第二章 クルニア学院

第12話 入学 1

 学院を目指して移動すること2日目ーーー


地図を確認すると目的の都市には明日中に着くだろうという所までこれていた。途中、町の宿で宿泊しようかとも迷っていたが、お金が勿体ないので街道から少し逸れた場所で野営をしていた。


野営は、魔獣等の危険もあり疲れが取れ難いのだが、ようやく僕も父さんのように寝ていても気配や殺気に気付けるようになってきていた。とは言え、寝ている状態だと10m位まで近づかれてようやくなので、もっと鍛練が必要だと感じている。


 食料は、昨日ありがたい事にDランク魔獣のミノタウロスと遭遇することが出来たので、しばらく肉に困らなくてよくなった。リュックには持てるだけ入れた大量の生肉が詰まっているので、今日はある程度まで進んで、薫製肉に加工しようと食事のことを考えて走っていると、前方に多数の人の気配を感じ取った。


(ん?やけに多いな?25・・・30人位か。行商の一団か何かかな?)


結構な速度で走っているため、人や馬車とすれ違う際には気を遣っている。一度、僕に馬が驚いて暴れてしまうことがあったので、それからは、すれ違う際に街道から逸れて走るか、それが難しいなら速度を落としてすれ違うようにしている。


(ん~、ちょっと木が邪魔で逸れるのは難しいかな・・・仕方ないか。んっ?この集団、動いてないな。何かトラブルか?)


脇に逸れることが難しいので、速度を落とそうと思ったのだが、前方の集団が止まっていることに気付いた。こんな街道を塞ぐように止まっていられたのでは邪魔になるのだが、トラブルなのかとも考え、ゆっくりその一団に近づくことにした。


「えっ?どうなってるのこれ?」


ゆっくりと移動して、茂みから身を隠すように顔を覗かせてみると、視界に入ってきたその状況は僕の頭を悩ませるものだった。



「おらっ!いい加減諦めろやっ!!」


「くっ!我ら誇り高き近衛騎士が膝を屈することなどあり得ぬ!!命尽きるまで主人を守るのが務めだ!!」


「はっ!この状況で主人を守るだぁ?寝言は寝て言え!!」


『ドゴッ!』


「ゴフッ・・・」


 茂みから様子を窺うと、そこには一台の豪奢な馬車に群がる粗暴な装備を身に付けた厳ついオジサン達が、口汚い言葉で白銀の軽鎧を装備している女性騎士をいたぶっていた。馬車の周りには他にも3人の騎士がいるのだが、皆厳ついオジさんに組伏せられ、抵抗できないでいるようだ。ただ、よく見るとオジサン達の防具は粗末だが、武器は中々に立派で、なんとなく違和感を覚えるような出で立ちだった。


(あ~、たしか母さんが仕事に失敗してお金に困った人が盗賊と言う悪人に身をやつす事があるって言っていたな・・・あのオジさん達がそうなのか?始めて見るな~!)


始めて見る盗賊に僕は若干興味を引かれながらも、悪人に襲われてる人を見たら助けなさいという両親の教えのもと、行動を開始する。ただ、どちらが悪人かはまだ断定する事が出来ないので、まずは双方から話を聞くことが出来ないか行動する方針を立てた。


(見た感じオジサン達が悪人だろうけど、間違っていたら不味いしな。えっと・・・既に襲われていて助けには入る時には、自分が味方だと伝える作法があったな。たしか父さんは・・・)


2人の教えを思い出しながら、この騒動に介入すべく動き出した。




 side 女性騎士


「ゴフッ・・・」


 私は仲間を庇った際に負傷してしまい、痛みに耐えきれず膝を着いた状態から反応することが出来ずに、嫌らしい笑みを浮かべたこの一団のリーダー格の男の蹴りをまともに受けてしまった。その反動で、愛剣を手放して地面を無様に転がってしまう。


近衛騎士となってから5年。今までただひたすらに自らの主人を守ることを使命に、研鑽を積んできた。その努力もあり、また事実として今まで主人を危険に晒すような愚を犯したことはなかった。しかし、その慢心が仇となったのか、敵の接近に気付くのが遅れ、迎撃体制をとれた時には既に完全に包囲されていた。


