第92話 決勝 2
『それではこれより剣武術部門の試合を開始します・・・始めっ!!』
試合開始のアナウンスと共に対戦相手であるカイル君が、親の敵でも見るような形相で木剣を振り上げて襲いかかってきている。
(おかしいな、あの返答は父さん直伝の後腐れなく断る方法だったのに・・・言い回しが違ったのかな?)
差し出されたカイル君の手を握り返した直後、彼は憤怒の表情で叫んできた。
「貴様、無礼だぞ!この平民が!お前は黙って私の言うことに頷いておけば良いのに、それをあろうことか断るとは礼儀知らずだぞ!!」
そんなことを言いながら、しばらく僕に文句を言っていたのだが、審判の騎士が咳払いをすると、唾を地面に吐きながら踵を返した。
そんな、礼儀という言葉の意味を知っているのか彼に問い掛けたい出来事があったが、今の彼の頭の中は怒りで埋め尽くされているようで、額に青筋が浮かび、真っ赤な顔をしている。
(怒りで冷静さを欠き過ぎだよ。そのせいで闘氣の制御が・・・って、最初から甘い可能性もあるか・・・)
僕に真っ直ぐ踏み込んでくる彼を冷静に分析しながら、僕も木剣を正眼に構える。隙だらけの彼を見ながらどう決着をつけようか考えていた。
(武器には闘氣を纏わないとは言え、僕と彼の実力差を考えると、下手に打ち込んだら大怪我させちゃいそうなんだよな・・・)
魔術部門では、相手に直接攻撃するわけではなかったので何とでもなったが、剣武術部門では直接剣を交える必要がある。貴族である彼をボコボコにするのは、観戦している貴族達からの印象が悪くなりそうだと心配だったのだ。
(そうだ!圧倒的な実力差を体感させたら、向こうが負けを宣言してくれるかもしれないな!)
そう考え、少しだけ闘氣を纏うと、眼前にまで迫ってきた彼の袈裟斬りを、木剣を水平にして頭上に掲げた。そして、接触の瞬間に相手の力を逸らすように切っ先を僅かに下げる。
『カシュ!』
「おわっ!」
突進の勢いを利用して、僕の構える木剣に全力で飛び込んできたカイル君は、完全に力を逸らされ、その勢いを殺すことが出来ずに前のめりになって地面を転がっていった。
「攻撃に意識を割き過ぎだよ・・・」
彼の剣筋からは、攻撃が防がれたらとか、躱されたらいう備えが全くなく、自分の攻撃が当たること前提のものだったため、ちょっと力を逸らされただけで、地面を3回転くらいしていた。
「くそっ!このやろー!!」
彼はすぐさま身体を起こして猛然と向かってくる。その顔は羞恥と憤怒で真っ赤に染まっており、怒りに囚われた動きは単調なものになってしまっている。
「このっ!このっ!このっ!」
『カシュ!ガシュ!カシュ!』
当然そんな見え見えの攻撃が僕に当たることはなく、大振りで振り回してくる彼の木剣を右に左にと力を逸らす。学習能力がないのか、その度に彼はバランスを崩してしまうが、それに構うことなく無理な体勢でも木剣を振るってくる。
「はぁはぁはぁ・・・くそっ!」
「・・・・・・」
無理な姿勢で放ってくる彼の剣戟を、僕もバランスを崩すように力を逸らしていくので、最終的に彼は地面を転げ回りながら、それでも剣をめちゃくちゃに振るうという最早剣術でも何でもない、子供の棒遊びのような様相を呈してきていた。
(どんだけ怒りに我を忘れてるんだよ・・・こんな醜態を晒して恥ずかしくないのだろうか?)
彼の貴族としての立場を考えると、さすがにこの姿を衆目に晒すのは良くないのではないかと僕が心配するほどだ。確かに彼には良い感情を持ってはいないが、何か直接的な被害を被ったわけでなく、言動が苛つくだけなので、可哀想と思えるほどには今の彼に同情してしまっていた。
僕がこう思ってしまうのは、観客席の反応のせいもあるだろう。開始直後に彼が動き出すまでは声援も飛んでいたというのに、今や沈黙が支配し、彼の醜態を嘲笑うような視線とヒソヒソ声が痛々しかった。
(はぁ・・・楽にしてあげよう)
醜態を晒し続ける彼を憐れんだ僕は、地面に倒れながら木剣を振り抜こうとしている様子を見下ろし、手に持つ木剣を左から右に振り抜くと、正確に顎を打ち据えた。
「かへっ?」
脳を揺さぶられた彼は、一瞬何が自分に起こったか理解できない表情で変な声を漏らしたかと思うと、木剣を振り抜こうとした姿勢のまま地面に仰向けに倒れ、白目を向いた。完全に失神したようで、全く動く気配は感じられなかった。
その様子に慌てて審判の騎士が彼に駆け寄り、その状態を確認すると、命に別状は無いことを確認したようで、僕に手を伸ばしながら勝利者宣言をした。
「カイル・クルーガーは失神の為戦闘不能!よって勝者、エイダ・ファンネル!!」
『パチ・・・パチ・・・』
僕の勝利宣言には相変わらずの疎らな拍手だったが、観客の様子を見ると、意図的に拍手をしていないというよりは、目の前の出来事が信じらず、何が起こったのか理解できないといった表情をしている者が大半だった。
(魔術部門でも相応の実力は見ているはずなのに、あの人達はまだ自分達の中にあるノアの姿に囚われてるのかな?・・・違うか、信じられないというよりは信じたくないといった表情だな、あれは・・・)
