第五話 異世界に転生させられたくないならすっこんでろ


◇ レッドこと続木宮子つづき みやこの場合


 合コンは主催することもあるし誘われることも多い。それだけ男と付き合いたいと思っている女と自認も公認もされているわけだ。髪型を整えて、メイクを整えて、発声まで整えて、にこりと笑う。目指すは女子アナか彼氏に近づけたくない女、とにかくモテそうな女だ。

 首元にはダイスのネックレスを、耳にはガラスのピアス、指先にはシャンパンゴールドのラメをちりばめる。

「よし、かわいい」

「本当見た目完璧よね、続木は」

「早く彼氏作らせてあげたいわ」

「おい同情やめろよ。ライバル視しろよ」

 女子サイドのメンバーは親友だから、私の言葉にクスクス笑う。その気にも留められてない感じに安心さえ覚えた。口紅のよれを消せば確かに私は最強にかわいい女の子だった。

「じゃあ行こう。今度こそ運命に出会えますように」

「男に寝とられず」

「女に浮気せず」

「無機物にも浮気しないやつね」

 そんなこと言いながら、私達は合コン会場である飲み屋に向かった。その店を選んだのは先方であったため、まず店のチョイスの採点から入る。店構えはどうか、安全そうなところにあるか、店の中の先の距離感は、話しやすい雰囲気か、店員は愛想いいか、採点項目は無数にある。そんなことをチェックしながら、先方が来る前に「これは期待できないな」と話しつつ、私達は笑顔だけ作って先方を待っていた。

「お待たせしました」

 そうして私達は彼らの登場と同時に『今回はダメだったな』と採点を終えたのである。

 メインディッシュが届く前に私達女子は全員『携帯電話を忘れた』ということになり連絡先交換を完全に断る方向になっていた。

 見た目はともかく身だしなみがだめ、こっちを見る目がオナホ選びの目、靴の先がとがっているのが無理、小指に指輪をはめていいのは華奢な女だけなんだよ、といった外見への暴言を心に秘めつつ、こっちの話を聞く意思がないだろ、共感を示せや女には、偏食が過ぎる、酒の飲み方から酒に敬意が感じられないなどの内面への暴言を脳内で叫びながら、トイレに行く。

「トイレが汚い店ってところも駄目ね……」

 メイクをくすんだ鏡で直していたらクズブルーから電話が来た。どうよと言うから、飲み直したいと返せば、迎えに行くわ、というご提案。まあその方がましか、とそれを承けた。

「女の子があと二人いてもいい?」

『いいけど。こっちもフルメンバーだけどいいか?』

「いいよ、そっちのメンバーの方が安心。今日の奴らなんか目が怪しいもん」

『まじか。じゃあ早めに解散しな』

「うん、そうする。ついたらメールか電話ちょうだい。よろしくね」

 電話を切り、メイクを直し、愛想笑いを張り付ける。あと三十分ごまかしたら、とっとと帰ろうとそう決めた。



「ごちそうさまでした!」

「この後って……」

「あ、私達はちょっとー」

「門限あるのでー」

「じゃあ駅まで送りますよ」

 何故気味の悪い男に限って心折れないのか。ひとりの男がさりげなく私の腰に手をまわしてきた。合コン中も手を触ってきたり髪に手を伸ばしてきた男だ。気持ち悪! と思っていると、不意に、軽くめまいがした。

「あれ、大丈夫ですか、続木さん。もしかして……眠いですか?」

 ぞっと寒気が走る。

 とっさに私は男から離れ親友二人の手を握った。彼女たちの目も、よくよく見ると少しぶれている。

 私たちに手を伸ばす男に「近づくな、くそやろう!」と叫び、私は走り出した。やばい。でも彼女たちだけでも絶対に家に帰さないといけない。

「なにこれ、こんなに飲んだっけ」

「違うよ、薬だこれ」

「まじ、最悪!」

 新宿で私に敵うと思うなよと地下に逃げ、ぐるりと回ってタクシー乗り場についたときには三人とも耐えがたく眠くなっていた。

「タクシー乗るまで頑張って」

「……病院?」

「うん、病院のちの警察ね」

 そんな話をしながらタクシーに友人を乗せ、友人が「新宿中央病院」と行き先を告げたのを確認した瞬間に、私は腕を引っ張られた。

「続木さん」

 とっさにタクシーの扉を閉めた。友人たちがビックリしていたが、私ひとり残される方が男たちにタクシーに乗り込まれるよりましだった。運転手に早く行けとハンドサインを出して、私は彼らを見た。どん、と腹を殴られた。ぐるり、と視界がまわる。

