第54話 ギルド 9


side レイ・ストーム



 ポーターという立場を利用して、依頼対象の情報収集を一旦終えた私は、平民街にある拠点へと戻ってきていた。


自分専用の個室に入り、衣服を投げ捨ててベッドへとダイブする。しばらく何も考えること無くゴロゴロして現実逃避を終えると、思い返されるのは今回のターゲットである人物の異常さだった。


「はぁ・・・何あれ?無理でしょ!あんなの相手にしたら余裕で殺されるわ!」


私特製の、の笑顔が刺繍された抱き枕に顔をうずめながら、今日見た出来事を思い浮かべて愚痴を吐く。


先行していたチームから情報を引き継いだときには、対象の実力がよく分かっていなかった。だからこそ私は今回の任務もいつも通りだと、そう考えていた。しかし、現実は私の想像を遥かに越えていて、今回の任務からは手を引くべきだと、私の中の本能が警鐘を鳴らしている。いや、鳴らしまくっている。


「あの闘氣の扱いだけでも驚いたのに、その後に見せた魔力の精密制御・・・ありえないでしょ。誰よ、ノアの実力は大したことないって言い出した奴は!」


誰が聞くともない愚痴を枕に向かって叫びながら、自分もノアだということを忘れたかのような言葉を溢す。


「はぁ・・・ミノタウロスのお肉、美味しかったなぁ・・・」


お昼に食べたミノタウロスのステーキの味を思い出すと、今でも口中に涎が溢れてくる。それは、彼がミノタウロスの群れを引き連れ、瞬く間に討伐した後の事だった。



 そろそろお昼の時間だからと、彼は討伐したミノタウロスをあっという間に角、皮、お肉、内蔵、骨、魔石と切り分けていき、5分もしないうちに一匹を各種素材に解体していった。その様子は熟練の職人の様な手つきで、僅か13歳の少年がどんな環境にいればあれだけの実力と、これだけの技術を持っているのかを想像させられた。


しかもその後、彼は魔術を使ってミノタウロスでも一番美味しいと言われるサーロインの部分を調理し始めたのだ。先の討伐で闘氣を使用してから数十分も経たずにだ。


(あれは異常・・・あり得ない!ノアなら誰でも知っている常識よ!2つの能力を使用する場合には、最低でも1時間以上の間隔を空けないと身体に異変をきたすはずなのに、平然とその常識を無視する・・・出来るなんて・・・)


更に彼は魔術を精密に制御して、火魔術を薄くお肉に纏わせることで、絶妙な火加減でもって焼いていたのだ。焼きながら滴り落ちてくるお肉の脂の香りで、口中に涎が溢れてきたのを思い出す。


(あんな魔術の制御なんて見たことも聞いたことも無いわ!おそらく形状変化をしてるんだろうけど、あんなに精密に出来るものなの?というか、そもそもあの杖が魔術杖だってのも驚きだったけど・・・)


魔術杖というのは、先端に丸い魔石が付いているのが一般的だ。しかし、彼が持っていた杖は魔石の部分が6面体になっていて、棒の部分はミスリルだったため、私は打撃用の武器なのだと勝手に考えていたのだ。


(あ~も~!訳わかんない!こんなの、何て報告すればいいのよ!今回の依頼は手を引いた方が良いと進言する?・・・無理ね。一度引き受けた依頼を途中で放棄したら、信用問題になる。はぁ・・・)


どうすべきかと考えを巡らせていたが、結局良い考えも思い浮かばず、私は重い腰を上げてリーダーへと報告に行くのだった。


「今回は頭ナデナデは無しかなぁ・・・」




 ミノタウロスのお肉の納入では、事前に想定していた金額よりも多く、7万コル以上のお金を稼ぐことができた。ポーターの皆さんには別れ際に、「今後もよろしくお願いしますね」と声を掛けたのだが、何故か皆一様に苦笑いを返されてしまったのだ。


元々いつもポーターをしているわけでは無いということなのか、僕が無理を言って大量のお肉を運ばせてしまったのが悪いのかは分からない。そもそも、あのオジさん2人だったら身体的なハンデがあっても、Cランク位ならこなせそうだし、レイさんも気配を消す術に長けているようだったので、上手く自分の能力を活用すれば様々な依頼をこなせそうな気がしていた。


