次世代の当たり屋

髙 仁一(こう じんいち)

次世代の当たり屋

 私は都内の道路交通網を管理する交通管理局に勤める技術者だ。信号の色や、各地に設置されたセンサーで取得した車の速さの計測値、交通事故の起きた場所などが、逐一ここに集まってくる。しかし、管理と言っても飛行場のそれのように飛行機に指示を出すわけではなく、私は暇を持て余していた。そこで、私は大量の交通に関するデータと暇な時間を使って、あるシステムを作り上げた。それは「自動車事故予測システム」である。大量の交通に関するデータから、機械学習で訓練された人工知能によって自動車事故の起きる場所を予測するのだ。交通データを常に解析して、事故の起こる30分前に予測が可能である。

 このシステムを交通管理局で使うのも良いが、その場合、特許は会社のものになり、その利益は私のふところには入ってこないだろう。ならばもっと面白いことに使おうと私は考えて、あるアイデアを思いついた。当たり屋に交通事故を予測した情報を売るのだ。わざと車に当たって事故を引き起こし、慰謝料を得る当たり屋は未来の交通事故の情報が喉から手がでるほど欲しいはずだ。その情報があれば、もはや自分が車に当たりに行く必要はなく、立っているだけで車の方が当たりに来てくれる。この方法の利点は、面倒な罪のなすり付けをしなくても車の方が100%悪いと堂々と言えるところにある。私は早速、当たり屋を探すことにした。

 当たり屋を探すのは簡単だった。何しろここは都内の交通事故の情報がいくらでも入ってくるからだ。歩行者の方が過失をしているような事故に検討をつけ、当たり屋を探してコンタクトを取った。


「あーあ、失敗した。当たり方が悪かったか、こう、もっと自然に…」

「すみません。何かお困りのようですね。」

「あ、いや。何でもない。さっき車に当たられたんだが、当たり屋と断定されてね。こっちは被害者なのに、踏んだり蹴ったりだ。」

「そう隠さなくても結構ですよ。あなた、当たり屋でしょう?」

「何だ。さては私服警官だな。俺はただの被害者だぞ。」

「いいえ、違います。あなたにいい話を持ってきたのですよ。『交通事故の絶対に起こる場所』、知りたくはないですか?」

「そうやって油断させる気か?あいにく俺はただの被害者だからそんなものに興味はないぞ。冗談はよせ。」

「信じてもらえないなら、実際に予測してみせましょう。あの交差点を見ててください。ちょうど10秒後に車が歩道へ突っ込みます。」

「そんな馬鹿な。」


 予測通り、黒のハイブリッド車が歩道の電柱に突っ込んで止まった。当たり屋は目を丸くして驚いている。


「嘘だろ。」

「詳しく話を聞きますか?」

「ああ、そうしてくれ。実際に見たんだからな。信じるよ。」


 ゆっくり話をするため、私たちは事故現場すぐ近くの喫茶店に入った。


「さて、この事故予測の情報料ですが…」

「おいちょっと待て、さっきはああ言ったが、あの事故、お前の仲間が起こしたやつじゃないだろうな。」

「いいえ、違います。まだ疑いますか。では私があなたを騙す理由はなんです?」

「ううむ、確かに、車を壊してまで騙す理由はないな。番組のドッキリという可能性もあるが、それにしては大げさすぎる。この国では警官の格好をするだけで罪だしな。」


 彼は窓から事故現場で取り調べをしている警官を見て、そう言った。なかなか、深く考えるタイプのようだ。


「そうでしょう。では本題に入ってもよろしいでしょうか。」

「わかった。面白そうな話だし、こちらもリスクを負うことにしよう。」

「ありがとうございます。」


 私は「事故の30分前に予測情報を送ること」と「渡された慰謝料の1割を報酬として受け取ること」を提案し、相手もそれを了承した。その後は、交通事故予測システムについての彼からの質問に答える時間となった。


 こうして私はコンピュータの前にいるだけで、金を手に入れられるようになった。当たり屋の彼はその筋では有名人らしく、この国において巨大な当たり屋コミュニティを築いていた。


「これが俺のコミュニティで集めた、当たり屋行為が成功しやすい事故が多発する場所のリスト、そしてお前の事故予測システムが作った交通事故の絶対に起こる場所リストだ。」

「同じ部分がいくつもありますね。」

「そう、交通事故の多い場所というのはあるが、俺たちは今までその中の一つの地点でじっくりと事故が起こるのを待つしかなかった。それがお前の事故予測システムを使えば、多発地点の30分圏内の近くのバーにでもいればいい。複数の事故多発地点の真ん中に位置する店なら、より効率良く当たり屋行為を成功させることができる。」

「あなたに最初に声をかけたのは幸運です。まさか当たり屋のコミュニティがあったとは。」

「そうだな、俺にとっても幸運だった。俺ならば、口の堅い信用できる奴らに事故予測システムを紹介することができるが、どうする?」

「もちろんよろしくお願いします。複数人に自動で事故予測情報を送信できるよう、システムを改良しておきましょう。それにこんなに面白そうなこと、やらないわけにはいきません。」