しかも、襲ってきた相手は防具こそ粗末なもので誤魔化しているが、手に持つその武器はかなりの業物で、すぐに盗賊に偽装した一団であることに気づいた。私の主人が誰であるかを知っての襲撃だと考えれば、敵対勢力がいくつか思い浮かぶ。おそらくはこちらの行動を予め把握していて、罠を張っていたのだろう。しかしそうなれば、送り込まれた彼らはそれなりの手練れである可能性が高い。私のその直感は、彼らと刃を交えてすぐに正しかったと理解した。


一人一人がギルドのBランク相当の実力者で、この一団を率いるリーダーに至ってはAランクに達しているだろう腕前だった。私を含めた4人の近衛騎士は、全員がAランクの実力だが、さすがに20人を越えるBランク相手には多勢に無勢で、奮戦虚しく組伏せられてしまった。まだ彼らが私達を殺さないのは、先に任務を遂行してから慰み者にして遊ぶ為だろう。


(くっ!申し訳ありません我が主・・・どうやら我らの命運もここまで・・・かくなる上は、馬車の馬を暴走させ、刺し違えてでも足止めをーーー)


蹴り飛ばされて、地面にうずくまりながらも、鎧の内側に忍ばせている隠しナイフの柄を握る。当然奴等も馬車を押さえるために馬の警護に4人が目を光らせているが、さすがに私がナイフを投擲して馬車を暴走させようとは考えていないだろう。なにせ中に居る人物の肩書きを考えれば、そんな暴挙には出ないだろうと思っているはず。そこが狙い目だった。隙を突き、馬を狙おうと顔を上げた瞬間、いきなり聞き覚えの無い緊張感もない声を出す人物が目の前に現れた。


「ちょっと待った!!か弱い女性に大の男が大勢で暴力を働く所業、目に余る!何か事情があるのだろうが、暴力は最終手段!まずは話し合うべきだろう!あと、どっちが悪人なんだ!?」


「・・・・・・」


「・・・・・・」


「・・・・・・」


私と男達の間に立ち塞がるように現れた彼は、灰色の外套をはためかせながら、奴等の動きを止めるように開いた右手を伸ばしながら、場違いな台詞を吐く。どうやら声の感じから言って、まだ成人もしてない子供のようだ。英雄譚の物語を読みすぎて、自分が主人公になったと勘違いしているような痛い台詞を吐いている。突然現れたそんな彼に、周囲の者達は呆気に取られていた。


「き、君っ!ここは危ない!すぐに逃げなさい!君のような子供では何も出来ずに殺されるのがオチだ!」


ハッと我を取り戻した私は、即座に彼に逃げるように告げる。どう見ても勘違いした子供の言動にしか見えないが、そんなことで巻き込んでしまうのは、本来国民を守る騎士として申し訳ない。


「ははっ!大丈夫です!襲われている人は助けろと言うのが両親の教えです!そして、襲っている相手が悪人の場合は、金品を根こそぎ貰っても良いと言うことも教えてもらってます!遠目から見て、オジサン達が悪人のような振る舞いでしたが、間違っている可能性もあるので話を聞きたいのです!」


「は、はぁ?何を言ってるんだ君は!?これは物語ではなく現実の出来事なんだぞ!君の目の前に居るのは現実の悪党で、君を殺すことに躊躇いなんて無いんだぞ!!」


私はあまりのズレた発言をする彼に、怒りすら覚えて地面に倒れ伏しながらも声を大にして言い放つ。すると彼は首を傾げながらぶつぶつと何かを呟いている。


「(あれ?女性が襲われている場合の父さん直伝の対処法なのに、おかしいな・・・思ってたのと反応が違うぞ?・・・あっ!後半の台詞は僕が付け足したから、それが間違っていたのか!でも、相手が悪人だったら貰える物は貰っておきたいし・・・)」