とすれば、そんな実力のある人達に毎回のようにポーターを頼んでしまうのは失礼になってしまうだろうし、お金に目が眩んで忘れていたが、周囲と比べて目立った成果を挙げ過ぎてしまうと、どこぞの貴族から目を付けられる可能性もある。


(それが僕が理想とするような貴族なら良いんだけど、逆だった場合はただただ面倒事に巻き込まれるだけになるからなぁ・・・)



 そんなことを考えながら、僕は今、学院の教室にて昨日の依頼の報告書を書きあげている。他の皆は依頼中で、昨日の夕食に聞いた話では、アッシュは今日にもキラービーの駆除が出来そうだということだし、カリンやジーアも今日で依頼が達成できそうだと話していた。


皆には僕がEランクになったことを話したのだが、一瞬驚いた顔をしただけで、すぐに「まぁ、当然か」という話になった。ただ、あまりにも目立った成果を挙げつつあるということで、皆からは僕が今後どうしていきたいのかを聞かれてしまった。


「はぁ、どうしていきたいか・・・平穏に過ごしたいのか・・・それとも名を挙げて有名になりたいのか、か・・・」


この学院に来たそもそもの目的は、第一に友人を見つけること。次に将来の就職先を見つけることだった。一番の目的は達成できているし、就職先についても何とかなりそうだと考えている。


自分の両親の実力があまりに僕と隔絶していたこともあって、僕の実力なんて世間一般から見たら大したことはないと思ってこの都市に来ていた。


しかし、色々な経験を積むことで、自分が世間から見てどの程度の実力を有しているかが理解できてきたと同時に、いかに両親が非常識な存在だったのかを理解することも出来た。


つまり、このまま自分の実力を見せつけていけば、ギルドランクでAに昇格することも可能だろう。その代わりに面倒な貴族とのいざこざや、他国との戦争の矢面に立たされることは必至だ。


かといって実力をひた隠ししてはAランクに至るのは無理があるだろう。その場合には、親の跡を継いで生産職にでもなるかだ。


最近ずっとこの問答を繰り返し考えているが、未だに自分の中で答えを見つけられていないのが現状だ。その為、とりあえずどうしていくかの道を決めるまでは力を抑えて、そこそこの実力を見せ、そこそこの成果を挙げるようにしようと考えていた。



『ガチャ!』


「おっ!エイダ君、ちょうど良いところに!」


 僕が学院へ提出する報告書を書いていると、フレック先生が教室へ入ってきた。僕を見つけると先生は、笑顔を見せながら机に歩み寄ってきた。


「どうしたんですか先生?」


「いや、実はギルドの方から君に呼び出しが掛かっていてね。何でもランクの昇格についてのようだ?」


「・・・えっ?僕は昨日Eランクへ上がったばかりですが、そんなにポンポン昇格するものなんですか?」


「まぁ、普通じゃないが、前例が無いわけでもないさ。実力があれば難しい依頼をこなして欲しいというギルドの思惑がある!ただ、このままいくとかなり目立つ存在になるのは避けられないだろう」


「はぁ・・・そうですよね」


先生はまさに僕が今悩んでいることについて、現状を指摘してきた。既にある程度目立ってきてしまっているために、このままだと僕の危惧する未来に一直線な気がしてきた。そんな僕の様子に先生は、ポンッと肩に手を置いて語りかけてきた。


「まだ自分の将来を決めきれていないなら、前に言ったように程々を心掛けることだな。世間的に見ればDランクであれば決して目立つ存在じゃあない。しかし、学院に限ってみればノアのDランクというのは非常に忌避な目で見られる可能性もあるぞ?」


「忌避の目ですか?」


「そうだ!人は自分の理解できない存在に恐怖心を抱くものだ。大人になれば知識や経験から納得出来ることも、子供の内には理解できない事だってある。それは恐怖となって、時には良からぬ行動に出る者もいる」


「・・・それはどんな行動ですか?」


「例えば、ノアである存在が自分より実力で勝っていると知れば、自分という存在を脅かす存在を排除しようと考える輩も出てくるかもしれん」


「別に僕は誰かを脅かそうなんて考えてないですよ?」


「ははは、君が直接的に脅かすという意味じゃない。言ってみれば、エイダ・ファンネルというノアの存在は、単一の能力を持つ者達のアイデンティティを脅かすということさ。だから、君が何もしなくても存在自体を邪魔に考えてしまうという事さ」


