第45話 実地訓練 16
アーメイ先輩からレストランで食事をご馳走してもらってからしばらく、僕達はいつものように鍛練を重ねていた。
実地訓練では、最初に森へ潜った時のような事件もなく、皆は順調に魔獣討伐の力を付けていった。隊列については話し合いの結果アッシュが前衛に立ち、中衛に僕、後衛にカリンとジーアになった。護衛の先輩達は、アッシュと僕の間にお兄さんがカバーに入るような立ち位置に、アーメイ先輩は後衛に混じって2人に指導しながら訓練するという状況だった。
精々Eランク位しか出現しない表層では、護衛の2人の活躍の場がないほどで、お兄さんに至っては欠伸をしながら森を進む有り様だ。最初に森に入った時は、もっと周囲に注意を向けていたような印象があるのだが、僕の実力を知って気を抜いているのかもしれない。
また、訓練中の昼食については、3回目から食材の調達も全て自分達でこなすように指示された。その時一番の問題だったのは、僕以外誰も魔獣や動物を解体できないということだった。
先輩達は次期上位貴族ということもあって、そういった雑務に関しては同行した人が全て代わりにやっていたらしい。その為、覚える機会が無かったのだという。アッシュとジーアも同様にそんな機会がなく、料理が出来るカリンでも、既に料理の為に食材として加工されたものしか使ったことが無いということで、僕が皆に教える羽目になってしまった。
その時はちょうど、Eランク魔獣のグレート・ボアを討伐していたので、その魔獣を使って解体方法を教えながら昼食を作った。お兄さんは「自分には関係ないことだ」とどこかへ行ってしまったが、アーメイ先輩は興味あったようで、皆に混じって解体を見学していた。
ファング・ボアは猪の様な魔獣で、肉は筋張っていて固いのだが、筋切りをして煮込んでやれば柔らかく食せる。僕らは森林の入り口にある解体場の一画を借りて、まずは魔獣を逆さにして
血抜きを終えると、手早く各種素材に切り分けていく。毛皮、骨、内蔵、そしてお肉と、あっという間に解体を終えると、みんなポカンと口を開けていた。アッシュ曰く、僕の解体が上手すぎて参考にならない、というよく分からないことを言われて苦笑したものだ。
それでも皆その後は、機会があれば少しづつ魔獣の解体をこなして慣れていき、拙いながらも出来るようになった。ちなみに、アーメイ先輩についてはどうやら絶望的に料理のセンスが無いらしく、解体しようとすると、ほとんどの食材部分をダメにしてしまった。
味付けも途中で確認することなく雰囲気でやってしまう有り様で、一度みんなが悶絶する料理を食べさせられたこともあり、先輩に料理をさせるのは禁止となった。皆から料理禁止令を出されてしょげている先輩は、なんだかとても可愛らしかった。
そんな感じで実地訓練も問題なくこなせるようになっていったのだが、中々どうしてお兄さんが僕を見る視線は、訓練の回を重ねるごとに厳しくなっていった。
(あの模擬戦から変に突っ掛かって来ることもないけど、無言の圧力というか、恨みがましい視線というか、このまま何事も無ければ良いんだけどな・・・)
そう思っていたのだが、ありがたいことに僕の心配は外れて、しばらく穏やかな学院生活が続くのだった。
◆
side ジョシュ・ロイド
「では、この店でもそのような魔道具は扱っていないということだな!?」
「はい、ロイド様。毒物などで相手を弱体化するということなら理解できますが、使用者の能力を著しく向上させる魔道具とは、私も長年こういった商売をしておりますが、とんと聞いたことはございません」
俺様の質問に脂汗を拭いながら答えているのは、何でも屋の店主、ドーラ・ジェスビスだ。先日の模擬戦の内容に納得いかなかった俺様は、情報を持っていそうなこいつの元を訪れていた。
「ちっ!では、魔術師の持つ杖は、使用者の能力を底上げすることはまったく無いのか?」
魔術についての知識が少しばかり欠けている俺様は、再度確認するように問いただした。
「杖はあくまでも魔術の補助媒体ですからね。最高級の物でも、魔力の抽出を良くしたり、形状変化を容易にする位で、力そのものを向上させるようなものではありませんよ」
ドーラの言葉は俺様の期待するそれでは無かったが、今後の方向性は見えた気がした。
(あの小僧との直接的な対峙は愚策だな。もっと別の手段で奴を追い込む方法をとる必要があるということか・・・)
最近のエレインは、いつもに増して俺様の方を向いてはいなかった。護衛の任務中も後輩の女どもに魔術について語っていたり、昼食の準備などという使用人がするような雑務にも積極的に関わっていた。
そういった、エレインの心の中に俺様という存在が微塵も感じられない状況に対して、静かな怒りを覚えていた。
(それもこれも、あの模擬戦が全ての原因だ!つまるところ、俺様に模擬戦を挑んできたあの小僧のせいだ!!)