彼が独り言を言いながらうんうん唸っていると、一団のリーダー格の男が腹を抱えて笑い出した。


「くくく・・・はっはははは!!!何だお前?死にたがりのバカなのか?こんな中に首を突っ込むなんて、最近のガキは夢と現実の区別もつかないってのかよ?」


「「「ははははは・・・」」」


リーダー格の男の言葉に、周りの男達も同じことを思ったのか、一様に笑い出した。この場にいる全員が彼に注意を向けているその状況に、瞬時に私は馬を暴走させるためにナイフを投擲しようと膝立ちになるが、続く彼の言葉に身体の動きを止めてしまった。


「えっ?オジサン達みたいな実力もない人達が何人居たところで、死ぬわけないよ?」


「・・・はぁ?ガキィ、おもしれぇ事口走るじゃねえか!どうやら本当の悪人って奴に会ったことが無いらしいな?」


「あ、やっぱりあなた達は悪人なんですか?」


「くくく、そうだぜぇ!極悪人だよ!何せこの国のる身分の方に手を出してんだからなぁ」


「なるほど!なら、僕があなた達を倒してその金品を僕の物にしたところで何も問題は無いね!」


「ははは!威勢が良いな!だが、そんな妄想をする前に現実を見な!この馬車を護衛していたのは、この国でも指折りの実力者だ。それでもこうして俺達の襲撃が成功しているのはそれだけの力があるって証明なんだよ?分かるか?お前はこれから俺達に嬲り殺しにされるんだよっ!!」


男が言い終わるや否や、手に持っていたタルワールを構え、素早い踏み込みで彼に肉薄し、その凶刃を振るおうとしていた。私は彼を守ろうと立ち上がろうとするが、受けているダメージが大きく、即座に動くことができなかった。私に出来ることと言えば、彼に逃げるように告げるだけだ。


「逃げろ少年!」


私の警告に彼は一瞬顔をこちらに向けると、ニヤリと笑みを浮かべてまた男に向き直った。一瞬見たその顔は、少し幼さを残すもので、やはりまだ未成年であることが窺えた。


 袈裟斬りに斬りかかろうとしている男に対して、彼は外套を開いて、左腰に差していた剣を抜き放って迎撃の姿勢をとった。一見して闘氣を纏っていない彼を見て、もうダメだと思った。リーダー格の男も子供相手に闘氣を使うまでも無いと思っているのか、強化せずに斬りかかっている。しかし、それでも力の差は歴然だろう。子供がどんなに鍛えたところで、成熟し、磨き抜かれた大人の筋力に敵うことはない。これを引っくり返すには闘氣を抜きにすれば、物理的に不可能だ。


「オラッ!先ずはそのいけ好かねぇ顔を恐怖に染めてやるぜ!」


口汚い言葉とは裏腹の洗練された鋭い斬撃が少年を襲う。しかし、正面からその剣を受けると思われた少年の剣先は僅かに下がり、男の剣筋の軌道を自分から剃らした。


『キィィン・・・ズンッ』


剣が擦れ合う音が響いたかと思うと、勢い余ってか、リーダー格の男の剣の切っ先は地面に斬り込んでいた。しかも、急な剣筋の変化にバランスが前のめりに崩れてしまっている。


「おぐっ!!」


男のバランスが前に崩れたが、自分の剣が地面に突き刺さってしまったせいで、戦闘中の剣術士としてあるまじきみっともない声を出して、自分の剣の柄に自らの腹を打ち据えていた。しかも、少年の剣の切っ先はピタリと男のこめかみに添えられており、彼が少し力を込めるだけで男の命を奪える状況になっていた。


(何だ?剣筋を剃らしただけで、あんなに体勢が崩れるものか?彼は一体何者なんだ?)


そう思って良く見ると、彼の剣は刀身が赤く、本来あるはずの刃の部分がなく、切っ先だけのものだった。


(刀身が赤い剣・・・よもや、の鍛冶師が打ったとされる逸品かっ!?しかし、何故刃が無いのだ?)


答えの出ない疑問を抱いていると、少年が男に対してありえない要求を口にしていた。

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