「・・・それは、まぁ、迷惑な話ですね」


「君にとってはね。しかし、ノアではない者達にとっては、そう考えるに足る実力を君は有しているということは理解した方がいい」


理屈としては理解できないわけではないが、その矛先を向けられる身になれば話は違う。僕としては、勘弁してくれと言う思いだ。


「そうですね。よく考えて行動するようにします」


「それが良いだろうな。ただ、エイダ君は私達ノアにとってみれば希望とも言える存在だ。私としては思いっきりやって、今のノアを取り巻く環境をぶち壊して欲しいがね!」


先生は冗談めかして笑いながらそんなことを言ってきたが、何となくその声音からは、先生が本気でそんなことを言っているのではないかと感じた。



 先生に報告書を提出してからギルドに向かうと、受付嬢から2階の会議室に向かうように案内された。以前ギルドに登録に来た時と同じ会議室へ入ると、一人で席に座ってぼんやりと待っていた。


『コンコン!』


「どうぞ!」


「失礼します」


扉がノックされると、入ってきたのは以前登録でお世話になったミリアスさんだった。僕の姿をチラリと確認すると、そのまま壇上に上がり、持っていた資料を壇上の机に置くと、眼鏡の位置を直してから口を開いた。


「本日は急にお呼び立てしてすみません。ギルドの調査員から目を疑う報告がなされましたので、その確認を行います」


「は、はぁ・・・」


先生から聞いていた話と少し違う状況に戸惑っていると、彼女は事務的な声で持って来ていた報告書を淡々と読み上げ始めた。


「ではまず、大森林での移動に際して自身は闘氣を使用せずに、闘氣を使用したポーターと同程度の速度と持久力があったとありますが、これは事実ですか?」


「へっ?あ、はぁ、そうですね。・・・昨日は皆さんとの歩調を合わせるために使ってなかったですね」


「・・・そうですか。次に、単独で約10匹のミノタウロスの群れを討伐したとありますが、これも事実ですか?」


「そうですね。ポーターの方達とは荷物の運搬しか契約していませんでしたから、その他の事については何もお願いしませんでしたので・・・」


「報告では、全て一撃で急所である頭部を貫いた、とありますが?」


「下手に痛め付けてしまうと、お肉の質が落ちてしまうって言われたことがありますから・・・何か不味かったですか?」


「いえ、そういう意味で聞いたのではないのですが・・・」


「はぁ・・・?」


「それから、闘氣の使用後、数分で魔術を行使したとありますが、間違いないですか?」


「そうですね。お昼の時間でしたので火魔術を使って簡単な調理をしましたね」


「はぁ・・・火魔術で料理ですか・・・相当な制御を必要とする技術だと思いますが?」


「はい。魔力の精密な制御が出来なければ真っ黒焦げになっちゃいますからね」


そう言うとミリアスさんは眼鏡を外し、目頭を押さえながら何か考え込んでしまったようだ。


 しばらく部屋の中を沈黙が支配すると、眼鏡をかけ直したミリアスさんが少し語気を強めた。


「確認ですが、雇ったポーターとは以前から知り合いで、何らかの情報操作をするために口裏を合わせていませんか?」


「・・・はぁ?いやいや、そんなことありませんし、そんなことして何になるんですか?」


「例えば、ギルドランクの昇格を不正に引き上げようとしているとか・・・虚偽の情報を都市中に拡散して、混乱を巻き起こすとか・・・ですかね?」


「こ、混乱って・・・そんなこと・・・」


「あなたが何らかの組織に所属しているとすれば、そういった疑いにも信憑性が増すんですがねぇ・・・」


眼鏡を直しながら疑いの眼差しを向けてくるミリアスさんからは、僕を蔑視しているような雰囲気が漂ってくる。正直、僕の何をそんなに疑って警戒しているのか、訳がわからない。


どうしたら良いのか分からず首を捻っていると、『バンッ!』という音と共に部屋の扉が乱暴に開かれた。


「おいおい、ミリアス?ワシの指示もなく、何をやってんだ?」


「っ!!リフコス支部長!?」


ギルド支部長の登場に最も驚いていたのは、壇上に居るミリアスさんだった。

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