、最後の一撃は見事だったよ!警戒していたのに完全に体勢を崩されたし、視認できない速度で突き込まれたあの一撃には、死を間近に感じたよ!」


僕の手を取りながら立ち上がった彼は、悔しさを微塵も感じさせない笑顔で僕を称えてきたので、僕も笑顔を返す。


「本気でやらせてもらいましたからね!」


「ははは!いつか君の全力を引き出したいものだ!」


どうやら彼は、僕が全力を出していないことは見抜いていたようだが、それを不満には思っていないようだった。


「光栄です!お互い鍛練に励みましょう!」


「うむ!こうして剣を交えた仲だ、私に敬語は不要だ!名前も敬称は要らないぞ!」


「わかったよ!これからもよろしく、スライ!」



 握手を交わすと、演習場をあとにする彼を見送った。そのまま魔術部門の決勝戦となる僕は、装備を換装するために演習場端にある選手の控え天幕に行き、木剣を置いて魔術杖を手にした。


「ふん!まさか本当に決勝戦まで勝ち残るなんてね!」


忌々しげな声で話しかけてきたのは、次の魔術部門決勝戦で試合をする、ティナ・アーメイさんだった。彼女は仁王立ちしながら腕を組み、見下す視線を向けようとしてくるのだが、身長差のせいで背伸びして頑張っている幼い子供にしか見えなかった。


「ど、どうもティナさん。決勝戦よろしくね?」


「それって嫌みかしら?」


「えっ?いや、そんなこと無いんだけど・・・」


「ふん!私に勝気満々の表情でよろしくなんて言われても、イラつくだけよ!」


彼女は不機嫌にそう言うと、決勝戦の準備が終わった演習場へと歩きだした。すると、すぐに立ち止まってこちらに振り向いてきた。


「私はあんたを認めないわ!たとえ姉さんが何と言おうとね!」


「あっ、えっと?」


「ふんっ!」


僕を一瞥してそう言い残すと、彼女は足を踏み鳴らしながら試合開始の場所へと歩き去っていった。


(彼女からは、何か違った方向で嫌われているような気がする・・・)


今まで周りから浴びせられていた恨みがましい視線からは、見下すようなものだったり、侮蔑が籠ったようなものだったりしていたのだが、ティナさんからは嫉妬のようなものが感じられた。


「はぁ・・・ともかく、今は決勝戦に集中しないと」


僕も彼女の後を追うように演習場へと足を踏み入れた。



『それでは、1年魔術部門決勝戦を始めます!各人、準備はよろしいでしょうか?』


 決勝戦のアナウンスが入り、僕とティナさんの用意が確認された。


「ふん!いつでもどうぞ!」


「準備出来てます!」


彼女は相変わらず好戦的な眼差しで僕を見据えながら、杖を構えて準備が整っていると声高に叫んだ。僕もそれに倣って準備完了の旨を伝える。


『では・・・始めっ!!』


開始のアナウンスがされると、彼女はゆっくりとした動作で杖を掲げ、魔力を込め始めた。その動きにはまったく焦りがなく、僕が先制して攻撃してこないと確信しているようだった。


(お察しの通りなんだけどね・・・)


今までの試合でもそうだったのだが、なんとなく対戦相手に遠慮してしまって、速攻で勝利することを躊躇っていたのだ。


アッシュやジーアとの話の中でも、この対抗試合の結果に学院生活を懸けている人もいるという話を聞いていたので、全く自分の実力を見せることが出来ないまま敗退させてしまうのもどうかと考えた結果だ。


(ジーアには傲慢だって言われたけど、如何せん力量差があるからな・・・)


この学院に来て段々と分かってきたことだが、僕の実力はこの学院だけでなく、国の戦力でもある騎士団と比べても群を抜いている。その為、下手に全力を出してしまうと相手にもならないのだ。