 ――これはやばいな、とは思った。

 ネックレスを落とし、頼むから気が付けよ変態と思った次の瞬間にはもう意識は途絶えていた。


『俺の、続木に、なにしてんだ……?』


 意識の裏側で、そんな声を聞いた気がした。



◇ グリーン


 場末のラブホテルに駆け込むと、水戸はフロントをスルーしてエレベーターを連打していた。

「ちょっと水戸くん、どこにいるかわかるの?」

「俺を誰だと思っている。スパイ映画に出てくることは全部できる」

「なにそれ。安心と恐怖を覚えるわ」

 すーさんと同じく恐怖と安心を覚えつつ水戸に続いてエレベーターに乗り込む。水戸はスマホを見ながらなにかを操作し、四階を押したと思ったらエレベーターの操作盤を蹴り開けた。

「ちょ、水戸くん器物損壊では?!」

「金払えばいいだろ。これ止める。……誰も逃がしはしない」

 ヤバイと思ったがなにも言えなかった。なにを言っても、言った瞬間に彼がキれる予感がしたからだ。

 彼はエレベーターを下りるとためらいなくひとつの部屋の扉をノックした。ラブホテルで扉をノックされるなんて恐怖でしかない。水戸の後ろに立ち、頼むから穏便に終われと願っていたが、出てきた男の顔と、部屋の中まで見えたらしい高身長の一の「うわ続木さん」という言葉を聞いたときに願いが散ったことを理解した。


「続木!」


 本当に一瞬だった。

 瞬きの間に扉は完全に開かれ、そこには血痕と意識のない男が残されていた。つまり、一瞬で水戸は男の顎を砕き部屋に押し入り、服を脱がされる途中にあった続木を男たちから奪い返していたらしい。しかし水戸の足が速すぎて見えなかった。残されたわたしたちは「「「え」」」と言うしかなかった。

 しかしそんなわたしたちの中で最も早く正気に戻ったすーさんは「やっべえ」と呟いた。

「完全に目覚めちゃってるわ、あれ、……うわ、どうしよう……」

「どういうことですか?」

「水戸くん元々かなりやんちゃしてた人なので……」

「今以上に?!」

 水戸は男たちには目もくれずに、続木だけを見ていた。水戸は続木の頬を叩きながら「どうした」「起きろ」「大丈夫か」と聞いているが、彼女は完全に意識がないようだ。彼女が酒で失敗するはずがない、つまり薬だ。しかもお腹にアザができていた。殴られたような、アザ。

 わたしたちですらそれを察したとき、部屋の空気が急に冷たくなった。

「続木……」

 彼は彼女を抱きしめて、がらんどうの瞳でどこか遠くを見ていた。

「……、なんでお前そんなに馬鹿なんだよ、なんで……もっといくらでもまともなやついるだろ、なのに、……だから俺は……なんで俺以外のやつにそんな目に遭わされてんだよ、なあ……なんで? なあ……お前、馬鹿だろ……、ああー……あー、うん、いいよ、うん、ウン、……、お前は馬鹿でいい。悪いのはお前を傷つけるやつだ……そうだ、……そうだよなァ……ァア……」

