第24話 入学 13

「良く見ててね!」


僕はそう言うなり、カップの中の紅茶をマドラーでかき混ぜてからゆっくりと牛乳を縁の方から注いでいった。すると、カップの中では牛乳が渦を描きながら中心へと混ざっていった。


「これは、離れようとする闘氣を身体の中へ押し留める際のイメージだよ。言ってみれば、魔力の扱いとは逆の制御だね!」


「な、なるほど。こうやって視覚に訴えてみると、分かりやすいんだな!」


アッシュは納得顔でカップの中をじーっと覗き込んでいた。


「最初はこのくらいのイメージで良いけど、熟達すればもっと大量に牛乳を入れて、高速で回転するイメージかな!」


「分かった!とりあえずこのイメージで闘氣を展開してみるぜ!」


そう言うとアッシュは紅茶の乗った木箱から少し離れ、リラックスした姿勢で目を閉じながら闘氣を展開した。


「・・・くっ・・・」


しばらく見ていたが、闘氣の制御も湯気のような状態も変わっていなかった。当然、一朝一夕で身に付くものではないので、これから継続していくことが大切だ。


「まぁ、そんなにすぐに出来るんだったら皆やってるからね。これから毎日反復練習だね!」


「ははは、そりゃそうだな!そんなに簡単に力が手に入るんだったら、誰でもギルドでSランクだしな!」


アッシュは少し残念そうな口調だったが、その言葉とは裏腹に、表情は晴れ渡っていた。きっと彼の中で何か気持ちが切り替わったのかもしれない。しかし、彼の場合鍛練はこれだけではない。


「じゃあ、木剣を構えてね!」


「っ!うおっ!!」


そう言いながら木剣を投げ渡すと、落としそうになりながらも何とかキャッチしていた。


「いい?これから僕が攻め込むからちゃんとガードするんだよ?木剣だから腕が斬り飛ぶことはないけど、骨折くらいは余裕だからね?」


「ちょ、ちょっと待ってくれ!もうちょっと闘氣の制御を鍛練してから・・・」


「大丈夫!さっきも言ったけど、生命の危機に瀕した方が力が付きやすいんだ!女の子にこのやり方は気が引けるけど、アッシュなら問題ないよね?」


「大ありだって!生命の危機って、何する気だよ!?」


「大したことじゃないよ?僕が本気で殺気を込めて木剣を振るうだけさ!最初は闘氣を展開しないから、安心して良いよ?」


「わ、分かった・・・よし、こいっ!!」


「じゃあ、行くよ・・・っ!!」


木剣を正眼に構えアッシュと相対すると、大きく息を吐いて意識を切り替えた。そして、強大な魔獣を相手にするかのような濃密な殺気を纏った。


「っ!!?アビャッ・・・・」


「「キャーーー!!」」


「・・・えっ?」


 突然の阿鼻叫喚に、僕は纏っていた殺気を解いて周りを確認した。眼前のアッシュは白目を向いて仰向けに倒れていて、後ろのカリンとジーアは蒼白な顔をして座り込んでしまっている。いったいどうしたのだろうと、意識のあるカリン達に歩み寄ると、彼女達は歯をガタガタと震わせながら僕へ恐怖に染まった瞳を向けてきた。


「だ、大丈夫?どうしたの?」


「ど、どうしたって・・・突然寒気がして息が出来なくて・・・心臓が鷲掴みにされたような・・・一回死んだような・・・」


「ウ、ウチも・・・一瞬死んだか思うて・・・立っていられへんかった・・・」


どうやら皆、僕の殺気に当てられてしまったらしい。全力を込めたと言っても、僕程度の殺気なので問題無いと思っていたのだが、どうやら皆殺気には慣れていないようだ。しかも、カリンとジーアには直接殺気を向けたわけでは無いのにこの反応では、実戦経験が無いのではないかと感じた。


「も、もしかして皆、魔獣と実戦した事とかって無い?」


「あ、あるわけ無いでしょ?」


「そうやで!いくら力が無いと生きていけへん言うても、ウチらまだ成人前やで?そんな危険なことするわけないやん?」


「・・・そ、そうなんだ・・・」


予め確認しておけば良かったけど、僕の常識では10歳でようやく魔獣の討伐を許可された事でさえ過保護と思っていたのに、世間の常識はまたしても違っていたようだ。


「と、とにかくゴメン!立てそーーー」


「来ないで!!」


「立てそうか?」と声を掛けながら近づいて手を差し出そうとしたのだが、カリンから涙を溢しながら人を射殺さんくらいのキツイ眼差しで拒絶されてしまった。そんなにも嫌われてしまったのかとオロオロすると、ジーアが溜め息混じりに口を開いた。


「違うねんエイダはん!カリンちゃんは別にエイダはんを嫌いになったわけやなくて・・・ただ、精神的に大きなショックを受けた影響が・・・その・・・察したってや!」


ジーアの叫びによくよくカリンを見てみると、彼女の座り込む地面が湿っているようだった。カリンの近くに居るジーアは、それに気付いて忠告してくれたのだろう。


(そ、そうか、恐怖で失禁させちゃったのか・・・これは不味い!しかし、直接その事を指摘するのはもっと不味い!!)


