第43話 実地訓練 14

 残念騎士ことエイミーさんをお茶に誘い、手近なお店を探すと、「紅茶ならここのを飲んでみたい」という彼女の要望で、あるお店に入った。


そこは虹色の外壁が特徴的なお店で、『美味しい紅茶と焼き菓子の店 マカロン』と看板に表示されていた。


席に案内されると、彼女はメニューをキラキラした瞳で見ながらお目当ての商品を注文していた。僕はどれが良いか分からないので、彼女と同じものを注文する。


しばらくして、紅茶とカラフルな焼き菓子が運ばれてくると、彼女は弾ける笑顔で食べ始める。お菓子を口に含んだ瞬間の蕩けそうな表情は、とても年上の女性とは思えなかった。



「う゛、う゛ん!ところでエイミーさん?」


このまま黙っていると、彼女が食べ終わるまで話が出来ないと感じた僕は、咳払いをして雰囲気を変えた。


「ん?どうしたの?君も食べなよ?ここの焼き菓子、絶品なんですけど!」


「あなたの顔を見れば分かりますので、後で美味しく頂きます。それよりも、聞きたいことがあるんですが?」


「ん?聞きはいこふぉ?」


口一杯にお菓子を頬張りながら返答する彼女に頭を抱えたくなるが、彼女とはこういう人だと思い直して話を続ける。


「最近、監視の視線を感じなくなったので、方針が変わったのかお聞きしたいんですが?」


「っ!んぐっ!ほ、方針って何の事かなぁ?」


僕の質問に、彼女はお菓子を喉に詰まらせながらそっぽを向いた。その目は分かりやすいほど泳いでいる。


「今さら隠してもしょうがないと思いますけど、僕は危険人物から除外されたんですか?」


「いや~、わ、私は休暇を貰って、前回目を付けていたお店のケーキを食べに来ただけで、監視の中止命令なんて知らないんですけど?」


「・・・。中止ですか?完了ではなく?」


「はっ!何故、中止の事実を!?やはり団長が言っていた通り、最重要人物の縁者なのは伊達ではないんですけど!」


「最重要人物の縁者?それってどう言うことなんですか?」


「くっ!何故、最重要人物の情報を!でも、団長は私には教えてくれなかったから、例え人物名を言われても分からないんですけど!」


彼女は思いっきり動揺しながらも、僕にとって必要そうな情報をポロポロ溢してくれる。ただ、さすがに彼女にはそこまで重要な事を知らせていないようだった。


(まぁ、僕が彼女の上司だったら、絶対に重要な情報は持たせないな。つまりこれらの情報は、僕に知られたとしても問題ない情報なのだろう)


彼女との会話で判明したことは、僕の監視命令は既に解除されていたということ。エリスさんは僕の事を、重要な人物の縁者だと思っているということだ。


(最重要人物っていったい・・・いや、待てよ!先日の授業で第五段階へ到達した人物は、この数百年でたったの2人と言っていたじゃないか!つまり、父さん母さんは世に知られていない第五段階に到達した人物、ということがバレているのか?)


先生は言っていた、この大陸は争いが絶えず、どの貴族でも力のある人物を欲していると。ならば、この国を守護する騎士団から父さん母さんが声を掛けられても不思議ではない。


ただ、どう考えてもあの2人は縛り付けられるのを嫌う人種だ。自分達のやりたい事の為に、あんな人里離れた森の奥に住居を構えているのだ。息子の僕に言わせてもらえば、絶対に騎士になどならないと断言できる。


両親についてはどうなるかわからないが、僕が考えることではないだろう。僕の事については、これ以上詮索してくることは今のところ無いだろうと考えて、話を早々に切り上げてお菓子に舌鼓を打つことにした。



 カラフルな焼き菓子は、この店の看板商品のマカロンと言うらしい。甘めに仕上げられたそれは、紅茶と一緒に食べることで絶品のお菓子へと変貌した。


僕がお菓子を食べ始めたことで、「もう話は終わったの?」というような表情を送ってくる彼女を無視していると、「焼き菓子の追加注文していい?」と聞いてきたので、僕は笑顔を浮かべてこう答えた。


