第55話 ギルド 10

 突然部屋に乱入してきたリフコス支部長に動揺を見せたミリアスさんだったが、すぐに取り繕うと、いつもの澄まし顔になっていた。


「支部長、本日は会議と聞いておりましたが、いかがされたのでしょうか?」


「議員の一人が急用でな、会議は延期になった」


「・・そうでしたか。ですが、何故この部屋へ来られたのですか?」


「ワシに隠し事とは感心せんな。ミリアス、お前の考え方は分かっておるが、それを他人に強要するものではない」


「・・・何の事を仰っているのか、理解できませんが?」


2人の視界の中には、僕が居ないかのようなやり取りが進んでいった。その気まずい雰囲気の中で、僕は出来るだけ身体を小さくして存在感を無くすことに努めていた。


「昔から何度か指摘したが、自分の物差しが常に正しいとは思わぬことだ。お前には他者の考えや在り方を許容する心が欠けておる」


「・・・ノアとは忌避されるべき存在。人間になり損なった欠陥品です。そんな存在が私達よりも実力があるなど、あり得ないことです。必ず不正があります。私の仕事はその不正を見破り、しかるべき処置をーーー」


「ミリアス!!」


「っ!!」


お腹に響くような支部長さんの怒声に、ミリアスさんは子供のようにビクッと肩を縮こませた。


「ノアであろうが何であろうが同じ人間だ!そこに貴賤などない!」


「そ、それは建前です!確かにノアは、私達単一の能力者よりも実力的に劣っています!」


「それは全てにおいてでは無いだろう?武力的に劣っていても知力に勝るノアは居るし、目の前に居るエイダ君のように、武力に勝る者だって居るのだ。自分の常識が世界の常識ではない!」


「っ!!・・・」


支部長さんの言葉にミリアスさんは、苦虫を噛み潰したような顔をして僕に視線を送ってきた。その表情は、はっきりと納得できないといった感情が込められているようだった。


 僕にとっては支部長さんの言葉は理解できる。今までは両親と自分という比較対照しかなかったのが、この都市に来て、友人や先生と出会ったり、様々な書物から得られる知識を学んだりしたことで、僕の常識は様変わりしたと言っても良いだろう。


つまり支部長は、自分が実際に経験したことや知識を習得することで、常識というものは変化するものだと言いたいのだろう。だからこそ、ミリアスさんの凝り固まった考え方に声を荒げたのかもしれない。


(ノアである僕からしたら、支部長さんの考え方はありがたいな。どんなに成果を挙げたとしても、ノアであるというその一点だけで今回みたいに不正を疑われるんじゃたまらない・・・)


しばらくミリアスさんからの視線を正面から受けていると、フッと彼女は目を逸らし、書類を抱えて部屋の出口へと向かっていった。


「私は自分の職務を果たしただけです。例外が存在することは理解できますが、あくまで例外です。それを全てだと表現するのは暴論です」


「それは分かっておる。しかし、ギルドに必要なのは公平性だ。お前の今回のやり方に、その公平性はあったのか?よく考えてみろ」


「・・・失礼します」


すれ違い様の支部長さんからの言葉に苦い顔をしたミリアスさんは、短い言葉と共に部屋をあとにした。




「はぁ・・・すまんな、エイダ君」


「い、いえ、こちらこそ何だかすみません」


ミリアスさんの居なくなった部屋で、支部長さんが僕の座っている机の横まで来ると、頭を掻きながら謝罪の言葉を口にした。


「君が謝ることじゃないんだが・・・あの子もあれで、普段は優秀でね。あの性格のおかげで助けられたこともあるんだが、今回ばかりは自分の考えに囚われすぎて、同僚すらも疑ってかかっちまったようだからな・・・」


