第86話 予選 11

 僕の命を奪おうとする攻撃が迫る中、理解しがたい襲撃者達の様子に一旦闘氣を吸収して収め、自分達の仲間ごと吹き飛ばそうとしている自爆攻撃の無効化を図った。


「魔術妨害!」


一呼吸の内に数十個の魔力の塊を打ち出し、飛来する魔術に残らず叩き込むことで、こちらに襲い掛かって来ていた魔術は全て霧散して消えていった。


その結果を見届けること無く闘氣を纏い直し、地面が陥没するのも構わず、武器を手に斬りかかってきている襲撃者達を一気に跳躍して飛び越えた。


「「「っ!?なっ?」」」


襲撃者達は目の前から突然僕が消えたように見えたのか、驚きのあまり足が止まっていた。しかし、一塊で突撃してきていた為、後方の人は前方の様子が見えず、足を止めた前の人に激突してしまっていた。


襲撃者の集団がドミノ倒しの様になっている様子を空中から見下ろし、彼らを飛び越えてシェイドさんの近くに土埃を上げて着地すると、すぐさま自分の上着を脱いで、燃えている彼の火を消そうと身体を包んだ。


この場に魔術杖があれば水魔術を発動できるのだが、杖の補助無しに詠唱で自分の属性外の魔術を発動できる確信が持てなかったので、一刻を争う今の状況ではこれが最善だろうと判断した。


襲撃者達がこちらを取り囲む配置が完了してしまっているのも気掛かりだが、まずはシェイドさんを何とかしようと考え、火が消えた彼の状態を確認する。


「魔術が着弾した上半身は酷いな・・・でも、これなら手持ちのポーションでなんとかできそうだ」


彼の上半身の皮膚は真っ赤に焼け爛れていたが、幸い手持ちに中級ポーションが一つあるので、即座に治療が可能だ。小さく呻き声を上げる彼の上半身を抱き起こし、ポーションを取り出して飲ませようとすると、彼は力無く飲み込んでくれた。


すぐに苦しげな呻き声は安定した呼吸に変わり、火傷もみるみる内に治癒していった。彼がなぜ魔術の前に飛び出たのかは分からないが、もしかしたら僕を守ろうとしてくれたかもしれないので、とりあえず彼を死なせずに済んで安心した。



ただーーー


(どういうことだ?今の僕は隙だらけのはずなのに、一向に攻撃してこない?)


シェイドさんの治療中も周囲への警戒は怠っていなかったが、彼らは体勢を整えた後も攻撃してこようとはせず、まるで僕の治療が終わるまで待っているかのようだった。


(訳が分からない!一体この襲撃者達の目的は何なんだ?)


周囲を見渡しながら混乱していると、僕の方に向かって拳ほどの大きさの白い玉が飛んできた。ただ、その軌道は僕に向いておらず、かなり手前の方に落ちた。


その瞬間ーーー


『ボシュッ!!』


「なっ!?」


地面に落ちた玉からは大量の煙幕が漏れだし、辺りを灰色の煙で覆ってしまった。


(目眩まし?煙に乗じて攻撃を仕掛けてくるつもりか?)


そう考えて臨戦態勢をとるのだが、認識している気配からは相手の動く様子は感じられなかった。それどころか彼らは煙幕の玉を次々投げ込んできており、所々で破裂音が響いていた。


(何だ?いくらなんでも煙幕の濃度が濃すぎだろう?これじゃあ相手も何も見えないのに・・・)


相手も視覚に頼らず気配で標的の居場所を認識している可能性もあるが、それにしたって煙幕が濃すぎる。この大通りを覆える位大量に使用しなくても、目隠しとしては最初の一つで用は足りているはずだ。


(となると、煙に毒が混ざっている?いや、そうだとしても、これほど広範囲に煙幕を撒く必要はないはず。これじゃあ周辺の住民も巻き込んだ大量無差別殺人になる・・・何が狙いなんだ?)


相手の目論見が見えない今、下手な行動は取れないので、煙幕の煙を吸うことなく吹き散らす。


(すいません!道は後日直します!!)


息を止めながら誰ともなく心の中で謝り、闘氣を纏った拳を振り上げると、そのまま地面に勢い良く振り下ろす。


『ドッッゴーーーン!!!』


拳を地面に叩きつけた衝撃波で、辺りに充満していた煙幕の煙を吹き飛ばす。すると、驚愕の表情で僕を見つめてくる襲撃者達の表情が露になった。しかし、煙幕が吹き散らされたにもかかわらず、彼らは警戒してこちらを見るだけで動こうとしない。


(何だ?何かを待っている?煙幕は時間稼ぎ?)