もはや、何としてもあの小僧を始末しなければ俺様の腹の虫は収まらなかった。しかし、だからと言って俺様が直接的に動いて学院から退学させようものなら、エレインは良い顔をしないだろう。
あいつはそういった権力を傘に着たやり方に、過剰なまでの拒否反応を示すやつだ。俺様としても、これ以上エレインからの評価を下げることは避けたい。
(そういえば、一年生の8の月にはギルドの依頼を達成する試験があったな・・・ちょうどいい!)
俺様は思い付いた考えに口許を三日月の様に歪ませて、これからの段取りについて思考を巡らせていった。
(まずは相手の実力を確認するところからだな)
◇
「それでエイダ、最近はアーメイ先輩とどうなんだ?」
いつもの複合クラス専用の演習場での鍛練の合間に、ニヤニヤした顔でアッシュが話し掛けてきた。
「どうなんだって・・・何もあるわけ無いだろ?」
以前のレストランでの食事の際に、僕がアーメイ先輩に見惚れてしまった姿を見られたせいだろう、その後からちょくちょく皆に先輩についての事をからかわれてしまう。
「いやいや、朝の自主練の時に会話してるところを結構見たことあるし、何かしら進展しててもおかしくないと思ってよ?それに、最近じゃ図書室で何か勉強もしているようだしな?」
確かにアッシュの言う通り、早朝にランニングして、筋トレや闘氣、魔力の鍛練などをしていると、隣の演習場だからか、アーメイ先輩が話し掛けてくることがある。
とはいえ、話す内容も他愛ない事で、学院での生活はどうだとか、僕が自主的に行っている鍛練の内容についてだとかで、別段色恋に結び付きそうな会話なんて皆無だった。
図書室での勉学も、基本的には自分の知識を増やすためのものだ。大陸の歴史や経済学、薬学など、役に立ちそうなものを片っ端から学んでいるだけだ。
「その表情を見るに、何もないって顔してるわね?」
アッシュとの会話に、同じく休憩中のカリンが顔を出してきた。
「いや、本当に何もないからね?会話だって大した内容じゃないし、別に毎日話をしている訳でもないからね?」
「ふふふ、嫌やわぁエイダはん!興味の無い男と定期的に話なんてするわけあらへんよ?少なくともアーメイ先輩はエイダはんに興味は抱いてるはずやで?」
僕が皆の邪推を必死に否定していると、背後からジーアが訳知り顔でそんな事を言い出した。
「興味って言っても、僕の実力の方じゃないかな?2つの能力持ちで、今までの常識からは考えられない存在のようだし・・・」
僕は自分を卑下するようにポツリとそんなことを言うと、ニヤニヤとしながらジーアが語りだした。
「何言うてんの?目の前の2人を見てみ?いつも他愛の無い会話なのに、幸せそうな空気を辺りに撒き散らしてるやろ?最初は力に対する興味かもしれへんけど、いつしかその興味が本人へと向き、やがて興味が好意に変わることだってあんねんで?」
ジーアはアッシュとカリンを指差しながら僕に言って聞かせてきた。
「つまり、アッシュとカリンは既に好意という領域の最終形態なのですか?ジーアさん?」
「せやで!エイダはんもあの2人のようにならんと、幸せは掴めんで?」
僕とジーアは互いにニヤニヤしながらアッシュとカリンを見つめてそんな会話をしていると、2人は焦ったように言い繕ってきた。
「な、何言ってんだお前ら!べ、別に俺とカリンはそんなんじゃ・・・」
「そ、そうよ!別に私達、まだそんな関係じゃないんだから!勘違いはしないで!」