 やばいとわかっているのに止める方法がなかった。


「殺す」


 そこにいたのは、もう、言葉の通じない理性の消えた獣だった。

「……、どうします?」

「どうしようねー、うーわ、うーわ、すごいなあれ……」

「俺はもう割と逃げたいです。こっわ……」

 暴行現場からはドグシャ、グチャ、ドロ、みたいな音が鳴っていた。

「うわっ!? 今腕折りましたよ!? どうやったら止まるんですか、すーさん!」

「俺もヤンキー時の水戸くん会うの初めてなんだよなあ……前に水戸くんが言ってたんだー、十四のときの自分に会ったら尻尾巻いて逃げるってー……わかる、逃げたい」

「え、じゃあ逃げる?」

「駄目ですよ! あの調子じゃ殺しちゃいます!」

 わたしの言葉に若者二名は神妙な顔で頷き「山に埋めよう」「海に捨てる」と各々最悪の解決方法を提案してきたので、ふたりともビンタした。ふたりともそれで黙ってくれたから男子高校生よりいい子である。

「まず、イエローはレッドを確保してください。ピンクはブルーにタックルして動きを止めてください」

「グリーンはどうするの?」

「救急車呼びます」

「「それはずるいよ」」

「でしたらわたしもブルー確保に参加します……それしかないでしょう、もう、いやだなあ……」

 とりあえず役割分担が済んだ。わたしたちは暴走し、眼鏡もどっかに落として、目をぎらつかせている血まみれブルーを見て、深く息を吸った。

「俺ら戦隊モノみたいなもんだしなんとかなるでしょー」

「そうっすね。ブルーが闇落ちするのは定番の展開ですから」

「そうです。みんな泣くのはあとにしましょうね」


 しかし必殺技のひとつもないわたしたちは、一斉に修羅と化したブルーにアタックをかけるしか道がなかったのだった。



◇ レッド


「……捕まる! それ以上は捕まるから! もうギリギリアウトだから!! 水戸くん落ち着け!!!」

「離せダボ!! てめえから殺すぞ!!!」

「いててててっヤンキーモードやめて!! 殺しちゃうってそれ以上は!! 一くん止めて!! 時を止めて!!」

「俺にそんな超能力ないですよ!! ……うらっ!! うっしゃ捕まえた!!」

「離せっつってんだろ!! 殺す!!! あいつ殺す!!!」

「グリーン! ロープ! ロープ!」

「はい。もう、しめ落としましょう……よいしょっ!」

 ――まず音が聞こえた。

 なにかが暴れまわるような音だ。しかしそれは、ゴキンという謎の音で止まり、後は沈黙があたりを包んだ。

「……えーっと、つづきんの飲まされた薬がなんだかわかんないし、とにかくつづきんを病院に運ばないと……」

「こっちの血だるまたちはどうします?」

「それはどうでもいい。死んでなきゃ俺が殺すし、生きてたところで価値はない。問題は水戸くんを起こすかどうかで……微妙なところだなー……アドレナリン落ち着けば非常時最も有用なんだけどな、この男……」

「とりあえず寝かせておいて病院に運びましょう。先に被害届出しておかないと……訴えられたら面倒ですよ」

「あー、それもあるー法治国家だったわ日本ー」

 目を開くと、目の前に誰かいるのはわかった。

 何度かまばたきして焦点が合うと、それが水戸の顔だとわかった。寝ているのか目を閉じている。眼鏡をかけていないところは初めて見た。とてもきれいな顔をしていた。黙っていれば顔はいいのに、とぼんやり思いながら、その顔に手を伸ばす。

 息はしている。生きているらしい。

 ――しかし、何故、血まみれなのだろう?

「あれ、続木さん起きてます?」

 声をかけられてそちらを見ようとしたら、体が重たくてうまく動かなかった。

「よかった、つづきん意識戻ってる? あー、でも今これ見ない方がいいなー……地獄絵図だからなー……」

「そうですね。レッド、もう少し意識失っていてください……わたしも気絶したい……」

「とにかく移動しましょう。水戸さんは俺が運ぶから、すーさんは続木さんを運んでください」

「うぃー。くすきん、警察と救急呼んどいてー」

「わかりました」

 ひどく眠たい。誰かに持ち上げられたのはわかったけれど、体はピクリとも動かず、意識はぐらりと回り、また世界が遠退くのがわかった。



 目を覚ますと失恋ファイブの三名が私の顔を覗き込んでいて思わず「近いわゲイども!!!!! 散れ!!!!!」と叫んでしまった。彼らは目を丸くして驚いたように固まったが、すぐにけらけらと笑い、事情を説明してくれた。

