第91話 決勝 1

 能力別対抗試合の決勝トーナメントは3日間かけて行われ、内容は対戦形式となっている。今年の1年生は両方の部門で8人が決勝へと進出している。これから始まる魔術部門では、後方支援が主たる役割である魔術師の特性を評価するため、自分の前方10m~20mの場所に前衛に見立てた人形が5体配置される。


その5体の人形を全て倒されると敗北となるので、いかに自分の前衛人形を守りつつ、相手の人形を壊せるかが、この決勝における戦い方となってくる。



『お集まりの来賓の皆様!ようこそ我がクルニア学院へ!!本日は皆様のその聡明な眼力でもって、これからの将来を期待される生徒達を見守って頂ければと思います!』


演習場の一角に、今日のために設けられた舞台の上で、来賓として来ている貴族の人達に仰々しい態度で学院長が風魔術を利用して挨拶を述べていた。昨日、一日がかりで設置した観客席には、ほぼ満席となるような多くの人達が詰め掛けている。


その全ての観客は高級そうな服装をしており、僕では外見から誰がくらいの高い貴族なのか全く分からない。唯一僕でも分かるのは、会場に特別に設置された豪華な仕様の観客席に座る人物の事くらいだ。


(あれがこの国の王族か・・・)



 僕達決勝トーナメントに進出を決めた生徒達は、観客席から見えるように演習場にて学年別に整列している。僕が特別席を注視していると、学院長がさっそくその人物の紹介を始めた。


『さて、今回の能力別対抗試合には、当学院にとって大変喜ばしいご来賓が参っております!既に皆様はご存じでしょうが、ご紹介させていただきましょう。我がクルニア共和国第一王女、クリスティナ・フォード・クルニア殿下でございます!!』


学院長の紹介を受け、王女様は特別席から立ち上がると、ドレスのスカートの裾を摘まむように持ち、淑女の礼をとった。遠目からなのでよく見えないが、銀髪のロングヘアーが特徴的で、風でふわりと靡くと陽の光を受けて、まるで髪自体が輝いているように見える。


肌は透き通るように白いようで、水色を基調とした美しいドレスに良く映えている。僕の位置から王女の表情までは伺い知れないが、比較的近くの貴族達からため息に似た感嘆の声が漏れ聞こえてくることを考えると、相当整った顔立ちなのだろうと予想できた。


その周囲には、4人の騎士が王女を取り囲むように辺りを警戒して、鋭い眼差しを放っている。遠目からなので確信は持てないが、なんだかあの騎士の人達を見たことがあるような気がする。


(う~ん、さすがに気のせいだよな?)


そんなことを考えながらも学院長の話は進んでいき、周りにいる皆の集中力が無くなりかけた頃になって、ようやく開会式が終わりを迎えた。



『これより魔術部門、決勝トーナメント第一試合を開始いたします!』


決勝では今までと違って、試合開始前に選手紹介のアナウンスが入るようだ。これも観戦しに来ている貴族達に生徒をアピールする為なのだろう。なにせ、この対抗試合の結果如何によっては、将来の就職先が左右されるのだから。


既に演習場には、前衛に模した人形が運び込まれて開始の準備は完了している。第一試合の僕は、人形越しに見える対戦相手を見つめていた。50m程先に見える相手は、やる気満々といった様子で、不敵な笑みを浮かべているようだった。


『出場選手を紹介いたします!1年魔術コース、ミルド・メイソン!』


『『『パチパチパチ!!!』』』


名前がアナウンスされると、相手は先ほどの王女のように学院支給のローブの裾を摘まむと、観客席に向かって貴族令嬢の礼をとっていた。名前からは判断できなかったが、相手は女性だった。彼女が礼をすると、会場を大きな拍手が包んだ。


『続きまして、1年複合コース、エイダ・ファンネル!』


心なしか相手の紹介の時よりも力の籠っていないアナウンスだったが、気にせず僕も観客席に向かって一礼をとる。


『パチ・・・パチ・・・』


彼女の時とは一転して、僕の紹介では疎らな拍手が送られた。これほど寂しい拍手だと、逆にどんな人物が僕に拍手してくれたんだと気になるほどだ。


(いったい誰が・・・えぇっ!!?)


さすがに混雑している観客席の中から拍手している人物を見つけることなんて不可能だろうと思いつつ視線を彷徨わせていると、あり得ない人物が拍手している姿が目に映った。そこは満席となっている観客席とは違って、特別に設置されている場所だったので余計目立っていたのだ。


(えっ?王女殿下が僕に拍手?)


