第四章 クルニア共和国国立ギルド

第46話 ギルド 1


 side ジン&サーシャ・ファンネル



 時は少し遡るーーー



 これは息子のエイダを見送り、温泉へ行こうと言い出した後の話しだ。



「おっ?前回来たのはもう10年以上前なのに、ここは変わってないなぁ!」



「そうね、少し建物が増えたくらいかしら?それにしても、相変わらずの美しい湖と景色ね!」



 2人が訪れたのは、温泉郷としてクルニア共和国でも名高いレイク・レストという都市だ。二重外壁に囲まれたこの都市は、美しいコバルト・ブルーの巨大な湖を観光名所として、日々多くの観光客が国内から詰め寄せている。更に、ここの景色を描いた絵画は、この国の貴族達に大人気となっている。



また、この都市は地面を掘れば必ず温泉を掘り当てると言われるほど湯量が豊富で、その特性を活かした観光業が賑わいを見せている。露天では湖で獲れたニジマスの塩焼きの香ばしい香りに誘われて、何人もの観光客が群がっていた。



地面から温泉の蒸気が吹き出している場所では、その蒸気で野菜を蒸かした温泉野菜なる物も人気だ。しかし、ここでの一番人気の食べ物は温泉卵だ。


食べ歩きやすいようにカップに入って販売されているそれは、白身はドロッと固まりきらず、濃厚な黄身は半熟になっており、そこに出汁醤油を掛けると絶品なのだ。道行く人々の大半はその温泉卵を片手に食べ歩き、露天のお土産や景色を見て歩いていた。



「それにしても、ここはこうしてみると本当に平和によな!」



「あなた、あまりこんな人混みの中で滅多なこと口走らないの!」



「あ、あぁ、すまんすまん!」



2人はそんな会話をしながらこの都市のメインストリートを通って宿へと向かっていた。



「ここに来たついでだし、久しぶりに顔でも見せておくか?」



「そうね、後で神殿に寄って挨拶していきましょう。それに、も確認しておくべきでしょうからね」



「はぁ、サーシャとの温泉旅行を心の底から楽しみたいんだがなぁ」



「仕方ないわ。それがあの時私達に課せられた使命でもあるのだし、この先も平和に暮らすためだわ」



「そうだな。この国の王女さんも危機感を抱いていたからなぁ。積極的に力になることは出来んが、あんな子供に重荷を背負わしたくはない・・・」



「ふふふ・・・」



サーシャは、この国の王女のことを心配するジンの顔を見ながら微笑みを浮かべていた。その様子に困惑したジンは、何か変なことを言ったものかと確認する。



「な、何だよ?」



「ジンのそう言う正義に熱いところは、昔から変わらないわね?」



「子供っぽいかもしれんが、自分に正直に生きている結果だよ」



「私、ジンのそう言うところも好きよ?」



「っ!!」



サーシャが少し頬を赤らめてそう言うと、ジンは尋常ならざる反応速度でもって彼女を抱き締め、人通りの多い往来の真ん中だということが頭から抜け落ちているかのように叫んだ。



「俺もサーシャが大好きだ!!」



どうやらジンはサーシャの言葉が嬉し過ぎて、感情の制御が効かなくなってしまったようだった。息子のエイダが家に居る時には、中々2人っきりになることが出来なかったし、そもそも彼女から誉められることも少なかったので、そういった欲求不満が爆発してしまったようだ。



あまりの出来事にサーシャは固まってしまったが、周りの道行く人々が自分達を見ながらニヤニヤしている表情が視界に入り、正気を取り戻した。そうして、今の自分の状況を客観的に認識し、顔を真っ赤にして拳を握った。



