第60話 ギルド 15

 僕がスタンピードの作戦に参加する意思を示すと、皆が目を丸くしてこちらを見ていた。特にジーアとは、先程まで僕が参加するつもりがないと話していたので、驚きもひとしおだろう。


「そ、そりゃ、エイダが一緒になって参加してくれたら心強いが・・・いいのか?」


アッシュは僕の言葉の本意を問うように聞いてきた。


「確かに僕にメリットは無さそうだけど、だからといってせっかく出来た友人が、こんなところで何かあったら後悔するだろうからね」


具体的に「何か」とは言わない。いくら学院生は安全な場所に配置されるからと言っても、魔獣との戦いにおいて絶対というものはない。


飛行系の魔獣であれば大森林の入り口後方に設置すると言っていた防衛網を突破して、この都市まで襲撃してくる可能性だってあるのだ。作戦に参加する以上、万が一の事が起こらないとは言えない。


「それは嬉しいが、最悪このスタンピードを乗り切った後に、面倒事が降り掛かるかもしれないんだぞ?」


アッシュの言葉にしばらく僕は黙考する。彼が危惧しているのは、今回の作戦に参加することで、僕の非常識な実力が周囲に知れ渡ってしまい、不利益を被る可能性を心配しての事だろう。


「そうだとしても、アッシュを見捨てることはしないさ!僕は両親から『友人を作ってこい』って言われてこの学院に来させてもらったんだ。だったら、せっかく出来た友人が危険に晒されそうな時に何もしなかったら、2人から地獄のようなお仕置きをされちゃうよ!」


皆には冗談めかして伝えているが、それは起こり得る事実だ。父さんも母さんも友人の大切さを、この学院に来るまでに良く話してくれていた。 そんな2人が今のこの状況を知ったのなら、「友人の為に行動しろ」と僕の尻を叩く姿が簡単に想像できる。


主に母さんの・・・。



「ははは、何だよそれ?・・・だけど、ありがとな!」


少し照れたような仕草で僕に感謝するアッシュに、なんて事ないと伝える。ついでに少しのからかいを込める。


「気にしないでいいよ!それに、カリンも物凄く心配してるようだしね!」


そう言いながら、カリンへとアッシュの視線を誘導すると、彼女は急に話を振られて動揺してしまった。


「べ、別に、心配するのは当然でしょ!?大量発生した魔獣と戦うなんて、ノアであるアッシュには危険すぎるんだから!」


そう言うと、カリンは顔を赤らめてそっぽを向いてしまった。そんな彼女にアッシュは歩み寄り、優しく頭に手を乗せると、優しい表情で語り掛けていた。


「心配してくれてありがとな。ちゃんと帰ってくるから、待っててくれ」


「っ!!か、帰ってくるのは当然よ!絶対無事に帰ってきてよ!」


「ああ!俺が言うのも変だが、エイダが居ればなんとかなるだろう!何てったって実地訓練じゃあ、俺達3人をあんな状況下の中、一人で守ってくれたんだからな!」


白い歯を見せながら笑顔で僕に語り掛けてくるアッシュに、僕も皆を安心させるように笑顔で答えた。


「そうだね!それに今回は僕だけじゃなく、多くの人が作戦に参加するんだし、きっと無事に帰ってこれるよ!」


そんな僕の言葉に、ジーアが身を乗り出してきた。


「せやったら、このスタンピードが終わった後に、皆で打ち上げと称してあのレストランでも行こか?」


「おいおい、あの店はそう簡単に行けるところじゃないぜ?また、アーメイ先輩にでも連れてってもらうのか?」


あのレストランの料理はとても美味しく、思い出すだけで涎が出てきてしまいそうだが、アッシュの言う通り、つての無い僕らはそう簡単に訪れる事が出来ないお店のはずだ。


「ふっふっふ!ウチの事を侮っては困るで!?前回、アーメイ先輩に連れていって貰った後に、しっかり顔繋ぎしておいたんや。フレメン商会の名前を出せば、今ではウチでも予約が取れるんやで!?」


「おぉ、さすがジーア!いったい、いつの間に!?まったく、商人の鏡だね!」


「イヤやわぁ、エイダはん!ウチを褒めたって、何も出んで?」


素直な僕の称賛を、彼女は言葉とは裏腹に得意気な表情で喜んでいるようだった。そんなやり取りをしていると、なんだか皆の雰囲気も良くなったようだ。


「よし!後の予定もしっかり決まったことだし、当日まで入念に準備して、スタンピードを乗りきってやるか!」


「おうっ!」


アッシュの宣言に僕が声を上げた。彼の緊張感もある程度解けたようで、このまま程よいモチベーションを当日まで保つことが出来れば、ベストなコンディションで作戦を迎えることが出来るだろうと感じていた。



