第87話 予選 12


 side ディーン・ホルム(襲撃者リーダー)



 暗殺依頼失敗におけるチーム『宵闇』の命運がかかった今回の作戦、依頼主からの支援もあり、まさに背水の陣で迎える総力戦だった。


暗殺に失敗したレイが投獄され、依頼主の貴族からは罵詈雑言が飛んできた。この手の仕事を担う者として、依頼人の素性はたとえ拷問されたとしても白状することはないと伝えるも、依頼人の怒りは収まらず、数日の内にあちらの手の者を差し向けて始末すると言われてしまった。


なんとか食い下がろうと、情報が流出しないという安全性を担保するためにも、レイの身柄を奪還する方が良いという話をしたのだが、それならば殺した方が手っ取り早いだろうと、にべにもない返答だった。


おそらくは何もせずとも必要な情報が聞き出せないとなれば、レイは処刑されるだろう。魔術騎士団長の嫡子である伯爵家のお嬢様を殺害しようとするというこ事はそういうことだ。ならば、少しでも口を割るかもしれないと言う危険性を排除するためにレイを処分すると言うのが依頼者の言い分である。


それでも尚、食い下がろうとする俺達に突きつけられた条件は、当初の依頼を遂行せよというものだった。しかし、その言葉に俺は渋い顔にならざるを得ない。


うちのチームで1、2を争う暗殺の実力を持つレイが失敗しただけでなく、情報ではSSランクのドラゴンとやりあう程の実力の持ち主だということが分かっている。


そんな人物を相手に、俺には勝算など見い出すことが出来ない。下手をすれば全員返り討ちに合い、チームが壊滅する可能性すらある。しかし、このチームは皆がみんな家族のような感情でもって集まっている。仲間を犠牲にするなんていう事は考えられない。


苦悩する俺に依頼人は、嫌らしい笑顔をしながらこう言ったのだ。


「暗殺に成功すれば、俺様の力で投獄された仲間を助けてやろう。しかし、この依頼を断るか失敗すれば、お前らのチームには全員仲良くあの世に旅立ってもらう。さぁ、どうする?」


そこにはもはや選択肢など存在しない。レイとチームの皆とこの先も生きていたければ、標的を殺すしか道がないのだ。即答できずにいる俺に、依頼人は更に言葉を続けた。


「大丈夫だ。こちらも協力は惜しまない。それに、奴を殺す作戦が整うまで、私の方で君のお仲間が処分されないように手を回しておこう」


そして数分の後、悩みに悩んだ私の答えは、依頼人の言いなりになることだった。




 次々に彼に向かって魔術が打ち込まれる状況の中、私は現実逃避するように過去の事を思い出していた。チームの全戦力を集結させて臨んでいる今回の作戦は、絶対に失敗することが出来ない。


大通り周辺の家の住民を、金を積んで一晩だけ俺のチームに住まわせてもらわせて、更に依頼人の執事が標的である彼の武装を解除させて誘き寄せる。あまつさえ、毒まで盛ってくれるというおまけ付きで。


この毒は、飲み物に混ぜ合わせて摂取させるだけでは効果を発揮しない。もう一つ、ある成分を持つ薬草を摂取させることで劇的な効果が生まれるが、どう加工してもその薬草の苦味が押さえられないため、慎重を期すために煙玉にその薬草を混ぜたのだ。


詳しいことは専門外のために分からないが、呼吸だけでなく皮膚からも成分が吸収されるということらしい。その効果はてきめんで、彼は煙玉に呑まれてから数分で、立ち上がれもしないほどの状態へと追い込むことができた。


本来ならこの時点でこちらの目的は達成していたはずだった。なにせ常人であれば10分程で死に至る劇薬だ。回復の手段を与えなければ確実に奴は死ぬ。実際、ポーションを執事に使いきった奴は、苦痛に顔を歪めながらのたうち回っていたのだから。


