閑話 お母さん、僕は元気です


◆ 速川


 勤めている会社のことを親に説明できないまま三年経った。

 しかしそれはこの会社が恥ずかしいからじゃない。むしろ俺はこの会社の社員であることに誇りを持っているし、この会社のトップである水戸さんに付いて一生懸命勉強して、いつかはその隣に並びたいと思っている。この会社に入れて本当によかった。やりがいがある。俺は生涯の仕事を見つけたとさえ思っている。

 けれどそれでも親には話せないのだ。

「おはよう! 今日も格好いいね、マイダーリン!」

 だって出社して早々いきなりパンツ下げた女の子に出迎えられる会社なんてどう説明したらいいのか。俺はとりあえず『彼女』の腰をつかみ、自分のロッカーから下ろし、ロッカーから自分の端末を取り出すとフロアを見渡した。誰とも目が合わない。

「誰が彼女のパンツ下ろしたんですか!」

 俺の叫びにフロアの同僚たちがこちらを見た。すると先輩の川辺さんが「あー、俺ー」と手を上げた。

「そもそも朝からなんで『エッチ』オプション起動させてるんですか!」

「昨日ローションの材料変えたんだよ。ほら、アレが荒れやすい人のためにって……だから時間経ったときにボディーへの付着がどうなってるかの実験してたんだよ」

「結果、俺のロッカーベッタベタなんですよ。場所選んでくださいよー」

「あ。それ考えてなかったな……漏れるよな、そりゃな……」

「やっぱ『介護』オプションの向上のが先じゃないですかね?」

「まあなー……あと『弁護』オプションのが実装早くいけるな、これは……つーか人型はむずい」

「ですね。効率だけ考えると……」

 等と話している横で『俺たちの彼女』こと、この会社のメイン商品である『無機物彼女』がハッピーに笑っている。今日もいい笑顔で本当に可愛い。

「ごめんね。朝からこんな話聞かせてね……」

「ダーリンたちが私のこと話してくれてて嬉しいわ」

「俺たちはいつもお前のこと考えてるよ」

「うふふ、ありがと!」

 彼女は俺の頬にキスをすると「汚しちゃったの怒ってる?」と聞くから「怒るわけないですよ。俺たちの誇りです、君は」と彼女を抱き締める。

「これ、ボディーも固くしましたか?」

「ああ。リアル重視にしてみたんだけど骨っぽいか?」

「悪くはないですけど、あんまり固いと怪我させませんか? それに若干重くなりましたよね? ハンディある人からの需要高いですし、……カスタム出来るようにするとどうなります?」

「値段がヤバイ」

「ですよねーあと質感もなー……」

 等と話していたら別の『彼女』と一緒に我らの社長がやってきた。今日も今日とてハンサム代表の顔をしている俺たちの社長はニコリと笑う。

「おはよう、川辺さん、速川さん。なにしてんの?」

「この間言ってたローションのボディーへの付着確認で……実験室でやろうと思ったんですけど、牧さんに『変態』って怒鳴られたんですよ」

「牧さん『エッチ』オプション反対だからなあ……でもだからってここでやるなよ、ロッカーベタベタじゃん。彼女、掃除してくれる?」

「はい、ダーリン!」

「そっちの彼女は足あげてくれるかな?」

「はーい、ダーリン!」

 彼女に足をあげてもらい大の大人が三人揃ってしゃがんで彼女の局部を観察する。こんな職場やっぱり親に言えないなと思いながら、状態を確認する。

「……あー、これ……衛生的に厳しそうですね……」

「生でやるなって話なんだけどな……ダメだな、これ。ボディが痛む。高いんだよ、このパーツ。実験頻度減らすかー」

「……エッチオプション要ります? やっぱりなくてよくないすか? 今のまんま、やろうとすると『同意のないセックスは犯罪です講座』始めるでよくないですか?」

「でも彼女と添い遂げたいって人がそこそこ出てきてるからなー……ごめんね、ちょっと掃除するよー。痛かったら言ってな?」

 水戸さんは無機物彼女と銘打っているが彼女たちを乱暴に扱うことを許さない。ところ構わず盛るのはいいが、彼女に傷をつけたら怒涛の説教タイムが待っている。なので俺たちは彼女の指一本でも慎重に扱うし、腰だけのパーツでもパンツを履かせる。

 水戸さんは彼女をきれいに掃除すると、ちょうど彼女が俺のロッカーの掃除を終わらせてくれていた。「ありがと」とお礼を言うと「お役に立てて嬉しいわ、ダーリン!」と可愛い返事してくれた。

 その横で水戸さんは深く息を吐く。

「このまま俺らの彼女になんでもかんでも出来るようにさせると人が要らなくなる気がしてきた……んー……ちょっとどっかで会議するか。午後一ぐらいに俺と道久さんと牧さんあたりで会議組んでくれるか? 十五分でいいから、オンラインでもいいし……」

「俺も出ていいですか?」

 俺の質問に水戸さんはニンマリと笑う。

「いいよー」

「やった!」

「仕事好きだね、速川さん」

「楽しいですから」

「そ? マァ、従業員が楽しんでんのが一番だな」

 水戸さんはそう言ってから彼女にキスをした。

「うっわ、……」

 水戸さんは外見は普通にハンサムなのだが口を開けば十八禁、動き出したら二十禁、キスシーンは三十禁である。

 一通り確認したのか、彼はキスをやめて彼女の頭を撫でた。

「ここのネット環境でこれか……あー、やっぱ『エッチ』オプション難易度高いわ。下手すると壊れるし……採点機能つけるか? 下手なやつはできないようにするとかさ……」

「その辺もあとで検討しましょう」

「うん。そうしよう。じゃあ今日も楽しく彼女を作りましょうーよろしく!」

 水戸さんはそうフロアの人間に声をかけるとまた研究室に引っ込んでいった。俺たちはそれを見送ったあと「この会社楽しいけど結婚できないよなあ」「代表があれだもんなあ」とため息をついた。


 ちなみにこの一ヶ月後に俺の田舎の母が突然上京して「職場見学はできないの?」と言い出してこの会社設立以来最も大きな危機に直面することになるのだが、それはまた別の話である。

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