最初の捨て身の突撃から一転して、急に行動を起こさなくなった彼らの目的を推察するも、まるで検討がつかなかった。その思考が、彼らに反撃するという積極性を僕から失わせてしまっていた。


その結果、判断を誤ってしまう。


「うぐっ・・・」


突如、急激な吐き気と共に身体の平衡感覚が失われ、地面に膝を着いてしまう。


(これは、毒か?でも、さっきの煙は吸っていないのに何で?いや、今考えるべきはそこじゃないな)


毒の影響と混乱で、上手く思考がまとまらないが、自分を落ち着かせて状況を把握することに努める。しかし、現状は最悪だ。武器は無く、念の為と持っていた回復ポーションはシェイドさんに使ってしまい手持ちは無い。光魔術を詠唱しようにも、毒のせいで集中が削がれるだけではなく、目の前の彼らがそうさせないだろう。


視界が揺れ、足元が覚束ないせいで立ち上がることもままならない中、僕がそうなるのを待っていたとばかりに一人の人物が動き出した。


「くっ!」


僕は真横に身を投げ出し、地面を転がるようにその人物からの攻撃をなんとか躱した。吐き気を必死に押さえながらも歯を喰いしばって顔を上げ、僕に攻撃を加えてきた人物を睨み付ける。


「何故あなたが・・・シェイドさん!?」


そこには焼け焦げた服を身に纏い、短剣を振り抜いた姿勢で残心しているシェイドさんの姿があった。


「何故、ですか?これから死ぬあなたは知らなくていいことですよ。それでは皆さん、あとは頼みますよ?」


感情を感じさせない無機質な表情でそう言い残し、彼は襲撃者から着替えを受け取ると、この場から消えてしまった。残ったのは僕を取り囲む50人を越える襲撃者達だけだ。


(くっ!最初から罠だったのか!アーメイ先輩の名を使って誘きだし、毒で弱らせ数で圧倒するつもりか・・・)


そう考えると、毒を盛られたタイミングはシェイドさんが準備した紅茶だったかもしれない。味や匂いに違和感は感じられなかったが、特殊な毒だったのだろう。更に彼は僕の装備を確認して、自分の身を犠牲にしてまで僕にポーションを使わせたのかもしれない。



 歪む視界の中、なんとか膝立ちになって迎撃体勢を整えようと詠唱を始めるが、当然の事ながら治癒が終わるまで待っていてくれるほど襲撃者達は優しくない。


「くそっ!」


一斉に襲い来る彼らをやり過ごすために、詠唱を破棄して闘氣を纏い、無様に地面を転がりながら攻撃を紙一重で躱していく。しかし、いつもの安定した闘氣が纏えず、ユラユラとした湯気のような闘氣で、どんどんと拡散してしまっている。


(まずい・・・これじゃあ、そう長いこと持たない。どこかで隙を作って逃げるか、詠唱するだけの時間を確保しないと・・・)


既に毒の影響で立ち上がることはおろか視界がボヤけているので、視覚による回避行動がとれず、目を閉じて気配を頼りに転げ回っているような状態だった。しかも、後方からは魔術師がバンバン魔術を放ってきているので、闘氣による防御が絶対的に解除できない状況に陥ってしまっている。


(くそっ、味方ごとお構い無しかよ!)


心の中でそう毒づく。既に僕を取り囲む周辺は、味方の魔術攻撃で重傷を負った襲撃者達が何人も倒れ伏している。しかも、その倒れている人達が邪魔で、うまく回避できないのだ。僕を確実に殺せるのなら、自分達はどうなってもいいという、まさに捨て身の策だ。


(誰かは分からないけど、随分と恨みを買ったようだね・・・)


おそらくこの襲撃者達はその何者かに雇われているのだろうが、自分の命を掛けてまで依頼を遂行しようとするなんて理解できなかった。理由を聞いてみたいところではあったが、声を出そうとすると嘔吐してしまいそうで、隙ができることを懸念して話しかけることもできない。


(あの殺気の無い違和感は、そういうことだろうな。とはいえ、彼らも引く気はないだろう。なんとか今の状況を打開しないと・・・)


先程から僕が地面を殴り付けたり、襲撃者の魔術による轟音が響いてもこの場に誰か来るような気配がなかった。この都市を巡回しているはずの騎士さえも姿を見せないとなると、あらかじめ人払いが済んでいるのだろう。そう考えると、依頼者はかなりの財力があって騎士団にも顔が利く人物。


そう考えが至ると、一人の人物が脳裏に浮かんでくるが、とにもかくにも今やるべきは、最善を尽くしてこの場を離脱することだ。


「うっ・・・」


頭ではどうすべきか分かっていても、身体が言うことを聞かない。これまで以上の嘔吐感と目眩に襲われ、地面に崩れて四つん這いになってしまう。それを好機と捉えてか、襲撃者達が一斉に襲いかかってくる。今の僕に出来ることは、可能な限りの闘氣を纏って防御に徹する事だけだ。