その様子に慢心すること無く、息の根を止めるよう攻撃の指示を出す。なにせ彼は聖魔術を使う事ができるのだ。詠唱のいとまを与えることはできない。しかし、四つん這いで動けない状態になっているにもかかわらず、彼は輝く深紅の闘氣を纏って攻撃を防いでる。


(信じられん・・・本当にノアである彼が第四階層に至っているとは。彼は俺達ノアの旗印になるべき男だったのに・・・残念だ)


自分達に可能性を見せてくれた人物を、自らの手で失おうとしてしまっていることに深い失望を覚えるが、自分達が生き延びる道はこれしかないのだ。彼に恨みは無いが、これも仕事だ。もはや失敗は許されない現状で、手心を加えるわけにはいかない。



 しかし、依頼の達成を半ば確信していた時、事態は予期せぬ方向へ動き出した。


(何だっ!?闘氣の色が・・・)


彼を纏う闘氣の色が、今まで見たこともない紫色へと変化しているのだ。その影響なのか、彼は激しい呻き声を上げている。その呻き声に呼応するかのように、闘氣の色も深い紫だったり薄い紫だったり、一瞬白銀色に変わったりもしていた。


(いったい彼の身に何が起こっているんだ!?)


異様な状況になってはいるが、攻撃の手は緩めてはいない。絶え間なく魔術を打ち込んでいるのだが、闘氣の質が変わったのか、先程以上に効いていないようにも見える。しかも、あろうことか彼の口許くちもとが何かを紡ぐように動いているのが見えた。


(っ!!まさか、詠唱をしている?あり得ん!!身体に纏うあの紫色のものは、闘氣ではないのかっ!?)


魔術が着弾する轟音で声は聞き取れないが、彼の動く唇を凝視すると、それが詠唱であることがハッキリと分かった。闘氣で魔術が発動できるはずが無いし、魔力が身体に纏うわけも無い。しかも、あの紫色をした何かは、闘氣のように攻撃を防いでいるのだ。もう訳が分からない。


(クソッ!こうなれば、もう一度接近攻撃で!)



 常識外の事態に混乱するが、彼の詠唱が完了する前になんとしてでも止めを刺さなければならない。幸い、彼は苦しそうにゆっくりと詠唱しているのでまだ間に合う。魔術攻撃を中止させると同時に、接近戦での総力戦を指示する。四つん這いになっている彼に向けて一気呵成いっきかせいに剣が振り下ろされるが、やはり紫色の闘氣のようなもので完全に防がれてしまう。


(マズイ、マズイ、マズイ・・・・)


皆、鬼気迫る表情で剣を振るっているのだが、私の焦りとは裏腹に、彼は詠唱を終えてしまう。



そしてーーー


一瞬、仄かな白い輝きが彼を包むと、肩で息をしながらもこちらをまっすぐに見つめて立ち上がってくる彼と目が合った。


「あぁ・・・終わったな・・・」


それはまるで死神に見つめられているような感覚で、本来チームを鼓舞する俺の立場からは絶対に言ってはいけない絶望の言葉が、自然と口から溢れてしまっていた。




「はぁ、はぁ、はぁ・・・」


 絶体絶命の危機に瀕した僕だったが、なんとか起死回生の手を打つことができた。


(まさか本当に2つの能力を同時に発動できるなんて・・・鍛えてくれた父さんと母さんには感謝だよ)


聖魔術を詠唱で発動して、毒に犯されていた身体を治癒すると、先程までの激しい嘔吐感はだいぶ薄れていた。おそらく毒の影響はもう無いのだろうが、今は別の理由で身体を激しい虚脱感と酷い頭痛に襲われている。


(ぐっ・・・やっぱり能力の同時発動は身体に負担が掛かるのか。昔、休憩を挟まずに魔力と闘氣を扱った時みたいな感覚だ)


当時はそのまま気を失って倒れたが、今はなんとか耐えることが出来る。ただ、問題はこの状態で戦闘が出来るかということだった。同時発動を解除しても、しばらくこの虚脱感と頭痛は続くだろう。しかもその症状は過去、母さんの聖魔術でさえ治せなかった。となると、僕の取るべき手段はこの場からの離脱だ。