2人は頬を少しだけ朱に染めながら必死に否定しようとしているようだが、否定しきっていないところに2人が抱いている想いを感じる。特にカリンは心の願望が言葉に現れてしまっているようで、その言葉を聞いた僕とカリンは2人を見ながらニヤニヤするのだった。
ひとしきり2人の関係を堪能したところで、カリンがこれ以上は堪らないと話題の矛先を僕に向き直してきた。
「で、エイダはアーメイ先輩のことが好きなの?」
「えっ?う~ん・・・そりゃ、人間として尊敬してるし、嫌いではないよ?でも、そもそも平民の僕と次期伯爵様の先輩とじゃあ、身分違いだから何も起こらないよ」
「何言うてんねん!未来は何が起こるか分からんやろ!もしかしたらアーメイ先輩と結ばれる将来もあるかもしれんで!」
ジーアが拳を握りながら力説してくるが、正直言ってそんな未来は皆無だろう。
「いやいや、さすがにあり得ないよ」
咄嗟にそう否定するのだが、アッシュからもジーアの肩を持つような言葉が飛んできた。
「いや、エイダ程の実力者なら、その力を一族の中に取り込みたいと考えてもおかしくない!可能性は0じゃないと思うぞ!あとはエイダの想いの強さ次第だな!」
ニヤニヤ顔のアッシュに苦笑いを返す。
「アッシュまでそっち側なの!?でも、正直先輩が好きかどうかと聞かれれば、分からない・・・かな?」
「何だそれ?別に簡単な話だろ?好きかどうかなんて?」
僕の言葉にアッシュが、意味が分からないとばかりに指摘してきた。
「まぁ、そうなんだろうけどね。僕の生活していた場所は田舎も田舎で、家なんて森の奥にひっそりと建ってるんだ。だから同年代の友人も居なかったし、歳の近い知り合いは町の商店の娘さんで、28歳って言ってたかな・・・」
僕がいつか母さんが言っていたことを思い出しながら、実家の事について話すと、みんなに微妙な顔をされてしまった。
「そ、それはまた凄い場所に住んで居たのね?」
「あ、あぁ。さすがに一番近しい知り合いが自分の倍以上の年齢となると、そんな感情も抱けないか・・・」
「なるほど、まずはエイダはんに好きとは何かを教えるところからやね?ふふふ、腕が鳴るで!!」
「っ!!?ジーアさん?」
ジーアからの尋常ならざるオーラを感じ取り、みんなその迫力に呑まれて一歩、二歩と後退してしまう。どうやら彼女は恋愛について一家言持っているような雰囲気だった。何となく身の危険を感じる僕も、彼女から距離を取ろうとするのだが、ガシッと肩を掴めれてそれ以上動けないようにされてしまった。
「安心し!日頃のお礼や!エイダはんにはじっくりと恋愛について勉強させたるで!」
「いや、僕はそこまで恋愛について知ることを求めてないと言うか・・・」
「大丈夫やて!ウチに任せれば、3日もあれば恋愛マスターになれるで!」
「いやいや、そんな恋愛マスターになりたい訳じゃあ・・・」
「ふふふ、エイダはんにはまず、この言葉を送っとこか・・・嫌よ嫌よも好きの内や!」
「・・・・・・」
もはや逃げられないと悟った僕は、大人しくジーアの恋愛講座を受けることになったのだった。
「でも、あのアーメイ先輩の理想の高さに付いていける男なんて、この世に存在するのかしら・・・」
僕の背後から呟かれたカリンの言葉は、残念ながらジーアに届かなかった。僕はといえば、「だよね!」と、心の中で同意していたのだった。
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