「バカーーー!!」



「おぶっ!!」



彼女の拳は無防備だった彼の腹部を深々と突き刺し、彼に膝を着かせた。



「ぐぐぅ、さすがだぜサーシャ・・・俺に膝を着かせたのは、この世界でお前だけだ・・・」



そんなことを良いながら、笑顔で白い歯を見せてくるジンに、サーシャはそっぽを向きながら吐き捨てた。



「そんな事良いから、早く行くわよ!」



ぶっきらぼうな言い方だったが、それは彼女の照れ隠しだったことは表情を見れば明らかだ。耳まで真っ赤になった彼女の様子に、口元を緩めながら彼は答えた。



「すまんすまん、待ってくれ」



ジンは何事もなかったかのように立ち上がり、前を歩きだしたサーシャの隣に並ぶ。そして、どちらともなく2人は手を繋いで仲睦まじく寄り添って歩き出した。



そんな2人を遠目から監視する視線にも意識を途切らせることなく、先ずは宿へと向かうのだった。






 この学院に来てから早くも4ヶ月が経過した。8の月になる今日から、僕達は次の鍛練としてギルドの依頼を単独、もしくはチームで2つ以上達成する試験へと進んでいく。実地訓練では、みんなEランク魔獣程度までであれば大した苦労もなく討伐できることが可能になっていた。



また、日々の鍛練の成果か、カリンとジーアは魔力の制御が少しだけ出来るようになってきて、体外に魔力を放出することが出来るようになって喜んでいた。しかし、放出できただけで制御とはほど遠い現状に、益々の鍛練の必要性を説いたことで、先の見えない高い壁にぶつかるように肩を落としていた。



アッシュも闘氣の制御が少しづつ良くなってきている。当初は5分程度しか持たなかった実践での闘氣も、今は連続して10分、節約していけば20分は持つようになった。それに、僕の向ける殺気にそれほど怯えが無くなってきたので、もう少し強い殺気を当てるようにしようかとも思案中だ。



 皆それぞれに力を付けている中で、いよいよ今日から国立ギルドへの登録を行う。本来は成人してから行うものなのだが、特例としてこの学院に通う学生は未成年でも登録を許され、依頼もこなすことが出来る。



ただし、色々と注意事項があるため、午前中はギルドについての講義をフレック先生から聞いていた。



「いいか?午後にはギルドで登録するが、その前に最低限覚えていくことがある。よく聞いておけよ!」



そう前置きしてギルドについての説明が始まった。



まず、ギルドにはランク制があり、下はFから最高Sまでの7段階に分けられている。そのランクは大きく2つに分類され、一つは武力の面で見たランク、もう一つは知力の面で見たランクだ。



通常ギルドに登録すると、個人証にそのランクが表示されることになるが、左の欄に武力、右の欄に知力のランクが表示されるので、武力がAランクで知力がBランク認定であれば、個人証にはABランクと表示される。



ちなみに、ギルドの歴史上SSランクに至った人物は大陸中でも一人しか居なかったという。その人物こそ、現在行方不明になっている魔神と言われた魔術師だ。



基本的にこのランクが高ければ高いほど就職には有利になり、どちらかでもAランク以上であれば平民でつてがなくても奉仕職になれると言われている。



また、ランクの上昇については、武力ランクを上げるには一定の難易度の依頼をこなすことで、知力ランクは依頼と筆記試験を受けることで上昇させることが出来るらしい。



「なるほど、僕が奉仕職を目指そうと思えば、ギルドランクを上げなければならないということですね?」



僕は先生の説明に理解を示しながら、一応確認しておく。



「そうだな。まぁ、エイダほどの力があれば武力ランクは心配ないかもしれんが、良いところに就職しようとするなら、知力ランクも上げといた方がいいぞ?」



「せやね、いくら腕っぷしがあっても、粗野で学の無い人より、知的で頭の切れる人物の方が歓迎されるに決まっとるからな」



先生の返答にジーアも賛同する。彼女は大商会の娘だけあって、人を雇うという事については、厳しく人物を見定めなければ、自分にも不利益を撒き散らされる可能性があるからだという。



「まぁ、雇ったは良いけど、脳筋で他の貴族に粗相でもすれば、その責任は雇い主に来るからな。雇う側も慎重になるって言うことだ」



ジーアの言葉を補足するようにアッシュが説明してくれた。さすが侯爵家だけあって、そういった内情には精通しているようだ。



「さて、ランクについてはそんなもんだが、次はギルドが募集する依頼についてだ」



 ギルドでは常に様々な依頼が掲出されていて、その難易度に応じてランク付けがされているらしい。ランクは大きく分けてFからSまでの7段階になっていて、通常は自分のギルドランクと同程度の難易度のランクを受けるようだ。



