第23話 入学 12

 翌日、僕達複合クラスの4人だけで実技をしたいという申し出は、案外簡単に許可された。どちらのコースの先生からも、僕らは他の生徒の足を引っ張る厄介者扱いだったようで、フレック先生が担当の先生にお願いすると、二つ返事で了解を取ることが出来たと言って自虐的に笑っていた。


僕らが4人で実技を行うことになる場所だが、魔術演習場の隣にある大きな倉庫の裏手のちょっとした空間だった。学院の裏門近くの場所なのだが、雑草が蔓延り、手入れも何もされていない場所だ。ただ、4人で鍛練をするくらいならちょうど良いし、誰の目も気にしなくて良い所だった。


「う~ん、ちょっと整備した方が良いかな・・・」


「せ、せやな。これはちょっと手入れせんとかんね」


「せめて雑草をなんとかしないと、虫に刺されそう・・・」


「だな、今日は場所の整備だけで終わりそうだな・・・」


先生に指示された場所を確認するなりの僕の第一声に、皆も同じことを思ったのか、場所の整備に賛同してくれた。特にジーアとカリンは虫が苦手なのか、草むらを警戒しながら恐る恐る足を踏み入れている。とはいえ、場所の整備にそれほど時間を掛けるつもりはない。


「雑草は僕の火魔術で処理するよ!あとの地面の凸凹や石なんかは、皆で頑張ればすぐに終わるさ!」


「火なんて使って大丈夫か?延焼して倉庫にでも燃え移ったら大変だぞ?」


アッシュは心配そうに僕に尋ねてくるが、僕は首を振って問題ないと告げる。


「魔力量をしっかり調整すれば、燃え広がる事もないから大丈夫だよ!」


「そんな細かい制御ができるの?」


僕の返答に、カリンは目を丸くしながら聞いてきた。それはジーアも同様のようで、彼女も驚いた表情をして僕を見ていた。


「えっ?魔力量の調整なんて基本・・ってそうか、ちょっと2人の魔術杖を見せてくれないかな?」


そう頼むと、2人は素直に杖を貸してくれた。受け取った杖の魔石をよく確認すると、どうやら必要な魔力量を自動的に抽出するようになっていて、量の調整は大雑把に大・中・小しか出来ないようだ。形状変化に至っては、魔術が一塊になる程度の記述しかされていない。


(なるほど、これなら魔力の制御が出来なくても、魔術の発動に困ることはないのか。でも、それに頼り過ぎると魔力量の調整なんて出来ないし、制御も身に付かないというわけか・・・)


魔石を見つめながら問題点を考えていると、ジーアが声をかけてきた。


「何か問題あるん?ウチらが持ってる杖なんて極普通の一般的なものやで?」


「う~ん、そうだね、僕の杖とは性能がまるで違うんだけど、それはたぶん杖に求めるものが異なっているからだと思うんだ」


「求めるもの?」


カリンは僕の言わんとしていることがよく分からないのか、首を傾げながら聞き返してくる。


「一般的な杖は、魔力の調整から魔術の発動、形状変化に至るまでを全て自動で行ってくれるものなんだ。でも、僕の杖は詠唱を省略しただけで、魔力量の調整から発動、形状変化に至るまで自分自身での制御を必要とするものなんだ」


「エイダはん?形状変化って自分でどうにか出来るもんなん?」


僕の説明に、ジーアが信じられないといった表情で聞いてきた。


「そりゃ、任意に形状変化出来ないと、臨機応変な魔術行使が出来ないよね?」


広域に魔術を行使したいのか、範囲を絞った行使をしたいかによって求める魔術の形というものがあるはずだ。今回の様に雑草をどうにかするには、広範囲を一気に燃やしたいので、火を薄く広く伸ばして放てば良いし、逆に単体の魔獣を討伐するなら火を収束して槍のようにして急所を狙えば、毛皮等の素材も傷つかず一撃で絶命させることも出来る。


しかしジーア曰く、普通は用途に応じて魔石を取り替えるのが基本らしく、高額の魔石ならある程度任意で形状変化が出来るような仕組みらしいのだが、かなり貴重らしく、この国でも持っているのは相当裕福な魔術師だけではないか、ということだった。