近くにいる貴族も、王女が拍手している事に驚きの表情を浮かべているようで、特別席の方に視線が集まっていた。


(ま、まぁ、仮にもこの国の王族なんだし、どんな国民でも平等に扱っているというアピールなのかな?)


王女の真意は分からないが、会場は多少騒々しくなるも、続くアナウンスで冷静さを取り戻していった。


『で、では、これより試合を開始します!決勝からは騎士団の方が一人、審判に付きます!相手を死に至らしめようとする過剰な攻撃が誤って放たれた場合、その騎士の方が介入致しますので、双方とも気を付けなさい!』


そうアナウンスが流れると、僕と彼女の間に魔術杖を携えた騎士が進み出た。そして、これで準備が整ったとばかりに試合開始の宣言がアナウンスされる。


『それでは、魔術部門第一試合・・・開始っ!!』



 開始の合図と同時、対戦相手の彼女は颯爽と杖をこちらに掲げ、風魔術を放ってきた。といっても、威力は第三楷悌程度で、ろくに形状変化も成されていない、直径にして20㎝ほどの風の塊を放っているだけだ。


それでもさすがに決勝に残るだけあって精度はそこそこで、50m程の距離をものともせず、このまま僕が迎撃も何もしなければ確実に人形の一体を破壊するだろう。


僕が何もしなければ・・・


(発動速度も遅いし、そんな見え見えの単発の攻撃じゃあ、防いでくださいって言ってるも同然でしょ)


相手の技量を分析しながら、攻撃が半ばを過ぎた辺りでこちらも魔術を発動する。


(あまり長引かせてもしょうがないし、さっさと終わらせよう)


瞬殺すると彼女の評価がどうなるだろうとか、可哀想だなとか、そんなことは全く気にせずに火魔術を放つ。拳ほどの大きさの炎を槍状に形状変化させて発動すると、そのまま連続して5つの炎の槍を、彼女の人形に向けて間髪入れずに打ち込んでいく。


『パシュ!』


「なっ!!?」


初弾の炎の槍は彼女の風魔術を蹴散らし、そのまま人形に向けて殺到する。彼女は驚愕の表情を浮かべながら、急いで僕の火魔術を迎撃するための魔術を発動させようとしているが、速度に圧倒的な違いがあるため、彼女が魔力を杖に流したときには既に僕の火魔術が彼女の陣地内の人形を蹂躙していた。


『ドゴゴゴゴゴン!!』


「「「・・・・・・」」」


着弾による土煙が辺りを包み、周囲はその光景に見入るように静まり返っていた。吹き抜ける風が視界を晴らしたときには、もう5つの人形は跡形もなく消えていた。対戦相手の彼女は、試合開始の時の自信に満ち溢れたような表情から一変して、唖然とした表情で地面に座り込み、人形がもとあった場所を見つめていた。


「・・・しょ、勝者、エイダ・ファンネル!」


標的である人形を全て消し去ってから一拍の後、審判をしていた騎士が僕の勝利を宣言した。声を出すまでに変な間があったようだが、それほどおかしな魔術の発動をした覚えはないので、何か間違えたのかと首を傾げたが、特に何も言われなかったので対戦相手の彼女に軽く一礼して演習場をあとにする。


ただ、僕が演習場をあとにしようと歩き出してもなお、彼女は杖を抱くように座り込んだまま動こうとしていなかった。そして、勝利者宣言をされても観客席に座る貴族からは称賛の拍手も何もない。静まり返った演習場には僅か数人からの拍手の音が寂しく響いた。


その音に振り返ると、生徒達の集まる場所の一角からと、今回もまた特別席に座る王女からの拍手だった。


(王族の礼儀としてなのかな?でも、それなら集まっている貴族達もそれに倣うはずだし・・・う~ん)


なんだか良く分からない状況に頭を悩ませるが、僕が王族に関わることなんてあり得ないと考えを切り替え、一つ息を吐き出して演習場から離れた。



 13時ーーー


 昼食を終え、僕は再び演習場に佇んでいる。昼食の時にはアッシュ達からお祝いされつつも楽しい時間を過ごしたのだが、食堂で僕を見る周りからの視線は、畏怖の籠った腫れ物を扱うようなものだった。


ジーアの話では、先日の僕の噂話と午前中の決勝で見せた実力から、あの噂話に信憑性が出たからではないかとのことだった。別に今までも実力を隠していたというわけではないのに、何故急にとも思ったのだが、個人戦と対人戦の違いがあったからではないかというのがアッシュの見立てだった。