『『『ガガガギンッ!』』』


「「「っ!!」」」


僕を囲むように四方から振り下ろされた凶刃を、闘氣のみの防御力でもって押し止める。一瞬、斬られたと思ったが、多少の衝撃が身体に伝わったくらいで、硬質なものがぶつかったような音が辺りに響いた。いつか父さんが言っていたように、闘氣の扱いを極めれば防具など要らないと言っていたが、その域に近づけたかなと力なく笑った。


襲撃者達は、斬戟を闘氣で防がれた事に驚いたようで、剣を振り下ろした姿勢のまま固まっているようだ。彼らからは息を呑む気配が感じられたが、僕は必死だった。ままならない闘氣の制御を、必死になって展開して、全力で身体に纏っているのだ。



 次の瞬間、剣術師達が距離を取り、魔術が大量に打ち込まれてきた。その全てを歯を喰い縛って、更に大量の闘氣を纏う事で、飛躍的に向上している防御力に物を言わせて防いでいるが、魔術を防ぐ度にごそっと闘氣が失われていく。更に、精密な制御が出来ずにどんどん拡散してしまうので、これではあっという間に限界が来ることを僕自身感じていた。


(今日の予選で闘氣を使ってたのも痛いな。せめて魔術を使うだけの隙があれば・・・くそっ、なんで魔力と闘氣は同時に使えないんだよ・・・)


四つん這いになりながら絶え間なく打ち込まれる魔術の嵐に耐える僕の脳裏に、2つの能力が有りながら、それを同時に使えないもどかしさに毒づく。すると、次第に朦朧としてくる意識の中、不意に実家での母さんの言葉が浮かんできた。





「いい?エイダ。いくら2つの能力があっても、同時に使うことは今のあなたには出来ないわ!」


「そんなこと分かってるよ。それに、同時に使おうとしなくても、2つの能力を使うときには時間を空けないと倒れるんだから、そんな無茶なことしないよ!」


母さんの言葉に、身をもって味わったあの虚脱感と嘔吐感は忘れられるものではない。最近2つの能力を使う休憩時間が短くなってきていることに抗議する意味も込めて、僕は強めに母さんに主張した。


「母さんには魔術の能力しかないから、2つの能力を操るという感覚は分からないわ。でも、父さんの闘氣の扱いの話を合わせて考えると、いくつか推測できることもあるの」


母さんは僕の精一杯の抗議などどこ吹く風で、自分の言いたいことだけ話してくる。


「いい?魔術の本質は放出にあるけど、魔力の性質は固定にあるの。同時に、剣術の本質は固定にあるけど、闘氣の性質は放出にある。私のような一つの能力しかなければ、固定する魔力を放出する魔術に変換する事でいいけど、もし2つの能力を同時に使おうとすると・・・」


「・・・すると?」


話の核心になったところで、母さんが僕をじっと見据えて、妙に時間を掛けて溜めを作ってくるので、僕も真剣な表情で聞き入った。


「相反することを同時に処理しなければならないという脳の限界と、相反する力を同時に扱おうとする身体への負担が嘔吐感と虚脱感に繋がっていると考えられるのよ!」


「な、なるほど・・・で、僕はどうしたら良いの?」


「・・・さぁ?」


「さ、さぁって、母さん?」


「正直、ここから先は2つの能力を持つエイダ、あなたにしか分からないことよ?いつか自由自在に2つの能力を操れるように頑張りなさい!」


僕任せな母さんの言葉にガックリと方を落とすと、悪い笑顔を浮かべながら母さんが口を開いた。


「大丈夫よ!身体の問題の方は、母さんと父さんがみっちりと鍛えてあげるから!」


「ひぃーーー!!!」





 いつかの母さんとのやり取りを思い出し、確かに身体は2つの能力を時間を置かずに使えるまでにはなっている。では、情報を処理する頭の方はどうだろうと考えると、そこまでの域に達しているのかの不安はある。


(でも、やるしかない!この状況を打破するためには、2つの能力を同時に使用しなければ活路はないんだ!)


下手をすれば2つの能力を同時に使う反動と、毒の効果も相まって完全に意識を失うかもしれない。それはすなわち僕の死を意味することになるのだが、このまま何もしなくても結果は同じだろう。であれば、少しでも可能性のある方に今は賭けるしかない。


(やるぞ・・・2つの能力を同時に発動する!!)


朦朧としだす意識の中、僕は最後の力を振り絞る。

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