 どうやら私はあの男どもによる性犯罪に遭っていたらしい。ギリギリ貞操は守られたらしいが、そのときにちょっとブルーが暴れまわったらしい。ブルーがどれだけ暴れまわったのかはわからないが、相手の男たちは最低でも全治五ヶ月ぐらいで全員歯は残ってないとのこと。性犯罪者は死ねとは思うけどリアルに言われると引くものがある。

 そして友人たちも無事だった。本当にそれはよかった。

「なにやってんの、馬鹿じゃないの。そんでその馬鹿は今どこいんの?」

「医者に捕まってますね」

「なんで? 怪我したの!?」

「殴るときに腕時計を第一関節に巻いて殴ってたらしくてガラスが……あと拳にヒビ入ってるそうです」

「修羅なの? え、あの変態眼鏡、修羅なの?」

「それとー、水戸くんこの十年健康診断ばっくれまくってたから片っ端から検査受けさせられてる。今、食道と胃と十二指腸が潰瘍とポリープだらけってことがわかったらしい」

「瀕死じゃん。は? なに、どういうこと? つまりどういうこと?」

「レッドは男を見る目がないってことじゃね?」

「黙れイエロー、正論は認めない」

 私は取り急ぎ被害届を出し、入院手続きを済ませた。調書は失恋ファイブのメンバーが手伝ってくれて、セカンドレイプなどもなくスムーズに済んだ。というか相手に前科があったらしくて流れるように済んだ。

 薬が抜けた友人たちが帰るのを見送り、病院の売店でメイク落としを買って、病室に戻ってため息を吐く。

「男を見る目ってコンビニで売ってるかな?」

「普通は経験で育つのですがレッドは経験だけたまっていきますよね」

「殴られたいのかグリーン」

「殴れるほどの元気が出てきたならよかったです。今日はわたしたちが泊まりましょうか? それとも親御さん呼びますか? ひとりでいたいですか?」

 私が「お前らがいてくれると助かるわ」と言うと、グリーンは「うん、わかりました」と言って私の頭を撫でた。こういうところは先生だなと思いながら私は少しだけ泣いた。


 そんなことをしていたら、病室のドアが開いた。

「うわ、馬鹿が来たよ」

 両腕に包帯を巻いている水戸だった。

 水戸は私の突っ込みにはなにも答えず、右足を引きずりながら歩いてきて、私のベッドに腰かける。しかしこちらを見ることはなく彼は地面だけを見ていた。

「……なんかすごい怪我してるね?」

「……怪我自体は別に……正直胃カメラの方が辛かった。今度大腸もやらされるし……酒やめろって言われるし……最悪……」

「ふうん。そう……」

「続木は……痛むところある?」

「ないよ。薬抜けたの確認したら明日退院」

「そう、……そりゃ何よりだ。俺も今日、念のため入院だけど……」

 水戸は何故か私の方を見ずに話し続ける。なんだろうと思いながら腕をつつくと大袈裟なぐらい彼ははねあがった。

「ギッ!!」

「なに?!」

「さ、だっ、さわんな!」

「はあ?! なに突然?!」

「だからっ、……あーくそ! もう、……あーもうだめだな、……あー、もう、……」

 水戸はこちらも見もせず、靴の先で床を蹴りながら「……お前、俺より絶対長生きしろよ……」とよくわからないことを言った。

「そりゃそうよ。あんたそろそろ刺されて死ぬでしょ」

「……そうかもしんないけど……、あー……つまり、……」

「なに?」

「俺、お前のこと本気で好きなんだけど、……この際、俺にしとけばよくない?」

 私は彼の顔をじっと見た。彼はじっと私を見返していた。私はまわりを見た。他の連中は、なんというか『あらあら』という顔をしていた。

 だから私は息を深く深く深く吸い込んだ。


「うるせええええええゲイはすっこんでな!!!!!!!!」


 この叫びは病院内で流行語になったそうだ。この件については絶対に許さないと決めている。絶対にだ。

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