相手も居ない、ただ土の塊を壊すというのと、前衛を模した人形を使って対人戦として実戦に則したものでは、それを見た者の印象の受け方が違うということらしい。


魔術師は僕の対戦相手だった彼女と人を重ねて、剣武術師は人形に自分を重ねることで、あの圧倒的な速度と連射性と威力を兼ねた僕の魔術に恐怖したようだと、カリンが殊更爽やかな笑顔で食堂に居る他の生徒達を見渡しながら言っていた。


僕とアッシュで苦笑いしながらカリンを宥めたが、彼女もノアとして生活した中で耐えかねたものがあったのだろう。それが同じノアである僕が活躍したことで、溜飲が下がる思いだったのかもしれない。


「さて・・・」


 お昼の出来事を思い返していると、対戦相手であるアッシュの従兄弟であるカイル君が木剣を片手に位置についた。お互いの位置は20m程の間隔を空けているが、僕にとっては一呼吸の距離だ。


『皆様、お待たせしました!午後の部、最初の試合です!』


僕とカイル君が位置についたのを見計らって、アナウンスが始まった。


『午後は剣武術部門となります。ルールは至ってシンプル!相手が戦闘不能になるか、敗北を宣言させれば勝利となります!』


アナウンスを聞き流しながら、僕は手にしている木剣を見る。どこにでもある鍛練用の木剣だが、今回は対戦形式のため、人剣一体の状態になってしまうと相手の木剣ごと胴体を斬り飛ばしてしまってもおかしくないので、木剣に闘氣が纏わないように注意する必要がある。


『それでは、選手を紹介いたします!1年剣部コース、カイル・クルーガー!!』


相手の名前が呼ばれると、決まったように観客席から大きな拍手が沸き起こった。


『そしてなんと、ノアとしての特性を活かして両方の部門に出場しております。1年複合コース、エイダ・ファンネル!』


午前と違って、若干トゲが無くなったアナウンスに、午後までの時間に何かあったのかと疑問を感じながらも、一応礼儀として観客席に向かって一礼をした。すると、午前よりも若干多くの人達が、僕に拍手を向けてくれていた。


そんな様子に、目の前のカイル君は忌々しげな表情をしながら僕に近づいてきて口を開いた。


「おいっ、平民!」


「えっ、何ですか?」


試合開始前に相手と話してもいいのだろうかと疑問に思いながらも、彼の呼び掛けに応えた。すると彼は嫌らしい笑みを浮かべながら僕を見下してくる。


「この試合、私に勝ちを譲れ!そうすれば、将来私が継ぐ家で雇ってやらんこともないぞ?」


「・・・へっ?」


彼からの突拍子もない申し出に、一瞬理解が追い付かずに変な声が漏れてしまった。


「だから、適当に私にやられて負けを認めれば、将来我が伯爵家で雇ってやることを考えても良いと言ってやっているのだ!分かったら、私の言う通りにするんだぞ!」


「・・・いや、嫌ですけど」


到底受け入れられない提案に、僕は素直に拒絶の言葉を返した。


「っ!!なんだと貴様!平民の分際で、貴族である私に逆らおうと言うのか!?」


「こんな公衆の面前で堂々不正をしろって・・・理解できないけど?」


そうは言ったが、まだ剣武術部門についてのアナウンスは続いているので、僕達の会話が観客席まで届くことはないだろう。そして、それを見越して彼は僕に不正を持ちかけているようで、嫌らしい笑みを浮かべていた。


「これは不正ではない。処世術というものだ。将来自分が安定した就職先に就きたいと考えるなら、これほど良い話はないだろう?」


さも僕が首を縦に振るのが当然と言う口調で、彼は僕に手を差し出してきた。事情を知らないものが見れば、試合開始前に正々堂々戦おうという握手を求めているように見えるだろう。彼がそのような行動に出たのは、この試合の審判である騎士が近づいてきたからだ。


(なるほど、僕が彼の手を握り返せば、申し出を承諾したという事になるのか・・・)


当然、就職のためにわざと負けようなどと考えてもいないが、握手を求める彼を拒絶しようものなら礼儀知らずのレッテルを貼られるという、実に考えられた策だと思った。


(まぁ、関係ないけどね!)


昔、お酒に酔った父さんから、こういった場合の対処法を武勇伝のように延々と聞かされたことがある。まさか自分がそんな状況に陥るとは思わなかったが、聞いておいて良かったと初めて思った。


握手を求める彼に僕は一歩近づき、とびきりの笑顔で彼の手をとった。


「だが、断る!!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る