第42話 実地訓練 13
教室で実地訓練での評価・反省を行った後は、複合クラス専用の小ぢんまりとした演習場でいつものように鍛練を行う事になった。
僕の目にはまだ如実な成果が出ているわけではないと感じているが、皆は成長の実感ができているようなので、焦らずじっくりと基礎を磨いていくことになっている。
また、4人での隊列の確認も行った。安全性を考えれば、アッシュが前衛でカリンとジーアは後衛、僕がどちらでも即応できるような位置の中衛の方が良いのではないかという話しをした。
ただ、その場合は僕への負担が多過ぎるということでアッシュはいい顔をしなかった。カリンとジーアはその方が安心だと言っていたが、僕に頼りきりになってしまえば、今後、もし僕が不在の際には不安で動けなくなってしまうかもしれないとアッシュが指摘すると、2人は苦笑いしていた。
あくまでこの4人はチームであって、力を持つ存在に寄生する集まりではないとアッシュに語気を強めて言われてしまった。ただ、そうは言っても今の皆の実力では僕としても不安の方が大きいので、折衷案として皆の実力がもう少し伸びるまでは僕が中衛を担い、Eランク魔獣を単独で苦もなく討伐できるようになれば隊列を変更しようということで一応納得してもらった。
(前回みたいなことがあって、今度は本当に友人を失う結果になったら、悔やんでも悔やみきれないからな・・・)
そうして皆で次回の実地訓練の作戦会議をしていると、一人の人物がこちらに近づいてきた。
「やぁ、君達はこんな場所で鍛練をしていたのだな?」
片手を挙げながらニコやかに話し掛けてきたのは、アーメイ先輩だった。
「ええ、僕らはノアですから、どうも他の皆さんとは鍛練の方法が根本的に違うようで・・・」
アーメイ先輩の問い掛けに、僕は軽い口調でそう答えた。実際、剣武コースや魔術コースの鍛練は、ただただ闘氣や魔術を行使するといったものが多く、アッシュ達には向かないと思ったのも事実だ。
先生が言うには、各能力の段階の上げ方として一般的なやり方は、闘氣や魔術を繰り返し使用することで、身体に力を馴染ませていき、段階を飛躍的に上げていくことができるのだという。
この方法は、過去に三か国の戦争が続く中で、効率的に実力者を育成するための手法として確立されたもので、以来この鍛練方法が大陸全土に定着したらしい。
遥か昔は、第四段階に至るには40歳を越えることも珍しくなかったが、この鍛練が確立されてからは、10代でその段階に至ることも出来るようになったというのだ。僕の目の前に居るアーメイ先輩や、アッシュのお兄さんがその良い例なのだろう。
「なるほど。私達には私達の、君達には君達に適した鍛練方法があるという訳か。道理だな」
僕の言葉に納得げにウンウンと頷いている先輩に、疑問をぶつける。
「ところで先輩は、どうしてこんな場所に?」
「ん?いや、なに、昨日の事のお詫びをと思ってな。昨日は皆を危機に晒してしまって本当にすまなかった!」
「・・・お詫びですか?それなら既に昨日受け取っていますが?」
先輩の言葉にアッシュが首を傾げながら謝罪は不要であると、言外に告げる。
「口だけの謝罪など、私の流儀に反するのだ!今日ここに来たのは、今週の休息日に皆を食事に連れていきたいと思ってね!」
「ほぅほぅ、それは高級な食事をって事でいいんやろか?」
耳聡く話を聞き付けてきたジーアが会話に入ってきた。さりげなく食事のグレードを高級にするような圧力まで掛けているのは流石だろう。
「勿論、遠慮はいらない!君達が食事したい場所を指定してくれればいい」
「先輩、お財布の心配はせんでええんですか?」
「ふっ!君から例の魔術杖を購入する代金については心配するな。これはこれ、それはそれだ!」
「流石、次期伯爵様やな!将来ウチの店を懇意にしてくれるなら勉強したるで?」
「騎士を目指す身として商会との癒着は出来ん!しかし、友人としてなら利用させてもらおう」
「ふっふっふっ、まいどおおきに!」
ジーアは、およそ同い年の女の子とは思えないような笑みを浮かべていた。彼女は先輩に対してだいぶ砕けた口調をしているので大丈夫なのかと思って聞いていたのだが、先輩がその口調を気にする素振りもなかったので、意外と2人は仲が良いのではないかと思うほどだった。
「でも、食事を奢るって話なら、アッシュもよね?」