幸いにして、立ち上がった僕を唖然とするように、今は襲撃者達からの攻撃が止んでいる。こちらを見る襲撃者達の表情は、何故か絶望したような顔をしているが、僕としてはさっさと逃げ出してベッドで身体を休めたいのだ。


しかし相手も必死なのだろう、後方から誰かの指示する声が聞こえたかと思うと、硬直していた剣術師達が再度襲いかかってきた。僕は頭痛に苦しむ頭を左手で押さえながら、最初に突き込んできた襲撃者の剣を右手で払う。


『パキィィン!』


「っ!!?」


「なっ!?」


虚脱感と頭痛のあまり、本当に剣の力の向きを変えるだけの動作だったにもかかわらず、僕の手の甲と接触した瞬間、何の抵抗もなく相手の剣が折れたのだ。その予想外の事態に、僕自身も信じられないと声を上げてしまった。


更に振り下ろされ、突き込まれてくる剣を、今可能な最小限の動きでもって身体全体を使って打ち払うのだが、僕の身体と武器が接触した瞬間に、まるで豆腐が触れるくらいの感覚を残して全て破壊していた。


そのありえない状況に、再度襲撃者達の動きが止まる。僕にとっても驚くべき状況で、自分の状態を確認するために腕や身体を見ると、そこで初めて自分の纏っている紫色をした闘氣のようなものに気づいた。


「な、何だこれ?どうなってるんだ?」


紫色のそれは不定形に蠢き、いつもの闘氣のように定着してはいなかった。とはいえ、拡散しているような感覚はないので、自分の身体にまとわり着いてくれているのだろう。ただ、その色は常時変化していて、濃い紫から薄い紫に絶えず色を変えていた。


(うっ・・・ダメだ。検証は後だ。とにかく今はここを離れよう)


正直言って今の自分の状態は、いつ倒れるかも分からない。感覚的に分かるのは、魔力と闘氣を混ぜ合わしている割合が影響しているのだろうということだ。薄い紫の時は比較的楽なのだが、濃い紫になると耐えられないほどの頭痛が襲いかかってくるのだ。


(目眩ましの隙に一気に離れよう)


僕はこの状態のまま拳を地面に打ちつけて、煙幕を払ったときの要領で周囲に衝撃波を起こし、その隙に逃げる算段を考えた。


そしてーーー


「ハァァァァァ!!!」


『ドッッッゴーーン!!!』


「「「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」」


「・・・あれ?」


想定外の威力に自分でも驚いてしまう。なにせ、今僕は自分の拳が作った深いクレーターの中心に居るのだから。直径10m程の大穴を作った割りには、大して手応えもないことに驚きながらも、今のうちにと地面を蹴ってクレーターから脱出し、襲撃者の包囲網から抜け出した。


まるで空を飛んでいるかのように、天高く飛び上がった僕に多くの襲撃者達の唖然とした視線が飛んでくるが、チラリと一瞥すると、極端に上がっている身体能力にものを言わして、消えるようにこの場をあとにした。



 風のように走った僕はあっという間に学院へ辿り着くと、限界とばかりに正門の前で倒れ伏してしまった。警備の門番さんの驚く声が聞こえてくるが、身体が休息を欲しているようで瞼が重い。


「だ、大丈夫か?」


「き、君は確か学院の生徒だったか?」


2人の門番さんが話しかけてくるが、既に答える余裕もないほどだった。僕の事を学院の生徒と認識してくれているようなので気を失っても何とかなるだろうと思っていると、遠くから驚きの声と共に誰かが走り寄ってくる音が聞こえた。


「エ、エイダ君!?だ、大丈夫ですか~?」


薄れゆく意識の僕の耳に届いたのはメアリーちゃんの声だったので、安心した僕は身体の欲求のままに瞳を閉じたのだった。

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