「絶対ダメです!」




 エイミーさんからの情報収集を終えると、さっさと会計を済ませて足早に店を後にする。情報料とはいえ2000コルは痛手だが、必要経費と割りきるしかないだろう。


一応彼女にお礼を言って別れる際には、何故か困惑した表情で「えっ?もっと他に言いたい事があったんじゃないの?私、年下の男の子に弄ばれちゃったんですけど!」と声高かに叫ばれたのには困ったが、いったい彼女は何を求めていたのだろう。




 そうして、微妙にお菓子でお腹を満たしてしまったために、夕方まで街の中を散策し、17時位にフレメン商会へと顔を出した。


「こんにちは!サイズ直しは終わりましたか?」


「おっ!ちょうどええタイミングや!バッチリ終わっとるで、着てみてくれへんか?」


お店の扉を開けると、ちょうどジーアが迎えてくれた。購入した服のサイズ直しが終わったらしく、僕に着るように言ってきた。


「待ち合わせまで後一時間程だし、一度寮に戻って着替えたかったんだけど・・・」


待ち合わせ時間ギリギリになりそうだったのでそうジーアに言ったのだが、彼女からは別の提案をされてしまった。


「ここで着替えてそのまま行けばええよ?ウチもそうするし、もう迎えの馬車は予約してん!」


「えっ?でも、着替えた服はどうすれば・・・」


「店の者に寮まで運ばせておくさかい、心配要らへんで?ウチもそうするし、ついでや、ついで!」


「そ、そうなの?じゃ、じゃあ、そうしようかな」


「よっしゃ!じゃあ、さっきの個室に服は置いてあるで、着替えとき!」


「分かった。ありがとう!」



 そうして先程の個室へと入ると、服がハンガーで下げられていたので、さっそく着替え始めた。



(うん!さすが、サイズはぴったりだ!)


試着した時には少し緩いかなと思っていたウエストも、しっかり僕のサイズに直してくれていた。ちゃちゃっと着替え終わり、着ていた服を畳んでから部屋を出ると、ジーアが待ち構えるように扉の前に立っていた。


「うん!やっぱり似合っとるなぁ!これで今後正装での出席が必要な場所は、どこでも行けるで!」


「そうかな?ありがとう!」


着替え終わった僕を見て、満面の笑みを浮かべて称賛してくるジーアに、僕は感謝した。


「じゃあ、次はウチの番やし、ちょっと待っとってんか?」


そう言うとジーアは、いそいそと別の個室に引っ込んでしまった。さっきの話から、ジーアもここで着替えていくと言うことだったので、今から着替えるのだろう。



 女性の着替えを待つと言うのは、何となくソワソワするもので、ジーアの着替えている部屋の扉を凝視するわけもいかず、所在なく視線をお店の中に向けて待った。


しばらくすると、着替えを終えたジーアが個室から出てきた。


「どう?似合うやろ?」


肩を大胆に出したパープルのロングドレスに身を包んだジーアは、ポーズを取りながら挑発的な視線で僕に見せつけるような仕草をしてくる。胸元に吸い寄せられそうになる視線をグッと我慢した僕は、素直に答えた。


「うん!とても良く似合ってるよ!」


「ふふふ、ありがとうな!」


妖艶な笑みを浮かべるジーアはいつもと比べると、女性の魅力が際立っていた。目のやり場に困っていると、セリアさんが迎えの馬車が到着したことを告げてくれた。


「ほな、行って来るわ!ウチらの服は頼んだで?」


「畏まりました。行ってらっしゃいませ、お嬢様!」


ジーアは腕に掛けていたモフモフの白いストールを肩に羽織ると、お店の正面に待機していた馬車に颯爽と乗り込んだ。


「なにボーッとしとるん?行くで、エイダはん?」


馬車に乗るという馴れない状況に、呆然として半ば取り残されたように動けないで居る僕に向かって、ジーアは中から手招きしてきた。


「あっ、うん!」


馬車に乗り込むと、ジーアの対面へと座る。すると、御者の人が扉を閉めてくれた。自分で何もしなくていいとは至れり尽くせりだなと思いつつ、今まで経験したことのない状況に少しだけ興奮していた。


「では、出発いたします!途中、多少の揺れもございますのでご注意ください!」


御者席からそんな注意が伝えられて、小さな鞭の音と共にゆっくりと馬車が動き出した。



 馬車にガタゴトと揺られること20分程で目的のお店へと到着した。道中はジーアと他愛もない会話を楽しんでいたが、やはりジーアは僕の母さんについての興味が尽きないらしく、あれこれと魔術杖について聞いてきていた。