また、第四階悌以上の魔術師ならある程度の形状変化は可能らしいが、それでも変化には時間が掛かるので、実戦を想定すれば大抵は杖頼みらしい。


「まずは魔力の制御ができれば、形状変化もしやすくなると思うから、基本から頑張ろうか!」


「そうやね、よろしゅう!」


「うん!お願い、エイダ!」


「エ、エイダ!俺の鍛練も忘れないでくれよ?」


アッシュが心配そうな表情で言ってくるが、もちろん彼の事を忘れている訳ではない。


「勿論だよ!皆で一緒に成長していこう!」



 そうして、皆には少し離れてもらって、僕はまず雑草を消すために杖を掲げ、少な目の魔力で火魔術を行使する。形状変化によって一辺30m程の正方形の薄い板状の火を形成してそれを雑草に向けて放つと、一瞬で辺りは正方形に形取られた地面が剥き出しになった。地面が剥き出しになったことで、後の整備は多少の凸凹や石の排除なのだが、思ったよりも起伏などはなく、大きめの石が少しあるくらいなので、これならすぐに終わるだろうと安心した。


石の中には膝丈くらいの結構な大きさのものもあるので、杖を納めて今度は剣を抜いた。全身に闘氣を纏い、刃溢れしないように剣にも薄く纏わせる。そして、石の中心へ突きを放つと、粉々になった石が辺りに散らばった。同じことを数回繰り返し、鍛練の邪魔になりそうな石は全て取り除くと、残りは小石程度になったが、この程度なら支障は無いだろうと考えて整地作業を終えた。


早速鍛練を始めようと皆に振り替えると、全員が目を点にしながら、大きな口を開いて固まっていた。


「ど、どうしたの?た、鍛練しないの?」


少し待っても固まったままだったので皆に問いかけると、我に返ったアッシュ達が声を上げた。


「ありえねぇ~!!魔術の後にすぐ闘氣使って体は大丈夫なのかよ!?」


「本当に凄い!!魔術の形をあんなに自由自在に出来るなんて・・・」


「ほんにエイダはんって何者なん?実はこの学院の内情調査をしている凄腕のスパイか何かなん?」


口々に言い募ってくるみんなの迫力に驚きながらも、ジーアの指摘には笑うしかなかった。


「スパイって、そんな訳無いだろ。僕は普通の平民だよ?」


「「「こんな普通があるか!!」」」


声を揃えて詰め寄ってくる皆に苦笑いを返しながらも興奮を落ち着かせて、何とか初めての鍛練を始めるのだった。



 まずは魔力の制御だ。僕は準備してもらった丸い駒を回しながら説明する。


「知っての通り、魔力は基本的に内へ戻ろうとする力が働いているから、放出などは難しい。その為、体外へ放出するには自分の属性魔術に変換してから放出しなければならないと言うのは良いよね?」


「うん。それは分かってる」


「せやね。そのくらいの基本は知っとうよ」


カリンとジーアの反応を確認して話を進める。


「しかし、魔力自体も体外に放出して制御できない訳じゃない。だたその制御が異常に難しいと言うだけでね」


魔力は体外に放出されると、自然界の各属性魔力と融合し、飽和して霧散してしまう。だからこそ自然界の魔力と融合しないように緻密な制御が必要なのだ。前置きをした僕は、掌に群青色の魔力を放出して見せ、いつも鍛練していたように球体にして見せる。


「・・・凄い」


「はぁ~、器用やね・・・本当に純粋な魔力を制御しとるなんて・・・」


「スゲーな!こんな事が出来るなんて聞いたことないぜ!」


カリンとジーアは魔力の球体を凝視しながら感嘆の声を漏らし、アッシュも初めて見る技術なのか興味津々と言った様子で覗いてくる。


「もちろん簡単じゃないよ?かなり鍛練が必要だからね。イメージの仕方としては、このコマが理解し易い。内に戻ろうとする力を、このコマの遠心力のように魔力を回転させながら一定の形に保つ。慣れてくれば乱回転をさせて球形にする。更に熟達すると、回転させることなく球形に制御することが出来るようになるんだ!」


「は、はぁ・・・?」


僕の説明に、皆は分かったような分からないような返事を返してきたので、難しいことは置いておいて、まずは掌に魔力を放出してもらう。しかし・・・


「エ、エイダはん?どうやって魔力を放出したらええん?」


「ゴメン!私もギブ!」


最初の一歩目からジーアとカリンは躓いてしまった。


(しまった!もっと初歩から伝えた方が良かったか・・・)