それを理解してくれる相手なら良いのだが、受け入れられずに逆恨みされるのも面倒だったので、相手の実力を出させた上で叩き潰して、力の差を明確に示す事をしてきていた。


それが後の学院生活にどう影響してくるのかまだ分からないが、少なくとも僕と正面をきって難癖をつけてくることは無いだろうと考えていた。


「喰らいなさい!!」


そんなことを考えていると、ティナさんの魔術が完成したようで、5つの風の刃が連続して発動し、僕の前にある人形に迫ってきていた。


(第三楷悌で、形状変化もしっかりされているな・・・)


自称魔術の天才と自分で豪語しているだけあって、同年代の魔術師と比べると、確かに頭一つ抜きん出る才能があるようだった。


しかしーーー


「残念だけど、その程度じゃ僕の防御は突破できないよ!」


僕も杖を掲げて火魔術で迎え撃つと、槍状に形状変化させた5つの炎を打ち込む。


『バシュシュシュシュシュ!!!』


今までの試合と同じように5つの炎の槍は、彼女の風の刃を欠き消し、そのまま消えること無くあちらの人形へ向けて殺到していった。これは、込められた魔力量、形状変化により形成された炎の密度の違いから、相手の攻撃を迎撃してもなお、勢いが衰えないという結果で、迎撃がそのまま攻撃にもなるのだ。


「くっ!」


悔しげな彼女の声が聞こえると同時、相手の人形の前に水の壁が出現した。


『ジュウゥゥ・・・ドゴォン!』


「・・・・・・」


「人形は2つ破壊か。やっぱり火は水に弱いよね」


彼女が展開した水の壁に炎の槍が激突すると、水蒸気と共に火魔術を迎撃した。ただ、完全に消すことは叶わなかったようで、水の壁の防御を抜けた火魔術が、彼女の人形を2つ消し去っていた。


「・・・ふん!分かってはいたけど、出鱈目な威力ね!でも、貴族が平民に簡単に負けるわけにはいかないのよ!」


そう言うと彼女は再度魔力を杖に流し始めた。今度は先程よりも時間を掛けて、圧縮して威力を高めているようだ。


(数を1つに絞って、その分威力と精密さを高めているか・・・)


彼女の魔術を分析していると、たっぷり1分程時間を掛けて槍の穂先のように鋭く形状変化された水魔術が出来上がった。


「これなら・・・どうっ!!?」


気合いの掛け声と共に、大砲の様に射出された水魔術が高速で迫ってくる。


「確かに同年代と比べると、ティナさんは才能も飛び抜けているんだけどね・・・」


僕から見ればまだまだ込められた魔力は少なく、制御も甘い。もっと精密に制御しなければ、属性的には有利であるはずの火魔術にさえも対抗できないだろう。


「僕の魔術には、特にね!」


呟きながら杖に魔力を込め、限界まで圧縮した僕の火魔術を、指先くらいの大きさの球体に形作った。そして、襲いかかってくる水魔術へ向けて放つと、一瞬『ジュッ』っと水が蒸発した音がするも、そのまま僕の火魔術はまったく影響を受けずに彼女の人形に向けて飛んでいった。


「っ!!」


自分の水魔術がまったく歯が立たない事実に愕然とした表情を浮かべる彼女は、キッと口を結んで次の魔術の発動の為に魔力を杖に流しているが、もう間に合わないだろう。


「伏せた方がいいですよ?」


「っ!?」


僕の放った火魔術は、彼女の残り3つの人形の真ん中辺りに着弾するとーーー


『ドーーーーーーン!!!』


「キャーーー!!」


圧縮された火魔術は着弾と同時に解放され、その破壊力を爆風に乗せて、残った人形は全てバラバラになって吹っ飛んでいった。彼女は僕の忠告に寸前で反応したからか、地面に倒れ込んで事なきを得ていた。



「・・・しょ、勝者、エイダ・ファンネル!1年魔術部門、優勝です!!」


 爆風が静まって、審判が状況を確認した後に勝利者宣言がされた。倒れていたティアさんは憮然とした表情で立ち上がり、自分の衣服に付いた土埃を払い、一瞬僕の顔に視線を向けると、大きなため息を吐いて演習場を去っていった。

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