勝利者宣言を受けた僕は失神する彼を尻目に、観客席に向かって一礼した時に見えた貴族達の表情を見て、そんなことを考えながら演習場をあとにした。
決勝トーナメント初日はそれで終わり、アッシュ達と寮の食堂でささやかながら祝勝会を行った。他の生徒達はそんな僕を遠巻きに見つめているようだったが、その視線は今までとは明らかに違っていた。それは得たいの知れないものを見る畏怖の様な感情だった。
翌日のトーナメントも両部門とも僕は順調に勝ち残り、昨日よりは若干増えた拍手をもらっていた。アーメイ先輩の試合も見ていたが、危なげなく相手を下していたのはもちろん、試合後の勝利者宣言では観客席からは割れんばかりの拍手が降り注いでいた。
(人格者で家柄も良くて外見も良い、か・・・)
惜しみない拍手をもらう先輩を見つめながら、いつかアッシュ達と話していたことが脳裏に
(貴族になった方がいいのか・・・それとも、そんな肩書きを吹き飛ばすくらいの実績で認めてもらうか・・・)
そんなことを考えながら、演習場をあとにする先輩の後ろ姿を見つめていた。自分では気付かないことだったが、僕の思考の中にアーメイ先輩を諦めるといった考えは全く出てこなかった。
そうして決勝トーナメント3日目、最終日となった。
最終日は、各学年のトーナメント決勝戦が行われる。始めに1年生の剣武術と魔術部門を、続いて2年生、3年生と行っていき、午後には各学年の部門別優勝者を表彰する式典が準備されている。
その為、両部門で決勝戦まで残った僕は、本日最初の試合から始まって連戦となる。
(・・・しかし、今日は今まで以上に貴族の観客が多いな)
今日が最終日の決勝戦というだけあって、これまで以上の人達が集まっている。観客席に座りきれなかった人達が、臨時で設けられた席に案内されているほどだ。
決勝戦に残った選手達も、今日勝てば自分の実力を広く知らしめることができ、名声を高めることになると分かっているのだろう。魔術演習場で学年ごとに整列している僕を除いた10人は、ピリピリした雰囲気を放っている。
(アーメイ先輩は当然としても、剣武術部門ではアッシュのお兄さんも決勝戦に残っているのか・・・)
整列している中には見知った顔もおり、今日の対戦相手である、僕に片方の出場を辞退するよう提案してきたスライ君と、お姉さん大好きであろう妹のティナさんがいる。少し離れて、アーメイ先輩がにこやかな表情で僕に微笑んでいて、僕も自然を笑顔になるのだが、その近くにいるアッシュのお兄さんが、忌々しげな表情でこちらを見ていた。
(そんなに睨まなくても、別に僕と戦う訳じゃないのにな・・・ん?)
アッシュのお兄さんは、確かに僕に対して不快な視線を送っていたのだが、僕から目を逸らす瞬間、何故か笑っていた。その様子が奇妙に思えて、何も根拠はないが、嫌な予感がした。
決勝戦に出場する全選手のアナウンスが終わり、最初の試合の準備が始められるために、整列した生徒達が演習場をあとにしていく。僕はこのまま試合なので残っていると、アーメイ先輩が去り際に僕の元へ来て、「応援しているよ」と耳打ちしてくれたので、気合いは十分だった。
試合で使用する木剣を取りに行くと、そこにはこれから始まる剣武術部門の対戦相手であるスライ君が居た。
「やあ、エイダ君!今日はよろしく頼むよ!!」
彼は屈託の無い笑顔で僕に話しかけてきた。
「はい。こちらこそよろしくお願いします」
「ははは!まさか君がこれほどの実力だとは知らなくてね、以前は失礼な事を君に言ってしまったようだね。悪かったよ!」
彼の言葉に、おそらく片方の部門を辞退すべきだと僕に提案したことを言っているのだろうと思った。律儀にそれを謝ってくれるあたり、悪い人ではないようだ。
「いえ、僕を知らない人から見れば、確かに無謀に見えますからね」
「うむ。しかし、今となっては自分の慧眼の無さを恥じるばかりだ!余程過酷な鍛練があっての君の今の実力だろう!?」
「そうですね、血反吐を吐きながら手に入れた、と言っても過言ではないですね」
「やはりそうか!僕も相当に努力してきたと思っていたが、上には上が居るものだな!今日は君から少しでも学ばせてもらうよ!」
そう言うとスライ君は右手を差し出してきて、僕に握手を求めてきた。彼の事をよく知っているわけではないが、このカラッとした性格は嫌いじゃなかった。彼が僕に辞退するように言ったのは、本当に僕の身体を気遣っての事なんだろうと今のやり取りでも理解できる。
(典型的な熱血漢って感じだな。そのせいで自分が一度思い込んでしまうと突っ走る悪癖はあるようだけど、それを差し引いても嫌いじゃないな)
確か彼は剣武騎士団団長の息子ということなので、将来的に指揮官としてはちょっとどうかと思うところはあるが、それはこれから矯正するか、優秀な副官が付けばなんとでもなるだろうと思えた。
そうして、差し出された手を握り返し、笑顔で彼に応えた。
「こちらこそ、お願いします!」
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