「お前も物好きだな。」

「あなたには負けますよ。当たり屋を本気で本業でやっている人なんかいたんですね。」

「この分野は競争相手が少ないからな。手法さえ確立させてしまえば、ほぼ市場を独占できる。」


 私は笑った。当たり屋の経済市場なんて、聞いたことがない。


 当たり屋コミュニティに事故予測システムが紹介されたことで、利益は爆発的に増えることになった。それは私に金だけではなく、ささやかな楽しみをもたらしてくれた。仕事柄、仕事場のディスプレイにはいつも交通に関する事件のニュースが流れている。そこでは、私のシステムが予測した事故が連日流れるようになったからだ。被害者が当たり屋なのか、それとも当たり屋ではないのか、考えを巡らすのはなかなか楽しい趣味だった。


『今回の都内交差点で起きた自動車の暴走事故ですが、幸運にも死亡者は出ませんでした。ただ一人、女児を助けようとした31歳の男性が、車に跳ねられてしまいました。男性が女児と車の間に入ったため、女児はどこにも怪我なく、無事だったようです。幸運にも男性は軽傷で済みましたが、運転手は酒を飲んでいた可能性が高く大きな罪に問われることでしょう。』


 これは十中八九、当たり屋の仕業だろう。彼は「運良く」、車に跳ねられたようだ。


『幼い女の子を守ったという、男性にインタビューをしました。』

『いやー、暴走した車の先に女の子がいたもんだから、危ないなと思った時にはもう体が動いてましたね。まぁ、何より女の子が無事で本当に良かったです。』


 とんだ虚言だな、と私はニヤリと笑った。その当たり屋は、勇気ある行動をしたということで、警察に表彰された。当たり屋行為をしたおかげでまるで世間のヒーローだ。実際、事故予測システムが稼働してから、人身事故は多くなったものの、死亡事故がぐんと減っていた。当たり屋が車と人の間になってクッションの役割を果たすためだ。そして、当たり屋は絶対に死なないようにうまく車に当たっていく。稀に運悪く死んでしまう者もいるが、それは楽して金を稼ぐ際の負うべきリスクというやつだ。そうして死んだ者は、市民を守るため自らの犠牲を省みず勇気ある行動をした、とマスコミに持ち上げられ、英雄に祭り上げられた。ただの当たり屋が英雄として守られた者の心に残るのだから、本人も嬉しいのではないのかな、と半分冗談だが、思ったりした。

 そのように暴走する車に自ら当たっていく者が増えたが、世間の印象は「最近、他人のために勇気ある行動をできる若者が増えた」との認識だった。


 事故予測システムは事故の予測は行えるが、事故の30分前にしか予測はできない。それは日々変わる、毎時間ごとに変わる、天気や気温やイベント情報、交通の情報など、ありとあらゆる情報を逐一分析してから得られる結果であり、30分前というのが限界だったためだ。そのため予測はできても防ぐことができない。30分で現場に警察がつくのは難しい、さらに現場に着いたとして事故を防ぐために何をすればいいのだろうか。しかし、当たり屋のコミュニティを使うことで、国中に『当たり屋の網』が敷かれた。そして事故予測の通知があったら最も近いところにいるものが当たりに向かうという人海戦術がとられ、結果、死亡事故は激減した。その代わりに、当たり屋は慰謝料という報酬をもらうわけだ。案外、これが死亡事故を減らす最も良い方法だったのかもと私は思った。


 今日は外はうだるような真夏日。いつものように交通事故のニュースを確認していると、再び、暴走車から子供を守ったという男のニュースが流れた。


『幼い女の子を守ったという、男性にインタビューをしました。』

『ええ、私ですか?いいえ、偶然そこに居合わせただけですよ。私と子供さん両方に一切の怪我がなくて良かったです。』


 そうひょうひょうと答える男の格好を見て、私は目を丸くした。男は綿をめいいっぱい敷き詰めたようなダウンジャケットとこれまた綿をめいいっぱい敷き詰めたようなズボンを履いていたのだ。こんな真夏日になんて格好をしているんだ。おまけにヘルメットまでしている。


『あなたが怪我がなかったのはその格好のおかげだと思いますが、どうしてそんな格好を?』

『あ、その…、これは…』


 そうか。この男は絶対に死にたくないし、絶対に怪我もしたくなかったのだ。そのため車に当たる前に重装備に着替えて事故の予測時間を待ったのだろう。うまいことを考えたものだ。しかし、この状況では不自然すぎる。この男の答え方次第では、当たり屋コミュニティのことがバレてしまうのではないかと私は固唾を飲んで見ていた。するとその男は話し始めた。


『近くにマイナス10℃バーというのがありましてね。店内がマイナス10℃っていうコンセプトのバーなんですが、そこでお酒を飲んでいたんです。このダウンを着たり脱いだりしてね。この夏はいつもよりずっと暑い夏ですから、涼むのにオススメですよ。で、出てきたばっかりなので着ていたってわけです。一定時間は逆に保冷になるんでダウンジャケットもオススメですよ。』