お店の前には既にアッシュとカリンが待っていて、何やら2人で仲良さそうに話している。アッシュは僕と同種の紺色のナポレオンジャケットを着用し、カリンは薄いピンクの膝丈ドレスだった。


ジーアと比べるとカリンの格好は幼い印象を受けるのだが、胸元がその印象のバランスを崩しているという、何とも表現に困る姿だった。


「よお!エイダはジーアと一緒だったんだな?」


「フレメン商会でこの正装を買ったからね。サイズ直しして貰ったら、ちょうど良い時間だったんだよ」


「なるほどな!その姿なら平民には見られないだろうな」


「そりゃ、僕が生きてきた中で一番高い買い物だったからね!」


「へぇ~、中々良いデザインね?ジーアが選んだんでしょ?」


アッシュとそんなやり取りをしていると、カリンが僕の服装を上から下まで眺めて、ズバリ言い当ててきた。


「正解!2時間は着せ替え人形になって、途中から意識は無くなってたよ・・・」


「に、2時間か・・・俺なら発狂してるな」


服選びの際の苦労をため息を吐きながら伝えると、同情したようにアッシュが慰めてくれた。ただし、カリンの感想は全く違っていた。


「何言ってるのよ?2時間なんて短いくらいよ?女性と買い物に行くならその倍の時間は掛かるものよ?」


衝撃的なカリンの言葉に、僕とアッシュは顔を見合わせて苦笑いを浮かべていた。将来女性と出掛ける際には、忍耐力が必要不可欠のようだ。そんな話をしていると、ジーアがカリンの服装について笑顔で評してきた。


「カリンはんは可愛いドレスやね?少女らしさの中に見える大人な部分・・・ええわぁ!」


ジーアはカリンの胸の辺りを見ながらそんな感想を口にしていた。


「もぅ、どこ見て言ってるのよ?オジサン臭いわよ?ジーア!」


カリンは冗談だと分かっているようで、腕で胸を隠しながらも笑いながら言っている。


「ははは!冗談やて!メッチャ似合っとるで!なぁ?エイダはん?アッシュはん?」


ジーアはニヤリと笑顔を浮かべながら僕を見てきた。彼女の思惑を察した僕は、すぐに乗った。


「本当だね!凄い似合ってるよ!ねっ?アッシュ?」


そう言いつつアッシュへ視線を向けると、彼は照れ臭そうに頬を掻きながら口を開いた。


「ま、まぁ、そうだな。普段の服とは違って新鮮な感じがするし・・・綺麗だよ・・・」


「そ、そう?あ、ありがと・・・」


自分達で仕掛けておいてなんだが、2人の甘い空間が出来上がったことに、僕とジーアは互いに胸焼けした表情で見つめ合う羽目になった。



 それから間もなく一台の馬車が店の前に止まり、中から黒のロングドレスを纏ったアーメイ先輩が降りてきた。


「すまない皆、待たせたようだな?」


「・・・・・・」


位置的に僕が先頭になっていたので、真っ先に返事を返すべきだったのだが、先輩の姿に言葉が止まってしまっていた。


「ん?どうした?エイダ君?」


何も言えないでいる僕に、先輩は訝しげに首を傾げて聞いてきた。普段ポニーテールにしていた先輩の髪型はアップに纏められており、鮮やかな赤い唇を見るに、化粧もしているようだった。


その為、ただでさえ整っている先輩の顔立ちは、今や最上級に美しくなっていた。更に、先輩が着こなしているドレスが、バランスの取れた見事なプロポーションを際立たせている。その姿に僕は、ただただ喉を鳴らすしか出来なかった。


「ちょいちょい、エイダはん?」


「っ!!」


後ろから背中をジーアにつつかれたことで我を取り戻した僕は、慌てて先輩に返答した。


「いえ、全然大丈夫です!僕達も今集まったところですし、寧ろちょうど良かったです!」


「そうか?それは良かった。では皆、入ろうか」


そう言うと先輩は僕達を先導するようにお店に入っていった。後ろに続こうとする僕にジーアがこっそり近づいてきて、「エイダはん、相手は高嶺の花やで?覚悟し?」とニヤつきながら囁かれてしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る