内容は多種多様で、薬草採取のような誰でも出来そうなものから、高ランク魔獣の討伐や素材の採取、変わり種で言えば他国での情報収集なんてものまであるらしい。



また、知力ランクの高い者は、領地における税収の年間収支帳簿の作成だったり、研究データの整理や論文の執筆補佐等々、知力に秀でる者が必要とされる依頼も豊富にあるらしい。



依頼を受ける際の注意点として、受注可能な難易度は自分のランクの一つ上までということがある。依頼に失敗した場合は、成功報酬の2割の罰金を払う必要もあるので、自分の身の丈に合わない依頼は受けないようにと注意された。


僕達学生が依頼を受注する際には、どの様な依頼を受注したのかをその都度、学院に報告する必要がある。また、達成の後には報告書を制作しての提出が義務付けられており、その報告書を元に評価・反省を行うのだと言う。



依頼を達成した場合の成功報酬だが、ランク毎に大まかに説明された。Fランクは一回500コル前後、Eランク1000コル、Dランク3000コル、Cランク1万コル、Bランク10万コル、Aランク50万コル、Sランクは個別相談ということだった。



「つまり、一般の平民なら月にBランクを2回達成できれば生活可能というわけですね?」



「こらこらエイダ、そんな単純な話じゃないぞ!Bランクって言えば当然荒事の依頼だ。目的地までの移動費や、消耗品の買い出し、食料、武器の調達なんかを考えれば、実際の利益は半分くらいと考えた方がいいな」



「えっ?そんなに少なくなるんですか?」



「はは、まぁ、楽して稼ぐのは難しいってことだな」



「う~ん、じゃあ知力を必要とする依頼の方が実入りが良いのかな?」



僕が軽い気持ちでそう言うと、カリンが唇を尖らせて反論してきた。



「何言ってるのよ、エイダ?知力が必要とされる依頼も、ある程度の拘束期間があるわ。一ヶ月掛かりっきりになって、10万コルという依頼だってざらなのよ?」



「な、なるほど、そうだよね。魔獣を討伐するのと比べたら、研究したり集計したり書類に記入する依頼の方が時間が掛かるもんね・・・」



「そう言うことよ」



カリンに向かって申し訳なさそうにそう言うと、彼女は機嫌を直してくれた。



「まぁ、今のお前達では受けられる依頼はEランクまでだ。そう言った心配はもっと先にするんだな」



そう言って先生は最後に最も注意すべき事だとして、冒険者について語ってくれた。



「お前達も聞いたことがあるだろうが、職業の中には冒険職というものがある。正しくは職業として認められているわけではないが、基本的にギルドの依頼をこなして生計を立てている者の事で、そういった人々を冒険者と呼ぶ」



これは以前、父さんから聞いていた職業だ。母さんは不安定な仕事だから止めておけと釘を指したものでもある。



「ギルドの依頼を一定数こなしていくと、依頼元の貴族や商人、大農家からそのまま雇用の話が持ち上がる事もあるんだが、冒険者と言われる者達は素行の悪さもあってかランクが上がらず、雇用の話もされなかった者達の事を言う」



(なるほど!一般的にギルドの依頼をこなすというのは、あくまでも定職を見つけるまでの通過点に過ぎないもの、という捉え方なのか)



だからこそ母さんは、冒険職という存在に忌避感を持っていたのだろう。現実的な母さんにとって見れば、不安定な冒険職などなるものではないし、世間的には定職に就けなかった落第者のような視線を浴びると考えていそうだ。逆に父さんは自由な生活で良いなと思っていそうだが。



「冒険職は言ってみれば、落ちこぼれと言われているし、本人達もそれを自覚している。だからこそ、冒険職の奴らと揉め事は起こすなよ?」



「何か不味いんですか?」



先生の真意が分からずに、僕は質問した。



「冒険者は基本的に腕っぷしだけはあるが、素行が悪い。そんな奴らと揉め事を起こすと、自分の評価も下に見られるんだ。絡むだけ損だから気を付けろよ!」



「・・・先生、絡まれた場合はどうすれば良いの?」



もっともな質問をカリンが聞いた。



「俺から言えるのは、ただ一つ。目を合わせずにそそくさと逃げることだ!」



参考になりそうでならない先生の言葉を最後に、ギルドについての説明が終わった。

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