第13話 入学 2

 僕は斬り込んできたオジサンの横に立ち、こめかみに切っ先を当てると、こちらの要求を口にした。


「このまま続けてもオジサン達は無駄に死ぬだけだよ?嫌なら大人しくお金と高価な装備を渡せば見逃してあげるけど?」


実際問題として、いくらオジサン達が悪人だったとしても、目の前で繰り広げられた争いがどのような事情によるものか全く分からない状況で人を殺す、なんて事ははばかられた。そもそも、僕は今まで魔獣を討伐したことはあっても、人は殺したことがないというのも、このオジサンを殺さなかった要因かもしれない。とは言え、一応僕に危害を加えようと襲いかかってきたのだから、相応の報いを受けさせることも必要だろうと考え、金品を要求したのだった。


(いざと言う時は躊躇せずにって教えられているけど、この程度の相手なら生かそうが殺そうが、さして驚異でもないしな・・・殺して奪うより、生かして差し出させる方が楽だし)


父さんと母さんは常々自分達はただの鍛冶師と細工師で、少し特殊なだけと言っていた。それこそ、自分達より強い存在などいくらでもいるだろうと。そんな両親に僕の実力を聞くと、そこそこという評価だった。なので、僕はきっと世間一般の平均的な力は有ると考えているのだが、その平均的な僕と比べるとオジサン達はかなり劣っている。


(きっと鍛練を疎かにしていたんだろうな・・・だからこんな大人数で少数の女性を襲うことしか出来ないんだろう・・・)


騎士のお姉さん達をこの国でも指折りの実力者と表現したのは、僕を萎縮させるための誇張した言い方だと思っている。そんな事を考えながらも、オジサンの返答を聞こうとしたのだが、後方に倒れている騎士のお姉さんが声を荒げてきた。


「君っ!何を言っているんだ!?敵は討てる時に討たねば、生き残った彼らは君を殺しに来るぞ!君だけじゃない、別の被害者も生まれる可能性だって有るんだ!禍根かこんはここで断て!」


騎士のお姉さんの指摘に、一理あると考える。ここで僕が見逃した結果、他の無関係な人に被害が及んでしまうことになるのは、僕としても避けたいところだ。


「たしか、犯罪者は騎士に突き出すと褒賞金が貰えるって聞いたんですけど、オジサン達を無力化して、お姉さんに突き出してもいいよ?」


「・・・残念ながらそれは無理だ。ここから一番近い都市まで馬車で2日以上かかる。そんな中、20人を越える犯罪者をたった4人で連行することは危険すぎるのだ。なにより、我々はかなり負傷してしまっているからな・・・騎士失格だよ・・・」


いくら無力化したところで、2日という時間と連行する側の圧倒的少数、更に負傷した状況での犯罪者の護送という状況は、不測の事態が起こりうる可能性が有るのだろう。そういった危険を考えたとき、お姉さんが言うようにここで禍根を断つ方が安全だ。


「おいっ!てめぇら!!好き勝手言ってんじゃねえよ!いつ俺様がこのガキに負けたって?」


お姉さんと話していると、大人しくしていたオジサンが怒声と共にこめかみに切っ先を突きつけられたまま僕を睨んでくる。


「その状況じゃあ何も出来ないよ?」


「はっ!ガキが!俺様は第四階層に至ってんだよ!!偶然の結果に、良い気になってんじゃねぇ!」


「へぇ、第四階層か!父さん以外で見るのは初めてだな・・・うん!なら、もう一度立ち合ってあげるよ!多くの人と剣を交えて経験を積むのも鍛練だしね!」


そう言うと僕はオジサンから距離を取って間合いを開けた。すると、ゆらりとオジサンは立ち上がって、怒りに満ちた表情でタルワールを向けてきた。


「クソガキがっ!!余裕ぶってんじゃねえぞ!俺様を怒らせたこと、最初のまぐれの攻防で止めを刺さなかったことを、あの世で後悔するんだな!第四階層・・・”突破”!!」


すると、オジサンは暗い深紅の闘氣をゆっくりと全身に纏い、タルワールを腰に溜めるように水平に構えた。まだ僕を侮っているのか、闘氣の展開は遅く、ユラユラと不定形で安定していない。しかも、込めた闘氣の量も少ない。当然のように、オジサンの得物にも闘氣は纏っていなかった。本気を出して欲しいと言おうと考えて、口を開きかけるとーーー