こんな状況下での正解の行動が分からない僕は、とにかく謝ってからここを離れた方がいいだろうと考えた。


「ほ、本当にゴメン!!えっと・・・僕はアッシュを向こうの木陰まで運んで様子を見てるから・・・その・・・しばらく休憩にしよう!」


そう言い残すと、僕は脱兎の如くこの場から離れ、アッシュを抱えて木陰へと移動した。もはや一分一秒たりとて、あの場所に居ることは躊躇われた。しばらくするとアッシュが目覚め、辺りを見回しながら何があったのかと確認してくるが、僕はそれに引きつった笑みで「休憩中だよ」と返答するしかなかった。



 一時間ほどしてカリンは落ち着きを取り戻したのか、着替えを終えて戻ってきた。若干顔は朱を帯びているが、起こった出来事を考えれば仕方ないだろう。そうして、一度皆に集まってもらって改めて謝罪した。


「さっきはゴメン!てっきり皆、魔獣の討伐経験くらいあるだろうと思って殺気を込めちゃったんだけど、失敗だったね・・・」


「さすがに驚いたぜ。あんな濃密な殺気なんて受けたこと無いからな・・・恥ずかしいもんを見せちまった・・・」


「ウチらも、自分達に向けられた訳でもないのに震え上がったわ!実戦ではこんな殺気に耐えられんといかへんの?」


「・・・・・・」


アッシュとジーアの口調から、僕のやったことにそれほど非難を含むような感じは受けなかったが、カリンは先程から僕と目を合わせようとしていない。完全に壁が出来ているような感じだった。


(まぁ、自分のあんな姿を異性に見られたら、誰だってそうなるよな・・・)


カリンの事は追々対応するとして、一先ずジーアの質問に答える。


「魔獣達は殺気と言うか、僕らの事を食料と見ているんだ。だからそこに込められているのは殺意と言うより食欲かな。ただ、結果的にこちらを殺そうとする強い意思は同じだから、その恐怖に足が竦んでいると、何も出来ずに殺されちゃうね・・・」


「どうやって克服したらいいんだ?」


「う~ん、一つは慣れかな?それから、実力を付けて自信を養うことも必要だと思うよ?」


父さんとは圧倒的な実力差を認識してはいたが、鍛練中はそういった考えを排して、「今日こそ一撃入れてやる!」と、自分を鼓舞して恐怖に対抗していた。それでも最初の頃はアッシュの様に気絶していたし、身体が恐怖で動かなくなってはいた。


「慣れか・・・あれに慣れることなんて出来るのか?」


「せやね、あんな状況で冷静に魔術を行使できる自分が想像できへんわ」


「・・・・・・」


「僕も最初は皆と同じような感じだったよ。とりあえず殺気については段階的に慣れていこう!6の月から実地訓練が始まるんだから、慣れておくに越したことはないよ!」


「そりゃ・・・そうだな。気合い入れて頑張るか!」


「せやね!鍛練でいくら無様を曝しても、実戦で死ぬよりマシやしね!」


「・・・・・・」


カリンだけは相変わらずの状態だったが、他の皆は少なくともやる気を見せてくれた。どうやら、まだ僕の鍛練に付いてきてくれるようだ。とはいえ皆口には出していないが、カリンのいつもと様子が違う状態を心配しているようだ。僕としても何かフォローをしたいのだが、下手なことをして余計関係が悪化する可能性を考えてしまい、何も出来ずにいた。


 そして、鍛練を再開するために、さっきと同じように魔術と剣術で離れようとすると、カリンが能面のような無表情さで忍び寄ってきて、僕の袖をクイッと引っ張っり小声で話し掛けてきた。


「(・・・さっきの事、アッシュに話してないでしょうね?)」


「(当然だよ!言うわけ無いよ!)」


「(・・・なら良いわ。さっきの事は水に流してあげる。でも、もしアッシュに告げ口したりしたら・・・)」


「(し、したら?)」


「(あんたの大事な部分を握り潰す!)」


「(っ!!ぜ、絶対に秘密は守るよ!)」


それだけ言うと彼女はサッとジーアの方へと歩いていった。なまじ無表情で僕の下半身に視線を向けながら凄んでくるので、別の意味でヒヤッとする様な恐怖を感じたほどだ。


(な、何だろう・・・女の人って怖いな・・・父さんが母さんの尻に敷かれている理由がちょっと垣間見えた気がする・・・)


単純な力と言う恐怖ではないのだが、男の精神的な恐怖心を煽ると言うか、本能的に逆らってはいけないというか、彼女とのやり取りでそんな男女の心理の一片が見えた気がしてしまった。


(もし結婚するなら、僕の事を甘やかしてくれる優しい女性が良いな・・・)


カリンの後ろ姿を見ながらそんなことを考え、アッシュとの鍛練を再開するのだった。

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