 その後、教室に入ってきたフレック先生に僕とアッシュのスタンピード参戦の意思を伝えると、アッシュの事は既に聞き及んでいたようで大して反応していなかったが、僕の方は予想外だったようで、結構驚かれてしまった。


それでも先生は、みんなの雰囲気に察するところがあったのか、特に何を言うでもなく了承してくれた。参加希望者は、このあと再度講堂に集まって、具体的な状況や作戦内容を伝えるとの事だった。


あの場でスタンピードに関する詳細な内容を言わなかったのは、生徒の精神に配慮して無用な混乱を防ぐためだったらしい。確かにさっきの学院長の話だけでは、どのくらいの規模のスタンピードなのかも、作戦がいつ決行されるのかも不明だったので疑問に思っていたところだ。理由が分かれば納得だが、このあとすぐに再集合となると、事態は思ったよりも切迫している状況なのではと邪推してしまう。



 そして、先生の指示通りに再度講堂へと移動すると、既に数人の生徒達が集まっていた。パッと見30人程だろうか。広々とした講堂に入った瞬間は注目を浴びたが、集まっていた人達は僕とアッシュを一目見てすぐに興味を無くしたようにしていた。


それはおそらく、僕らの着ている複合クラスの制服のせいもあるだろう。ノアである僕達は、今回の作戦には戦力外だと思われているのかも知れない。


(もしかしたら、邪魔者とまで思われているかもしれないな。変に突っかかって来る人が居なければいいけど・・・)



 そんな僕の心配は見事に的中し、嫌悪感丸出しで近づいてくる3人の生徒がいた。彼らは襟に【Ⅱ】と刺繍された剣武コースの制服を着ている。見たことも無い顔だが、襟の刺繍からおそらく2年生だろうと予想できた。



「おいおい!まさか1年のノアまで参加とはな!俺らの足を引っ張るのだけは勘弁して欲しいぜ!」


「まったくだぜ!足手まといを守りながらじゃ、満足に戦えないっての!」


「くくく。まぁそう言ってやるなよ!ロイド家のお荷物は、こういった場所で活躍しないと肩身が狭いんだろ?」


「違いない!」


「「「ははは!!」」」


3人は僕らというか、アッシュを見下して、言いたい放題話していた。その言葉に、アッシュは悔しそうに歯を喰いしばって下を向いていた。アッシュのその様子に、もしかしたら彼らとは貴族として付き合いのある者達なのかもしれないと察した。


彼らはこちらを見下してはいるが、先程の教室での話の中で、今回の作戦に参加するのは貴族の継承権を持たない次男以下が参加するだろうと言う事だったので、そう言う彼らも今回の作戦に参加することで、自らの株を上げようとしているはずだ。


(そう言う意味では、彼らもアッシュも同じ状況のはずなのに、何でこんなにこっちを見下したがるんだ?)


彼らの言った言葉は、ノアと言う部分を除けば、そっくりそのまま自分達へも帰ってくる内容だと言うのに、彼らにはまるでその自覚がなかった。その不自然さに僕は、ただただ首を傾げた。


そんな僕の態度が気にくわなかったのか、彼らから苛立だしげな表情で睨まれてしまった。


「あ?何だお前?一年の平民が、貴族である俺達に向かってその態度は?平民は平民らしく頭を下げろよ!」


「まさか、田舎じゃあ貴族なんて居ないから、挨拶の仕方も知らないってのか?」


「ははっ!なら、俺達が貴族様に対する挨拶の作法ってやつを教えてやらねぇとな!」


3人はそう言い出すと、嫌らしい笑みを浮かべながら僕の前に立ちはだかり、笑いながら命令してきた。


「いいか、平民。まず、俺達のような高貴な貴族様に出会ったら、地面に這いつくばって靴を舐めるんだ!綺麗にな!」


「え?」


想像の斜め上をいくあまりの要求に、僕は素で声が出てしまった。


「ははっ!そりゃいいな!おい平民、ちゃんと靴の裏まで舐めろよ?」


「ってかお前の靴って、この前魔獣の臓物とか踏みつけてなかったか?」


「ばっか!だからこの平民に綺麗にしてもらうんだろ?」


「ぎゃはは!なるほどな!」


彼らのやり取りに、僕はどこか他人事のように呆然と聞いていた。これがこの国の貴族の子供なのかと愕然としてしまう。


(これなら最初の実技の授業の時にアッシュやカリン達に絡んできた人達の方がマシか・・・上には上が居るもんだな・・・)


そんな呆れたような感情で、僕に理不尽な要求をする彼らを見つめていた。そんな心情が表情に出てしまっていたのか、今までこちらをこき下ろして笑っていた彼らは、次第にイラつき出していた。