支部長さんは、心底残念そうな口調で彼女についてそう語った。


「ミリアスさんなりに職務を遂行したと思いますので、僕が何か思うことはありません。ですので、その同僚の方のケアを優先してください」


「・・・ははは、君はまだ13歳のわりに、随分大人びてるようだな!」


「はぁ、たぶんこの歳になるまで同年代の友人が居なかったせいかもしれませんね。幼い頃から僕の周りには大人しか居ませんでしから・・・」


「ほう・・・なるほどな」


僕の返答に支部長さんは、何事かを考える仕草をしながら目線を逸らすこと無く見据えてくる。


「とにかく今回の事は悪かったな!君のランク昇格は問題ないから、あとで窓口へ行って申請するといい」


「分かりました。ありがとうございます!」


笑顔でお礼を言う僕に、支部長さんは表情を変えると、真面目な顔で僕の事を覗き込みながら聞いてきた。


「時に、君は何故ノアがこうまで卑下されているのか知っているかね?」


「理由ですか?力が劣っているからではないですか?僕達ノアはどんなに鍛練をしても魔術も剣武術も極めることが出来ませんから・・・」


「極められないのは単一の能力者とて同じだ。ここ数百年の内で魔術でも剣武術でも、極めたのはたったの2人だ。ならば、極められないからと言って見下される謂れはないだろう?」


「それはそうですが、一般的にノアは第三段階を越えることが出来ないと言われているので、そういった部分もあるのではないですか?」


「それこそ、工夫次第だと思うがね?2つの能力が扱えるノアにとって、どちらかに絞る必要など無い。どっちつかずで器用貧乏になると表現されがちだが、応用の幅が広いとも言える」


「それは・・・そうですね」


そう言えば、みんな学院での自己紹介の際には、「」と自分の得意な方の能力を話していた。つまり、別に両方使おうと思えば使えるということだ。



使わない理由は大きく2つだろう。支部長の言うように両方鍛練しようと思えば中途半端になるので、一つの能力に集中した方が効率が良いと言うこと。


もう一つは、両方の能力を使用する際のインターバルだ。幼い頃から2つの能力を交互に使ってきた僕でも、最初の内は2つの能力を使用する間隔が短いと倒れていた。ほぼタイムラグ無しに使用できるようになったのは最近の事だ。


身体が馴れたのか、生まれつきの才能なのか、両親の指導が良かったのかは不明だが、この世界にとって2つの能力を使用するには、時間を空けないといけないと言うことは常識だった。


(学院に来て初めて知ったけど・・・)


逆に言えば、この2つの問題を乗り越える事が出来れば、ノアと言う存在は様々な状況下において応用の幅の利く存在と表現できなくもない。そういった見方をすれば、ノアというのは優秀な存在なのではないかとも思えてくる。


支部長の言葉に色々と考えさせられていると、彼の目が鋭く光ったような気がした。


「君は、今のノアに対するこの社会のあり方を変えたいと思っているかね?」


「社会を・・・ですか?」


「そうだ。例えば、ノアに対する世間の考え方は、誰かが意図的に操作した結果だとしたら、元の姿に正そうと考えないか?」


「・・・僕にはそこまで大それた様な考えはありません。ただ・・・」


「ただ?」


「ノアであるというだけで白い目を向けられるのは、気持ちの良いものではありません。ですから、せめて先入観にとらわれないものの見方をして欲しいですね」


僕には社会の考えを変えよう、などという思いは無い。しかし、だからといって無条件に見下されても良いというわけでもない。ほんの少しノアを見る角度を変えて欲しいだけだ。


「・・・そうか。この世界には様々な考えを持つものがいる。常識を越えた実力を見せたり、人の考えを変えさせようとすると、時に人は予想外のありえない事態を巻き起こすこともある」


「そ、そうですね」


重々しい口調で告げられる支部長さんからの言葉に、僕はただ頷くことしか出来なかった。


「うむ。今後、何か行動を起こす際に悩むような事があれば、その事を忘れるなよ!」


そう言いながら支部長さんは、じっと僕の瞳を直視してきた。


「分かりました」


そうして話しは終わり、一階の受付でランクの昇格手続きを行ったのだった。




 side エリス・ロイド


「それで、現状の彼については危険な思想を抱いていないということでいいのですか?」


「まぁ、そうだろうな。考え方こそ大人びてはいたが、まだ13歳の子供だ。本心を完璧に隠しているとも思えん。それに、何故か自分の実力を過小に評価している節があるらしい」