ジーアと先輩の話が一段落したところで、カリンがそんなことを言い出した。
「そういえばそうだったね」
僕が相づちを打ちながらアッシュの方を見やると、彼はどうしたものかと苦笑いをした。その様子に、どのような事情でそんな話になったのか察したのだろう、先輩はアッシュに歩み寄った。
「そうだったのか?アッシュ君、すまないが今回は私の顔を立てると思って譲ってくれないか?」
「・・・分かりました。先輩も俺と同じような思いをしていそうですし、今回は先輩に譲りますよ」
「すまないな、感謝する」
そうして、今度の休息日の夕食はアーメイ先輩の奢りで、高級レストランという場所に行くことが決まった。
用事を済ませて去っていく先輩を見ていると、比べる相手が悪いが、お兄さんと比べて先輩はとても出来た人物なのだと改めて実感した。それは皆も同様のようで、以前先輩に突っかかっていたカリンも、今では先輩に対して尊敬した様な眼差しを送っていた。
彼女がそこまですんなりと先輩を尊敬出来るようになったのはきっと、アーメイ先輩が一度も僕らの事をノアと呼んでいないことも関係しているのかもしれない。
先輩は僕らの事を見下すような口調もないので、余計すんなりと受け入れられたのだろう。
ちなみに先輩に連れて行ってもらうことになった店はドレスコードがあるということで、ちゃんとした服装で行かないといけないらしい。
そんな服は持ってないと言ったら、ジーアがニコニコしながら近寄ってきて、「まいどあり!」と強引に握手されてしまった。そうしてあれよあれよという間に、休息日の午前中にはフレメン商会に行って正装を購入することが決まってしまった。
あまり無駄遣いはしたくないのだが、ジーアが「正装は将来的に必要になるし、遅かれ早かれ購入する事になるから無駄やない!」と力説して押しきられてしまったのだ。
(はぁ、正装っていくら位するものなのかな・・・)
そんなため息と共に鍛練を再開するのだった。
そして休息日ーーー
僕は午前中からジーアと共にフレメン商会に顔を出していた。正直に言って、どのようなものが正装で、どんなものを選んで良いかも分からなかったので、ジーアには助言役として付いてきてもらったのだ。
「いらっしゃいませお嬢様!ファンネル様!」
扉を開けると、恭しくお辞儀をしたセリアさんが出迎えてくれた。
「こんにちは、セリアさん。今日はよろしくお願いします!」
「勿論でございます。お嬢様の命をお救いいただいた大切な方ですので、精一杯選ばさせていただきます」
「ウチに恥かかせんよう、よろしく頼むでセリア!」
既にジーアからお店に話は行っているようで、セリアさんは首に身体のサイズを図るための細いメジャーを掛けていた。
そのまま奥の個室に案内されると、さっそく上着を脱がされて採寸となった。その間ジーアは僕に似合いそうなデザインを見繕ってくると言うことで、個室にはセリアさんと2人だった。
「ファンネル様、改めてお嬢様の窮地をお救いいただき感謝申し上げます」
セリアさんは採寸しながら感謝の言葉を伝えてきた。
「いえ、当然です。友人が危機に瀕したら助けるのは当たり前の事ですよ」
「その当たり前の事が出来る力と考えをお持ちであるファンネル様は、是非とも今後もお嬢様と良いお付き合いをしていただければと思います」
僕の正面に立ちながら採寸するセリアさんは、とても真面目にそんなことをお願いしてきた。少しの気恥ずかしさを感じたが、笑顔で言葉を返す。
「友人とは誰かにお願いされて仲良くなるものではないと思いますけど、僕は今後もジーアとは良い友人関係でいたいと考えていますよ?」
「・・・失礼しました。お嬢様の事をよろしくお願い致します」
そんなやり取りをしながら採寸も終わり、セリアさんはジーアと共に服を持ってくるために退出した。
個室に一人取り残された僕は、出された紅茶を飲みながら少し待っていると、大量の服を携えたジーアとセリアさんが戻ってきた。
「お待たせ、エイダはん!さぁ、どれもウチが見立てた自慢のデザインやで!じっくり確認していこか!」
そう言うとジーアはニヤニヤしながら静かに迫ってきた。その隣でセリアさんはため息を吐きながら諦めの表情をしていたので、きっとジーアは服について何か譲れない拘りがあるのだろうと感じた。
(はぁ、出来ればお手柔らかにお願いします、ジーアさん!)