「ちっ!こいつ、生意気な目だな」


「ノアで平民なんだろ?お前なんて生きてる価値もないんだから、俺らの言うことぐらいさっさと聞けよ!」


「ふんっ!俺がやりかったってやつを教えてやるよ!」


そう言うと、彼らの中の一人が僕の頭を押さえつけようと手を伸ばしてきた。彼らの態度、僕らノアを見下して当然と言う考え、あまつさえ人を人とも思わないような扱いをしようとしている事に、怒りを感じないわけは無かった。


騒ぎを起こすつもりなどないが、一言ひとこと言ってやらないと気が済まない。一瞬、その後の学院生活への影響も頭の片隅に過ったが、今は彼らの考えを否定することに気が割かれてしまっていた。


「先輩達からの教えは、遠慮しますよ」


頭一つ分後ろに下がって伸ばされた手をすげなく躱すと、冷たい笑顔を彼らに向けてそう言い放った。その言葉は当然のように彼らの怒りを買ったようで、射殺すような視線と共に怒声を上げてきた。


「あ?てめぇ、何言ってやがる?」


「こいつ、自分の立場ってもんが分かってないんじゃねえか?」


「やれやれ、ノアの平民が世間にとってどんな存在か、貴族でもある俺達先輩が教えてやらねぇとな!」



 講堂は次第に騒がしくなっていき、周りの人達は僕らを避けるように、遠目から興味深げに事の成り行きを見ているだけだった。ただ、その表情は一様に面白そうなものを見るようなものだった。


(はぁ・・・誰もこの人達を諌めようともしないのか。と言うか、周りの人達にとってもノアというのはそういう存在ってことか)


見下されて当然。人間扱いされないのも普通の事。そんな意識が当たり前のように学院にも世間にもあるんだろう。そんな狭い認識に囚われているなら、僕が現実を突きつけてやろう。


「さてさて、どう教えてくれるんですかね?」


僕はおどけるような言葉を選んで、彼らを軽く挑発した。すると、思惑通り簡単に挑発に乗ってきた。


「随分と生意気な口を叩きやがるな。当然、体に教え込むに決まってんだろ!?」


「泣き叫んで、無様に床に這いつくばって許しを請うんだな!」


「安心しろ、この学院には聖魔術を使える教師が居るからな。余程の怪我じゃなければ治るだろうよ!」


そう言いながら、彼らは身体に闘氣を纏わせ始めていた。どうやらヤル気満々ということらしい。その状況に、今まで事の推移を困惑して見ていたアッシュが、素早く僕と彼らとの間に割り込んで、あろうことか土下座をしていた。


「すみません先輩方!彼は貴族社会に疎く、礼儀を知らないのです!今回の事はどうかロイド侯爵家の一員である私の謝罪に免じて、お許しいただけないでしょうか?」


「っ!!ア、アッシュ?」


床に額を貼り付けるような土下座をしたアッシュの行為に、辺りが一瞬にして静まり返った。


「「「・・・・・・」」」


アッシュのあまりにも潔い土下座からの謝罪に、虚を突かれた先輩達は動けなくなってしまっていた。しかし、彼らは既に引っ込みがつかなくなっているのか、アッシュの土下座を前にして狼狽えた自分達を振り払うように一層声を荒げて、あろうことか手近に居た一人が土下座しているアッシュの頭を、闘氣を纏った状態で踏みつけようとしてきた。


「う、うるせぇ!!今さら謝っても遅いんだよ!」


「そうだ!てめえらノアは、そうやって俺達に這いつくばってりゃいいんーーーっ!!」


アッシュの頭が踏みつけられようとした瞬間、僕の本気の殺気が眼前の3人の意識を飲み込んだ。


「おい、いい加減にしよろ?」


自分でも驚くくらいの冷たい声が、自然と口から溢れていた。僕の殺気を乗せた声は、「死」という人間の根幹的な恐怖を揺さぶるかのように、直接その声に当てられた3人は口から泡を吹いて仰向けに倒れたかと思うと、講堂の床を自分のもので汚していた。


そして、影響が出たのは当然その3人だけではなく、講堂に居た全ての生徒達は恐怖に身を竦ませて、自分の腕を抱き抱えながらガタガタと震えていた。中には頭を抱えてしゃがみこんだり、奇声を上げて発狂する者さえいた。



 そんな混沌とした状況に、2人の人物が現れた。


「な、何ですかこれは?」


「い、いったい、どうしたんだ?何があったのだ?」


講堂に現れたのは聖魔術の使い手で、1年生の寮母でもあるメアリーちゃんと、アーメイ先輩だった。

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