「過小?何故です?」


「娘の推測もあるが、おそらく両親の実力が強大過ぎるせいで、今の自分の立ち位置に混乱しているかもしれない、だとよ!」


「・・・なるほど」



 ギルド・フォルク支部の3階の一室。そこではこのギルドの支部長と私服姿のエリス・ロイド近衛騎士団団長が、テーブルに向かい合って話をしていた。この一室は隠し部屋になっており、普通に3階の廊下からは入れない仕様になっている。一階の裏口から専用の階段を昇らなければならないのだ。


本来この部屋を使うのは、極めて限られたときだけだ。重要人物がお忍びで来る場合や、内密な話をする場合などだ。ちなみに、今回の場合は後者が当てはまる。



彼らが話し合いの主題としているのは、最近学院へ入学した1年生、エイダ・ファンネルについてだ。


エリスは以前彼の事を、何処かの組織から派遣されている人物の可能性を考え、近衛騎士のエイミー・ハワードに身辺調査を命じていた。しかし、結果は大失敗。ただ、そこからある可能性が浮上し、主人の了承の元に調査を行い、彼の正体についてはほぼ確信している状態だった。


 そして、目下の懸念事項は彼の思想だった。両親と違って彼はノアだ。そのせいで差別的な扱いを受ける可能性は高い。いや、受けない方がおかしい世の中だ。特に学院という精神的に未熟な子供が集まる中においては、自分と違う存在や、世間の常識から外れた存在というものに対する忌避感が強く現れる場所だ。


世間を知らない子供は、自分の理解できないことや、知識にないことに順応するのが難しい。もしそういった環境の中で、彼に差別的な言動が向けられたとき、彼がどう反応するのかが気がかりだったのだ。



 私が話した限りに置いては、心根の優しい少年ではあった。しかし、環境は人を変える。もし、彼が現状のノアに対する境遇に不満を感じ、それを変えるための行動に出ようと考えても不思議はない。彼には行動を起こすだけの理由が有る。


それが平和的な行動であれば良いのだが、武力を用いた破滅的な行動に出て、万が一にでも彼の考えを両親が支持するようなことがあれば、この国は滅びの憂き目を見る可能性があった。


その為、彼の動向や考え方の情報を収集するために、少々遠回りなやり方ではあるが、学院の教師やギルドの職員に協力を要請して、報告をもらっているのである。


 今回は休暇を兼ねて、私自ら協力者であるギルド支部長に面会を要請し、お互いの考えの擦り合わせを行っている。


「しかしまぁ、未だに信じられねぇが、あの少年が2人の息子とはね・・・」


「フォルク支部長は彼の両親と面識が?」


「いや、面識っても昔の戦場で少しだけな。あの2人が育てただけあって、心も真っ直ぐに育っていると思うぞ?」


「だからこそ危険なのです!この年頃の子供は、何かのきっかけで道を逸れることもあります!いや、逸れるだけなら我々大人が元の道に戻せばいいのですが、問題は逸れたその道を彼が正しいと信じてしまったら、戻すことも難しくなります」


「お前さんの懸念は理解できるさ。例えばノアの待遇改善の為に、差別してくる奴等を皆殺しするような可能性を考慮してるんだろ?」


「いえ、さすがにそれは極論ですが・・・」


「だが、可能性として、それに近い考え方を少年が持つ事を危惧してるんだな?それはお前さんのご主人様も一緒か?」


「ええ。ですので、学院へは教師の方からノアに対する差別的な行動の抑制を図って欲しいと伝えています。ただ・・・」


「まぁ、今まで長年に渡って持っている価値観を、指示一つで『はい、分かりました』とは出来ねぇだろうな。そういったもんは、どうしたって言動の節々に出ちまうもんだ」


「そうですね。もし、そこを突け込むように破滅主義の組織が彼を取り込もうとするなんて事になれば、取り返しのつかないことになるかもしれません」


「何にせよ、今はまだ直接的な動きもないわけだし、出来るのは見守るくらいだな」


「ええ。ですので、支部長も彼の動向は気に留めておいてください。彼の行動や成果に注目する者達にも」


「はぁ・・・仕事が増えやがるぜ。まぁ、お前さんの不安も理解できるし、可能な限りは見守ってやるよ!学院の中の事も娘が動いてくれるだろうが、外部組織の動向についてはそっちの管轄だぜ?」


「分かっています。ご協力感謝します!」

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