失恋ファイブ

木村

プロローグ


◇ レッド


 酒場には失恋が似合う。昔からそう相場が決まっているのだ。だからわたしは酒場で酒を飲む。それがただしい選択なのだ。ハイボールを飲み干してすぐに「ハイボール五杯」と店員に頼む。届いた先から酒を飲む。

 そうしていたら同じ卓に座っていた男どもがため息をつきやがった。

「レッド、飲み方が荒れてるぞ」

「うるさいブルー、黙って注げ」

「またフラれたんか、レッド?」

「黙れイエロー、ハラワタえぐるぞ」

「もう諦めたらどうです、レッド? わたしと一緒にお一人様しましょう?」

「私を道連れにするなグリーン」

「でもレッド、飲みすぎるとまたぽんぽん痛くなりますよ?」

「ピンクは可愛いなー、そりゃピンクになるはずだわ」

 この世界で失恋ほど酒が進むものもない。だから私は酒を飲む。

「……告白したらゲイ、告白されてもゲイ、最早声をかけたらみんなゲイ……え、なに? ここはボーイズラブの世界なの? 女は常に当て馬? だったらSNSで結婚報告あげてる奴らはなんなの? パラレルワールド? むしろ私以外の女は男の女体化だったの? なんでもいいから既婚者全員異世界トラックに轢かれてこっちの世界落ちてこいよ!」

「落ち着けレッド、個室とはいえさすがにうるさい」

「うるさいブルー! お前もどうせゲイだろ! 女に声かけるゲイはみんなくたばれ!」

「そういうところが結婚に不向きな理由だぞ、レッド」

 ブルーは「早く飲みな」と言いながら私に酒を注ぐ。その酒をあおってから今回の一連の事案を思い返す。

「……プロポーズされたじゃない、先週。だから今日ねー結納の予定だったのねー、結納ってわかる、イエロー? ねえ、わかる?」

「わかるわかるー婚約の儀だろ? 婚約指輪もらったか?」

「……料亭の個室でねー両親と向こうの両親と彼氏とねー和やかに食事をしてたらねー、スパーン! ってね……襖スパーン開けてきたのよ、見知らぬイケメンがよー。そいつが喋り出す前になに言われるかわかったから私は深く息を吸い込んだよね……」

「なんて言われたんだ?」

「『その婚約待った!』 に決まってんでしょうが! そこから始まる愛の告白! はーい、出たよー出ましたーありがとうございましたー! 叫んだよね、『どうか末永くお幸せに死ねー!!!』」

 イエローはケラケラと笑い「そっかー、またかー」と言った。わかってたくせにとぼけたやつである。その横のブルーが私の杯に酒を注いだ。はやくつぶれろということだろう。言われるまでもない。浴びる勢いで飲み干す。

「……もうどうしたらいい? 私が話しかけるとみんなゲイになるんだけど。そこのところどう思う、グリーン?」

「わたしはレッドに会う前からゲイですから安心してください」

「そもそもゲイってなに? 何故完璧女子アナスタイルの私を当て馬にしてヒグマに走る? なぜ? 私のどこがだめ? 染色体?」

「性的指向は変えられませんよ……でも辛かったですね、レッド。もう百回目ぐらいでしたか、その展開?」

「婚約破棄はまだ三回目よ。親も慣れたものよ。あっという間に弁護士呼んで慰謝料請求してたわよ」

「親御さんもそんなことに慣れたくなかったでしょうに……」

「親に同情するのはやめろグリーン!!! 同情するなら金よこせ!!! あとそこで引き笑いしてるブルーとグリーン! エンターテイメントとして見てるならお前らも金払え!!!! 1800円な!!!!!」

 グリーンは憐憫の視線をよこし、ブルーは私の杯に酒を注ぎ、イエローは私の皿に唐揚げを積んできた。だから捧げられた肉と酒をむさぼりグリーンをビンタしておいた。

「そういうことで今日俺たち召集かけられたんですね」

「ごめんねピンク、急に呼んで……」

「いえいえ。俺もそろそろ会いたかったんで……」

「え、なに? 二宮くんと進展あった?」

「進展っていうか、あいつまた浮気したらしくて……何故か俺がその修羅場に巻き込まれまして……」

「またー? ドクズだねー? 実はゲイなんじゃないの、そいつ」

「だったら俺としては大勝利っすけど……」

「むしろ私が話しかけてみようか? そしたらどうせゲイになるわよ」

「自棄っぱちにならんでくださいよ……」

 酒を飲み、肉を食べ、酒を飲み、ため息を吐き、酒を飲み、酒を飲み、酒を飲む。

「やっとこの地獄の飲み会から脱出できると思ったのに……」

「お前には無理だって、レッド。結婚線がないもん」

「お前なんでまだ生きてんだブルー!!!!」

 ――この『失恋ファイブ』の飲み会は夜を越えて朝まで続く。そもそもが『飲んで、飲んで、飲んで、飲んで、色々なことが曖昧になるまで飲むための集い』だからだ。そのためにひたすらハイボールを飲み続けていたのにブルーに急に頭を掴まれた。

 ブルーは私の頭を彼の腿に導くので抵抗も面倒で、彼の腿を枕にする。

「なによ?」

「レッド、膝貸してやるから一回寝ろ。さっきからじゃばじゃば酒こぼしてんだよ、もったいねえ」

「ここで吐いていいの、ブルー?」

「マァ、いいよ。金は払ってもらうけど」

「金払えば許されるのか……」

 そしてそのまま目を閉じた。そして次に目を開けたら、何故か財布の中身が消え、靴も片方消え、ブルーの家の床に転がっていたことについては絶対に許さないと決めている。なんで紅一点かつ失恋した私を床に寝かして家主がベッドで寝てるのか。絶対に許さない。絶対にだ。

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