「ヒャッホー!さすが兄貴だ!見事な闘氣の扱いだぜ!」


「こんな深紅の色の闘氣を操れるなんて、兄貴だけッスよ!」


「まぐれでつけ上がったガキなんて、軽くやっちゃって下さい!」


オジサンの配下なのだろう、周囲を包囲しながらこちらを窺っている人達が、口々にオジサンを称賛し出した。その様子に僕は開きかけた口を閉口した。


(どうも、これが全力だったのか・・・どうしようかな?)


生殺与奪を僕に握られていることに気づかないオジサンは、嫌らしい笑いを僕に向けてくる。僕がオジサンの闘氣に恐れをなしているとでも思っているのだろうか。


「ぐっ!しょ、少年!無理だ!第四階層は達人の領域なのだ!先程の奇跡なんて、もう起きないぞ!」


お姉さんが青い顔をしながら僕に警告してくる。僕に加勢する為か、どうやらお姉さんも闘氣を発動しようとしているが、既に枯渇寸前で体調に影響をきたし始めているらしい。


「もう、おせぇよ!このガキに待っているのは・・・死だっ!!」


闘氣によって強化された身体能力が、先程とは比べ物にならない踏み込みを可能にさせている。刹那の瞬間に間合いを詰めてきたオジサンは、先程の数倍の早さで横薙ぎにタルワールを振るってくるが・・・


(遅いっ!父さんと比べるのもおこがましい!)


横薙ぎの斬撃を下から掬い上げるような軌道で剣筋を逸らす、その一瞬に闘氣を纏って。


『ギィィン・トン!』


「なっ?」


オジサンはタルワールごと万歳をしたような格好になり、隙だらけの姿を僕に晒している。その隙を逃すことなく、流れるような動作で突きの姿勢に入る。


「・・・〈凛天刹りんてんさつ〉!」


「ぐわっ!!」


狙いを少し外して、肩を突き刺した。その衝撃で、オジサンは10m程吹き飛ばされていった。本来は頭部を狙えばそれで終わりなのだが、まだ僕の中で殺人への忌避感が勝ってしまった結果だ。


(ダメだな・・・。父さんも母さんも戦争がある以上、人と戦うことも覚悟しなければならないって言ってたし、経験を積むなら悪人で・・・なんだけどなぁ)


決心しきれない自分の心に悪態をつく。そんな僕に背後からお姉さんのほうけたような声が聞こえてきた。


「しょ、少年・・・君は一体?」


僕の正体を誰何すいかするようなお姉さんの言葉を、オジサンの野太い怒声が遮ってきた。


「ごのグゾガキが~~!!もう許さんぞ!おいっ!お前らも一斉に攻撃だ!剣術に覚えがあろうが、魔術の飽和攻撃なら関係ねぇ!!」


貫かれた肩を押さえ、唾を飛ばしながら周りの配下の人達に指示を出すと、今まで嘲笑するように僕を見ていた周りのオジサン達が真剣な表情に変わり、15人が先端に丸い魔石の付いた魔術杖をこちらに向けてきた。残りは剣術士なのか、抜剣して構えている。


「タイミング合わせろ!火と風だ!!」


「「「了解!!」」」


魔術師達の指揮官なのか、包囲網の後方に居るオジサンが号令を出すと、一斉に火属性魔術と風属性魔術が放たれ、空中で融合して巨大な炎の塊となって僕に襲いかかってくる。


(いくらここが街道だからって、少し脇に逸れれば木が生い茂っているんだぞ!延焼して火事にでもなったらどうするつもりだ?)