『なるほど!偶然に偶然が重なったというわけですね!ありがとうございました。さて、今回のヒーローお気に入りのマイナス10℃バーですが、どんなお店なのでしょう。そちらも取材しましょう!』


 これは…私は顔がニヤつくのを抑えきれなかった。備えあれば憂いなし。彼は重装備だけでなく、その言い訳もしっかりと用意していたのだ。なんて面白いことを思いつくのだろう。私は感心し、そして大いに笑わせてもらった。世の中で面白いことが次々起き、おまけに市民を守っているという正義感も満たされ、少し前には考えられなかったほどの充実感だ。重ね重ね、あの最初の当たり屋に出会えて良かったと思った。


 ダウンジャケットの当たり屋のお気に入りのバーはヒーローが通う店として有名になった。さらに今年の夏の暑さも相まって、爆発的なヒットとなった。次々と新しい店舗が作られ、そこがまた新しい当たり屋の拠点となった。一般の客に紛れて、当たり屋はそこで事故予測を待つのだ。そしてダウンジャケットの若者が交通事故から市民を守るたびに取り上げられ、さらに新しい店舗が生まれるという好循環だ。2年後の夏にはマイナス10℃バーがコンビニと同じくらいあるという盛況ぶりであった。


『いやーなんかこのダウンを着ていると、「守らなきゃ」って思っちゃうんですよねー。』


 そして、当たり屋自身の装備も様々な趣向をこらされた。その中でも最も良い発明はダウンジャケットをさらに強化する鉄板である。鉄板をダウンジャケットの下、または上につけることによってさらに守りは強化された。ここで重要なのが、「怪我をしたいところだけ綿を抜くこと」だ。せっかく当たりが成功しても全く怪我がなければ慰謝料は少なくなる。よって怪我をしたいとこだけ鉄板をうまく当て綿を抜くことで、自分の怪我をしたいところだけ怪我をすることができるようになった。そこで再び、当たり屋はインタビューを受ける。『なぜそんな鉄板を着ているんですか?』と。当たり屋たちは当然、というように答える。


『この鉄板はね、マイナス10℃バーをよりよく楽しむためのものなんですよ。鉄板を体につけてバーにいると、これはもう寒い寒い。極限の寒さです。この寒さの中でウイスキーをやるのがたまらない。』


 こいつらはどれだけマゾヒストなんだ。まぁ当たり屋っていうのは多かれ少なかれマゾな部分がないとやっていけないのかな。もはや当たり屋というのはただ慰謝料をかっさらう詐欺師ではなく、正義のヒーローという感じだ。最近は当たり屋コミュニティの中でも、どう市民を守るかという正義派のチームが増えているらしい。良い傾向だ。私は面白ければそれでいい。

 そんなわけで、私は楽しかった。日々研究される、当たり屋たちの技術、言い訳、連日のニュースを見てるだけで楽しい。今や、当たり屋たちのおかげで交通事故の死亡率は過去最低で、その記録を今も更新し続けている。詐欺師がこの国を守っているとは、なんとも皮肉の効いたジョークではなかろうか、本当に起こっていることで冗談ではないのだが。


 しかし、その当たり屋たちの努力を無に帰すような事件が起こった。軍がクーデターを起こしたのだ。交通システムの要所である、私の仕事場にも兵士が突入してきた。軍の幹部と思われる男が、銃を突きつけながら話すことには、


「全員後ろを向いて壁に手をつけろ。ここは重要拠点として軍が制圧した。ここは最初の制圧地点だが、すぐに国会議事堂も制圧されるであろう。その後の効率的な制圧のため、ここの交通システムを使わせてもらう。協力しないものはそれ相応の覚悟をしてもらおう。」

「そんな馬鹿な。」

「これは冗談ではない。すぐにそこのディスプレイでニュースが流れるだろう。「軍が国会議事堂を制圧した」とな。ほら…」


 だが、ニュースが始まった瞬間、幹部は話すのをやめた。恐る恐る幹部の顔を見てみると、幹部の目は見開き、信じられないといった様子で画面をじっと見つめている。もはやこちらに向けていた銃も腕も下にだらんと垂らしていた。完全に戦意を失ったようだ。私はその視線の先のニュースの画面を見た。


『軍がクーデターを起こしましたが、多数の鎧を着た、重装備の市民の抗議運動によりすぐに鎮圧されました。しかし、なぜクーデターが起こる直前にこれだけの人数の重装備の市民が現れたのでしょう。軍の戦車は一応出てきたものの、多数の重装備の市民に囲まれて、なすすべもなく拘束されました。各地で同時多発的に計画されたクーデターですが、その全部で、どこからともなく鉄板を仕込んだ市民が現れ、軍を鎮圧しました。』


 私は視界の端で、自分のシステムが自動で送信した予測情報の件数を見た。


『車が車道、歩道で暴走します。送信件数、5万件』


 なるほど、戦車は車道も歩道も関係なく走り、道を傷つける。システムに「事故」と判断されても仕方ないな。しかし、この国に5万人もの当たり屋がいたとは、まさに「備えあれば憂いなし」と言ったところか。

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