そんな僕の心の祈り虚しく、それから2時間に渡って僕はジーアの着せ替え人形にされるのだった。
結局僕の服としてジーアが選んでくれたのは、黒を基調とし、前身頃にボタンが縦二列に多めに並び、金糸での装飾、立襟、肩章などが特徴的な正装で、ナポレオンジャケットというものになった。
正直、ジーアが色々と説明してくれていたのだが、途中から何を言っているのか分からなくなり、全て彼女に任した結果だ。
ちなみにお値段は一着10万コルなのだが、お礼として半額の5万コルだった。最初は服一着にお金を掛けすぎだと青い顔をした僕を、ジーアはお得意のセールストークで説得し、気付いた時にはセリアさんにお支払をしていたのだ。
(ジーア・・・恐ろしい子!)
サイズ直しに少し時間が掛かるということだったので、その間に昼食を取ることにした。ジーアは用事があるということで、そのまま商会に残るということになり、僕は一人で街の散策がてら、ご飯屋さんを探すことにした。
昼食時ということもあってか、大通りを歩いていると空腹を刺激してくる良い匂いが漂っている。
お店の表に出ている看板を見ると、どこのお店もランチの値段は、大体700コルから1000コルというところで、やはり大きな街だけあって田舎よりも高いことが窺えた。
(う~ん、どうしようかな。平民の居住区近くならもっと安い屋台もあったし、そっちに行ってみようかな)
あまりお金を遣いたくなかったので、屋台街へと足を伸ばそうとしたところで、以前皆でランチを食べた『食事処ミシュラン』が目に入った。
(そう言えば、あそこのお肉は絶品だったな!またいつかお金に余裕があるときに行きたいな・・・んっ?)
そんなことを考えながらお店の前を通り過ぎようとすると、ちょうどお店から出てきた人と目が合ってしまった。
それだけなら何て事はないのだが、問題は目が合った人物に見覚えがあったのだ。
「あれ?確か・・・そうだ!僕を監視していたエイミーさーーー」
「っ!!ひっ、人違いなんですけど!!」
僕と目が合ったエイミーさんは、しばらく硬直していた。僕が話し掛けると、我を取り戻したように驚愕の表情を浮かべ、僕の言葉を全力で否定して、顔を手で隠しながら走り去ろうとしていた。
「ちょ、ちょっと待ってください!エイミーさんですよね?」
そんな彼女を僕は、進路を遮るようにして確認した。
「ち、違っ!わ、私はエイミーなんて可愛らしい名前じゃなんですけど!」
(この僅かなやり取りで分かる残念な感じは、間違いなくエイミーさんだ!)
そう確信した僕は、最近監視の目が無くなっていたことに疑問を感じていたので、これ幸いにと彼女に聞きたいことがあったのだ。
「こうしてお会いしたのも何かの縁ですし、紅茶くらいご馳走しますので、少しお話ししませんか?」
「なっ!?ま、まさか、あの短い時間の中で私に惚れてしまったというの!?こんな年下の少年を虜にしてしまうなんて・・・私って罪深い女なんですけど!」
彼女のいつも通りの残念な様子に、いくら情報が聞きたいからといっても人選を間違えたかなと、早くもお茶に誘ったことを後悔してしまったのだった。
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