オジサン達の考え無しの攻撃魔術に辟易しながらも、右腰に差している母さん特製魔術杖を抜き放つ。図らずも二刀流っぽい出で立ちになるが、先端に有る六面体の魔石のすぐ下を持ち、杖を頭上へ掲げるようにしているので、二刀流の格好とは言い難い。


「火事になったら大変でしょ!〈魔術妨害〉!」


迫り来る炎の塊に向かって、群青色の魔力の塊を槍のように形状変化させ、炎の中心部へと放つ。するとーーー


『パシュッ!』


「「「・・・はっ?」」」


巨大な炎が一瞬にして空中で掻き消えた様子を見たオジサン達は、大きな口を開けながら気の抜けた様な声を呟いた。その顔は一様に、信じられないという表情をしている。


(さすが、母さん特製の魔術杖!使いやすい!!)


使用した感覚に感動していると、肩を押さえたままのリーダー格のオジサンが、魔術師達の指揮官に向かって声を荒げていた。


「ば、バカなっ!この規模の融合魔法だぞ!?なんで消えた?失敗かっ!?」


「そ、そんなはずありません!確かに魔術は発動していました!わ、私にも分かりません!!」


魔術師のオジサン達は動揺してしどろもどろになっている。その心情が伝わってしまったのか、剣術師達もどう行動すべきか分からずに狼狽えているようだった。すると、今まで地面に組伏せられ、動きを封じられていた3人の騎士達がその隙をついて拘束から抜け出し、近くに転がっていた武器を手に僕に駆け寄ってきた。ただ、その動きは決して素早いものではなく、明らかに手負いであるというのが見てとれた。


「しょ、少年!我らも加勢する」


「ここで奴等を逃がしては、いずれ更なる被害が出るだろう」


「見たところ君は人を手に掛けたことがなく、忌避感も有るかもしれないが、どうか我らに力を貸して欲しい!」


3人はいずれも女性で、一人が剣術士、2人が魔術師のようだ。彼女達は満身創痍ながらも、その瞳には強い覚悟の意志が宿っていた。


(さすがにこんな状態の人達に戦わせるわけにはいかないな・・・相手は悪人・・・ここでやらなきゃ父さんと母さんにどやされる!)


覚悟を決め、前に出ようとするお姉さん達を牽制する。


「あのオジサン達は僕が始末をつけます!あなた達は休んでいてください!」


「し、しかし、子供の君に全て背負わせるわけには・・・」


「大丈夫です!そんな柔な精神じゃ、父さんと母さんの鍛練に耐えられませんよ!」


「た、鍛練?き、君は何を言ってーーー」


「それより、後ろで倒れているあの人の救護を!闘氣の枯渇寸前で意識も朦朧としているはずです!」


「し、しかしーーー」


なおも言い募ろうとするお姉さんの言葉を遮って、魔術杖を右腰に収めた僕は動き出す。


「では、行きます!!」


父さんには及ばないものの、一瞬で全身に深紅に輝く闘氣を定着させる。そして、自分が出せる最大速度でもって包囲しているオジサン達に突っ込んだ。僕のその行動に、敵の剣術士達は我に返ったようで、一斉に構えをとったが、既に遅い。


「ハァァァァ!!!」


単純な速度を活かした突き技で、相手が攻撃動作に入る事さえ許さぬ内にその心臓を次々と貫いていく。身長差を考慮した為の狙いだが、魔獣と違って人間は心臓を突かれれば、ほぼ即死だ。


「ぐおっ・・・」


「ギャ・・・」


「何っ・・・」


短い断末魔を残してオジサン達は絶命していく。その様子に少し思うところもあるが、今は無心で体を動かす。


「何だよ!何なんだよ!この化け物めっ!くそっ!こんな依頼受けなきゃーーー」


混乱して喚き散らしていたリーダー格のオジサンは、背後から僕に心臓を貫かれ、何が起こったのかも分からない内にその命を散らした。包囲してた人達を全て殲滅すると、血塗れの剣を見ながら呟く。


「・・・意外と何とも思わないものなんだな。それとも今は興奮しているだけで、あとでものなのかな?」


いつか言われていた父さんの言葉を脳裏に思い出しながら、剣を振って血糊を落としてから鞘に収めた。

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