正直、人にものを教えるのは初めてだったので、どこから教えたら良いのか分からなかった結果、最初の入り口を間違えたようだ。


「ご、ごめん!先ずは詠唱をして魔術を発動させるところからにしよう!杖に頼らなければ魔力の動かし方がよく感じられると思うから、その感覚が分かってきてから魔力の放出に移ろう!」


「そうだよね。いきなりは無理だよね」


「堪忍やけど、初歩の初歩から教えたってや?」


2人の言葉を教訓に、アッシュの方の指導はもっと初歩から入ろうと考え直した。2人とも一応詠唱の呪文は暗記していたが、魔術の発動には至っていなかったので、しばらく詠唱で魔術を発動できようになるまで自主練習となった。そしてーーー


「いよいよ闘氣の鍛練だな!」


 自主練習している彼女達から少し距離をとって、今度はアッシュに闘氣について指導する。一応彼女達にも声は掛けたが、2人とも『両方やるなんて無理!』と声高に拒絶されてしまっていた。


「アッシュは闘氣を纏っているけど、あれは言ってみれば闘氣を垂れ流しているだけだ。だから常に闘氣を注ぎ続けないといけないし、すぐに枯渇してしまう」


「ぐっ・・・確かにエイダの目線から見ればそうなんだろうけど、容赦無い指摘だな・・・」


「気を使ってお門違いな所を誉めたところで、実力が増す訳じゃないでしょ?だったら、しっかり現実を直視して改善していかないと強くなれないよ?」


「それを言われたら、ぐぅの音も出ねえよ・・・」


僕も昔は父さんの鍛練で「優しくしてよ!」とよく口にしたが、その度に同じようなことを言われたものだ。それにプラスして母さんが鍛練の厳しさを数倍にする可能性を指摘されて、泣く泣く頑張っていた。アッシュも、僕の言葉が正論なだけあって何も言い返すことが出来ないようだった。


「大前提だけど、闘氣は体から離れようとする性質を持つ。それを押し留めて体に定着させることで飛躍的に瞬発力や筋力を向上させることが出来る。ここまでは良いよね?」


「そりゃ、まぁな!実際使ってるし!」


アッシュが頷くのを確認して、説明を続ける。


「ここで大事なのは、定着であって纏わせるということでは無いということだ!」


「??何か違うのか?」


「纏うと言うと、どうしてもイメージがぼんやりしてしまうから、騎士が装備しているような鎧や、もっと身近なもので言えば自分の着ている服の様に闘氣を着るんだ!」


「言わんとしてることは理解できるんだけどな・・・第二階層の俺にそんな制御できるんかね・・・」


「出来るに決まってるよ!僕だって第二階層なんだから!」


「ま、まぁ、そう言えばそうか・・・あまりに凄すぎて、エイダがノアだって認識できなくなってきちまったぜ・・・」


遠い目をしながらそう言うアッシュに、愛想笑いを返して説明を続ける。


「階層が上がれば制御も出力も飛躍的に向上するが、僕達にそれは望めない。でも、制御を完璧にすることはどれだけ階層が低かろうが可能なんだ!」


「そ、そうなのか・・・まぁ、俺の家庭教師なんて単体の能力者だから、『階層が上がれば身に付くのに』なんて身も蓋もない教えだったからな・・・」


確かに階層が上がれば制御の精密さも上がるが、それを僕らに言われてもどうしようもないのだ。だからこそ、地道に努力し続ける必要がある。学院に来て感じたことは、魔術でも剣武術でも、とにかく段階を上がってしまえば何とでもなるから、段階を上がるための鍛練に終始しているといった感じだ。しかも、効率を重視して、必要な基礎鍛練もすっ飛ばしている。これでは、段階の上がらない僕達のような両方の能力を持つ者はどんどんと置いていかれてしまう。


(って言っても、両方の能力持ちはほとんど居ないから、鍛練が僕達用には整備できてないんだろうな・・・)


そう思うと、両親には感謝しかない。教えられた技術を上手に扱えば、安定した奉仕職も夢ではなくなってきているのだから。


「じゃあ、闘氣の扱い方の具体的なイメージを実演しようか!」


そう言って僕は、予め用意してもらっていた紅茶と牛乳を、倉庫から持ってきていた木箱の上に準備した。

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